REALTOKYO CINEMA

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TIFF Review:『ゴンドラ』(第36回東京国際映画祭 コンペティション部門)

発想力豊かに、世界はこんなに楽しくなる

取材・文:福嶋真砂代

Gondola© Boryana Pandova

ドイツのファイト・ヘルマー監督(『ブラ物語』(TIFF2018コンペティション部門)が『ブラ!ブラ!ブラ! 胸いっぱいの愛を』の邦題で劇場公開)の最新作が東京国際映画祭コンペティション部門にてワールドプレミア上映された。映画が始まる瞬間からみるみる顔がほころび、全身の細胞が泡立つようにワクワクを感じる作品だった。

主演キャストのふたり、マチルデ・イルマン、ニニ・ソセリアのキュートな色気、ときにコケティッシュな演技のすべてがかわいらしく印象的。彼女たちのスウィートな恋の冒険にドキドキし、そうかと思えばふたりに立ちはだかる障壁、ゴンドラ運営会社の前時代的なボスのいじわるを知性と行動力ではねかえす、そんなイナセな侠気に炭酸ソーダを飲んだような爽快感も味わうのだ。

ある日、ひとりの若い女性が山間のゴンドラ運営会社に新人乗務員として採用され、新しい制服に身を包むと、たったひとりの先輩乗務員と交わすゴンドラ・コミュニケーションが始まる。この映画にはセリフがない。しかし豊かな表情、動き、そして様々な音や音楽が饒舌に語る。なんといっても彼女たちの創意工夫とDIYの力! ゴンドラ越しにチェスを指し、牛を運び、やがてゴンドラは船になり、はたまたロケットに、めくるめく「着替え」(Q&Aより)を重ねていく。山間の小さな村から世界へ、そして宇宙へとイマジネーションが拡張する。村の住人たちを巻き込みながら、観客をおとぎの国へいざなう不思議なゴンドラ。だけど決してイマジネーションの世界に留まらない、彼女たちは謎掛けのようなゲームを、実にたくましくやってのける(実際のところ、美術制作の能力の高さが際立っている)。

Gondola© Boryana Pandova

奇想天外、夢のような物語なのに、荒唐無稽さは感じない。このリアルな説得力はいったいどうやって生み出されたのか? ヘルマー監督は「私の映画には"怪物”は登場しないし、奇跡も起こらない。絶対に起こり得ないことは描かないというのが私の鉄則」と語る(東京国際映画祭2023公式インタビュー)。そのための撮影の苦労ははかりしれない。「ジョージアのケーブルカーには何か魂が宿っているような気がしました。」「あのケーブルカーはジョージアで最も高い場所にあるケーブルカーと言われていて、危険な状況も撮影中に実際に起きていましたが、No Pain, No Gain=リスクなくして得るものはない、と思い、作品作りに臨んでいました。」また「ケーブルカーは実際には1つしかありませんでしたが、それを何往復もさせ、更にVFXを使って2個あるように見せています。私たちの予算はすべてそのVFXに費やしていました。」と本作を作るきっかけと驚きの裏話を語る。また物語はLGBTQという要素もあり、ジョージアでの撮影許可取りが難しかったことも明かした。

「乗り物からインスピレーションを得ている」というユニークな世界観の描き方は『ブラ物語』の中心的存在だった鉄道に引き続きブレがない。また映画は「旅」なのだとも語っていたが、本作もその「旅」を体験することで、人間の知性や発想、行動力を信頼していることがわかる。仮に、どん底の心情でこの映画を観始めた人がいても、オープニングの瞬間から笑顔がこぼれだすのではないか。人間への信頼、希望を体現している傑作と言えよう。苦境のときこそ、発想を転換し、激動の時代を生き抜きたい。

Information

監督:ファイト・ヘルマー
キャスト:マチルデ・イルマン、ニニ・ソセリア
82分/カラー/セリフなし/字幕なし/2023年/ドイツ/ジョージア