映画とは、未知の領域への途方もない旅である:ヴィム・ヴェンダース
取材・文:福嶋真砂代
第36回東京国際映画祭のオープニングを飾った『PERFECT DAYS』。カンヌ国際映画祭でエキュメニカル審査員賞と最優秀主演男優賞(主演:役所広司)のダブル受賞直後のジャパンプレミアだった。ドイツのヴィム・ヴェンダース監督(以下、ヴェンダース)は上映前の舞台挨拶で「(観たあとに)ドイツ人監督が撮った映画だと思うでしょうか?」と日本の観客の反応におおきな関心を寄せていた。「The Tokyo Toilet プロジェクト」の一環として「写真でも、短編映像でもなんでもいい」と製作の柳井康治から制作オファーを受けたヴェンダース。配給も未定のままに短編から始まった作品が「こんな形で帰ってくるとは…!」役所もジャパンプレミアに感慨を新たにしていた。(以下、いくつかのインタビューや記者会見資料を参考に構成した。)
「小津安二郎トリビュート映画」と呼んでもいいでしょうと話すヴェンタースは、主人公「平山」の命名はじめ、小津へのオマージュを捧げつつ、しかし小津と異なり「僕はハンディカメラを使いました」とオリジナルな点も明かしていた。オマージュとオリジナリティのさじ加減が心地よく感じる。
「平山の“宇宙”を明かす旅」に出る
■平山とはどんな人物か
「平山がうらやましい」とヴェンダースも、平山を演じた役所も口をそろえる。そんな「平山」とはどんな人物なのか?「映画とは、未知の領域への途方もない旅です。どうしたらいいのか、どう撮ったらいいのか、平山についても知らないし、わからない。なにもわからないから映画を作るのです」とヴェンダースは語る。つまり、観客も、役所のなめらかでチャーミングな演技(田中泯によると役所も踊っているようだったと)に引き込まれながら、平山を知る「旅」に出る。
朝5時。「シュッシュッ。」アパートの外からいつもの音がする。時計のアラームを止めて、平山は起床する。歯を磨き、髭を剃り、身支度をして、植物に水をやり、仕事に出かける。都会のスタイリッシュな公衆トイレの清掃を生業とするひとりの男のルーティンをドキュメンタリーのように追いかけ、シンプルだが整然とした、「美学」さえ宿る平山の暮らしを知る。平山の好むこと、嫌うこと、人付き合いの節度、あそび心(顔もわからない相手とゲームしたり)など内面も垣間見せてくれる。古本屋をのぞいて本を買う。木々に小さなフィルムカメラを向ける。馴染みの店に立ち寄って晩酌する。平山は仕事にも、人にも誠実に向き合う。逃げたりはしない。人生の葛藤や後悔もあるに違いない。だけど万物は移りゆく。また平山に新しい夜明けが来る。やがて「旅」に終わりがくるとしても...。「平山の“宇宙”を明かすこと」それが映画なのだとヴェンダースが語る。その宇宙は次第に自分自身の中にも広がりゆくことに気づく。
■「木漏れ日」、そして音楽
ヴェンダースが映画の核とした「木漏れ日」の映像の美しさ(ドナータ・ヴェンダース撮影による)、それは刹那であり、それに出逢うのは、その人、たったひとりだ。その喜びに感謝する平山の生き方を「牢獄からの脱出方法でもある」という表現をした(カンヌ記者会見)。そのことは「ユニークだが大切で、やや“ユートピア的”なのだともヴェンダースは語っている。「一冊だけ本を買う、音楽も一つだけ、その一曲を流すとき、新しい世界の創造なのだ」と。まさに音楽。ヴェンダースの強烈な印は、カセットテープから流れる楽曲にあるだろう。共同脚本の高崎卓馬と共に選曲した70’-80’sソングスが流れる完璧なタイミング。反則なほどにヴェンダースにしか創れない世界観が生まれ、ニーナ・シモン、アニマルズ、パティ・スミス、ローリング・ストーンズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、オーティス・レディング、キンクス、ヴァン・モリソン、ルー・リードらに痺れまくる。
最後にダンサー田中泯の起用について。友人であるピナ・バウシュ(ドキュメンタリー映画『Pina/ピナ・バウシュ──踊り続けるいのち』に出演)が絶賛した田中泯というダンサーの存在に、ヴェンダース自身も大いに惹かれたという。田中は、その姿を誰も見ようとしない、あるいは見えていない「ホームレス」を演じる。「ここで踊ってくださいと言われ、長い時間木々の周りで踊り、やがて僕は木になっていく。それはそれはうれしかったです」と田中は撮影を振り返る。その存在を、しかし平山には見えている、という描写がある。「ふたりが認識しあう瞬間は、僕の大好きなモーメントです」とヴェンダースは語る。そしてその踊りは短編作品となり同映画祭でジャパン・プレミア上映された(『Somebody Comes into the Light』)。田中泯の踊りがヴェンダース監督作品からスピンオフは、『PERFECT DAYS』が遺す貴重なギフトと言えよう。
■さいごに
「『ベルリン・天使の詩』の続編は作らないのか」というカンヌでの記者の質問に対し、ヴェンダースは、「ある意味、平山は“エンジェル”のような存在かもしれない。『PERFECT DAYS』は僕にとって”スピリチュアルな映画”と言えると思う」と答えていた。今回の東京国際映画祭は初日から最終日まで、審査員委員長も務めたヴェンダースのスピリッツとチャーミングな人柄に包まれるような映画祭だった。コロナ禍を乗り越え、充実した「パーフェクトデイズ」であったと筆者は感じた。
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