REALTOKYO CINEMA

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Report: 『春江水暖』Q&A(東京フィルメックス2019、コンペティション)

ホウ・シャオシェンエドワード・ヤン監督の“映画遺伝子”受け継ぐ中国の新星

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 第20回東京フィルメックスで観た作品の中で特に印象深かったのは、グー・シャオガン監督の長編デビュー作『春江水暖』(審査員特別賞受賞)でした。浙江省杭州市の富陽を舞台に、四季の移り変わりと共にある大家族の変遷を描く、まるで長く美しい絵巻物のような作り。人の温もりを感じる壮大でユニークな作風は強い印象を残しました。グー監督は日本文化に親しみがあると語り、ところどころに日本語を交えながら、作風と重なるような優しさとユーモアあふれる人柄が伝わる、また市山尚三氏と出会いのエピソードが微笑ましい「Q&A」でした。

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グー・シャオガン監督@Q&A

市山:グー監督との出会いを少しお話すると、去年(2018)のカンヌ国際映画祭に行った時です。中国のある大学が若手選抜監督10人くらいと毎日ワークショップをやっていて、それに是枝(裕和)監督とジャ・ジャンクー監督と私の3人で参加したんですが、そのときのパーティでグー監督に会いました。彼が「ちょっとこれを観て」とまだ制作途中の作品の一部を彼のパソコンで見せてくれたんです。パーティ会場はうるさいのでロビーに出たりして見たのですが、それがこの作品のひとつのシーンでした。ものすごい横移動の長回しで、映画に何回か出てきます。すごいと思って、これはいったいいつ出来るのかと聞くと「これからまだ撮影があります」というので「出来上がったらぜひ見せて下さい」と言ったのが最初でした。そうしたらその翌年のカンヌ映画祭の批評家週間に選ばれ、そこで完成した作品を見て本当に素晴らしかった。なのでぜひ東京フィルメックスで上映させてほしいと今回招待しました。それまでは監督の名前も聞いたことがなくて、こんなすごい映画を撮るということに驚いたのですが、こうやってお招きすることができてうれしく思います。

グー・シャオガン監督:みなさん、こんにちは(日本語)。まず本日この映画を観に来て下さったこと、また市山尚三さんがフィルメックスに招待して下さったことに感謝します。今回は初めて日本に来ましたが、いままで多くの(日本の)アニメや漫画、そして映画を観てきました。とても日本に親しみがあり、日本に来れたことに感動しています。

Q:登場人物、そして演者たちがとても個性的でしたが、キャスティングについてお聞かせください。

グー:ありがとうございます(日本語)。この映画の出演者は基本的に僕の親戚を起用しました。例えば4兄弟のいちばん上のおじさんとおばさんが、僕の本当のおじさんとおばさんです(会場笑)。3番目と4番目のふたりは僕の父の弟、つまり伯父に頼みました。もう1人のキャラクターは実際にうちに魚を届けてくれた漁師の人を起用しました。彼らにアテ書きして脚本を書き、そのあと実際にその人たちを呼んで参加してもらいました。実際の人物を使って撮影するのには2つの理由があります。ひとつは、これは僕の初監督作品ですので、自分の親戚や知り合いを起用することで製作費を節約できるということ。ふたつめは、この映画は時代の風景を切り取ること、そして市井の人々の雰囲気を伝えることがとても重要だと思いました。春江のスズキが最初のレストランに出てくるように、リアルなものを描きたいと思いました。

Q:影響を受けた映画監督や、映画以外からの影響があれば教えて下さい。また映画に流れるアンビエント音楽についても教えて下さい。

グー:影響を受けたのはホウ・シャオシェン監督とエドワード・ヤン監督です。『富春山居図(Dwelling in the Fuchun Mountains)』という絵巻物からヒントを得て、映画を絵巻物のように描くことを思いつきました。ホウ監督の作品や個性とは、詩や散文のようであり、中国の伝統的な文人の視点を持って世界や物語を組み立てていくことと考えています。そのような文人的な視点と絵画を融合した映画を撮りたいと思いました。

音楽については、ドゥ・ウェイという中国のロックスターに協力してもらいました。最近はニューオーケストラというか芸術的に突破したような作風に変化してきて、まるで西洋のオーケストラのように第1幕、2幕、3幕の構成で、抽象化され、1曲が40分の長い作品や、もしくは60分ずつ2枚のアルバムに分かれた作品があります。彼の音楽はストーリー性があり、中国の古典文化と現代文化を融合させた形式的ではないスタイル、国際的な視野と、現代的要素もあります。「古典文化を現代に融合する」というコンセプトは僕たちの映画の目指したいところでした。この映画の撮影には丸2年かかっていますが、いちばん難しかったのは古典をいかに現代にもってくるかということでした。それに関して、ドゥ・ウェイの音楽は大きな示唆を与えてくれました。自然に軽やかに古典と現代を融合している彼の音楽からとても影響を受けています。

Q:映画が2時間30分という長尺になった理由と、エンディングに「第一部、完」と出ましたが、すでに続編を作っているのでしょうか。ウォン・カーウァイ監督の『欲望の翼』のように第2部が作れないまま終わるというような例もありますが……。

グー:実は、もとの脚本では5時間ありました。原因は四季をすべて描こうと思ったからです。1年目に撮りきれなかったのは資金難に陥ったという理由がありました。2年目は制作・宣伝会社がつき、3時間以内にしてほしいとリクエストがありました。中国の市場では長すぎる映画では上映できない、回転率が悪くなるという理由です。「努力します」と言って、結果的には2時間半の映画にまとめました。5時間を縮めて約3時間にしましたが、それはもう少し脇役のストーリーがあるものでした。しかし中国の映画館は150分以上では回転率が悪くなり、上映とセールスに支障をきたすというのでさらに2時間半にしました。

続編に関しては、必ず撮りたいと思っています、いますぐにでも。続編を作る構想は最初からあったわけではなく、第1部を撮っている時に考えたものです。この映画を撮ることは美学の探究でもあります。僕とチームスタッフは撮りながら変化していきました。内容的にも、映画や芸術に対する考えも。僕としてはこのチームと一緒に撮り続けたいし、また美学の探究も続けていきたい、プロとして続編を撮っていきたいと思っています。

また映画の冒頭で「春江の川の水が流れ込む」という詩を入れましたが、南宋の時代を想起させるような詩です。南宋でもっとも有名な清明上河図』のような1枚の絵巻物のように映画を考えています。10年でひとつのシリーズというか、ひとつの作品を実現させる構想があります。10年を通して杭州の時代や街の変化を描いていきたいと思っています。もしかしたら10年後、20年後、過去の人にとっては貴重なもの、また未来の人にとってはおもしろい時代の記録になるといいなと思います。

取材・文:福嶋真砂代

Q&A@東京フィルメックス
11/24 『春江水暖』Q&A 有楽町朝日ホール
グー・シャオガン(監督)
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター) 湯櫻(通訳)

Information:

中国 / 2019 / 154分
監督:グー・シャオガン(GU Xiaogang)

杭州の富陽の美しい自然を背景に、一つの家族の変遷を悠然と描いたグー・シャオガンの監督デビュー作。絵巻物を鑑賞しているかのような横移動のカメラワークが鮮烈な印象を残す。カンヌ映画祭批評家週間のクロージングを飾った。

『春江水暖』 Dwelling in the Fuchun Mountains | 第20回「東京フィルメックス」