REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Review 56『大地と白い雲』

もうひとつの「地平線」を探して

文・福嶋真砂代

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©️2019 Authrule(Shanghai)Digital Media Co.,Ltd,Youth Film Studio ALL Rights Reserved.

公開中の映画『大地と白い雲』の始まりがおもしろい。妻のサロールがバイクに乗り夫を探す。口々に「チョクト」が繰り返され、モンゴル人の名前の音感が耳に残る。「チョクトを見た?」「チョクト? 一緒に飲んだけどいつだったか」「チョクトからの小包だ」でもチョクトはいない。喜劇的なリズム感だ。こんなに探される(つまり愛されている)「チョクト」とはどんな男なんだろう。すると当人は呑気に寝そべってタバコを燻らせる......。雄大なモンゴルの自然を背景にユーモラスに描かれるこの冒頭シークエンスがたまらなく魅力的だ。この流れのなかに愉快な友人のバンバルとすれ違うサロールと男衆のシーン、「囲いを直しに!」というキーワードをサロールが言い放つ。それについては後半あらためて。

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©️2019 Authrule(Shanghai)Digital Media Co.,Ltd,Youth Film Studio ALL Rights Reserved.

主人公の夫婦、チョクトとサロールが暮らす内モンゴル自治区のフルンボイルは、見渡す限りの平原、視界には常に地平線があり、壮大に出入りする陽光を全身に浴びる。過酷なほどに地球を感じ、もしくは宇宙感覚をいつも持てる、そんな特別な環境なのだと、パノラマやドローン(おそらく)などのハイテク技術を駆使した映像が伝えてくれる。

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©️2019 Authrule(Shanghai)Digital Media Co.,Ltd,Youth Film Studio ALL Rights Reserved.

チョクトが考えごとをするときは、草原にクレーターのようにぽっかり空いた穴(ゴルフ場のバンカーのような)のフチに座り込む。そこには何があるのだろう(何かが到来したのか……)。馬はチョクトの隣でじっと待っている。こんなに特殊な場所で生まれ育ったチョクトは、時代の動きを感じる触覚を備えているのかもしれない。アンテナを張って、それを確かめようとする。都会への憧れとかそういう気持ちよりも強く、世界を見たい、識りたいと切望する。いっぽう妻のサロールは「私はここが好き。死んでも離れない」と頑として動かない。しかし草原で“馬追い”をやらせたら世界一、サロールが惚れ込む勇壮な夫は、異なる「地平線」を夢見る。「世界はこんなに広い、視野を広げるべきだ」と思う。生活の生命線である羊を怪しいディーラーに売ってまでも、ブリザードが吹き荒れる中、遠い道のりを歩き続けてもだ。だけど妻の妊娠には気づけない。夢と現実の距離は遠い。たとえドレスやスマートフォンのお土産で妻のご機嫌をとっても、夫婦間の「ズレ」はクレーターのごとく大きく育つ。そんなふたりはそれでも睦まじく、新しいスマホで気持ちを確かめ合う。

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©️2019 Authrule(Shanghai)Digital Media Co.,Ltd,Youth Film Studio ALL Rights Reserved.

チョクトがそんな冒険に出かけられるのは、「家」にサローラが待っているから。チョクトは痛いほどわかっている。それなのになぜチョクトは出かけていくのか? 哀しいかな、次に家に帰るときどうなるか、想像が及ばない......。

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©️2019 Authrule(Shanghai)Digital Media Co.,Ltd,Youth Film Studio ALL Rights Reserved.

とにかくキャスティングがすばらしい。モンゴル語を正しく話し、さらに生活感覚として放牧経験があることを基本として主役を探し続け、チョクト役には「馬追い」を自然にこなすジリムトゥ、そして民謡の歌い手でもある(その歌声は元ちとせを想起させる)サロール役のタナを起用した。ふたりはナチュラルかつリアリティのある演技で見事に応えている。ワン・ルイ監督はロウ・イエ等と同学年の”第6世代”にあたり、北京電影学院で教鞭をとっていたが本作で中国の監督賞として最高賞を受賞した。「羊飼いの女(放羊的女人)」(漠月)を原作とした本作は亡き妻に捧げられている。深読みすると、妻への愛情とともに、後悔や懺悔の思いも感じとれるように思う。

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©️2019 Authrule(Shanghai)Digital Media Co.,Ltd,Youth Film Studio ALL Rights Reserved.

さて冒頭、職人風の男衆を従え、さっそうと進むサロールが口にする「囲いを直しに」という言葉は象徴的だ。つまり、政策として伝統的な遊牧民の生活を廃止したことで「囲い」が出現した。しかしいつしかそれが綻び、遊牧民としてのアイデンティティを見失い、再び探し出す、という時代の流れを表しているかのように思える。羊にとって“境界線”などどうでもいいのと同様に、人間を「囲う」ことが可能なのかという疑問を投げかけているのではないだろうか。「この世のことは思うより簡単じゃない。どんな苦難にも逃げ出さずに向き合うことだ」という村の長老ボヤンが遺した深い言葉が心に響く。

追記:「クレーターのような穴」について本作宣伝の西晶子さんに伺いました。ワン・ルイ監督によると、「砂漠に突然現れるクレーターのような砂漠化した土地は、違法に採炭がなされ、草が生えなくなってしまった場所なのです。現地の人は“草原の傷”と呼んで、胸を痛めているそうです」とのこと。なるほど、チョクトの心に、この草原の傷の悲しみが染み込むのかもと想像を広げられました。

Information:

監督:ワン・ルイ(王瑞)
脚本:チェン・ピン(陈枰)
原作:「羊飼いの女」漠月
編集:ジョウ・シンシャ
音楽:ジン・シャン
出演:ジリムトゥ、タナ、ゲリルナスン、イリチ、チナリトゥ、ハスチチゲ

2019年/中国映画/中国語・モンゴル語/111分/原題:白云之下
字幕:樋口裕子/字幕監修:山越康裕
配給:ハーク 

2021年8月21日(土)より岩波ホールほか全国順次公開

Review 55『83歳のやさしいスパイ』(レビュー&TIFF公式 監督インタビュー)

意表をつく“スパイ映画”に心ほっこり

文・福嶋真砂代

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(C)2021 Dogwoof Ltd - All Rights Reserved

ドキュメンタリー映画で国際的評価の高いチリのマイテ・アルベルティが監督・脚本を手掛けた『83歳のやさしいスパイ』(第33回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門では『老人スパイ』、 第17回ラテンビート映画祭 IN TIFF)が公開になる。

スパイ事務所に雇われた83歳のセルヒオのミッションは、「老人ホームで、依頼主の家族である入居者の虐待の疑いについて調査すること」という内容だった。そんなわけでセルヒオ自身が老人ホームの入居者となり(潜入し)、毎日、探偵事務所のボスに内偵レポートを送るという仕事を開始した......。ユーモアあるセルヒオの小ボケを拾いつつ、老人ホーム内のディスコミュニケーション、そこから生まれる不信感、孤独な入居者たちひとりひとりの実情を知るにつれて、目的の「犯人探し」よりも大切な「何か」があることを探り出すのだった。またセルヒオの不思議なコミュ力(りょく)で、入居者たちの表情がみるみる変化する、その様をほぼドキュメンタリー的に撮っていることにも注目したい。

「スパイ業」と呼ぶにはあまりにもポンコツぶりを露呈するアマチュア然としたセルヒオのキャラクターが映画の核であり、彼を通してあぶり出す老人ホーム、ひいては老後の「わたしたち」の姿、また社会システムのあり方について問いかける、意表をつく、なんとも心ほっこりする“スパイ映画”に仕上がった。

以下、撮影の不思議なからくり、当初フィルムノワールを撮るつもりが、“スパイ映画”を撮ることになったという経緯を語るマイテ・アルベルティ監督公式インタビューの模様を抜粋。

 ●マイテ・アルベルティ公式監督インタビュー(TIFFトークサロン 聞き手:矢田部吉彦さん)

フィルムノワールを作ろうと思っていたが...

当初は、私立探偵事務所を舞台にした「フィルムノワール」を撮ろうと思っていました。そのリサーチをするなかで知ったのが元FBIのロムロの事務所です。ロムロは多彩なスパイ(mole)を様々な場所に送り込んでいました。彼がいつも使っている「スパイ」が2ヶ月前くらいに骨折をして動けなくなったので求人広告を出したところ、セルヒオが応募してきて「スパイ」になりました。セルヒオは依頼主のことよりも老人ホームの生き様、人間関係に関心があり、彼の視点でわたしも方向性を変えました。

およそ3ヶ月以上老人ホームで撮影しましたが、まずは探偵事務所でのトレーニングを撮影し、老人ホームを撮影しました。その後セルヒオが事務所に入ってきて、老人ホーム側もセルヒオをあまり特別扱いしませんでした。

セルヒオのポンコツスパイぶりに胃がキリキリしたことも

(スパイかも、などと)疑われることはまったくなかったのは私も驚きでした。老人ホームのオーナーに出来た映画を見せたところ、まったくセルヒオがスパイだなどと予想もしていなかったと言いました。というのは、セルヒオはいわゆるポンコツスパイで、ひと前で平気で電話をかけたり、ナースにいろんな質問したり、リスクのある行動ばかりとっていたので、身元がバレるのではないかと私は胃がキリキリしていました。老人ホームにばれないことがありえないと思っていました。

最初は映画を撮ることを老人ホーム側に打ち明けていませんでした。そこはちょっと嘘をついて、「老人ホームの良いところも悪いところもすべてを見たい」ということを伝えてはいました。老人スパイのことは伏せたまま、新しい入居者がきたらその人を撮りたいと言ってあったので、セルヒオが入居したとき、彼のことは知らないふりをして撮影を続け、すべての撮影が終わったときに出来上がった映画をホーム側に見せて初めて打ち明けました。

撮影チーム側のルールとしては、「老人ホームのルールを守る」ということでした。老人ホームでやらないだろうことに口出しをしないし、こちら側が演出を指示することもせず、声も出さず、基本的には姿も消して、何かが起こるまで何時間もずっと同じ場所を見守り、何か出来事があるときに録画ボタンを押しました。セルヒオと話すこともなく、彼は「入居者のひとり」というフリをしていました。ただし、彼が夜な夜なレポートを送るシーンだけは、他の人たちは寝ているので、少し管理できる場所での撮影になりましたが、ロムロがセルヒオにどんな指示を送っていたかを知っていたので、どこで動きを追えばいいかはその指示をもとにしました。でもやはりいちばん驚きだったのは、セルヒオ自身がいろんな人間関係を構築していき、その部分が広がったことでした。

私は「映画のトーン」は「人生のトーン」を反映すると思っています。本当に苦しい状況にあっても笑うこともできるのが人生だと思っています。撮影監督がのちに語ったのは、「映画を撮りながら泣いたことはなかったけれど、後になって全体の映画をみたら泣けた」ということです。撮影していたときは笑ったことしか覚えていないと言っていました。老人ホームのなかでの暮らしは苦しくても、日常生活では小さな喜びがあったり、苦痛だけではない。そのような「日常的なところ」も人生であることをドキュメンタリーとして表現しなければいけないと思っていました。白黒はっきりしていることばかりではなく、いろんな感情が入り混じっているのが現実だと思っています。スタートはたしかに笑えるようなシーンがあったと思いますが、そこからより深く、世界中で老人がこのような施設に入れられて孤立を感じている現状について考えなくてはいけないと思います。また日本で映画がどのように受け入れられるかに興味があります。実は同じようなテーマで、2年前くらいから東京でも撮影をしたいと思い、現在パートナーを探しているところです。

虐待ではなく、「孤独」だった

セルヒオのレポートの結論にある「虐待ではなくて、孤独であることだ」というのはセルヒオ自身が書いたものです。彼は老人ホームを退去する前から繰り返し同じレポートを書いていて、私たちも何度も話し合いをしましたが、彼自身の本当の気持ちです。そのおかげで私もどのように編集すべきかの方向性が決まりました。もともとは依頼主がいての探偵業なので、その依頼主のことも撮影していました。でもいざ編集で入れようとしたとき、依頼主のことよりももっと違うところをフォーカスすべきだと、このセルヒオの言葉で気が付きました。彼に助けられたと思います。

その後の監督の人生に影響を与えたか?

セルヒオのおかげで何に対しても先入観をもたずにオープンに見ることが大事なのだと学び、人生における新しい体験を受け入れようと思いました。セルヒオは、何歳になっても前向きに、先入観を持たずに受け入れ、老人ホームの人たちともそのようにつきあっていました。アルツハイマーを患っていたマルタやソイラーとも、一見おかしな人だからと取り合わないことも、セルヒオとの関係で、彼らのアイデンティティも見えてきます。時間を共に過ごしたことでいろんなことが見えてきたので、物事をオープンに受け入れよう、そして時間をかけて人を知るようにしようと思わせてくれました。 

Information:

監督:マイテ・アルベルディ
原題:The Mole Agent[El Agente Topo]

2021年7月9日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開

Review 54『アメイジング・グレイス /アレサ・フランクリン』

ソウルの女王が歌う1972年のゴスペル・ライヴ

文・フジカワPAPA-Q

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2018(C)Amazing Grace Movie LLC

ソウルの女王、アレサ・フランクリンは、1942年3月25日にメンフィスで生まれ、2018年8月16日にデトロイトで76歳で亡くなった。1960年代後半から、世俗音楽のソウルのヒットを連発して大活躍のアレサが、父親が著名な牧師という環境に育った自らの原点に回帰して、教会音楽のゴスペルに取り組んだ。それが、1972年1月13日と14日に、ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で開かれたゴスペルのライヴだ。これは録音され、アルバム『至上の愛~チャーチコンサート~完全版』となり、ゴスペルのライヴ・アルバムとして大ヒットする。そして、同時に、映画化の為にシドニー・ポラック監督によって撮影されたが、映画は技術的なトラブルが原因で放置される。

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2018(C)Amazing Grace Movie LLC

だが、その後の最新テクノロジーにより映画は完成、2015年に海外の映画祭で絶賛されるも、アレサ本人からの公開差し止めの訴訟でストップ。その後、2018年、アレサの死後に劇場公開される、という紆余曲折を経て、遂に日本でも公開となった。教会の中で動くアレサ、バンド、牧師、聖歌隊、会衆の姿を見る事ができるのは素晴らしい。

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2018(C)Amazing Grace Movie LLC

バンドは、コーネル・デュプリー(ギター)、チャック・レイニー(ベース)、バーナード・パーディ(ドラム)等という、前年のソウル名盤『ライヴ・アット・フィルモア・ウエスト』に参加の最高のミュージシャン。タイトル曲「アメイジング・グレイス」や代表的なゴスペル曲の間に、マーヴィン・ゲイの「ホーリー・ホリー」(『ホワッツ・ゴーイング・オン』収録)やキャロル・キングの「きみの友だち」という同時代の重要曲を歌うのもアレサのメッセージだろう。

会衆の中に、レコーディングでLAに滞在中のミック・ジャガーチャーリー・ワッツがいるのも面白い。ともあれ、アレサの美しく力強い表情と歌声を映像で体験できるのは音楽ファンの大きな喜びである。

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2018(C)Amazing Grace Movie LLC

Information:

監督・撮影:シドニー・ポラック
編集:ジェフ・ブキャナン
製作総指揮:アレクサンドラ・ジョーンズ
2018年製作/90分/G/アメリ
原題:Amazing Grace
配給:ギャガ

2021528日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

gaga.ne.jp

Review 53『逃げた女』

なぜホン・サンスはクセになるのか?

文・福嶋真砂代

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(C)2019 Jeonwonsa FilmCo. All Rights Reserved

ホン・サンスはクセになる」といわれる。なぜだろう。そこには熱狂というような激しい感覚より、ジワジワくる低温性の熱を帯びる感触がある。そんなホン・サンス監督の最新作『逃げた女』(第21回東京フィルメックス 特別招待作品)が公開になった。とりわけ女優キム・ミニがミューズとなって以降、ホン・サンス独特の作風(ともすれば何か打ち水をしたような静けさ)に固有の支点が加わった。キム・ミニのクルクル変わる表情やしぐさ、またファッション的な魅力をもって、ホン・サンスがミニマルなドラマのなかで捉えようとする微妙な人間関係の機微を、いい意味で軽やかに華やかに魅せているように思うのだ。

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(C)2019 Jeonwonsa FilmCo. All Rights Reserved

物語は、主人公のガミ(キム・ミニ)が、夫が出張で留守になるという機会に、ひさしぶりに3人の女性友達を訪ね、おだやかに語り合うというもの。これといった起伏のない静かなドラマだが、そこには何か深い意味合いが隠れていそうな気配がある。表面的には「さざ波」程度の変化に見えるものの、もしかしたら心の中は、どす黒いマグマが煮えたぎっているかもしれない。表情を読みとろうと(観客を促すような)クローズアップ(このカメラワークがユニーク)のたびにゾクっとする。ともあれ、牧歌的な音楽と景色で紙芝居のように場面転換しながら物語は進む。主人公ガミは、「私はとても幸せ」と強がる裏に何かを隠しているのだろうか。

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(C)2019 Jeonwonsa FilmCo. All Rights Reserved

ところで私のつたない“韓流”鑑賞経験をたどると、ドラマや映画での人物描写にはしばしば“激しさ”が伴っていたように思う。大きめの感情表現に観客は日頃たまっていた鬱憤を乗せて、一緒に泣いたり怒ったり(負の感情ばかりではないが)、カタルシスを味わい、快感を感じたり。例えば日本に大ブームを巻き起こしたドラマ「冬のソナタ」は、自分自身にさえ嘘をつくことで本心を隠し、あげく自身の存在を抹殺してしまうまでのサイコな状態に追い込む。視聴者の共感メーターが振り切ったところで、真実が明かされ、爆発のような気持ちのスパークを起こす。いわば起爆剤埋込み型が特徴だったように思う。だがホン・サンスは、まったく違う世界線にいて、ノンシャランとした空気感を終始漂わせる(話がそれてしまった)。

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(C)2019 Jeonwonsa FilmCo. All Rights Reserved

物語の動きは少ないものの、ひとつひとつのエピソードのディテールは濃くて興味深い。例えば、最初にガミがフィアットを運転して会いに行く先輩女性とのたわいない話。「髪切ったのね」「お肉の焼き方がうまい」と話しながら食事が終わる頃、近隣に引っ越してきたという男性が訪ねてきて、おもむろに「野良猫に餌をやらないでほしい、妻は猫アレルギーだし」とクレームをする。だけど「かわいそうだからしかたがない」と先輩と同居の女性が顔を見合わせる。さっきは肉を焼きながら「牛をみるとかわいそうだからベジタリアンになりたかった」と話していた。家庭菜園でにわとりを飼いオーガニック生活をする意識高めのふたり。そして先輩の離婚はけっこうな泥沼だったなど、おだやかな話のなかに人間の矛盾や下世話な金銭の話が盛り込まれる。いっぽうガミは「今回、5年で初めて夫と離れたが、愛する人とは一緒にいるべきだと思う」という信念のようなものをしれっと繰り返す……(他にもエグい会話がたくさんある)。しかも話を聞くうちに、本当にガミはこの人たちと親しいのかという疑念が湧いてくる。

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(C)2019 Jeonwonsa FilmCo. All Rights Reserved

そうして二人め、三人め(これは偶然のように描かれる)と訪問は続き、微かながらもストーリーのボルテージが上がっていく。この三人はガミにとってどんな存在なのか、ガミは何を目的に彼女たちの「生活」を確認しに行ったのだろう? なぜタイトルが「逃げた女」なのか(原題は「Woman Who Ran」)、しだいに核心に向かう。ガミの過去を仄めかす最後のエピソードは妙にリアルで、もしや「監督の実体験?」と勘ぐってしまいそう。しかし謎は謎のまま、ミステリアスな空気を纏い続け、また次の作品を待ってしまう。正解よりも、あなたはどうなのかと問いかける。これもホン・サンスの術中にハマる理由のひとつと言えるだろう。

Information:

監督・脚本・編集・音楽:ホン・サンス
キャスト:キム・ミニ、ソ・ヨンファ、ソン・ソンミ、キム・セビョクほか
撮影:キム・スミン
録音:ソ・ジフン
2020年/77分/G/韓国
原題:The Woman Who Ran
配給:ミモザフィルムズ

2021611日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次公開

『逃げた女』 The Woman Who Ran | 第21回「東京フィルメックス」

Review 52『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』

こころ震える、香港を愛するデニスのうた

文・福嶋真砂代

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©Aquarian Works, LLC

21東京フィルメックス(特別招待作品)にてジャパンプレミアされたドキュメンタリー『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』が劇場公開になる。香港「雨傘運動」に参加し、さらに逃亡犯条例改正反対運動では抗議デモの最前列で香港の自由のために闘った(闘う)人気シンガーソングライター、デニス・ホー。スー・ウィリアムズ監督が長期密着した本作は、2018アルジャジーラで放映され、また東京フィルメックスを含め30カ国の映画祭で上映されているが、未だ香港での上映は難しい状況だ。

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©Aquarian Works, LLC

デニス・ホーのアーティスト人生は波乱万丈のドラマのようだ。いうまでもなく、中国との関係性に翻弄され、香港の変遷の波をもろに受けてきた。15歳でデビューし、満面の笑顔で歌い、スターダムを駆け上がる少女の表情と、大人の顔への変化、そこに何が起こったのかをスー監督はスリリングに迫る。デニスは、カナダに移住した家族のもとを離れ、香港で歌手として生きようと決意した。不安と孤独のなかで憧れの大スター、アニタ・ムイへ「弟子にしてほしい」と2週間おきに手紙を書く。そのがむしゃらな熱意と才能が伝わり無事弟子になり、アニタのツアーやアルバムに参加した。しかし2003アニタが病死し、デニスは糸が切れ、空っぽになった。その後10年間はアニタの影を感じながら活動したが、やがて自分自身のアイデンティティを見つめ直し、「何か」をつかむ瞬間が訪れる。LGBTの活動にも参加し、自身のジェンダー問題に対峙。その心情をまっすぐに歌う<ルイスとローレンス>の透明で切ない歌声に鳥肌がたつ。映画や舞台女優としても活躍し押しも押されぬスターとなったデニス。次第に社会問題に目を向けて活動するようになるが、精神的には不安定だった。近くで見守る盟友アンソニー・ウォンのインタビューによってデニスの人柄と仕事の輪郭がより深まる。香港女性芸能人で初めてゲイをカミングアウトするという大きな決断、そしてアニタを亡くした喪失感からもようやく抜け出すが、次の波が押し寄せる……。

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©Aquarian Works, LLC

香港の中国への返還後、しだいに香港市民の自由が侵されていくという現実。巨大中国マーケットで活動するようになる香港スターたちは葛藤し、デニスもそのひとりだった。やがて香港民主化デモの最前線で座り込み、逮捕され、ブランドスポンサーはことごとく離れた。国連やワシントンD.C.での議会でのスピーチの勇姿もハイライトだ。「香港の現状を知ってほしい。他人事と思わないで」と世界に向けてまっすぐに訴える。ハイテクでキラキラのビッグステージを降り、インディーズ歌手として、観客のすぐ近く、シンプルに語りかけるように歌うデニスに、観客の拍手があたたかい。この拍手こそ正真正銘、香港人の香港愛、自由への希求なのだと実感し、デニスと共に心が震える。ロンドンやニューヨークのライブハウスで歌う姿が猛烈にかっこよく、さらに全編に流れるスー監督とデニスによる選曲の楽曲にも、香港への想いをいっそう掻き立てられる。

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©Aquarian Works, LLC

スー監督が、東京フィルメックスのインタビュー(下記リンク)で触れているが、広東語の語尾の跳ねる音やリズム感、そのユニークな響きに私も昔から惹かれてきた。意味がわからなくてもどこか親しみとユーモアを感じる言語。もちろん香港映画の名キャラクターたちが話す音感が記憶に刻まれているのだろう。多様な文化が共棲し、優雅さと洗練、そしてエキゾチックな猥雑さも混在する、トラムが走る景観も含めて魅力ははかり知れない(嗚呼、いますぐにでも飲茶をしに飛んで行きたい)。すべての香港ラバーと共に、デニスと合唱しよう。香港の不屈の精神にエールを送り、油断ならない状況を注視しつづける。それがいま最低限やれることでしかないのが心苦しい。

Information:

監督・脚本・制作:スー・ウィリアムズ
オリジナル音楽:チャールズ・ニューマン
編集:エマ・モリス、撮影:ジェリー・リシウス
字幕:西村美須寿、字幕監修:Miss D
協力:TOKYO FILMeX、市山尚三、資料監修:江口洋子
配給・宣伝:太秦
2020/アメリカ/ドキュメンタリー/DCP/83分

2021年6月5日よりシアター・イメージフォーラムにて公開

★Q&A @第21回東京フィルメックス

『デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング』 Denise Ho: Becoming the Song | 第21回「東京フィルメックス」