REALTOKYO CINEMA

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Interview 016 舩橋淳さん(『ある職場』監督、撮影、録音、脚本、編集)

時代の無意識を掬いとるような映画を撮りたい

 

取材・文:福嶋真砂代

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© 2020 TIMEFLIES Inc.

(※アンダーバー+リンクはRTCの意図とは関係なく「はてなブログ」仕様によるものです。無視しつつお読みいただければと思います。)

 

「日本のセクシャルハラスメント(以下、セクハラ)問題を考える」というセンシティブなテーマに果敢に挑んだ舩橋淳監督に、『ビッグ・リバー』(2006) 以来、16年ぶりとなるインタビューをZoomにて行った。日本社会で表に出るセクハラ事件は氷山の一角であり、その事案は後を絶たない。いったい何故なのだろう? 

映画は、とある一流ホテルチェーンの社員旅行にカメラが入り込む。実際に起きた事件をもとに描かれるフィクションだが、それはまるでドキュメンタリーのように登場人物の予測のつかない言動をモノクロ映像で追っていく。ホテルのフロント係、大庭早紀は上司から密室でセクハラを受けた。その後SNSの炎上があり、いまだその渦中にあることが旅行中に明かされる。それに対する同僚たちの反応は様々だ。早紀に寄り添う先輩、痛烈な意見を言う上司、またはカミングアウトするゲイカップル(唐突!)等々、同伴者も混ざる異色な空間が有機物のように生成されていく。しかし、彼らの白熱する議論はどこへ向かっているのだろうか……。(第33東京国際映画祭 TOKYOプレミア2020出品作品)

 

ーー「ある職場』はドキュメンタリーとフィクションを行き交うような手法で、日本のセクハラ問題について撮られたチャレンジングな作品だと思いました。いくつか謎のように思える部分もあり、お話を伺えればと思います。

 

舩橋:今回このように撮った理由には、「時代の無意識を掬いとりたい」という僕の映画への基本姿勢があります。『ビッグ・リバー』や『フタバから遠く離れて』(2012)もそのような意志から作りました。2007年に10年以上住んだアメリカから帰国後、心にひっかかりながらも撮る機会がなかったテーマに「ジェンダーの不平等」があります。アメリカもひどい状況ですが、日本のほうがもっとひどく、MeToo運動なんかほぼ無いに等しい。男女の不平等がまだまだ社会にある、ということは社会として全く未成熟だということです。テーマの設定としてまずそれがありました。

 

いっぽうで、僕の中には純粋に映画的な探求があり、ドキュメンタリーと劇映画を往復するように、これまでその両方を撮ってきました。劇映画では「あなたの映画ってドキュメンタリーっぽいね」と、またドキュメンタリーでは「劇映画っぽいね」と言われたりしました。劇映画では、俳優がセリフを発語することの作りもの臭さが気になって、それを剥ぎ取ろうとするように撮っていました。例えばプロの俳優に「そのままでいいですよ」と言ってもすごくがんばって演技をしてくれます。「俺はすごい」「私はこんな演技をするの」という前向きのエネルギーが無意識として(画面というのはセンシティブなので)映るんです。だけど人間の本当の姿というのはそうじゃない。ぼーっとしたり、少し気が抜けているときもある。そういうときこそが人間の本当の姿だなと思います。そこが僕がドキュメンタリーに惹かれる理由でもあります。映画の中で本当の人間の姿にできるだけ近づけるにはどうしたらいいのかという基本的な探求を持ち続けてきました。

 

以上の二点の合流点、というべきものが今回の映画にあるのです。台本にセリフは書かれていなくて、大きな流れを決めて、役者にそれぞれ基本的な設定を与えました。ハラスメントを受けた女性、彼女をとにかく護ってあげる人、男社会というのはそんなに簡単に変わらないから我慢してドライに生きて、男たちを見返してやればいいじゃないという人、他にも日和見主義的な人、セクハラなんか大したことないと思っているけど言わずにいる人、等々が登場します。最初はドキュメンタリーを撮ろうとセクハラ事件についてペン取材をしました。しかし名前や顔出しとかが難しいということで、特定化されないようにフィクション化したというのが劇映画になった理由です。僕が描きたいと思ったのは「セクシャル・ハラスメントをこの社会がどういうふうに受け止めているか」ということです。実に多様な受け止め方があり、心の底では「大したことない」と思っている人がいるような、せちがらい世の中です。しかし「大したことない」と思うのは性差別です。もちろん被害者を悲劇的なヒロインとして描く方法もありますが、僕はそちらじゃないほうを選んだのです。

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© 2020 TIMEFLIES Inc.

■観客も議論の渦中にいるような経験を

 

ーー登場人物の発言にだんだん腹が立ってきて、とくに野田さんの発言は強烈でした。でも世の中にそういう人は「いるいる」と思えます。いろいろな職場を経験して、彼らのようなキャラクターに出会ってきました。ただMeToo運動も経て、もう少し進化しているかと期待した分、「ああ、まだこうなのか」と現状に落胆しました。ところでこの社員旅行の設定は実際にあったのでしょうか?

 

舩橋:保養所への社員旅行というのは完全なフィクションで、「本音をぶちまけあう」という設定がほしかったのです。日本の企業組織では、このように15人くらいが車座に座って「あなたはどう思う?」なんていう状況はなかなかない。「バカンス」という設定で、無礼講でお酒も入り、冗談を言ううちに口が滑って、みんなが触れづらいことを話し出し、いつのまにか激論になる、というほうが本音が聞けるのではないか。日本の社会では、本音を建前でブロックしがちです。しかしフィクションでは、そのブロックがなくなり、まるで裸でやるデスマッチのような状態を見せることで、観客も裸で向き合えるような空間に身を差し出して、議論の渦中にいるかのような経験をしてほしいなと思ったんです。

 

ーー映画のなかで、リミッターを解除するきっかけとなる「キュー」がありました。はじめのキューは、ネットで悪さをしているSNSに電話をかければ本人に繋がるだろうという緊迫シーンで、議論の衝突が起こる。そういう「キュー」については舩橋監督が設定されたのですか?

 

舩橋:そうです。あらかじめ全体の流れは決めていました。またこの映画には主人公がいないのも狙いです。それぞれが自分が本当に正しいと思って話している。あの野田さんも彼なりに「これが正しい」と本当に信じているんです。

 

ーーそれを聞くとますます...、野田を演じられた田口善夫さんはとてもリアルでした。

 

舩橋:この映画の設定をするとき、役者がそれぞれのキャラを本気で信じるまで話し合いました。例えば野田は「セクハラなんか大したことない」と信じてる。というのは、セクハラを犯した加害者・熊中は、部署異動を命じられ、結局は会社に居づらくなり辞職した。人生のタイムスパンで見ると、早紀にはつらい約半年間かもしれないけれど、熊中は一生ものの辛さである。そう見ると熊中のほうがかわいそうじゃないかと野田は思った。それぞれの役者が自分の正当性を信じ込むまで話し合い、リハーサルなしで「せーのドン」で議論をはじめました。誰が勝つかはわからない。時々ブンってカメラが急に振れたと思います。あれは「あ、この人がいましゃべるんだ」と僕が驚きながらカメラを回していたからです。自分が驚き、また発見するように撮るほうが生々しさが記録されると思いました。ライブ感満載の「ガチの議論を撮る」映画なのです。

 

■被害者を守れない社会への違和感

 

ーーなぜ半年後の二回めの旅行を描いたのでしょうか。早紀にとって苦行のように思いましたが。

 

舩橋:なぜかと言うと、「被害者・早紀が疲弊してしまう」ことを描こうとしたのです。解決の明確なルール化や透明性がない中、被害者は誹謗中傷され袋叩きにあい、どんどん疲弊してしまう。映画の最後に統計を示していますが、ハラスメント被害者の約45%は被害後何もしないで終わっている。この数字は非常に重大だと思います。当事者が諦めてしまうのです。時間が経過しても表面的な処分はあっても根本的な解決とは程遠く、噂話が流れるなかで毎日生きていくという現実がある。渦中の人間は、事件直後はカーッとなっているからなんとかもつかもしれませんが、時間の経過とともに疲れ切ってしまう。主人公の女性がセクハラに遭ったことだけをとりあげて悲劇化するのではなく、まっとうに処理できず、被害者を守れない社会がおかしいのではないかということを問いかけたかったのです。

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© 2020 TIMEFLIES Inc.

ーーたびたび海とサーファーが挿入されているのが意味深でした。

 

舩橋:映画のロケ地は湘南です。サーファーが多くいて、それを情景として入れました。社会の荒波ととる人もいるかもしれないし、いろいろな解釈ができると思います。ただ美しいと思ったので撮っていましたが、以前観た小津安二郎監督の『麦秋』(1951)にそっくりなショットがあって仰天しました。「鎌倉は松竹大船撮影所が近くにあったところだ」と。今作のキャラクターの名前も、松竹の監督や脚本家の名前、小津、大庭、木下、野田……と付けてしまいました(笑)。ちなみに次回作には大映の監督名が出てきます。同じ役者陣で撮影した作品をいま編集していて、テーマは自己責任社会です。

 

ーー東京国際映画祭上映では「些細なこだわり」というタイトルでしたが、変えた意図とは?

 

舩橋:これは性に関するそれぞれの温度差や感覚の違いというものが如実に出てしまう映画になるだろうと予想していたので、それぞれのこだわりの違い、ということで「些細なこだわり」という暫定タイトルではじめました。僕はフレデリック・ワイズマン監督が好きで、ドキュメンタリーはワイズマン監督の影響を受けたりしていますが(舩橋によるインタビュー「全貌フレデリック・ワイズマンアメリカ合衆国を記録する」は岩波書店から出版されている)、彼は現実世界にカメラが没頭して、あたかもカメラが存在せずに人がその環境にいるかのような映画を構築しますが、今回の『ある職場』もまさしくその議論の渦中に自分がいるかのように見えてしまうように、僕がひとりでカメラを回して、全員が議論し、次に誰がしゃべるのか展開がわからないライブをそのままドキュメントしていくスタイルにしました。ワンテイク2時間撮っていたりするんです。約60時間のフッテージを撮り、3ヶ月半かけて編集しながら物語を紡いでいくと、これはひとつの職場のお話なのだなとだんだん見えてきました。例えば小説を書き終わったときにタイトルが見える、そんな方法に似ています。編集を経てようやくタイトルの「ある職場」がわかったということなんです。

(このインタビューは2022年2月16日に行われました。)

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舩橋淳監督ZoomInterview

インタビュー後記:

筆者の感想を正直に話すと、本作を初めて観た後、喉には小骨がひっかかったような、何か腑に落ちない感触が残った。その内訳をおおまかに分析すると、まず映画の基本的なシチュエーションについて、この社員旅行そのものが不思議に思えた。なぜなら参加者はそれほど打ち解けたメンバー構成ではなく、その状況で女性にとって極めてセンシティブなセクハラ問題を話し合うことの危険性。最も精神的にダメージを受けている時期に旅行に参加することさえ苦しいだろう。さらには参加者の中にいる取材者のようなカメラマンの存在。折々に挿入される波とサーファーの海辺の風景。牧歌的なピアノ曲による場面展開(まるでホン・サンス映画を想起させるようだ)によってますます謎めき考えこんだ......、言い換えればそれほどまでに映画に嵌まり込んでしまっていた。さてインタビューで、舩橋監督は小骨をそっと抜くように、丁寧に謎に答え、また謎を残してくれた。しかし謎解きされなかった部分にこそ、映画の愉しみがあるように思う。舩橋監督が吉田喜重監督と対談をした著書「まだ見ぬ映画言語に向けて」(作品社)は謎解きヒントの宝庫である。映画の森に迷い込み、そこに息づく樹木、木の年輪、枝の様相、葉っぱの葉脈までも鮮明に見えてくるような、ふたりの名監督の映画話に読み耽る。『道頓堀よ、泣かせてくれ!DOCUMENTARY of NMB48(2015)に触れた章のなかに、舩橋が温めていたという今回のテーマ「ジェンダーの不平等」についての記述がある。日本の未成熟な社会について鋭く的確なまなざしを向けている。

ジェンダー不平等や女性のエンパワーメントがまだまだ後進国である日本において、女性の社会的地位は男性と同じとは言えません。それはシングルマザーの貧困率が高かったり、女性の再就職が困難であったりする状況だけでなく、女性は年齢が若ければ若いほどいい、「若いわね~」というのが褒め言葉になるベース文化(~略~)があり、若くフレッシュでなければだめという美的価値観が、「若くてかわいい」アイドル文化を支え、逆に「若くてかわいい」でなくなれば、用なしとなる厳しい世界を生んでいました。」

(「まだ見ぬ映画言語に向けて」著者:吉田喜重舩橋淳 より)

 

 Information:

『ある職場』

監督、撮影、録音、脚本、編集:舩橋淳 出演:平井早紀、伊藤恵、山中隆史、田口善央、満園雄太、辻井拓、藤村修アルーノル、木村成志、野村一瑛、万徳寺あんり、中澤梓佐、吉川みこと、羽田真

2020 年/135 分/カラー&モノクロ/16:9/DCP 
配給・宣伝:株式会社タイムフライズ

2022年3月5日(土)ポレポレ東中野にてロードショー

★『ビッグ・リバー」インタビュー(ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。「ほぼ日刊イトイ新聞」)

2006-05-23 vol.117  - Big River 1-
2006-05-26 vol.118  - Big River 2-
2006-05-30 vol.119  - Big River 3-

【ある職場】| 第33回東京国際映画祭(2020)