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Review 49『春江水暖~しゅんこうすいだん』

古今溶けあう、壮大な人生の絵巻物のはじまりはじまり

文・福嶋真砂代

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©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

■春江の魚のスズキと、市井の人々

話題の『春江水暖~しゅんこうすいだん』がいよいよ日本公開に。中国の新鋭、グー・シャオガン監督の長編デビュー作にして、カンヌ国際映画祭(2019)批評家週間のクロージングを飾った作品。第20回東京フィルメックス(2019)のジャパンプレミアでは、ため息がでるほどの映像美と、カメラが横移動する比類のない長回し(「横スクロール」とグー監督が命名)、とりわけ富春江で泳ぐシーンに驚嘆した(映画祭Q&Aレポート)。またほとんどの登場人物がグー監督の親類や近所の人たちであると明かしたときの会場のどよめきも忘れられない。それほどリアルで味のあるキャラクターが息づいていた。グーは「レストラン(シーン)で春江の魚のスズキが出てくるように、市井の人々をリアルに描きたい」という狙いがあるキャスティングなのだとQ&Aで語った。

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©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

杭州市の富陽(フーヤン)を舞台に、夏から秋、そして冬から春へと移り変わる富陽の景色のなかで、祖母を中心とするひとつの大家族を描く。3時間の長尺もまったく飽きさせない風光明媚なロケーション、絵巻物のような、ダイナミックな横移動のロングテイクに加えてロングショットも存分に生かされる。富陽の名画「富春山居図」に着想を得たという山水画の世界と、中国の人気ミュージシャンのドゥ・ウェイによるアンビエント音楽が化学変化を起こし、過去と現在が交差する瞬間がときにストップモーションに感じるような時間感覚がある。グーは「古典を現代に融合させる試みががいちばん苦心したところ」と述べている。

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©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

物語のはじまりは、家長である祖母の誕生日に家族が一堂に集うにぎやかな宴会の席。いかにも中国らしい大家族の円卓風景をよくみると、三世代にわたる「家族構成」が興味深く浮きでてくる。祖母の息子たちの四兄弟がいて、それぞれに家族があり、それぞれ悩ましい“事情”を抱えている。祖母ユーフォン(ドゥー・ホンジュン:プロの女優)はじめ、長男ヨウフ(チェン・ヨウファー:監督の叔父)、次男ヨウルー(ジャン・レンリアン:知り合いの漁師)、三男ヨウジン(スン・ジャンジエン:監督の伯父)とその息子カンカン、四男ヨウホン/ラオシャオ(スン・ジャンウェイ:監督の伯父)、その妻たち、そして長男の娘のグーシー(ボン・ルーチー:舞台女優)と恋人ジャン(ジュアン・イー:グーシーと実際のカップル)らが主要人物となる(祖母とグーシーにプロの俳優をキャスティングしたところもニクイ限りだ)。

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©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

長男夫婦が経営するレストランで誕生日を祝った直後に脳卒中で倒れた祖母を、誰がひきとって面倒をみるかという問題が起こる。しかし兄弟たちはそんなに簡単にはひきとれないという複雑な空気が漂う……。老後、借金、新旧の価値観、そして恋愛と結婚。中国の現代的テーマを具体的なエピソードに落とし込み、中国の大きな変化を象徴する「再開発」という現実を巧みに「絵巻物」の背景に織り込んでいく。グーがインスピレーションを得たというジャ・ジャンクー監督『山河ノスタルジア』(2015)や、未公開だがロウ・イエ監督『シャドウ・プレイ』(2018)のように、「この中国の変化を撮らずにはいられない」衝動に突き動かされ、本作は絵巻物の中の様々なレイヤーが立体的に浮き出てくるような、じつにユニークな形態で「変化」の様を記憶に刻もうとしている。

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©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

■中国の第8世代

エドワード・ヤンホウ・シャオシェンという台湾の名監督たちに影響を受けたという映画の佇まいはすでにベテラン感を感じさせるが、グーは現在33歳。『ロングデイズ・ジャーニー この世の果てへ』や『凱里ブルース』のビー・ガン監督の活躍をみてもすでに中国は第8世代が(ピエール・リシェントのコラム「中国の第8世代」によると)"産声をあげ”ている。ところでビー・ガン作品とグーの作風はまったく異なるのだが、驚異の長回し、アマチュアのキャスティング、そして故郷がロケ地、という3点で共通している。理由としてコスト面のメリットももちろんあるが、この手法は「等身大の自己回帰」という点で世代の特徴が色濃いように思う。

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©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

さて、カンヌ上映の前から映画の存在を監督から知らされていた市山尚三氏(東京フィルメックスディレクター)は、本作の上映を即決したとフィルメックスで語っていた。海外映画祭でよく見かける市山さんに、親しみをこめて「野菜買いおじさん」という愛称をつけていたというエピソードを披露したグーの、独特の観察力やユーモアセンス、さらに日本愛好家(アニメ好き)であることをオープンにする親しみやすい人柄のすべてが、この作品の品格、そして温かみを物語る。「巻一完」となるエンディングに、早くも「巻二」を待望するワクワクが止まらない(三部作の予定があるという)。

Information:

監督・脚本 : グー・シャオガン
音楽 :ドウ・ウェイ
出演:チエン・ヨウファー、ワン・フォンジュエン
字幕:市山尚三、武井みゆき/字幕監修:新田理恵
配給:ムヴィオラ
中国映画 / 2019 年 /150 分

211日(木・祝)Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

参考サイト:

www.reallylikefilms.com

新しい時代をつくる映画を見逃すな!『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』 | Numero TOKYO