本のラビリンスへ迷い込む悦楽の時間
文・福嶋真砂代
ニューヨーク(NY)最大のブックフェアを入り口に、稀少本(レアブック)のラビリンスへいざなうドキュメンタリー映画『ブックセラーズ』が公開になった。ぎっしり情報の詰まったこの映画を一言で表現するのはなかなか難しいが、「この映画自体が珍しい本であり、真の宝物だ!」という映画評(THE FILM EXPERIENCE)の言葉がしっくりくる。いつも側(ソバ)に置いて何度も読み返したい類の本、ひとつひとつの言葉がまるで宝石のように煌めく本だ。決して難解な世界ではないが迷路のように奥深い。この膨大な情報量は、プロデューサーのダン・ウェクスラー(実際にブックセラーであり多くの稀少本オーナー)の熱量、さらに監督・編集のD・W・ヤングの探究心の現れだ。軽快なジャズのグルーブにのって、起承転結のメリハリよく、時代の変遷に伴いながら「物質」としての本がたどる生命のうねりを感じさせてくれる。いざ魅惑の本の深海へ。
レジェンドから若手まで、個性的なブックセラーたちほか、多くの文化人、知識人たちが熱く本の魅力を語る。フラン・レボヴィッツやゲイ・タリーズなどNYの大物ご意見番の言葉にも出会う。とりわけレボヴィッツの歯にきぬ着せぬコメント、たとえば本への愛ゆえに「(フェアなどで)本の上に濡れたグラスを置く人を死刑にしたい」と漏らす本音や、エンドロール映像に「絶対に人に本を貸さない」と思うに至った実はうらやましいエピソードも最高だ。ほかにも「本で生きるものは、本で死ぬ」、「図書館は永遠、宇宙だ」、「本は読むだけのものじゃない」「SFは森のよう」、「本が死ぬは間違いだ」などなど、名言のシャワーを浴び続け、まんじりともできない。その速度はまさにニューヨーカーが歩くスピード感。旅行がままならない昨今、マンハッタンやロンドンのバーチャルな老舗書店めぐりができるまたとない体験になりそう。
個人的に圧巻のシーンは、「ウォーカー人類想像史図書館」という不思議空間に迷い込んだかのような美しい図書館。しかしそんな「宝物」を守る彼らに忍び寄る数々の難題がある。すなわち、ブックセラーの高齢化や後継者の問題、さらに業界の男女格差(少しずつ変化しているようだが)、またデジタル化による紙文化の危機など現代的な重要課題が山積している。アメリカ版「お宝探偵団」番組の人気MCでブックセラーのレベッカ・ロムニーのマシンガントークな解説に耳を傾ける。さらに現在ビル・ゲイツが所有するレオナルド・ダ・ビンチの「レスター手稿」または「ハマー手稿」、また「不思議の国のアリス」の手稿の話など、世界に存在する貴重な知的財産にお目にかかれる。
さらに興味をそそるのは「エフェメラ」*1と呼ばれる、手紙や写真、はがき、ポスター、チケット、パンフレット、チラシ、マッチ箱など、つい捨ててしまいそうな、しかし時代を越えて価値が生まれるものの「生命力」の話。あのチラシやあのポスター、自宅の捨てるに捨てられないガラクタのあれこれが目に浮かぶ。ところで映画の中にこんな言葉がある「世の中はコレクターと、非コレクターがいる」と。どっちが良いというのではなく、何かしら生来の気質のようなものかもしれない。さて、あなたはどちらだろうか……。
Information:
監督:D.W.ヤング
プロデューサー:ダン・ウェクスラー
製作総指揮&ナレーション:パーカー・ポージー
2021年4月23日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、UPLINK吉祥寺ほか全国順次公開