REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Review62『悪は存在しない』

「自分自身に正直に、おもしろいと思えることをやる」

 ーー濱口竜介監督の映画の原点

文・福嶋真砂代

(C)2023 NEOPA / Fictive

※「はてなブログ」仕様によるアンダーバー+リンクはRTCの意図とは関係なく、無視しつつお読みいただければ幸いです。

後半ネタバレがあります。ご注意ください。

■超満員のPARCO劇場で『GIFT』を体感

「映画『悪は存在しない』を作るきっかけになったというライブ作品を体感してみたい!」と新幹線に飛び乗った。超満員の渋谷PARCO劇場。濱口竜介x石橋英子のコラボレーションによる『GIFT』*1の一回きりの東京でのライブパフォーマンスに間に合った。石橋英子がステージ上、スクリーンに向かって数々のアコースティック楽器や電子機材の前にスタンバイする。スクリーンには鹿の死骸の頭部クローズアップ。静かに音が立ち上がり、一瞬にして不穏な空気が充満していく。編集によってまるで形を変えた映像とセッションするような石橋のライブパフォーマンスに身を委ねた。濱口監督自身、「編集で数限りなく観ているのにライブを観るたび”新しい体験”をしている」という。「今、これを見て、この音を出しているんだなというふうに、映像と石橋さんの間で生じている相互作用みたいなものが感じられて、音楽によって映像の見え方も変わってくるし、映像によって石橋さんの音の出し方も変わってくる……(公式インタビューより)」と自身が感じた新しい衝撃を語る。まさに身体の細胞が泡立つようにゾワゾワした夜だった。

■あえて小規模ないつものチームで

映画『悪は存在しない』は、『ドライブ・マイ・カー』(21)の制作で意気投合した濱口と石橋が試行錯誤のやりとりをかさね、濱口が「従来の制作手法でまずはひとつの映画を完成させ、そこから依頼されたライブパフォーマンス用映像を生み出す」という過程をたどり、石橋のライブ用サイレント映像『GIFT』と共に誕生した作品。カンヌ国際映画祭はじめ世界各地で大きな反響を呼んだ大規模な作品のあとに、濱口はあえて小規模ないつものスタッフとキャストのチームで、自分の映画作りの原点に立ち戻るように制作した。「改めて自分自身に正直であることは大事なんだな、と。おもしろいと思えることをやる、逆に言えばそう思えないことを無理にはやらないっていう 姿勢から『悪は存在しない』と『GIFT』が生まれたと思います。」筆者の個人的な感覚だが、本作を観てなぜだか少し安心した。おそらく原点回帰的な制作から生み出された濱口作品特有の「居心地の悪さ」が戻っていたからかもしれない。

■人間の「真実」とは何か...

映画の舞台となるのは自然豊かな高原にある長野県水挽町(みずびきちょう:架空の町)。人々が自然の恵みに感謝をしながら助け合って暮らしていた。便利屋を営む巧(タクミ:大美賀均)とひとり娘の花(ハナ:西川玲)の親子も同じく、自然のワンダーのなかで伸びやかに慎ましく暮らす。ある日のこと、東京の芸能事務所がコロナ補助金をめあてに立ち上げたグランピング場建設事業の説明会が行われることに。水のきれいな土地を移住者が自然と共存しながら開拓し発展してきた町なのだが....。

ところで、住民と事業者の丁々発止のやりとりのシーンを見ていて、筆者が初めて触れた濱口作品『Passion』(08、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作)のあるシーンが浮かんだ。それは全編、緻密に書かれたセリフによる会話劇なのだが、なかでも中学校のクラスで「暴力」について語り合う、唐突だが深遠なシーンが織り込まれていたのが強く印象に残っている。その映画のなかで濱口は建前ではなく「本音」で生きること、人間の「真実」とは何か、そして「暴力」について痛烈に問いかけていたように思う。その鋭い切り口に濱口の超絶な技巧、それを長回しで撮る潔さがあり、初期作品からすでにはかりしれない才能の「不気味さ」に慄いたのを思い出す。

■ひどく美しい世界の残酷な最後

『悪は存在しない』に話をもどすと、グランピング建設の「説明会」において住民が事業者に「本音」をぶつけることで、説明担当者の高橋(小坂竜士)と黛(渋谷采郁)は自身の仕事に疑問を持ち、さらには生き方そのものを変えてしまいたい衝動が湧く(それも驚きの展開なのだが)。このシーンは濱口の会話劇の真骨頂であり、綿密なリサーチに基づいた脚本とキャストのリアリティによって現代社会の闇が露わに写し出されていく。一貫して感じる妙味は、対話の重要性を描きながら、対話を重ねてもわかりあえないことに唖然とするしかない現実のドロドロ感。しかしそれでもなお対話にしか糸口はない。そのような人間社会の矛盾と不調和の外では、野生動物は自然の摂理のなかで棲息し、人間はその自然を踏み荒らしバランスを崩す。まさにその微妙な境界線、いまにも足元から崩壊しそうな不安定な薄氷の上に人間はかろうじて生きているのではないか。霧の中に吸い込まれるような謎に包まれたラストシーンに至るまで、知らず知らずに内臓に染み込んでくるような石橋の音楽に誘われていく。そうだ。『Passion』で語りかけていた「外からの暴力」と「内なる暴力」の話。残忍な殺し合いが起こる「戦争」が現実に起こっているいまのこの世界で、「暴力」についてさらに思考を重ねるべきなのだ。するとタイトルに潜む意味にますます危機感と恐怖が帯びてくる。悪は存在しないのか?  冒頭とエンディング付近に現れる木々越しに見える空のカット、その視界は最後の景色となるのだろうか、何度でも確かめてみたくなる。タクミとハナのいる景色、とりわけハナの澄んだ眼差し、しぐさの愛くるしさも含めてひどく美しい世界の残酷な最後を。


※『Passion』について「ほぼ日刊イトイ新聞-ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた」にてインタビューした記事は以下に。濱口監督の映画の原点が語られています。

★GEIDAI2-1(2008-05-25-SUN)

★GEIDAI2-2(2008-05-28-WED)

Information

『悪は存在しない』
監督・脚本:濱口竜介、音楽:石橋英子
編集:濱口竜介 山崎梓
出演:大美賀均、西川玲、小坂竜士、渋谷采郁、菊池葉月、三浦博之、鳥井雄人他
企画:石橋英子 濱口竜介  
配給:Incline
2023年/106分/日本/カラー/1.66:1/5.1ch 

aku.incline.life

*1:京都公演:2024年2月24日(土)京都府 ロームシアター京都 ノースホール 東京公演:2024年3月19日(火)東京都 PARCO劇場  2023年ゲント国際映画祭はじめ世界各地、また東京フィルメックスにて公演

2023年 わたしの10大イベント「CINEMA10」

REALTOKYO CINEMA(RTC)は8年目を迎えました。能登半島地震が元旦に起きるという、あまりにもショッキングな年明けに言葉を失いました。被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。こうして8回目の「RTC CINEMA10」を公開できることに感謝します。今回も、多彩な場所で活動をするいつもの7人のメンバー(澤隆志、石井大吾、松丸亜希子、前田圭蔵、白坂由里、フジカワPAPA-Q、福嶋真砂代)がジャンル、上映形態、公開年問わず、2023年に観たなかでかなりグッときた作品をセレクトしました。バラエティ豊かな10選をお楽しみいただければ幸いです。今年もゆるいながらも映画をキーとして繋がれるRTCでありたいと願いつつ、2024年もよろしくお願いいたします。

※「はてなブログ」仕様によるアンダーバー+リンクはRTCの意図とは関係なく、無視しつつお読みいただければ幸いです。

<2023 RTC CINEMA10>
★澤 隆志の2023 CINEMA10

コメント:能登半島地震の被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。true story: 関東大震災 映像デジタルアーカイブ」はこの先の100年先も残していきたい映像。based on a true story: 「アシスタント」と「スピニアールト」は全くタイプの違う映画だが、地域社会の調査をエクスキューズとして用いるリサーチベースの作品に喝をいれるような刺激作!to story: 壮大なお人形さんごっこ世界のエンタメでお腹いっぱいにしながらも女と男の立場を更新しようとする「バービー」、チェコ最後の女性死刑囚という稀有な存在を不安定な魅力で描き切る「私、オルガ・ヘプナロヴァー」、さいたま市のとある公共建築をキメキメのSFミュージカルに仕立てる「ミハイル・カリキス《ラスト・コンサート》」らにも脚本(調査)が悪目立ちしない潔さを感じた。to body: 信仰の実在と疑惑に苛まれながら普通におならや脱糞できる人間存在「ベネデッタ」や、都市の膀胱や肛門を暴く「RODE WORK ver. UNDER CITY」に爆笑できたし、「SISU」や「シック・オブ・マイセルフ」のボディホラー/コメディも堪能できたので、2023年は総じていい年だった。

『アシスタント』(C)2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.
  1.  関東大震災 映像デジタルアーカイブ https://kantodaishinsai.filmarchives.jp/
  2. 『アシスタント』https://senlisfilms.jp/assistant/
  3. 『スピリアールト』http://www.imageforumfestival.com/2023/program-e
  4. 『バービー』https://wwws.warnerbros.co.jp/barbie/
  5. 『私、オルガ・ヘプナロヴァー』https://olga.crepuscule-films.com/
  6. 『ミハイル・カリキス《ラスト・コンサート》』

    https://www.youtube.com/watch?v=gV01upvOWbI

  7. 『ベネデッタ』https://klockworx-v.com/benedetta/
  8. RODE WORK ver. UNDER CITY』

    https://ccbt.rekibun.or.jp/events/rodework_ver_undercity

  9. 『SISU 不死身の男』https://happinet-phantom.com/sisu/
  10. 『シック・オブ・マイセルフ』https://klockworx-v.com/sickofmyself/
★石井大吾の2023 CINEMA10

コメント:この企画に参加させていただいて5年目となります。改めて自分で選定基準を考えてみると、素晴らしい作品と言えるかどうか、というよりは今の自分に響いたかどうか、ということになるでしょうか。素直に選ぶことを心がけています。その結果、多くの方が話題にし絶賛した巨匠たちの作品は私にはこのリストに入れることができませんでした。かつてのめり込んだ映画、小説、音楽が、今は響かないということはありますよね。ここでは書ききれませんが、その作品について、自分が10本に選ばない理由について考えることはとても重要に思います。くるりサニーデイ・サービスというバンドは私の10代を支えてくれたとも言えますが、20代30代はすっかり距離を置いていました。しかし、今も新しい音楽を生み出し続け、再び私の心を捉えています。バンドの構成は変わりつつも、常に今を更新し続ける姿は凄いとしか言いようがありません。このリストで悩んだ作品は「郊外の鳥たち」です。ちょっと捉えどころがなく戸惑いもありましたが、変わりゆく風景に対する感情を、中国の若い作家が不思議な映像詩として描いてくれたことが、とても希望のあるように思えたのです。10の作品を選ぶということは、その時の自分の感情を確認するという行為なのかもしれません。

『郊外の鳥たち』
  1. 『少女は卒業しない』https://shoujo-sotsugyo.com/
  2. 『ケイコ目を澄ませて』https://happinet-phantom.com/keiko-movie/
  3. 『TAR』https://gaga.ne.jp/TAR/
  4. 『帰れない山』https://www.cetera.co.jp/theeightmountains/
  5. 『郊外の鳥たち』https://www.reallylikefilms.com/kogai
  6. 『愛にイナズマ』https://ainiinazuma.jp/
  7. 『市子』https://happinet-phantom.com/ichiko-movie/index.html
  8. BLUE GIANThttps://bluegiant-movie.jp/
  9. くるりのえいが』https://qurulinoeiga.jp/
  10. 『ドキュメント サニーデイ・サービスhttps://films.spaceshower.jp/sunnyday/
★松丸亜希子の2023 CINMA10

コメント:2014年の夏に新潟県長岡市に移住し、10年目に突入しました。地方暮らしも板に付き、ライターや養育里親の活動をしながら、ゆったりした時間の流れに身を委ねる日々。そんな中でも、やはり映画は劇場で!と、この「CINEMA10」を意識しつつ市内唯一のシネコンに足繁く通い、1時間ほど車を飛ばして新潟市の市民映画館シネ・ウインドに出かけています。リストは劇場で観て印象的だった作品を観賞順に並べたもの。REALTOKYOで取材した監督たちの新作は必ずチェックするようにしていますが、是枝さん、冨永さん、石井さんの作品(石井さんは2本)はどれも見応え十分でした。リストに入りきらなかった作品も多々あり、新潟県内でこれだけ観られるんだから、わざわざ東京まで行かなくてもいいか〜と、ますます足が遠のきそう。試写をはしごし、国内外の映画祭を取材していた日々がちょっと懐かしいです。

『EO イーオー』
  1. 『トリとロキタ』https://www.bitters.co.jp/tori_lokita/
  2. 『TAR/ター』https://gaga.ne.jp/TAR/
  3. 『EO イーオー』https://eo-movie.com
  4. 『波紋』https://hamon-movie.com
  5. 『怪物』https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/
  6. 『小説家の映画』https://mimosafilms.com/hongsangsoo/
  7. 『バービー』https://wwws.warnerbros.co.jp/barbie/
  8. 『白鍵と黒鍵の間に』https://hakkentokokken.com
  9. 『月』https://www.tsuki-cinema.com
  10. 『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』https://kotfm-movie.jp」
★前田圭蔵の2023 CINEMA10

コメント:先日、青梅に住んでいるという職場の研修生と昼休みに少々雑談をした。年始に奥多摩の御岳山をハイキングした際、日の出山頂から一望することのできた関東平野の眺めについて、思ったより遥かに広大な昭和記念公園(旧立川基地)と横田基地について、その向こうのもっこりとした狭山丘陵について、武蔵五日市から御岳山頂へとつながる金毘羅尾根について、などなど。かつてより、多摩と呼ばれる地域には幾つもの街道があり、そこには大勢の人が住まい、林業や養蚕などの産業で活気に満ちていたという。その中心地のひとつであった青梅には3軒の立派な映画館があったという。今、青梅には、木造建築でできた「シネマネコ」という映画館があり、意欲的な上映プログラムや企画を組んで奮闘している。こうした地域に根付く映画館の存在は、そこに住んでいない僕らにとっても、映画を通じてなんとなくつながっているような気がして頼もしくもあり、嬉しくもある。最近みた中では、「ファースト・カウ」が秀逸だった。ゆったりとした光に満ちた冒頭シーンから始まる謎めいた物語。まるで心臓の鼓動が聞こえてきそうな静寂と闇に包まれた世界。まさに、不意打ちをくらったような映画体験。「鳥には巣、蜘蛛には網、人には友情」(ウィリアム・ブレイク)。

『ファースト・カウ』(C)2019 A24 DISTRIBUTION. LLC. ALL RIGHTS RESERVED
  1. 『コンパートメント No.6』 https://comp6film.com
  2. 『別れる決心』https://happinet-phantom.com/wakare-movie/
  3. 『少女は卒業しない』https://shoujo-sotsugyo.com
  4. 『TAR ター』https://gaga.ne.jp/TAR/
  5. ゴダール 反逆の映画作家https://mimosafilms.com/godard/
  6. 『怪物』https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/
  7. 『ママと娼婦』(4Kデジタルリマスター版)https://jeaneustachefilmfes.jp
  8. Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022+』

    Ryuichi Sakamoto Premium Collection | 109CINEMAS

  9. 『枯れ葉』https://kareha-movie.com
  10. 『ファースト・カウ』http://firstcow.jp/

★白坂由里の2023 CINEMA10

コメント:(1)は社会の中で弱い立場にある老人と子どもが出会う物語。完成して3日後に亡くなった詩人で映画監督の福間健二さんの遺作となった。老人は今と過去を同時に生き、未来を前に今がもどかしい少年少女は浮遊する。福間さん自身も主演し、自身の姿と新しい世代への思いの丈を映画に刻みつけて、明るさをもって生き切ったように見えた。福間さんに偶然お会いしたのは2014年の奄美。福間作品のプロデューサーでパートナーの恵子さんも一緒に、ディレクターの宮本隆司さんの案内で「徳之島アートプロジェクト」を巡った。岩に描かれた線刻画と古来の傷や染みとの見分けがなかなかつかず、福間さんと目を凝らしたのも楽しい思い出だ。「きのう生まれたわけじゃない」とは「子ども扱いしないで」という抵抗の言葉だが、勇気が湧くおまじないのよう。深刻な事態でもこれまでの経験を信じよと。今日生まれ変わることもできるよと。「人は人に出会い、なにかを受け取り、与え合うことで、小さな希望をつかむことはできる」という言葉は10本すべてに言える。歌う福島県復興公営住宅の住民さん(2)にもヒッチハイクする陽子(4)にも。また、(9)(10)は、昨日今日生まれたわけじゃない根深い組織的問題に抗う個人の声が多声になる映画だった。

『きのう生まれたわけじゃない』© 2023 tough mama
  1. 『きのう生まれたわけじゃない』https://kino.brighthorse-film.com/
  2. 『ラジオ下神白』https://www.radioshimokajiromovie.com/
  3. 『春をかさねて』『あなたの瞳に話せたら』https://aruharufilm.tumblr.com/
  4. 『658Km 陽子の旅』https://culture-pub.jp/yokotabi.movie/
  5. 『目の見えない白鳥さん、アートを見に行く』https://shiratoriart.jp/
  6. 『ファースト・カウ』http://firstcow.jp/
  7. 『トリとロキタ』https://www.bitters.co.jp/tori_lokita/
  8. 『aftersun/アフターサン』https://happinet-phantom.com/aftersun/index.html
  9. 『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』https://www.universalpictures.jp/micro/shesaid-sononawoabake
  10. 『妖怪の孫』

    映画「妖怪の孫」 | 映画 | テレビマンユニオン | TV MAN UNION

★フジカワPAPA-Qの2023 CINEMA10

コメント:音楽系映画公開順。1:ジュゼッペ・トルナトーレ監督による映画音楽巨匠エンニオ・モリコーネ2:ジャズのサックス、ピアノ、ドラムの若者が世界を目指すアニメ。音楽は上原ひろみ、石若駿ら。3:冒頭の「2001年宇宙の旅」パロディで秀逸コメディと分かる。ジェンダー問題を鋭く解析。4:1970年、ロンドンでの米ロックバンドCCRのライヴ。5:ポップス女王のLAでの巨大コンサート163分。どうやって撮ってるの?てな場面も。6:名盤『つずれおり』の2年後、1973年のNYでのライヴ。7:2018年に49歳で急逝した米国のジャズ・トランペッター最期の欧州ライヴを追った記録。8:ジョン・ゾーンの世界各地での多彩な活動を収めたドキュメンタリー3部作。現在4作目制作中。9:指揮者、作曲家のレナード・バーンスタインブラッドリー・クーパーが監督主演で描く。10:5年ぶりのアキ・カウリスマキヘルシンキの片隅に生きる男女の愛と希望の物語。音楽たっぷりなのも最高。さて、こんな南北グローバル戦争の時代に、音楽や映画等の文化、芸術をどう考えれば良い?正気を保つ為に、人生にこれらが必要なのだが。が、実はヒトには政治経済も重要なんだよね。ふうむ…。

モリコーネ 映画が恋した音楽家
(C)2021 Piano b produzioni, gaga, potemkino, terras
  1. モリコーネ 映画が恋した音楽家https://gaga.ne.jp/ennio/
  2. BLUE GIANThttps://bluegiant-movie.jp/
  3. 『バービー』https://wwws.warnerbros.co.jp/barbie/
  4. クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル トラベリン・バンド』http://ccr.onlyhearts.co.jp/
  5. テイラー・スウィフト THE ERAS TOUR』http://towapictures.co.jp/taylor/
  6. キャロル・キング ホーム・アゲイン ライヴ・イン・セントラルパーク』https://www.carolekingthemovie.com/
  7. 『ロイ・ハーグローブ 人生最期の音楽の旅』https://www.universal-music.co.jp/roy-hargrove-movie/
  8. ZORN Ⅰ,Ⅱ, Ⅲ』https://zorn.my.canva.site/
  9. 『マエストロ その音楽と愛と』https://www.cinema-lineup.com/maestro
  10. 『枯れ葉』https://kareha-movie.com/

★福嶋真砂代の2023 CINEMA10

コメント:1)オゾンが描く家族の尊厳死。父の最期を看取る感情の機微を繊細に演じるソフィーがとにかく愛おしい。2)インターネット黎明期のIT研究界で筆者自身見聞きしたすべてが描かれ、懐かしさと共感がこみあげる。東出昌大の演技は迫真だが、天才技術者金子勇の本質からは乖離があるような 3)オゾン(2本目)による見事なファスビンダー本歌取り。本歌と見比べるとおもしろ味倍増。4)クラプトンR.A.H.公演をリアル体験した身には至福と感涙でぐちゃぐちゃに。もう言うことなし。5)安藤サクラと山田涼介の異色コンビのコテコテなのに透明な化学反応、さらに『燃えよ剣』オマージュサービスまでつけちゃう原田眞人監督。 6)7)は’23映画祭で突出した2本。8)は母娘の特殊な関係性、大きすぎる父の存在。シャルロットの感性豊かな初監督作品9)10)はこれぞエンタメ映画の醍醐味。特に10)は宇宙の原理を凝縮した痛快コメディカオス理論、すんごい「叡智」のシャワーを浴びたか。この勢いでサードアイ開眼⁉ 険しい新時代を生き抜いていけと...? 超能力ほしいかも!

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
(C)2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
  1. 『すべてうまくいきますように』https://ewf-movie.jp/
  2. WIinnyhttps://winny-movie.com/
  3. 『苦い涙』https://www.cetera.co.jp/nigainamida/
  4. エリック・クラプトン アクロス24ナイツ』http://clapton.onlyhearts.co.jp/
  5. 『バッドランズ』https://bad-lands-movie.jp/
  6. 『ゴンドラ』https://2023.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3601CMP06
  7. 『冬眠さえできれば』https://filmex.jp/program/fc/fc4.html
  8. 『ジェーンとシャルロット』https://www.reallylikefilms.com/janeandcharlotte
  9. 『オペレーション・フォーチュン』https://operation-fortune.jp/
  10. 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』https://gaga.ne.jp/eeaao/
●選者プロフィール

・澤隆志:2000年から2010年までイメージフォーラム・フェスティバルのディレクターを務める。現在はフリーランス。パリ日本文化会館、あいちトリエンナーレ2013、東京都庭園美術館青森県立美術館、長野県立美術館などと協働キュレーション多数。「めぐりあいJAXA」(2017-)「写真+列車=映画」(2018)「継ぎの時代」(2021-)などプロデュース。

・石井大吾:2008年よりDaigo Ishii Designとして活動開始。建築やまちづくりのプロジェクトに携わる。2009-2015年には中野にてgallery FEMTEを運営。 2018年からは株式会社アットカマタの活動にも参加し、2019年に京急梅屋敷にKOCAをオープン。2019年より徐々に房総半島に拠点を移行中 。https://www.daigoishii.com/

・松丸亜希子:1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中に旧REALTOKYO創設に携わり、2016年まで副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。

・前田圭蔵:世田谷美術館学芸課を経て、80年代後半より音楽やコンテンポラリー・ダンスを中心に舞台プロデュースを手掛ける。F/T11、六本木アートナイト、あいちトリエンナーレ2013パフォーミング・アーツ部門プロデューサーなどを歴任。現在は東京芸術劇場に勤務。旧realtokyo同人。

・白坂由里:神奈川県生まれ、小学生時代は札幌で育ち、現在は千葉県在住。『WEEKLYぴあ』を経て1997年からアートを中心にフリーライターとして活動。学生時代は『スクリーン』誌に投稿し、地元の映画館でバイトしていたので、いまも映画に憧れが……。

・フジカワPAPA-Q:選曲家、DJ、物書き、制作者等。NHK-FMゴンチチさんの番組「世界の快適音楽セレクション」選曲構成。コミュニティ放送FM小田原の番組制作者として、巻上公一さん等の番組担当。フジロックで開催のNO NUKESイベント「アトミックカフェ・トーク&ライブ」(MCは津田大介さん)制作。等々色々活動中。

・福嶋真砂代:RTC(REALTOKYO CINEMA)主宰。航空、IT、宇宙業界勤務を経てライターに。『ほぼ日刊イトイ新聞』の「ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。」などコラム寄稿(1998-2008)。桑沢デザイン塾の黒沢清諏訪敦彦三木聡監督を迎えたトークイベント「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター&MC(2009)。現在はRealTokyoや雑誌「キネマ旬報」にも寄稿しています。

realtokyocinema.hatenadiary.com

 

TIFF Review:『雪豹』(第36回東京国際映画祭 コンペティション部門)

ペマ・ツェテン監督の最後の贈り物

取材・文:福嶋真砂代

Snow Leopard@tiffjp2023

『雪豹』(第36回東京国際映画祭グランプリ作品)は、小説家でもあり、チベットの映画監督として世界から称賛を受け、今年急逝したペマ・ツェテン監督の遺作のひとつである。静と動、緩急自在に、生命への敬いや現代社会における野生動物との共生を問いかける一作だった。

ふたりのテレビクルー(レポーターとカメラマン)が乗り込む車。絶滅危惧種として保護対象となっている白い豹(雪豹)を撮影しようと、道中、クルーの友人の若いラマ僧をピックアップし、僧の家のあるチベット山奥の牧場へと向かう。雪に覆われた壮大な自然を背景に、ロードムービーのようにリズミカルに映画がはじまる。さていよいよ牧場へ着くと、高い塀に囲われた羊の群れのなか、距離をとって歩き回る一匹の雪豹が現れる。どんなに猛々しいのかと思うと、意外におとなしく登場した豹は、牧場で問題を起こし囚われ、生死を人間の手に握られた哀れな存在だった。牧場の後継者であるラマ僧の兄(ジンパ)は「こいつは9匹もの羊を殺した。だから、早く処分すべきだ。それに国から補償してもらわないと割に合わない!」とカメラに向かって鼻息荒く訴える。しかし老父はことを荒立たせずに豹を逃してしまいたいと考え、弟である僧は何か思いを秘めているようだ。じつは僧は「雪豹法師」と呼ばれ、雪豹を追いかけ奇跡的な写真を撮る写真家に憧れて活動していた。雪豹との強い縁を感じて「殺す」ことを恐れていた。そこに自然保護官と警察官がやってきて事情聴取を始めると、勢い余る兄と警察官の小競り合いがはじまる。テレビクルーはスクープ映像を撮りたいが公務員の警官は撮影を阻止しようとする。実際にはシリアスな出来事をドタバタコントのように、ちゃかしはしないが「おもしろく」捉えている。とりわけ、ジンパ演じる兄ジンパの、講談師のごとくまくし立てるチベット語の長ゼリフシーンは圧巻! ツェテン監督作品ですばらしい演技で魅せてきたジンパの腕の見せどころであり、「動」を示す映画のひとつのクライマックスだ。

ところでレポーター(ション・ズーチー)は、家に残してきた妻に、暇さえあればご機嫌とりの電話をかけるが、テレビマンの妻はセレブ気取りで夫には気がない様子…? 対して、牧場のジンパの妻は夫に従順、古風な妻であることを強調(とは言え、女性の秘めた強さは過去作と同じくひしひしと伝わる)される。サイドストーリーのような夫婦の比較の描写も監督が社会に問いかける仕掛けだろう。僧の父にクルーが持参した特大バースデイケーキで盛り上がるクルーたち(少し観客おいてけぼりな感じもしたが…)。ケーキをとりわける順序に年配の人を敬う姿を示しながら、仕事として撮影を成功させたいクルーの下心も隠れている。寝る前に騒いだホラー話から一夜明けて、するりと動から静へ、ラマ僧が体験した雪豹との不思議な縁を語る神秘のシーンがやってくる。神秘体験に人間はどんな反応をして、人生にどんな影響を与えるのか。あるいは、その啓示に気づかず通り過ぎ、また過ちを犯すのか…。人間への警告も示唆されるラマ僧の心象風景は(たとえCGが気になるとしても)、チベットの神と繋がる精神を十分に感じさせる厳かさがある。

過去に東京フィルメックスでは「オールド・ドッグ」(11)、「タルロ」(15)、『羊飼いと風船』(19)(『気球』というタイトルでコンペティション部門出品)の三度の最優秀作品賞を受賞したツェテン監督。『羊飼いと風船」が日本劇場初公開され、今後の活躍を期待されていた矢先の訃報に驚きは消えない。古いしきたりや時代の新風、また世代間の隔たりや人々の宗教観の変化など、ニュースではわからないチベット社会の内面を丁寧に、独特のユーモアを用いて描いてきた。本作が映画祭でグランプリを受賞したことはとても嬉しい。映画祭には監督作品常連の俳優のジンパさんはじめキャスト、プロデューサーが来日し、作品について語っていた。しかし監督自らの声を聞けないとは寂しいかぎり。今作の撮影が過去作を手がけたリュ・ソンイエからデルボー・マティアスに変わったことや、大胆なCGを使うなど、監督は新たな領域に挑戦していたことは間違いない。エンディングに流れるドラム音楽が身体に深く染み渡る。ーペマ・ツェテン監督に感謝と哀悼の意をこめて。

Information:

監督:ペマ・ツェテン
キャスト:ジンパ、ション・ズーチー、ツェテン・タシ

109分/カラー/チベット語、北京語/2023/中国

TIFF Review:『PERFECT DAYS』(第36回東京国際映画祭 オープニング作品)

映画とは、未知の領域への途方もない旅である:ヴィム・ヴェンダース

取材・文:福嶋真砂代

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36東京国際映画祭のオープニングを飾った『PERFECT DAYS』。カンヌ国際映画祭でエキュメニカル審査員賞と最優秀主演男優賞(主演:役所広司)のダブル受賞直後のジャパンプレミアだった。ドイツのヴィム・ヴェンダース監督(以下、ヴェンダース)は上映前の舞台挨拶で「(観たあとに)ドイツ人監督が撮った映画だと思うでしょうか?」と日本の観客の反応におおきな関心を寄せていた。「The Tokyo Toilet プロジェクト」の一環として「写真でも、短編映像でもなんでもいい」と製作の柳井康治から制作オファーを受けたヴェンダース。配給も未定のままに短編から始まった作品が「こんな形で帰ってくるとは…!」役所もジャパンプレミアに感慨を新たにしていた。(以下、いくつかのインタビューや記者会見資料を参考に構成した。)

小津安二郎トリビュート映画」と呼んでもいいでしょうと話すヴェンタースは、主人公「平山」の命名はじめ、小津へのオマージュを捧げつつ、しかし小津と異なり「僕はハンディカメラを使いました」とオリジナルな点も明かしていた。オマージュとオリジナリティのさじ加減が心地よく感じる。

「平山の“宇宙”を明かす旅」に出る

■平山とはどんな人物か

「平山がうらやましい」とヴェンダースも、平山を演じた役所も口をそろえる。そんな「平山」とはどんな人物なのか?「映画とは、未知の領域への途方もない旅です。どうしたらいいのか、どう撮ったらいいのか、平山についても知らないし、わからない。なにもわからないから映画を作るのです」とヴェンダース語る。つまり、観客も、役所のなめらかでチャーミングな演技(田中泯によると役所も踊っているようだったと)に引き込まれながら、平山を知る「旅」に出る。

朝5時。「シュッシュッ。」アパートの外からいつもの音がする。時計のアラームを止めて、平山は起床する。歯を磨き、髭を剃り、身支度をして、植物に水をやり、仕事に出かける。都会のスタイリッシュな公衆トイレの清掃を生業とするひとりの男のルーティンをドキュメンタリーのように追いかけ、シンプルだが整然とした、「美学」さえ宿る平山の暮らしを知る。平山の好むこと、嫌うこと、人付き合いの節度、あそび心(顔もわからない相手とゲームしたり)など内面も垣間見せてくれる。古本屋をのぞいて本を買う。木々に小さなフィルムカメラを向ける。馴染みの店に立ち寄って晩酌する。平山は仕事にも、人にも誠実に向き合う。逃げたりはしない。人生の葛藤や後悔もあるに違いない。だけど万物は移りゆく。また平山に新しい夜明けが来る。やがて「旅」に終わりがくるとしても...。「平山の“宇宙”を明かすこと」それが映画なのだとヴェンダースが語る。その宇宙は次第に自分自身の中にも広がりゆくことに気づく。

■「木漏れ日」、そして音楽

ヴェンダースが映画の核とした「木漏れ日」の映像の美しさ(ドナータ・ヴェンダース撮影による)、それは刹那であり、それに出逢うのは、その人、たったひとりだ。その喜びに感謝する平山の生き方を「牢獄からの脱出方法でもある」という表現をした(カンヌ記者会見)。そのことは「ユニークだが大切で、やや“ユートピア的”なのだともヴェンダースは語っている。「一冊だけ本を買う、音楽も一つだけ、その一曲を流すとき、新しい世界の創造なのだ」と。まさに音楽。ヴェンダースの強烈な印は、カセットテープから流れる楽曲にあるだろう。共同脚本の高崎卓馬と共に選曲した70’-80’sソングスが流れる完璧なタイミング。反則なほどにヴェンダースにしか創れない世界観が生まれ、ニーナ・シモン、アニマルズ、パティ・スミスローリング・ストーンズヴェルヴェット・アンダーグラウンドオーティス・レディングキンクスヴァン・モリソンルー・リードらに痺れまくる。

田中泯ヴェンダース

最後にダンサー田中泯の起用について。友人であるピナ・バウシュドキュメンタリー映画『Pina/ピナ・バウシュ──踊り続けるいのち』に出演)が絶賛した田中泯というダンサーの存在に、ヴェンダース自身も大いに惹かれたという。田中は、その姿を誰も見ようとしない、あるいは見えていない「ホームレス」を演じる。「ここで踊ってくださいと言われ、長い時間木々の周りで踊り、やがて僕は木になっていく。それはそれはうれしかったです」と田中は撮影を振り返る。その存在を、しかし平山には見えている、という描写がある。「ふたりが認識しあう瞬間は、僕の大好きなモーメントです」とヴェンダースは語る。そしてその踊りは短編作品となり同映画祭でジャパン・プレミア上映された(『Somebody Comes into the Light』)。田中泯の踊りがヴェンダース監督作品からスピンオフは、『PERFECT DAYS』が遺す貴重なギフトと言えよう。

■さいごに

「『ベルリン・天使の詩』の続編は作らないのか」というカンヌでの記者の質問に対し、ヴェンダースは、「ある意味、平山は“エンジェル”のような存在かもしれない。『PERFECT DAYS』は僕にとって”スピリチュアルな映画”と言えると思う」と答えていた。今回の東京国際映画祭は初日から最終日まで、審査員委員長も務めたヴェンダースのスピリッツとチャーミングな人柄に包まれるような映画祭だった。コロナ禍を乗り越え、充実した「パーフェクトデイズ」であったと筆者は感じた。

Information:

2023年/124分/G/日本/配給:ビターズ・エンド
キャスト:役所広司柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未石川さゆり田中泯三浦友和 他 
脚本:ヴィム・ヴェンダース 高崎卓馬 
製作:柳井康治 / エグゼクティブ・プロデューサー :役所広司 
撮影 :フランツ・ラスティグ 、ドナータ・ヴェンダース
2023年12月22日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開

 

TIFF Review:『ゴンドラ』(第36回東京国際映画祭 コンペティション部門)

発想力豊かに、世界はこんなに楽しくなる

取材・文:福嶋真砂代

Gondola© Boryana Pandova

ドイツのファイト・ヘルマー監督(『ブラ物語』(TIFF2018コンペティション部門)が『ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を』の邦題で劇場公開)の最新作が東京国際映画祭コンペティション部門にてワールドプレミア上映された。映画が始まる瞬間からみるみる顔がほころび、全身の細胞が泡立つようにワクワクを感じる作品だった。

主演キャストのふたり、マチルデ・イルマン、ニニ・ソセリアのキュートな色気、ときにコケティッシュな演技のすべてがかわいらしく印象的。彼女たちのスウィートな恋の冒険にドキドキし、そうかと思えばふたりに立ちはだかる障壁、ゴンドラ運営会社の前時代的なボスのいじわるを知性と行動力ではねかえす、そんなイナセな侠気に炭酸ソーダを飲んだような爽快感も味わうのだ。

ある日、ひとりの若い女性が山間のゴンドラ運営会社に新人乗務員として採用され、新しい制服に身を包むと、たったひとりの先輩乗務員と交わすゴンドラ・コミュニケーションが始まる。この映画にはセリフがない。しかし豊かな表情、動き、そして様々な音や音楽が饒舌に語る。なんといっても彼女たちの創意工夫とDIYの力! ゴンドラ越しにチェスを指し、牛を運び、やがてゴンドラは船になり、はたまたロケットに、めくるめく「着替え」(Q&Aより)を重ねていく。山間の小さな村から世界へ、そして宇宙へとイマジネーションが拡張する。村の住人たちを巻き込みながら、観客をおとぎの国へいざなう不思議なゴンドラ。だけど決してイマジネーションの世界に留まらない、彼女たちは謎掛けのようなゲームを、実にたくましくやってのける(実際のところ、美術制作の能力の高さが際立っている)。

Gondola© Boryana Pandova

奇想天外、夢のような物語なのに、荒唐無稽さは感じない。このリアルな説得力はいったいどうやって生み出されたのか? ヘルマー監督は「私の映画には"怪物”は登場しないし、奇跡も起こらない。絶対に起こり得ないことは描かないというのが私の鉄則」と語る(東京国際映画祭2023公式インタビュー)。そのための撮影の苦労ははかりしれない。「ジョージアのケーブルカーには何か魂が宿っているような気がしました。」「あのケーブルカーはジョージアで最も高い場所にあるケーブルカーと言われていて、危険な状況も撮影中に実際に起きていましたが、No Pain, No Gain=リスクなくして得るものはない、と思い、作品作りに臨んでいました。」また「ケーブルカーは実際には1つしかありませんでしたが、それを何往復もさせ、更にVFXを使って2個あるように見せています。私たちの予算はすべてそのVFXに費やしていました。」と本作を作るきっかけと驚きの裏話を語る。また物語はLGBTQという要素もあり、ジョージアでの撮影許可取りが難しかったことも明かした。

「乗り物からインスピレーションを得ている」というユニークな世界観の描き方は『ブラ物語』の中心的存在だった鉄道に引き続きブレがない。また映画は「旅」なのだとも語っていたが、本作もその「旅」を体験することで、人間の知性や発想、行動力を信頼していることがわかる。仮に、どん底の心情でこの映画を観始めた人がいても、オープニングの瞬間から笑顔がこぼれだすのではないか。人間への信頼、希望を体現している傑作と言えよう。苦境のときこそ、発想を転換し、激動の時代を生き抜きたい。

Information

監督:ファイト・ヘルマー
キャスト:マチルデ・イルマン、ニニ・ソセリア
82分/カラー/セリフなし/字幕なし/2023年/ドイツ/ジョージア