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Review 20『午後8時の訪問者』

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(C)LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM – FRANCE 2 CINEMA - VOO et Be tv - RTBF (Television belge)

監督・脚本:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、 リュック・ダルデンヌ
撮影:アラン・マルコアン
キャスト:アデル・エネルオリヴィエ・ボノージェレミー・レニエルカ・ミネラ他
2016年/106分/ベルギー=仏/配給:ビターズ・エンド 

フランス人女優のアデル・エネルを主演に起用した、ベルギーのジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ監督最新作。ロケ地はリエージュ郊外のセラン。ジャン・ピエールは「『イゴールの約束』以来、すべての映画をそこで撮ってきました」とインタビューで答えている。高速道路を走る車を映す寒々とした映像も印象に残るが、それについて「あの高速道路が私たちの発想を促してくれました。車は絶えず高速で通過していきますが、ジェニーの小さな診療所で起こっていることなど知りもしないのです」とリュック。ベルギーにはEU連合本部があり、移民には比較的寛容で、移民の民族、文化、習慣をそのまま受け入れる傾向があるという。しかしそれだけにテロリストの温床となり、2016年のテロ事件の記憶も生々しい。そんな移民やテロが日常にある背景がある。ジャン・フランコロージ監督の『海は燃えている』でも、島民の日常の暮らしに移民や難民問題がほとんど影響しないという現実が見られた。だけど確実に隣り合わせで生きていることも事実なのだ。

今回は、ダルデンヌ作品には珍しく若い女医というややステータスの高い人物を描いているが、彼女の心を掴んで放さないのは、これまでどおり社会の弱者、どうやら「移民」の女性のようだ。女医のジェニー(アデル・エネル)はエリートで大きな病院への就任も決まっているが、臨時で小さな診療所を手伝っている。タバコを吸う仕草、クールな雰囲気、仕事に一生懸命で真面目、なにやら孤独な影をまとっているが、具体的なバックグラウンドは描かれない。携帯電話(たぶんiPhone)を駆使し、運転しながら携帯のナビを使いこなし、イヤホンマイクで会話する現代の若い女性。これもダルデンヌ作品には珍しいハイテクの匂いがする。監督たちが「ほら、僕たちだってiPhone使いこなしてるよ」とユーモア込めて自慢するのが目に浮かんでしまった(勝手な妄想です)。今回はふたりにインタビューできなかったが、これまで2作品でインタビューをした時に、作品のシリアスさと裏腹にユーモア満点の楽しい話のなかで、作品に対する考えや撮影の仕方、リサーチ方法、キャスティグについても、余さず教えてくれた。女医という職業をピックアップした理由を他のインタビューで読むと、「移民排斥問題について、医師の視点から描きたかった」ということで、「警察ではなく、医者が医療行為によって真実を知る、という状況」に興味があったそうだ。確かに脈の速さで嘘を見抜いた「身体に聞く」シーンはおもしろかった。ハイテク機器の駆使についても伺ってみたいところだが、万が一、次回のダルデンヌの主人公がSNSに溺れていたりしたらさらに驚きが増すだろう。

今回のテーマは「償い」と「罪悪感」、そして「追跡」だと監督たちは語っている。ジェニーが時間外だからと見過ごしてしまった「訪問者」について、自分をかなり責めていく。医者という立場ゆえの責任感もあるし、人としてモラルの問題でもある。そのことがきっかけで彼女は研修医ジュリアンへの態度についても反省し、相手に謝罪し、改めると言う。医者と研修医という上下関係があって、一度発してしまった言動について撤回することは簡単ではない。しかしダルデンヌは人間の犯す間違いについて、やり直せるというチャンスを提示する。身元不明の少女が亡くなる経緯にしても、関与した人について単に責めたりはしない。それぞれが何らかの事情があり、そこに至ってしまったのだという考えの幅を示唆する。物事は見る角度によって全然違うのだ。そういうことを静かで優しいカメラワークが饒舌に語る。厳しい現実を見つめながら、いつも人間を信じ、見守る優しさを忘れない。

ところでダルデンヌ兄弟の撮影は、リハーサルにかなりの時間をかけて、そこですべてを決めてしまう方法。現場では無駄のない撮影がトントンと進んでいくということを、アデルも語っている。彼女はそんな映画作りを経て、きわめて興味深い言葉を残す。「ダルデンヌ兄弟との作業を経て『反本能的』な領域に踏み込めたように思っています。私の中の怒りを超えた何かを、ダルデンヌ兄弟は見出してくれたのです。怒りという本能的な感情は私の一部ですが、しかし私という存在はそれにとどまらないのです。」かなりの覚醒があったのだと。

さらにキャスティングには、ダルデンヌ作品の常連さんに混ざって『少年と自転車』の少年のトマ・ドレが出演していた(気づかなかった)のをクレジットで発見。最初のあたり、ジェニーが携帯で呼ばれて往診したリュカくん。衝撃的なルックスをしていたので全然わからなかったけど、こういうところがダルデンヌのニクいトリックなのだ。「ほらね、わからなかったでしょ?」きっと、いたずらっぽく笑うのでしょう。

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(C) Christine PLENUS『少年と自転車』のトマ・ドレ

それにしても、その『少年と自転車』のセシル・ドゥ・フランスの明るさといい、『サンドラの週末』のファブリツィオ・ロンジオーネの存在の安心感といい、それまでは主人公の存在だけで辛くて心をヒリヒリさせてくれたダルデンヌ作品の色合いが変化している感じがある。ただし今回は、女医のジェニーと一緒に戦う味方の存在はなく、孤軍奮闘のたくましさも”男前”だった。そういえばサンドラも負けずに凛としていたけれど。ちなみにダルデンヌ兄弟はステファニー・ディ・ジュースト監督のデビュー作『ザ・ダンサー』の共同製作を務めていますが、伝説のダンサー、ロイ・フラーの刺激的で美しいダンスシーンは見応えたっぷりです。

福嶋真砂代★★★★

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映画『ザ・ダンサー』公式サイト