REALTOKYO CINEMA

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Interview 012ピート・テオインタビュー(「伝説の監督 ヤスミン・アフマド特集」&『自由行』)

僕の問題は「ノー」と言えないことかな

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ピート・テオさん

シアター・イメージフォーラムで開催中(7/20~8/23)の「伝説の監督 ヤスミン・アフマド特集」に際して来日したピート・テオ(『グブラ』楽曲、『タレンタイム』楽曲&音楽)にインタビューした。映画プロデュースや音楽活動など多方面で活躍するテオは、俳優としても心を掴む存在感を残す。昨年の第19東京フィルメックスで上映された、イン・リャン監督の静かな衝撃作『自由行』(英題「A Family Tour」)での妻を支える穏やかな夫ぶりも記憶に新しく、公開が待たれる。未来を見据え、あたたかく鋭い視点で描いた数々の良作を遺し51歳で早逝したアフマド監督との懐かしい話を紹介し、また『自由行』の撮影エピソードや作品の意義についても熱く語ってくれた。まわりに気を遣う優しさとどこか自由で楽しい空気感が印象に残る。

取材・文:福嶋真砂代

★ヤスミン・アフマド監督について

ーー今回は没後10周年の特集上映ですが、ヤスミン・アフマド監督との出会いは、ピートさんの人生にとってどんな意味があったのでしょうか。

いまでこそ彼女は「レジェンド」と呼ばれたりしますが、僕にとっては“友人”です。彼女は本当に素敵な友人のひとりでした。アマニ(・シャリフ)さんにとっても「お母さん」のような存在だったと思います。彼女がヤスミンに会った時はとても幼い、10代の子供でしたからね。僕の音楽作品を好きになったヤスミンがメールをくれたのが出会いです。まだヤスミンが有名ではない頃です。一緒に仕事をするときも、彼女がボスで僕が部下という関係性ではなく、「コラボレーション」をしている感じでした。それは僕に対してだけではなくて、誰に対しても。そうやってよい信頼関係を築いていました。

 『タレンタイム〜優しい歌』のとき、僕が音楽を作っているスタジオに一度も、本当に一度も顔を出しませんでした。曲を書き終えて、ライブでその曲を弾いて聴かせて、彼女は「いいね」と言いました。

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© Primeworks Studios Sdn Bhd

ーー「I go」という曲を聴いたヤスミン監督がピートさんに深夜3時に興奮の電話をかけてきたのは、いまやとても有名なエピソードですが、それほど気のおけない友達関係だったのだなとよくわかります。

そうですね。彼女は仕事で忙しく、僕はちょうど日本や韓国や、いろんな国をツアーで回っていた頃です。時差もあるから、メールでいつも話をしていたようないわゆるテキストフレンドでした。

ーー『タレンタイム 』のなかで「I go」が使われるシーンでは、ギターを弾いているマレー系の男子学生の隣に、中華系の男子(ハワード・ホン・カーホウ)が椅子を持って現れて、寄り添うように二胡を伴奏しはじめます。それまで合い入れなかった二人の気持ちが溶け合う、鳥肌が立つようなクライマックスシーンです。

はい、僕は二胡が大好きなんです!

ーー初めから「I go」の曲の中には二胡のパートがあって、ヤスミン監督があのシーンを演出したということでしょうか。

そのとおりです。あの曲がありきで、ヤスミンは映画を作りました。彼女も二胡が好きなのです。

ーーいまの流行り言葉を使うなら「超エモい」(エモーショナルな)シーンだと思いました。

僕もそう思います。あの曲にヤスミンが取り憑かれていたので、いろいろ曲のことを聞きたがりました。僕はあの曲を5分で、言わば直感的に作ったので、よく説明ができないのです。僕はだいたいにおいてそういうスタイルで作っていて、自分でもあとで考えて納得する感じです。でも深くは考えないようにしています。だから彼女からいろいろ質問されても僕はうまく答えられなくて、「たまたま書いた1行の詩だよ」みたいに話していました。

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© Primeworks Studios Sdn Bhd
 ひと、その関係性が音楽のインスピレーションを引き出す

ーーそうやって音楽がピートさんに降りてくるというのは、何かきっかけがあったのですか?

これも説明するのは難しいんです。実はヤスミン自身も同じく直感的なところがあります。どうやってアイディアが降りてくるか、彼女だってわからない。僕もわからない。目の前にあるものをパッと掴む感じです。ヤスミンは信仰が厚い人なので、神の力だと思うかもしれません。でも僕は信心深くないし、それも説明にならないのです。

ーー場所のインスピレーションはありますか。

僕は場所というよりも「ひと」ですね。ひとがいなければ場所は意味を持たないし、「関係性」というのもインスピレーションの源です。

★『自由行』(イン・リャン監督、2018)について

香港人が話す北京語をマレーシア人が話すことの難しさ

 ーーピートさんが出演された『自由行』は去年の東京フィルメックスで上映されました。中国に住む母の団体の台湾旅行に乗じて、香港に移住した娘が母と再会する計画を実行するという、複雑な政治事情を背景に起こるストーリーは、スリリングで、想像を越える困難な状況が描かれました。そのなかで、妻を支える「夫」の、穏やかで普通に徹しているピートさんの演技がとても印象に残っています。夫役を演じられていかがでしたか?

この役は演じる上でとてもとても難しいものでした。2つの理由があって、ひとつには言葉の問題がありました。とは言えちょっとわかりにくいかもしれません。まず「夫」の設定は「香港人」ですが、私はマレーシア人です。香港人にとっても北京語は母国語ではないし、私も北京語を話しますが、マレーシアで話される北京語は(中国本土で話される北京語とは)少し違うのです。香港人が話す北京語というものを話さなければならなかったのですが、彼らの北京語はあまり上手ではないのです。だから僕は自分の能力を少し下げて、かつ香港っぽい訛りを身につけなければなりませんでした。また香港では広東語が母語です。そして香港で話される広東語はマレーシアで話されるそれとはまた違います。でも広東語を話すことに関しても「ネイティブ」レベルに話さなければならない。実際、言語のための訓練はかなりしました。

もうひとつの難しさですが、この夫役は「助演」で、かつとても「いい人」。こんな人いないんじゃないかと思うほどナイスすぎるのです(笑)。このような人を演じると、すごく退屈になりがちです。映画としても「いい人」というのは大きなインパクトを与えません。このナイスな人を退屈な人として演じない、そのことは僕にとってチャレンジでした。目立ちすぎてはいけない、いつも控えめに、穏やかにいなくてはなりません。

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『自由行』
関係性をしっかり作る長いリハーサル

ーーまるでドキュメンタリーのように感じる作り方でしたが、イン・リャン監督からは、役づくりについて何かリクエストがあったのでしょうか。

まずイン・リャン監督の撮影スタイルとして、とにかくリハーサルをベースにします。今回もとても長くて、2ヶ月くらいやりました。撮影期間は2週間でしたけどね。リハーサルはクアラルンプールでやりました。この作品の繊細な政治的側面ゆえに、リハーサルを香港や台湾でやるのは危険だったのです。2ヶ月間、脚本は使わずに、特定のシーンをやるという感じではなく、登場人物の関係性をしっかり作りました。基本的に夫は妻より控えめな人間として描かれました。ディスカッションを重ねましたが、僕としてはなんだか漫画を読んでいるような、現実的ではないような感じがしました。つまり本当は弱い男ではない。夫の仕事ははプロデューサー的なことでしたが、妻のために自分のキャリアを諦めた人でした。しかしどこかに怒りを抱え込んでいるのような人でもあり、優しさのなかに何か秘めた強さを表現するのは難しいところでした。

ーー 『自由行』はイン・リャン監督自身の実話から作られたフィクションとのことですが、映画にするにあたって、夫と妻を入れ替えて作ったと映画祭に来日されて語りました。この夫のキャラクターは、つまり奥さんのキャラクターを取り入れたということでしょうか。

夫の役には、夫も妻もどちらの要素も混在していて、夫の気持ちにはイン・リャン監督自身の気持ちが反映されていると思います。家族を守る気持ち、だけど手立てがないという感情もあります。また少し時間軸を変えて捉えているのかなと思います。映画監督をしている彼の妻は、若い時代のイン・リャンを投影しているのかなと。つまり、常にいろいろなところで衝突する、常に立ち向かう姿です。

ーーそうですね。ゴン・チュウ(Gong Zhe)さん演じる奥さんは向こう見ずというか、時にハラハラするほどの大胆さがありました。

トリッキーでしたね。イン・リャン監督は香港に数年間住んでいますが、香港人はとてもあたたかいので、その間に「怒り」の感情は落ち着いたのかも......。あるいは彼が成長したのかもしれません。

■イン・リャン監督との10年越しの約束

ーーピートさんとイン・リャン監督の出会いは?

10年前に、僕はタン・チュン・ムイ監督のショートフィルム(『A Tree in Tanjung Malim(2004))に出演したのですが、作品の上映会の後すぐに「僕の映画に出てください」とオファーを受けました。そして『自由行』を撮るときに、イン・リャン監督から連絡を受けました。10年経ってようやく約束が実現したのです。ちょうど『ゴースト・イン・ザ・シェル』(ルパート・サンダース監督、2017)の撮影が終わった直後でした。その映画では僕はとても悪い役でしたけど(笑)。

ーーでは悪役からの気持ちの切り替えは大変でしたか?

そうでもありませんでした。悪役とは言え、本当に根っから悪い人はほとんどいないと気づきました。いい人だけど悪いことをするという点では人間として同じなのではないかと思います。

ーーほぼオールロケで、ゲリラ撮影のような緊迫感のあるシーンが多かったですが、台湾でロケ中に何か危険を感じたり、大変だったことはありましたか?

まったく危険はなかったです。台湾の人はとても親切で、高尾で撮影しましたが、フィルムコミッションの方たちがよくサポートしてくれました。台湾での撮影というより、いちばん危険だったのは、ボーイ(息子役の男の子)です! とにかくあっちこっち走り回っていました。マレーシアのある俳優の息子さんです。リハーサルでは彼といちばん多く時間を過ごしました。彼の家にも行きましたし、僕たち夫婦(役)は彼を買い物に連れて行ったりしました。そうやって関係性を築いたと言えます。

ーー本当の家族に見えましたし、ピートさんは優しくて理想的なダンナ様だと思いました。

でも僕とは全然違うんですよ(笑)。でもそうかと言ってまったく僕と違うものは表現できないですよね。自分の引き出しをいくつか持っていると言えます。

ーー現在の音楽活動についてお聞かせください。

曲はいつも作っています。去年は映画撮影があったのであまり作っていません。僕の問題は、オファーがあると「ノー」と言えないことです。イン・リャンの誘いに対しても「ノー」とは言えませんでした。なぜならあれは大事なプロジェクトだったからです。そのために商業的に大きなオファーを2つ断りました。あの作品はほぼノーギャラと言えるものだったのですが(もちろんお金は大事、生活がありますからね)。でもアジアにとって、台湾、香港にとって大事なプロジェクトであり、おそらく日本にとってもそうですね。中国との関係というのはますます重要な課題になると思います。もちろんマレーシアにとっても。だから『自由行』に出演したことをとても嬉しく、誇りに思っています。

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おどけてくれるピートさん

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ヤスミン・アフマド特集上映 記者会見

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ヤスミン・アフマド特集上映 記者会見

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ヤスミン・アフマド特集上映 記者会見

profile:

ピート・テオ(『グブラ』楽曲、『タレンタイム』楽曲&音楽)

シンガーソングライター、映画音楽家、俳優、映画プロデューサーとして活躍するマレーシアを代表するマルチアーティスト。ヤスミン・アフマド監督との仕事は、2004 年に始まり、『グブラ』に を提供。『タレンタイム〜優しい歌』で は「I Go」「Angel」「Just One Boy」を映画のために書き下ろした。ヤスミンとは長編映画だけでなくミュージックビデオや CM で も一緒に仕事をしている。ヤスミン以外にもマレーシア新潮流の監督たちと交流が深く、マレーシア映画界を牽引する重要な人物でも ある。2017 年には押井守監督のアニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のハリウッド実写版『ゴースト・イン・ザ・ シェル』に俳優として出演。

information:

<伝説の監督 ヤスミン・アフマド 没後 10 周年記念 特集上映>

◆日程:7月20日(土)~8月23日(金)
◆会場:シアター・イメージフォーラム (〒
150-0002 渋谷区渋谷 2−10−2) ◆上映作品:『ラブン』『細い目』『グブラ』『ムクシン』『ムアラフ-改心』『タレンタイム〜優しい歌』+15 マレーシア』

moviola.jp

『自由行』

台湾、香港、シンガポール、マレーシア / 2018 / 107
監督:イン・リャン(YING Liang)

英題:A Family Tour

中国から香港に移住して活動を続けるイン・リャンが自己の境遇を投影した作品。創作の自由のために自主亡命せざるを得なかった映画作家の葛藤が見る者の胸に突き刺さる。ロカルノ映画祭で上映された。(第19東京フィルメックスサイトより)

https://filmex.jp/2018/program/competition/fc06