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TIFF Review:『雪豹』(第36回東京国際映画祭 コンペティション部門)

ペマ・ツェテン監督の最後の贈り物

取材・文:福嶋真砂代

Snow Leopard@tiffjp2023

『雪豹』(第36回東京国際映画祭グランプリ作品)は、小説家でもあり、チベットの映画監督として世界から称賛を受け、今年急逝したペマ・ツェテン監督の遺作のひとつである。静と動、緩急自在に、生命への敬いや現代社会における野生動物との共生を問いかける一作だった。

ふたりのテレビクルー(レポーターとカメラマン)が乗り込む車。絶滅危惧種として保護対象となっている白い豹(雪豹)を撮影しようと、道中、クルーの友人の若いラマ僧をピックアップし、僧の家のあるチベット山奥の牧場へと向かう。雪に覆われた壮大な自然を背景に、ロードムービーのようにリズミカルに映画がはじまる。さていよいよ牧場へ着くと、高い塀に囲われた羊の群れのなか、距離をとって歩き回る一匹の雪豹が現れる。どんなに猛々しいのかと思うと、意外におとなしく登場した豹は、牧場で問題を起こし囚われ、生死を人間の手に握られた哀れな存在だった。牧場の後継者であるラマ僧の兄(ジンパ)は「こいつは9匹もの羊を殺した。だから、早く処分すべきだ。それに国から補償してもらわないと割に合わない!」とカメラに向かって鼻息荒く訴える。しかし老父はことを荒立たせずに豹を逃してしまいたいと考え、弟である僧は何か思いを秘めているようだ。じつは僧は「雪豹法師」と呼ばれ、雪豹を追いかけ奇跡的な写真を撮る写真家に憧れて活動していた。雪豹との強い縁を感じて「殺す」ことを恐れていた。そこに自然保護官と警察官がやってきて事情聴取を始めると、勢い余る兄と警察官の小競り合いがはじまる。テレビクルーはスクープ映像を撮りたいが公務員の警官は撮影を阻止しようとする。実際にはシリアスな出来事をドタバタコントのように、ちゃかしはしないが「おもしろく」捉えている。とりわけ、ジンパ演じる兄ジンパの、講談師のごとくまくし立てるチベット語の長ゼリフシーンは圧巻! ツェテン監督作品ですばらしい演技で魅せてきたジンパの腕の見せどころであり、「動」を示す映画のひとつのクライマックスだ。

ところでレポーター(ション・ズーチー)は、家に残してきた妻に、暇さえあればご機嫌とりの電話をかけるが、テレビマンの妻はセレブ気取りで夫には気がない様子…? 対して、牧場のジンパの妻は夫に従順、古風な妻であることを強調(とは言え、女性の秘めた強さは過去作と同じくひしひしと伝わる)される。サイドストーリーのような夫婦の比較の描写も監督が社会に問いかける仕掛けだろう。僧の父にクルーが持参した特大バースデイケーキで盛り上がるクルーたち(少し観客おいてけぼりな感じもしたが…)。ケーキをとりわける順序に年配の人を敬う姿を示しながら、仕事として撮影を成功させたいクルーの下心も隠れている。寝る前に騒いだホラー話から一夜明けて、するりと動から静へ、ラマ僧が体験した雪豹との不思議な縁を語る神秘のシーンがやってくる。神秘体験に人間はどんな反応をして、人生にどんな影響を与えるのか。あるいは、その啓示に気づかず通り過ぎ、また過ちを犯すのか…。人間への警告も示唆されるラマ僧の心象風景は(たとえCGが気になるとしても)、チベットの神と繋がる精神を十分に感じさせる厳かさがある。

過去に東京フィルメックスでは「オールド・ドッグ」(11)、「タルロ」(15)、『羊飼いと風船』(19)(『気球』というタイトルでコンペティション部門出品)の三度の最優秀作品賞を受賞したツェテン監督。『羊飼いと風船」が日本劇場初公開され、今後の活躍を期待されていた矢先の訃報に驚きは消えない。古いしきたりや時代の新風、また世代間の隔たりや人々の宗教観の変化など、ニュースではわからないチベット社会の内面を丁寧に、独特のユーモアを用いて描いてきた。本作が映画祭でグランプリを受賞したことはとても嬉しい。映画祭には監督作品常連の俳優のジンパさんはじめキャスト、プロデューサーが来日し、作品について語っていた。しかし監督自らの声を聞けないとは寂しいかぎり。今作の撮影がリュ・ソンイエからデルボー・マティアスに変わったことや、大胆なCGを使うなど、監督は新たな領域に挑戦していたことは間違いない。エンディングに流れるドラム音楽が身体に深く染み渡る。ーペマ・ツェテン監督に感謝をこめて。

Information:

監督:ペマ・ツェテン
キャスト:ジンパ、ション・ズーチー、ツェテン・タシ

109分/カラー/チベット語、北京語/2023/中国