REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Info:『マリウポリ 7日間の記録』インタビュー キネマ旬報掲載のお知らせ

衝撃のドキュメンタリー映画マリウポリ 7日間の記録』が公開されます。リトアニアのマンタス・クヴェダラヴィチウス監督はウクライナ東部のマリウポリに入り、とある教会の地下に避難していた住民の生活を静かに淡々と爆撃音のなかで撮影し、しかしとうとうロシア側に捕まり射殺されてしまう。同行していたフィアンセで録音担当の助監督のハンナ・ビロブロワが持ち帰った撮影素材を見た途端、「映画にしよう!」と決心したというプロデューサー、ナディア・トリンチェフさんにその壮絶な経緯や、映画にこめた思いをインタビューしました。熱いエネルギーが溢れてきます。キネマ旬報4月下旬号に掲載されていますので、ぜひ手にとってみて下さい。

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2022年 わたしの10大イベント「CINEMA10」

REALTOKYO CINEMA(RTC)はおかげさまで7年目に突入。第7回「CINEMA10」は7人のレギュラーメンバー澤隆志、石井大吾、松丸亜希子、前田圭蔵、白坂由里、フジカワPAPA-Q、福嶋真砂代)がセレクトしました。多彩なシーンで活動するメンバーたちがそれぞれ選ぶユニークな10本(ジャンル、形態、公開年問わず、2022年に観たなかで心に刻まれた作品)をお楽しみください。長引くコロナ禍、終わらないウクライナ戦争、そのうえ物価高などといろいろ不穏な世の中ですが、どんなときも映画はさまざまなかたちでパワーチャージさせてくれる強力な味方だと実感しながらお届けします。2023年もRTCをどうぞよろしくお願いいたします。

※「はてなブログ」仕様によるアンダーバー+リンクはRTCの意図とは関係なく、無視しつつお読みいただければと思います。

<2022 RTC CINEMA10>
★澤 隆志の2022 CINEMA10

コメント:年明け早々の再映で観た1は壮大な全体主義強制没入映画の2作目。ソ連怖ぇーと呑気に構えていたら2/24の侵攻のニュース。あの映画セットはハルキウに組んでいた。もう跡形もないかもしれない。映画のような暴虐の限りがあったかもしれない。そのソ連の死後に勃興したオリガルヒとそれを叩き潰すプーチンとのシリアスでシニカルな2も必見。我が"美しい国"は今戦争こそ起こしていないが、特定の人々に精神的侵略を続けている。部落、国籍、病歴、宗教...   真偽は問わず、その噂から始まる"察し"の魔術のおぞましさを描きつつ、泣いて笑えてしっかり怒ることのできるエンタメになっている3は実に濃密な体験だった。 今年になって映画館がフルキャパ解禁の”空気”になり、大型スクリーン向きな映画が続々やってきた。4、5、6は「今死んじゃってもいいかも」な1秒が何度もやってくる。巨大浮遊怪物ジーン・ジャケットに吸い込まれて振り回されるアレは映画館体験の鏡像である。 白夜の7、コロナ禍の盛夏8、落葉の9、師走の10は、季節の光に淫することのできる新世代の監督の意欲作。これからも度々見返すと思うけど封切りで鑑賞できてほんとうに良かった!

(C)「私のはなし 部落のはなし」製作委員会
  1. 『DAU 退行』https://www.transformer.co.jp/m/dau.degeneration/ https://www.amazon.co.jp/dp/B0B6GQXZX3/
  2. 『市民K』https://www.amazon.co.jp/dp/B08BF6YRKG/
  3. 『私のはなし 部落のはなし』https://buraku-hanashi.jp/
  4. 『ウエストサイドストーリー』(2022) https://www.20thcenturystudios.jp/movies/westsidestory https://www.amazon.co.jp/dp/B09QG44WQ5/
  5. 『RRR』https://rrr-movie.jp/
  6. 『NOPE』https://nope-movie.jp/
    https://www.amazon.co.jp/NOPE/dp/B0B84WJVVF/
  7. 『わたしは最悪』https://gaga.ne.jp/worstperson/
    https://www.amazon.co.jp/dp/B0B7CG3DYQ/
  8. 『ツガチハ日記』http://www.imageforumfestival.com/2022/program-o
  9. 『秘密の森の、その向こう』 https://gaga.ne.jp/petitemaman/
  10. 『ケイコ 目を澄ませて』https://happinet-phantom.com/keiko-movie/
★石井大吾の2022 CINEMA10

コメント:青春を描いていると言えそうな映画10本選んでみました。こうして並べてみると、それぞれの世界が危うく、切なく、美しく思い出されます。『ヨナグニ』では、学生たちが島で過ごす風景をどうしてカメラに捉えることができたのかということばかり考えていました。しかし、『ハッピーエンディングス』における即興の演技はカメラがなければ生まれることはおそらくありません。対照的でありつつも、映画という表現において青春の姿がドキュメンタリーも即興演技もシームレスに溶け合って、不思議な感覚に襲われました。どちらにも間違いなく彼ら彼女らの青春が映し出されています。番外編として過去作品の上映では高畑勲監督の『おもひでぽろぽろ』やヤスミン・アフマド監督の『ムクシン』でしょうか。山形やマレーシアの風景と、そこで過ごす時間との関わりが印象に残っています。「風景と青春」と考えるならば『子猫をお願い』のリマスター版の上映が新年の楽しみです。それにしても、名作のデジタルリマスター版の上映ペースが早すぎると感じるのは私だけでしょうか。

『はじめての映画』(ハッピーエンディングス)
  1. 『ヨナグニ 〜旅立ちの島〜』https://yonaguni-films.com/
  2. 『ハッピーエンディングス』https://motion-gallery.net/projects/happyendings
  3. 『こちらあみ子』https://kochira-amiko.com/
  4. 『ちょっと思い出しただけ』https://choiomo.com/
  5. 『さかなのこ』https://sakananoko.jp/
  6. 『明け方の若者たち』http://akegata-movie.com/
  7. 『恋は光』https://happinet-phantom.com/koihahikari/
  8. 『秘密の森の、その向こう』https://gaga.ne.jp/petitemaman/
  9. 『わたしは最悪』https://gaga.ne.jp/worstperson/
  10. 『裸足で鳴らしてみせろ』https://www.hadashi-movie.com/
★松丸亜希子の2022 CINMA10

コメント:新潟県長岡市に移住して9年目。県内から出ることなく過ごした2020年・2021年を経て、2022年は3年ぶりに帰省し、久々に有楽町で映画を2本はしごしました。地方暮らしでも配信で映画を楽しめる時代ですが、「CINEMA10」があるおかげで、できる限り劇場に足を運ぶことを心がけています。このリストは劇場で観て印象的だった作品を観賞順に並べたもの。「CINEMA10」もだいぶ長いこと続いているけれど、邦画より海外作品が多いリストは私には異例かも。大好きな監督たちの新作を見ることができて大満足の1年で、ここに書けなかった作品も多々ありますが、私自身のここ数年の生活とオーバーラップするファビアン・ゴルジュアール監督の『1640日の家族』がなにより強く心に響きました。

『1640日の家族』(C)2021 Deuxieme Ligne Films - Petit Film All rights reserved.
  1. 『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』https://www.20thcenturystudios.jp/movies/french_dispatch
  2. 『ちょっと思い出しただけ』https://choiomo.com
  3. 『林檎とポラロイド』https://www.bitters.co.jp/ringo
  4. MEMORIA メモリア』http://www.finefilms.co.jp/memoria
  5. 『カモン カモン』https://happinet-phantom.com/cmoncmon
  6. 『ベイビー・ブローカー』https://gaga.ne.jp/babybroker
  7. 『PLAN 75』https://happinet-phantom.com/plan75
  8. 『1640日の家族』https://longride.jp/family
  9. 『戦争と女の顔』https://dyldajp.com
  10. 『窓辺にて』https://www.madobenite.com
★前田圭蔵の2022 CINEMA10

コメント:2022年の映画にまつわる個人的ハイライトは、なんと言ってもシャンタル・アケルマンのデジタル・リマスター特集上映と ジャン=リュック・ゴダールの死だった。アケルマン監督の映画は、20代の頃にもポスト・ヌーヴェルヴァーグの旗手の一人として、ジャック・ドワイヨンフィリップ・ガレルらと共に紹介された時に貪るように観た記憶がうっすらとはある。確かその時に観た「一晩中」(1982年) や「新・パリところどころ - おなかすいた、寒い」(1984年)は今回の特集には含まれていなかったが、スクリーンで観た「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080」は、しびれるような鮮烈な映画体験だった。この映画の撮影は、自身も映画監督でもあるバベット・マンゴルト。NYを拠点に、1970年代にはリチャード・フォアマンのオントロジカル・ヒステリック・シアターや振付家・ダンサーのイヴォンヌ・レイナー、トリシャ・ブラウン、最近ではマリーナ・アブラモヴィッチなども撮影している達人だ。そして主演はアラン・レネ監督作品「去年マリエンバードで」やマルグリッド・デュラス監督作品「インディア・ソング」などにも出演している名優デルフィーヌ・セイリグ。ゴダールもアケルマンも、残念ながらもうこの世にはいない。けど、幸いなことに、映画は観ることができる。彼らが残した作品と何度でも出会い直そう、と思う。(敬称略)

『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』 (C)Chantal Akerman Foundation
  1. 『クライ・マッチョ』 https://wwws.warnerbros.co.jp/crymacho-movie/
  2. 『さがす』 https://sagasu-movie.asmik-ace.co.jp
  3. 『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』https://www.20thcenturystudios.jp/movies/french_dispatch
  4. 『ニトラム/NITRAM』 https://www.cetera.co.jp/nitram/
  5. 『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』https://chantalakerman2022.jp
  6. 『シン・ウルトラマンhttps://shin-ultraman.jp
  7. 『ナワリヌイ』https://transformer.co.jp/m/Navalny/
  8. 『チャーリー・イズ・マイ・ダーリン』http://circus-charlie.onlyhearts.co.jp/#movie2
  9. わたしは、ダニエル・ブレイクhttps://longride.jp/danielblake/
  10. 『ケイコ 目を澄ませて』https://happinet-phantom.com/keiko-movie/

(番外『ODDLANDS / SHADOW』https://aichitriennale.jp/artists/back-to-back-theatre.html

★白坂由里の2022 CINEMA10

コメント:落石の粒(1)と、光差すボクシングジムに舞う埃(2)。どちらも16ミリフィルムで撮影されている。(1)は岡山県真庭市で農業をしながら映画制作を続けている山﨑樹一郎監督作品。人それぞれどう生きるかを切実に考え、その思想や守りたいものが違うからといって関係性を切って生活することはできないという、悲壮感に覆われない地方の描き方に納得。音楽や編集がフランスのスタッフとの共同制作。世界にも開かれている。(2)では、相手をリスペクトできる闘い方も「器量」といえそうだ。闘った相手の背景が少し見えるシーンがいい。一方で、現実世界には人権に関わる終わりが見えない闘いも多い。映画には上映会などを設けて粘り強く全国でかけ続けるという強みがあり、(3)と(4)もそれを切望したい。(10)はしがらみを手放す映画でもある。並べてみると、小さな街が舞台とか、俳優(登場人物)が言葉少なに身体や表情で語る映画が多いかも。筆者自身が取材で悩み、不甲斐なく揺れながらも、ドキュメンタリーや事実に基づいたフィクションから考えることのできる映画に恩恵を感じています。(5)は国際芸術祭「あいち2022」のプログラムで、伏見ミリオン座で鑑賞できてよかった。

『やまぶき』(C)2022 FILM UNION MANIWA SURVIVANCE
  1. 『やまぶき』https://yamabuki-film.com/
  2. 『ケイコ 目を澄ませて』https://happinet-phantom.com/keiko-movie/
  3. 『ある職場』https://arushokuba.com/
  4. 『マイスモールランド』https://mysmallland.jp
  5. 『ODDLANDS/SHADOW(バック・トゥ・バック・シアター)』https://aichitriennale.jp/artists/back-to-back-theatre.html
  6. 『カモンカモン』https://happinet-phantom.com/cmoncmon/
  7. 『声もなく』https://koemonaku.com
  8. ベルファストhttps://belfast-movie.com
  9. 『浦安魚市場のこと』https://urayasu-ichiba.com
  10. 『そばかす』https://notheroinemovies.com/sobakasu/

★フジカワPAPA-Qの2022 CINEMA10

コメント:音楽映画10本公開順。1:ジギーとしてのデイヴィッド・ボウイが1973年にロンドンで行った公演の記録。2:ビリーの名曲「奇妙な果実」と薬物をめぐるレディ・デイとFBIの対決ドラマ。3:再上映ミュージカル6本中の1本。ジュディ・ガーランドフレッド・アステアの1948年作。アーヴィング・バーリンの音楽が素敵。4:伝説的音楽家フランク・ザッパの生涯を描く貴重映像満載のドキュメンタリー。5:60年代ウエストコーストロックを巡るジェイコブ・ディランのライヴ&往年のスター音楽家達へのインタビュー。6:エルヴィス・プレスリーのドラマ。エルヴィスがいなかったらビートルズはなかった、とはポールの言葉。7:ローリング・ストーンズの1968年のイベントの記録。ジョン&ヨーコ、クラプトン、ザ・フー等も出演。8:1980年作、ロンドンのレゲエのサウンドシステムのドラマ。レゲエ・バンド、アスワドのブリンズリー・フォード主演。9:1920年代からの米国のルーツ音楽&現代の音楽家ライヴの全4部の大作ドキュメンタリー。ロバート・レッドフォードが製作と語り。10:没後10年の、悲劇的な最期を迎えた歌姫の薬物と周囲との問題を描くドラマ。

『ロックンロール・サーカス』(C)2019 ABKCO Films
  1. 『ジギー・スターダスト』http://ziggystardust.onlyhearts.co.jp/
  2. 『ザ・ユナイテッド・ステーツvs.ビリー・ホリデイhttps://gaga.ne.jp/billie/
  3. イースター・パレード』https://www.theatres-classics.com/
  4. 『ZAPPA』https://zappamovie.jp/
  5. 『エコー・イン・ザ・キャニオン』http://unpfilm.com/eic/
  6. 『エルヴィス』https://wwws.warnerbros.co.jp/elvis-movie/
  7. 『ロックンロール・サーカス』http://circus-charlie.onlyhearts.co.jp/
  8. 『バビロン』https://babylonfilm2022.jp/
  9. アメリカン・エピック』http://americanepic-movie.jp/
  10. ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』https://www.whitney-movie.jp/
★福嶋真砂代の2022 CINEMA10

コメント:姉の突然の他界に生活激変。死と対峙した年だった。間際に書いたマイク・ミルズのレビュー記事から「君と過ごした“時間”を君が忘れたとしても、僕が記憶しているよ」(5)という言葉を抜いてメモに遺していた策士...姉は最強の読者だった。ともあれ(鑑賞本数は激減したが)たくさんの珠玉作に出会った。「タル・ベーラ伝説前夜」のデビュー作の衝撃は忘れない(2)。いやはやファビアンの潔いラストシーンはイヤーベスト(6)。その続編のように(見えた)コンビニ摩訶不思議ストーリーは三木聡100%濃縮です(7)。心身完璧に疲れ果てると、タイムリーにジュリー(沢田研二)が放つ「みなさん、さようなら」に体温上昇(9)。リドリー・スコット(1)やケネス・ブラナー(4)の満点の完成度に魅了され、いっぽう舩橋淳は緻密に計算された”未完成さ”で固定観念を揺さぶった(3)。駆け込んだ東京フィルメックス、アリ・チェリがスーダンのダムを舞台に描く人間という小さな存在、その宇宙的視点に震えた(10)。なにかと躓く毎日だが、「それでも人生は続くよカモンカモン!」と前へ押し出してくれる全作品とCINEMA10メンバーに感謝をこめて。(敬称略、リストは鑑賞順)

『カモンカモン』(C)2021 Be Funny When You Can LLC. All Rights Reserved.
  1. 『ハウス・オブ・グッチ』https://news-movie.jp/house-of-gucci/
  2. 『ファミリーネスト』https://bitters.co.jp/tarrbela/
  3. 『ある職場』https://arushokuba.com/
  4. ベルファストhttps://belfast-movie.com/
  5. 『カモンカモン』https://happinet-phantom.com/cmoncmon/
  6. 『さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について』https://moviola.jp/fabian/#modal
  7. 『コンビニエンス・ストーリー』https://conveniencestory-movie.jp/
  8. 『パラレル・マザーズhttps://pm-movie.jp/
  9. 『土を喰らう十二ヵ月』https://tsuchiwokurau12.jp/
  10. 『ダム』https://filmex.jp/2022/program/competition/fc2
●選者プロフィール

・澤隆志:2000年から2010年までイメージフォーラム・フェスティバルのディレクターを務める。現在はフリーランス。パリ日本文化会館、あいちトリエンナーレ2013、東京都庭園美術館青森県立美術館、長野県立美術館などと協働キュレーション多数。「めぐりあいJAXA」(2017-)「写真+列車=映画」(2018)「継ぎの時代」(2021-)などプロデュース。

・石井大吾:2008年よりDaigo Ishii Designとして活動開始。建築やまちづくりのプロジェクトに携わる。2009-2015年には中野にてgallery FEMTEを運営。 2018年からは株式会社アットカマタの活動にも参加し、2019年に京急梅屋敷にKOCAをオープン。2019年より徐々に房総半島に拠点を移行中 。https://www.daigoishii.com/

・松丸亜希子:1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中に旧REALTOKYO創設に携わり、2016年まで副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。

・前田圭蔵:世田谷美術館学芸課を経て、80年代後半より音楽やコンテンポラリー・ダンスを中心に舞台プロデュースを手掛ける。F/T11、六本木アートナイト、あいちトリエンナーレ2013パフォーミング・アーツ部門プロデューサーなどを歴任。現在は東京芸術劇場に勤務。旧realtokyo同人。

・白坂由里:神奈川県生まれ、小学生時代は札幌で育ち、現在は千葉県在住。『WEEKLYぴあ』を経て1997年からアートを中心にフリーライターとして活動。学生時代は『スクリーン』誌に投稿し、地元の映画館でバイトしていたので、いまも映画に憧れが……。

・フジカワPAPA-Q:選曲家、DJ、物書き、制作者等。NHK-FMゴンチチさんの番組「世界の快適音楽セレクション」選曲構成。コミュニティ放送FM小田原の番組制作者として、巻上公一さん等の番組担当。フジロックで開催のNO NUKESイベント「アトミックカフェ・トーク&ライブ」(MCは津田大介さん)制作。等々色々活動中。

・福嶋真砂代:RTC(REALTOKYO CINEMA)主宰。航空、IT、宇宙業界勤務を経てライターに。『ほぼ日刊イトイ新聞』の「ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。」などコラム寄稿(1998-2008)。桑沢デザイン塾の黒沢清諏訪敦彦三木聡監督を迎えたトークイベント「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター&MC(2009)。現在はRealTokyoや雑誌「キネマ旬報」にも寄稿しています。

 

 

 

Interview:ロウ・イエさん(『シャドウプレイ【完全版】』監督、ドキュメンタリー『夢の裏側』出演)

©DREAM FACTORY, Travis Wei

ロウ・イエ監督『シャドウプレイ【完全版】』とそのメイキングドキュメンタリー、マー・インリー監督『夢の裏側』が同日公開される。2019年の秋、第20回東京フィルメックスにて日本プレミア上映され、ロウ・イエ監督が来日した際にインタビューした。しかし、この日本公開に至るまでコロナパンデミックに翻弄され、また香港民主化運動、ウクライナ戦争と、多くの悲劇が勃発した。2作は、現代においてまさにタイムリーにスクリーンに息を吹き返すだろう。まるでロウ・イエ組の強烈なエネルギーに導かれたように・・・。監督の妻のマー・インリーが監督した『夢の裏側』によって彼の映画流儀がつぶさにわかる。『シャドウプレイ』を先に観るか、『夢の裏側』が先か、いや『夢の裏側』を観た後にもう一度『シャドウプレイ』を観たくなる......。以下、2019年に行った「ロウ・イエ監督インタビュー」を再掲します。

取材・文:福嶋真砂代

※アンダーバー+リンクはRTCの意図とは関係なく「はてなブログ」仕様によるものです。無視しつつお読みいただければと思います。

Interview ロウ・イエ監督(『シャドウプレイ』『夢の裏側~ドキュメンタリー・オン・シャドウプレイ』):東京フィルメックス2019

©realtokyocinema

第20回東京フィルメックスのオープニング『シャドウプレイ』のために来日したロウ・イエ監督にインタビューした。併せて特別招待作品として上映された『夢の裏側~ドキュメンタリー・オン・シャドウプレイ(2018)』は、ロウ監督の妻マー・インリー監督により制作の裏側が詳細に記録されていて興味深い。中国広州で起きた実際の事件をもとに、中国、香港、台湾にわたり撮影されたミステリーは、中国改革開放を背景に、欲とカネに翻弄される人間がたどる運命を、魅力的なキャストとロケでスリリングに描いていく。奇しくも香港の民主化運動が激化するなかでの来日となったが、慎重に言葉を選びつつ、映画へのしたたかで熱い信念を確かに伝えてくれた。

■『天安門、恋人たち』の続編とも呼べる物語

ーー『シャドウプレイ』は、200枚の記録写真から映画作りが始まったということですが、現実とフィクションをどのように融合させたのですか? また(メイ・フォン、チウ・ユージエ、マー・インリによる)共同脚本はどのように作られたのでしょう。撮影中にも脚本が変化していったと伺いました。

僕の作品はいつもほぼ同じようなプロセスで脚本ができるのですが、まず初稿として物語のいくつかのパートを作り上げます。そこで改革開放をバックにした物語を撮ることが最初に決まり、その上で、ある家族と個人を描くという構図が決まります。平行して美術部が仕事をスタートさせていて、そこで集められた洗村(シエンソン)に関する多くの写真から、また新たに脚本を組み立てていくのです。そのようにしていろいろなものを融合させながら最終的な脚本を作り上げますが、もちろん現場ではしょっちゅう変更していきます。

さらに僕の世代は、改革開放をバッググラウンドにして青春を送った世代で、まさにその中で人生を歩んできたのです。ですから『天安門、恋人たち」以降の社会の変化が人生と重なります。この物語の登場人物たちは『天安門』で青春を過ごした人たちで、彼らが中年にさしかかるこの映画は、いわば『天安門』の続編とも呼べるのです。

ーー「洗村」を映画のモデルとした理由は?

広州市の「洗村」はまるで改革開放以来の中国の縮図のように、中国の過去と現在が同時に存在しているような地域です。そこでは改革開放の数十年の間に金銭にまつわるいろいろな事件が起きました。例えば官僚と実業家の癒着の汚職事件や、立ち退き交渉に関する反対運動など、それらはこの数十年間に中国社会で起こっていたことです。2016年当時の洗村には、この映画にあるような形が残っていたのですが、いまは村はほとんど消滅しています。

多くの制限のなか、描きたいのは「反ジャンル映画」

ーーデリケートな話になりますが、改革開放で中国経済が発達して社会が変化する一方で、現在の香港は厳しい状況が起きています(2019/11/25現在)。監督は、香港やいまの中国についてどのようにお考えですか?

ひとりの映画監督としては、自分の態度は映画を通じて発信するものだと思っています。映画のなかで、現実に起こっていることをドキュメンタリー的に撮ってひとつの映画作品として発表するのです。もちろん権力や金銭、あるいは富と貧困の矛盾は中国の他の地域でもたくさん起きています。それらすべてを描くのは限度がありますから、映画として可能なかぎり、多くの制限のなかで描いていくというスタンスです。この映画のなかで実業家のジャンが、例えば『天安門』のなかでは理想主義者だったのが、今は拝金主義者になっているとします。そうすると彼はお金さえあれば、豊かな生活ができさえすれば、すべての問題は解決できると思っているわけです。しかしながら実際はそうじゃない。お金がいくらあっても解決できない問題なんだ、というのが答えです。そういう意味で、すべてのことには必ず「結果」というものがついてくる。たとえば映画の中で 「アユンの死」を隠そうとしたが、結局は隠し通せるものではなかった、最終的には真相というものが明るみに出るのです。

ジャンル映画の中では悪と善の境界がはっきりしているのですが、僕の映画のなかではその部分は極めて曖昧です。ですのでこれは「反ジャンル映画」と言ってもいいと思います。発端は善であったとしても、結局は悪に変わってしまう。こういうことは人間社会に往往にしてあると思います。「曖昧な人間の世界を描きたかった」というのが、この社会に対する見方です。もともとは愛から出発したものであっても、それが欲望に変わり破滅に向かってしまう。あるいはお金のために破滅に向かっていく。すべて避けられない流れなのです。

ーー人々が地位や名声、欲を追い求める中国社会の30年間が描かれましたが、結局は時代に翻弄されたのは女性だったのではないかと感じました。

僕も女性が犠牲になっているという考えに賛成です。しかし、ジャン(チン・ハオ)もタン主任(チャン・ソンウェン)も同じように経済発展の犠牲者であることは確かです。人間の欲望というものがその道に追い込んで行く、そのように人物設定を行いました。そのことは若い世代のヤン刑事(ジン・ポーラン)にさえ言えます。ヤン刑事は最初はとても純真な感じでとても颯爽とした青年の雰囲気を持っていましたが、だんだん事件に巻き込まれていき、被害者のひとりであるようになってしまいます。

©realtokyocinema

いちばんいい演技は、演技をしていないこと

ーージン・ポーランさんとソン・ジアさんを起用した理由は?  

この物語には若いふたりの人物が必要なので、多くの役者に会って面談したのですが、ジン・ポーランとソン・ジアがヤン刑事役とヌオ役にぴったりだということで起用しました。ふたりとも最初は僕の撮影の方式に馴染まなかったのですが、だんだん慣れてきてついてきてくれて、すばらしい演技をしてくれました。

ーー多くの作品を共に作ってきたチン・ハオさんですが、監督にとって彼の魅力とは?

チン・ハオについてはよくわかっている役者なのでやりやすいのですが、彼のいちばんの魅力は、自分で固まったスタイルを持っていないこと。どんな役も役として入っていけるところがすばらしく、すごく優れた俳優だと思います。

ーーキャストの演出で心がけることはどんなことでしょうか。

演出では、できるだけ役者にその人物になりきってもらうことが重要です。私が細かい指示をするのではなく、この人物だったらどういうふうに動いているかをカメラが捉えるということです。できるだけカメラを意識しないで人物になりきって動いてこそ、自由な幅ができるのです。できるだけ現場では自由にやってもらう。役者は、自分がその人物になりきっていれば、動きは自然に作ることができるはずです。そうは言っても、このような撮り方はカメラマンにとってもとても難しい。役者に任せているので急にいろいろ変わります。それをカメラがどういう風に撮っていくかは難しくなります。しかし自然な人間の行動を撮ろうとしたらそういう撮影方法にならざるをえないのです。よくスタッフに言うのですが、いちばんいい演技は、演技をしていないこと。すばらしいカメラワークはライティングもカメラの存在すら気にならないように撮ること。難しいのですが、それがいちばんいい撮り方だと伝えています。

アーティストは信念を持ってやり続けることが大事

ーー検閲とたたかう時の監督の強さはどこから生まれるのでしょう。

最初に当局から修正案を受け取った時、自分は修正に応じないと言いました。応じないことイコール公開ができないということです。しかしそうは言っても、いろんな状況がありますから、1年後にいくらか妥協して修正に応じました。なぜなら中国での公開を目指したからなのです。中国以外の国でそのような映画の検閲をする国がどれくらいあるのか知りませんが、いずれにせよ、そのような検閲というものは芸術作品にとって大きな損害であることは間違いないでしょう。『二重生活』の時にも検閲の問題がありました。検閲というのは、それを行う人と受ける人の二者が存在するから生まれるものですが、それは理論的なことです。実際にアーティストがどういうふうに検閲に応じていくかというのは全然簡単なことではなく、非常に大きな努力を強いられます。それでも芸術のため、あるいは公開のために努力して、信念を持って続けていくことが大事と思っています。

中国で映画監督をする時、作品を公開したいと思えば必ず検閲というものを通らなくてはいけないのです。修正意見が出た時、ある監督はそれに応じる、またある監督は拒否するでしょう。あるいは全面的に受け入れたりもするでしょう。それぞれの監督によって対処の仕方が違うのです。でも僕はいずれの方法も尊敬されなければならないと思います。各作品で求めるものが違います。なのでどの選択もありうるものだと思います。いずれにせよ、このような事態がもっと改良されて前に進んでいくことを祈っています。

ーーメイキングのなかで、「中国経済は発展したけれど観客が育っていない」と話されていました。実際の映画状況をどう感じているでしょうか。

僕が「2流の観客」というふうにドキュメンタリーのなかで言っているところだと思いますが、それは「本来観ることができるものが観られない(観客)」という意味なんです。検閲によっていろんな箇所が削除されてしまい、“本来の制作者が伝えたいことが観られない”ということなんです。これは商業映画、芸術映画でも同様に言えるのだと思います。

タイトルについて

ーータイトルは、検閲に通らず二転三転した後に「シャドウプレイ」になったということですが、光と影のコントラスト、闇の中でも動きを感じる、「影絵」という意味でもぴったりなタイトルだと思いましたが監督はどのように?

賛同します(笑)。僕もいいと思っています。最初に考えていた「一条の夢」や「風の中の一辺の雲」(「一场游戏一场梦」(一夜のゲーム、一夜の夢)や「风中有朵雨做的云」(風のなかに雨でできた一片の雲))というのも同じような意味がありますが、加えて「シャドウプレイ」には、人間の裏と表を表現する、しかしその人間たちは影絵のように社会に操られている、という意味もありとても合っていると思っています。

※このインタビューは2019年11月25日に行われました。

Information:

原題:『風中有朵雨做的雲』/2018 年/中国/129 分/北京語・広東語・台湾語/DCP/1.85:1/日本字幕:樋口裕子 配給・宣伝:アップリンク

2023年1月20日(金)K'sシネマ、池袋シネマ・ロサアップリンク他、全国順次公開

www.uplink.co.jp

 

Review 61『ダム』:東京フィルメックス2022 コンペティション

アフリカの壮大な大地と人間の営み

文:福嶋真砂代

The Dam tokyofilmex2022

レバノン出身のビジュアルアーティスト、アリ・チェリの初長編監督作品。まず壮大な画作りのセンスに息を呑んだ。自身の「大地」をテーマとした三部作(ほかには『The Disquiet』『The Digger』)のひとつだという。視点の高さ、視野の広さが印象的だ。意外にもおさえた色彩で描かれるアフリカの雄大、そして過酷な大地。その映像の迫力と鼓動が観客の意識の領域をぐいぐいと拡張していく。

「地球という惑星」に人間が住んでいることへの回帰、地球上にあるアフリカの大地を撮っているのだというチェリ監督の感性。その映像美に酔いながら、同時に否応なく、そこに生息する「人間」という生き物の質量を感じとる。なんという小さな存在。「ちっぽけな」と言うしかない。そんな人間がときに啀み合い、破壊し合い、暴力の連鎖を起こす。映画は、何度も何度も同じ過ちを繰り返してきた人類の歴史を肌に泥を塗るように刷り込む。しかし一方自然は、そのような人間社会の営みにはおかまいなく、干ばつ、豪雨、そして洪水を起こし(が起こり)、すべてを洗い流してしまう。撮影にかけたであろう長い長い時間を思う。

自然と人間、その両者(間を行ったり来たりする犬の描き方もおもしろい)が共存するとすれば、そこに意味があるのか、あるいは無意味なのかと疑問がわいてくる。いわゆる超越した感覚というのか、本作を鑑賞しながら、ずーっと身体の奥底、魂の根源を揺さぶられるような衝撃を覚えた。「人間とはそんなものだよ」という哲学めいた思索、輪廻転生、無限の宇宙、闇に放り出されたような虚無感を通り過ぎ、そしてまた意識は大地へ還り、職人が繰り返しレンガを積む日常にたどり着く。本作は、まるで「ストーリー」を超えた普遍性でイマジネーションを刺激する映画なのだと思う。

チェリ監督はインタビューで、「地理的に暴力行為があった地域を選びました。暴力があったという要素が大地や水に溶け込んで人の体の一部となっています。それが目に見えない暴力という形で浮き上がり、ストーリーを作り、歴史になっていきました。そういった素材を切り取って見せることで、社会・経済・歴史的にその土地のことを理解する入口となるような作品を目指しました」と語る。この奥深い語り口で「五感をフル活用して学びとれ」と提示しているようにも感じる。

終盤、ヒトがあたかも土に還っていくようなクライマックスシーンは圧巻だ。ちっぽけで愚かな人間への限りないリスペクトのなかに、生命への讃歌が強くこめられていると感じて戦慄した。

◼️あらすじ:東京フィルメックスより

ナイル川の大規模ダムのほとりの村で、川で生まれた泥と水でレンガを作る職人の男。やがて彼が作り続ける不思議な泥の建造物が独自の生命を獲得していく。レバノン出身のビジュアル・アーティスト、アリ・チェリの長編デビュー作は魅惑的な寓話である。

Information
監督:アリ・チェリ(Ali CHERRI)
フランス、スーダンレバノン、ドイツ、セルビアカタール / 2022 / 80分
第23回東京フィルメックス コンペティションスペシャル・メンション】受賞
授賞理由;私たちはどこから来て、どこへ行くのか? アイデンティティと出自を求めることで、疑問や可能性、新たな展望を切り開き、他にはない魅力的な文化と映画の旅へと導いている。

©realtokyocinema

■以下、興味深いアリ・チェリ監督の東京フィルメックス公式インタビューを全文掲載します。

 

11月2日(火)、有楽町朝日ホールコンペティション作品『ダム』が上映された。レバノン出身のビジュアル・アーティストであるアリ・チェリ監督の長編デビュー作。レンガ職人の男が泥で作る不思議な建造物が独自の生命を獲得していく様子に、壮大なテーマが投影されている。上映後にはチェリ監督が登壇し、観客からの質問に答えた。
本作はチェリ監督の短編映画『The Disquiet』『The Digger』とともに三部作をなす。いずれも監督のルーツや関心のある地域を舞台に選び、地域の特性を活かした作品づくりを目指したという。
三部作に共通する主題は「大地」だと語るチェリ監督。「地理的に暴力行為があった地域を選びました。暴力があったという要素が大地や水に溶け込んで人の体の一部となっています。それが目に見えない暴力という形で浮き上がり、ストーリーを作り、歴史になっていきました。そういった素材を切り取って見せることで、社会・経済・歴史的にその土地のことを理解する入口となるような作品を目指しました」と語った。
泥を使ったシーンが多く登場する本作。泥というモチーフの意味を問われると「泥には様々な空想を触発し、他の世界への扉を開く可能性があります。人間と別個なものを想像させるものでもあります。そもそも、人類は家や器を土から作ってきました。映画に出てくるレンガ職人も数千年続く手法でレンガを作っています。そのため、泥は継続することや積み上げることを比喩として表しています」と述べた。
続いて、撮影プランについて質問が及んだ。監督は「風景をきちんととらえるために、カメラを固定して撮影しました」と撮影へのこだわりを明かした。そして「地元の雰囲気や自然のような地域性を重要視しています。ナイル川や山といった神聖な土地へのオマージュや人への敬意を持って撮影に挑みました」と付け加えた。
また、本作では犬が何度も登場し、主人公との関係性が物語の中で変化していく。この犬の存在は「前の段階を切り離して次の段階に行くためには、何らかの暴力を伴うこと」を示唆しているという。さらに監督は「主人公に癒しを与えたり怒りを鎮めたりというように、彼にとって必要な変化をもたらすための存在」だと説明した。 
脚本についても語ってくれた。「まず一回目にスーダンを訪れた際にレンガ職人に会い、その土地、そこの人たちを想定して脚本を書きました。実際にその時にあったことを反映しています」という。
撮影は想定外の事態が続いた。「2017年から準備を始め、2019年に現地で撮り始めたのですが、その直後にクーデターが起き、オマル・アル=バシール大統領が追放されて政権が崩壊。我々も帰国を余儀なくされました。やっと再開のめどがつくと今度はコロナ禍。いつ現地に戻れるか分からない状況のなか、構想を練り直した。最初の撮影はドキュメンタリーでしたが、再びスーダンに戻ってから同じシーンを演じてもらったため、後半はフィクションといえますね」と話した。
脚本のクレジットには、ベルトラン・ボネロ監督も名前を連ねている。コロナ禍のロックダウンでパリに足止めされている間に連絡を取り、メールで意見を交わしながら脚本に磨きをかけていったとを振り返り、「全く違うスタイルの作品を撮る第三者の目線を取り込むことができました」と述べた。
最後にキャスティングの話題になった。出演者はプロの俳優ではなく、全員が自分自身を演じている。主演のマヘル・エル・ハイルさんは、俳優になることを夢見ていたと監督に直談判して役を獲得した。監督は「彼はジャッキー・チェンの映画が好きなので、アクション映画に出たかったようです。残念ながらその夢は叶わなかったけれど、映画デビューはできました」と明かし、「彼との信頼関係があったから撮れました」と語った。
言葉の端々から作品への強いこだわりや想いが伝わってきたチェリ監督。充実の質疑応答は、会場からの大きな拍手によって締めくくられた。
文・塩田衣織

filmex.jp

TIFF Review:『山女』(第35回東京国際映画祭 コンペティション部門)

本年は、映画祭で出会った映画に個人的な経験と感情を重ね合わせ、「喪失」や「不在」、そして「再生」という現象が骨の髄に深くに突き刺さるような体験になりました。事情により受賞作品のほとんどを見逃し残念でしたが(第35回の受賞作品については公式サイトにてチェックよろしくお願いします。公開を楽しみにしています)、鑑賞できたなかで強烈な印象を残してくれた作品についてレビューを掲載します。

取材・文:福嶋真砂代

『山女』(コンペティション部門)

(C)YAMAONNA FILM COMMITTEE
■民話に伝わる自然への畏怖

粗末な小屋に、姉の凛(山田杏奈)と弟の小吉、そして父親(永瀬正敏が身を寄せ合って暮らしている。手探りでしかわからないような暗闇のなかで、父は子どもたちに見せたくない“穢れ”の仕事の手元を隠そうと、苛立ちながら「見るな!」と叱る。そうは言っても小吉は盲目で、姉だけをたよりに生きている。母は不在であり、姉はその名のとおり「凛として」(山田の眼差しがすばらしい)家事を切り盛りしているが、まだ幼さが残る少女は父の怒声に怯えている。ある日、父の犯した罪の濡れ衣を着せられた凛は沈黙を守り、たったひとりで山へと入っていく。その先には山神様が棲み、踏み入る者は二度と還ることはできないと、村人が恐れる一線を越えて

アメリカをベースに作品制作をしてきた気鋭の福永壮志監督が、「遠野物語」にインスパイアされてオリジナル脚本(共同脚本・長田育恵)を練り上げた作品。スクリーンから溢れ出るとてつもないエネルギー、狭い社会に生きる人間の「畏れ」から生じる愚行、つまり差別や男尊女卑という現代に通じる問題について、殊更にものごとをジャッジをするのではなく、「そんな時代があった」という民話のエッセンスを巧みに取り入れて描く。どの瞬間も潔く、鮮やかな筆致が心に残る作品だ。世界がパンデミックに揺れるなかで、集団が個を追い詰めるという社会状況を脚本に反映させたのだと福永が語るように(TIFF公式インタビュー)、遠い昔の知らない土地の出来事がふと身近なことに重なっていく。

■生と死、再生について

福永監督は、昔々の生活を想像し、ほとんどのシーンを自然光で撮影することに決めたという。それだけに山の木立から漏れる光の美しさ、木々の風に揺れる様がある種の「エネルギー」として映り込んでいるように感じる。

凛は、どうやら村では蔑まれる家族の娘として、また強い父親のもとで、ひっそりと自身を押し殺して暮らし、生きながらの「死」を感じざるを得ない。しかしそんななかでも自然の美しさを感受し、りんどうの花を自分の「生」として弟に渡し、「命のつながり」の希望を託す。父はある事件を起こし村人たちから咎められ、凛がその罪を引き受ける(身勝手な父に比べてなんと潔いのだ!)。幼い盲目の弟に気持ちを残しながら、しかし凛の決意は固い。人々が畏れる「祠」を越え、足を痛めながら山の奥へ踏み入っていく。そこに登場するこの世のものとは思えない風貌をした謎の男。踊るように、陽炎のように現れる、森山未來演じる神秘的な「山男」によって、凛はこの世で初めて「生」の喜びを感じるのだ。その喜びもつかの間、飢饉にあえぐ村人たちが探す「生贄」として凛は再び村に戻される。あたかもイエス・キリストのごとく「死」を受け入れ、どこまでも潔い凛。絶体絶命と思われたそのとき、おどろおどろしい雷鳴が轟く。異界と現世の境界を行き来する民話のダイナミズムを表現し、流れる独特のリズムはグルーブ感と言ってもよいような“うねり”を生み出す。そのうねりが導く幸福な感覚、それは自然と闘い、自然の恵みを享受して生きてきた土臭い日本人のルーツに触れた懐かしさであり、この作品に出会えた満足感でもあったように思う。

福永監督の過去作、『リベリアの白い血』(2017)や『アイヌモシリ』(2020)などにさかのぼり才能の源流に触れたくなる、さらには新作に大いに期待したくなる一作だ。

Information:

『山女』

2022年/日本・アメリカ/100分/カラー/シネマスコープ/5.1ch
山田杏奈 森山未來 永瀬正敏
監督:福永壮志 
プロデューサー:エリック・ニアリ 三宅はるえ 家冨未央 
脚本:福永壮志 長田育恵 
撮影:ダニエル・サティノフ 
音楽:アレックス・チャン・ハンタイ 
制作プロダクション:シネリック・クリエイティブ ブースタープロジェクト 
国際共同制作:NHK 
配給:アニモプロデュース

2022.tiff-jp.net

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