REALTOKYO CINEMA

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Review 52『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』

こころ震える、香港を愛するデニスのうた

文・福嶋真砂代

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©Aquarian Works, LLC

21東京フィルメックス(特別招待作品)にてジャパンプレミアされたドキュメンタリー『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング』が劇場公開になる。香港「雨傘運動」に参加し、さらに逃亡犯条例改正反対運動では抗議デモの最前列で香港の自由のために闘った(闘う)人気シンガーソングライター、デニス・ホー。スー・ウィリアムズ監督が長期密着した本作は、2018アルジャジーラで放映され、また東京フィルメックスを含め30カ国の映画祭で上映されているが、未だ香港での上映は難しい状況だ。

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©Aquarian Works, LLC

デニス・ホーのアーティスト人生は波乱万丈のドラマのようだ。いうまでもなく、中国との関係性に翻弄され、香港の変遷の波をもろに受けてきた。15歳でデビューし、満面の笑顔で歌い、スターダムを駆け上がる少女の表情と、大人の顔への変化、そこに何が起こったのかをスー監督はスリリングに迫る。デニスは、カナダに移住した家族のもとを離れ、香港で歌手として生きようと決意した。不安と孤独のなかで憧れの大スター、アニタ・ムイへ「弟子にしてほしい」と2週間おきに手紙を書く。そのがむしゃらな熱意と才能が伝わり無事弟子になり、アニタのツアーやアルバムに参加した。しかし2003アニタが病死し、デニスは糸が切れ、空っぽになった。その後10年間はアニタの影を感じながら活動したが、やがて自分自身のアイデンティティを見つめ直し、「何か」をつかむ瞬間が訪れる。LGBTの活動にも参加し、自身のジェンダー問題に対峙。その心情をまっすぐに歌う<ルイスとローレンス>の透明で切ない歌声に鳥肌がたつ。映画や舞台女優としても活躍し押しも押されぬスターとなったデニス。次第に社会問題に目を向けて活動するようになるが、精神的には不安定だった。近くで見守る盟友アンソニー・ウォンのインタビューによってデニスの人柄と仕事の輪郭がより深まる。香港女性芸能人で初めてゲイをカミングアウトするという大きな決断、そしてアニタを亡くした喪失感からもようやく抜け出すが、次の波が押し寄せる……。

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©Aquarian Works, LLC

香港の中国への返還後、しだいに香港市民の自由が侵されていくという現実。巨大中国マーケットで活動するようになる香港スターたちは葛藤し、デニスもそのひとりだった。やがて香港民主化デモの最前線で座り込み、逮捕され、ブランドスポンサーはことごとく離れた。国連やワシントンD.C.での議会でのスピーチの勇姿もハイライトだ。「香港の現状を知ってほしい。他人事と思わないで」と世界に向けてまっすぐに訴える。ハイテクでキラキラのビッグステージを降り、インディーズ歌手として、観客のすぐ近く、シンプルに語りかけるように歌うデニスに、観客の拍手があたたかい。この拍手こそ正真正銘、香港人の香港愛、自由への希求なのだと実感し、デニスと共に心が震える。ロンドンやニューヨークのライブハウスで歌う姿が猛烈にかっこよく、さらに全編に流れるスー監督とデニスによる選曲の楽曲にも、香港への想いをいっそう掻き立てられる。

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©Aquarian Works, LLC

スー監督が、東京フィルメックスのインタビュー(下記リンク)で触れているが、広東語の語尾の跳ねる音やリズム感、そのユニークな響きに私も昔から惹かれてきた。意味がわからなくてもどこか親しみとユーモアを感じる言語。もちろん香港映画の名キャラクターたちが話す音感が記憶に刻まれているのだろう。多様な文化が共棲し、優雅さと洗練、そしてエキゾチックな猥雑さも混在する、トラムが走る景観も含めて魅力ははかり知れない(嗚呼、いますぐにでも飲茶をしに飛んで行きたい)。すべての香港ラバーと共に、デニスと合唱しよう。香港の不屈の精神にエールを送り、油断ならない状況を注視しつづける。それがいま最低限やれることでしかないのが心苦しい。

Information:

監督・脚本・制作:スー・ウィリアムズ
オリジナル音楽:チャールズ・ニューマン
編集:エマ・モリス、撮影:ジェリー・リシウス
字幕:西村美須寿、字幕監修:Miss D
協力:TOKYO FILMeX、市山尚三、資料監修:江口洋子
配給・宣伝:太秦
2020/アメリカ/ドキュメンタリー/DCP/83分

2021年6月5日よりシアター・イメージフォーラムにて公開

★Q&A @第21回東京フィルメックス

『デニス・ホー:ビカミング・ザ・ソング』 Denise Ho: Becoming the Song | 第21回「東京フィルメックス」