監督:ヤスミン・アフマド
出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル、モハマド・シャフィー・ナスウィ
2009年/マレーシア/120分/配給:ムヴィオラ
いまこの瞬間(とき)を待っていた、アフマド・ヤスミン監督の遺作公開
『タレンタイム~優しい歌(以下、タレンタイム)』は2009年に51歳で急逝したヤスミン・アフマド監督の同年公開された遺作である。日本では映画祭などでの上映はあったものの、本格公開まで8年の歳月がかかった。しかしいまこの瞬間(とき)を待っていたかのような絶妙なタイミングに感じる人は多いのではないだろうか。いまほど世界中で多様性への寛容を真剣に問われることはなかったかもしれない。そう考えるとヤスミン監督は冷静に未来を見つめていたクリエイターだった。マレー系、中華系、インド系、先住民族が共棲し、それぞれがそれぞれの宗教を信仰し、多くの言語が話される国、そんな多様な環境にあるマレーシアに存在する様々な壁を越えることを予測していた。自身の体験を元にしたごく近距離の人間関係を描くストーリーの中で、ことさら強く押しつけることなく、観る人々にも気づきのきっかけをさりげなくもたらす。ヤスミン監督自身も祖母は日本人、またパートナーは中華系という多様さに囲まれていた。次回作の『ワスレナグサ』は日本人の祖母をモデルに構想されていたというからなんとも惜しまれる。
さて、『タレンタイム』は、高校を舞台に、”タレンタイム”(日本でいうと文化祭だろうか)という、タレントを競い合う音楽コンクールに挑む学生たちの葛藤や悩みが描かれる群像劇。それぞれの登場人物の背景を丁寧に描く中で、宗教、民族の違いによって起こる問題(たとえば異なる宗教、異なる民族間の恋愛)などが繊細に織り込まれる。女子学生ムルーの家族は特にヤスミン監督の家庭がモデルといわれ、進歩的な考えを持つ両親や、中国系のメイドが描かれている。おもしろいなと思ったのは、練習で遅くなる女子学生を家に送り届ける男子学生が選ばれ、「タレンタイムの送迎役」という役割を授かる。そこから出会いや誤解、恋が生まれたり、可愛らしいシチュエーションの発端になる。おそらく、レディファーストのような西洋的な教育の一環であり、女性を守るという習慣や精神を育てていて、やや日本では馴染みの薄いユニークな役割を知る。アフマド監督のストーリーテリングの巧みさで、観ているうちにはっとするようなたくさんの小さな気づきを大切にしている。ムルーとマヘシュの恋の行方、やや対立関係にあった中国系学生のカーホウとマレー系のハフィズのエンディングの演出もたまらない。ピート・テオの音楽も琴線に触れる。ヤスミン自身も音楽一家に育ったのだそうだ。とにかく観ながらたくさんの小さな発見をすることはヤスミン作品の醍醐味だ。
◆ヤスミン作品に欠かせない女優アディバ・ヌールさん来日
こうして思い浮かべるとヤスミン監督のどの作品にもあたたかい「真心」を感じる。その現場とはどんなだったのだろうか。ヤスミン監督6作品のうち4作品に出演し、『タレンタイム』ではアディバ先生を演じた、歌手でもあるアディバ・ヌールさんが初来日、トークショーでは貴重なヤスミン監督との思い出や作品の魅力を語ってくれた。
京都大学山本博之教授、ムヴィオラ武井みゆきさん、アディバ・ヌールさん(イメージ・フォーラムにて)
アディバさんが女優になったきっかけは、英語教師をしていた1994年頃にカラオケにはまり、毎日のように”放課後”に通っていた。彼女の歌を友人が録音しコンクールに送ったところ、とあるマレーシアの大きな大会で優勝。それが彼女のターニングポイントになった。変わった経歴の歌手が生まれたというので注目され、CMに声の出演が決まり、その現場で、当時、広告代理店レオ・バーネットのエクゼクティブディレクターだったヤスミンに初めて出会った。そんな役職にも関わらずまったく威張ることのなかったと初対面の印象を語った。さらにサッカーW杯キャンペーンCMに今度は顔の出演を果たし、その後、いよいよ映画出演をオファーされたのだと。1本目の『細い目』では、カクヤム(ヤム姉さんの意味)というヤスミン監督の実家にいたクイーンのように君臨していた実在のメイドの役で、「私のような太った外見のような人を起用することはマレーシアではあまりなかったのですが、ヤスミン監督の意図は、愛情、敬意を持って人に接すること、使用人だからといって奴隷のように扱うことはしない、お互い人間なのだから、という思いが込められていた」と語った。ヤスミン監督はマレーシアの慣習、常識、バリアを打ち破るような映画作りをしたが、そのようなヤスミンの強さについてアディバさんは、ヤスミン監督の実のお父さん(映画ではアタンという名で呼ばれる)が下敷きになっているのだと明かした。さらにヤスミン作品の常連俳優ハリス・イスカンダルについて、スタンダップコメディアンとして活躍していて、フィンランドで行われた「世界でいちばんおもしろい男コンテスト」に優勝したというエピソードも教えてくれた。また撮影監督キョン・ロウについては、「プロデューサーのローズ・カシムになぜいつも撮影はキョンなのかと質問したところ、CM作品の時からずっと彼がカメラを回していて、その理由は、どんな汚いもの、例えばドブを映すときも美しく撮るから、ということで、私もそのとおりだと思う」と付け加えた。
◆ストレスフリー、ハピネス溢れる現場
ヤスミン組の現場については、「いつもハピネスが溢れていて、それは1本目の『細い目』の時にとくに感じ、監督がやろうとしていることを信じてついていこうと思いました。発想の転換、通常であればありえない、人種、宗教、背景の異なるふたりが結ばれるという画期的な作品を作った監督。ヤスミン自身がコメディアン的な人柄を持ち、また心理学を学んでいたので人の気持ちを引き出すのがとても上手。ひとりひとりの人生の話を聞き出してそれを反映しようとしていた。私の感じる限りストレスのない現場だった。そしていまマレーシアでまさに必要とされていると感じた。”バラナ(出産)”と私は呼んでいますが、ひとつのことから小さい出産が起きるのです。つまり監督は多くのアイディアが浮かんでしまい、それを入れ込もうとして、機材のレンタル期限とかあるのでクルーには少しストレスがかかっていたかもしれません。でもそれ以外はまったくストレスを感じる現場ではありませんでした。」現在のマレーシアについては、「自分と違う宗教、人種のお祝い事を一緒にお祝いしたいという国民性があると思います。ごく一部の偏狭な考えを持つ人や、現在の首相に問題があって分断が進んでしまったということもあるが、それとは逆に、異なる人種、異なる宗教の間の結婚も増えています。何か人種のことで問題発言をしたりするとネットですぐに叩かれるという現象からもわかるように、異人種、異宗教のことを描くのはタブーではなくなってきている」とコメントした。
◆”ヤスミン的”の先走り感
ヤスミン作品に造詣の深い京都大学の山本博之教授は、マレーシア社会とヤスミン作品との関係性について、「物語風に作られたCMについて批判を受けたこともあり、その結果、セリフなしのCMにするという規制ができたりもした。また映画では、ヤスミン以降、多民族性を前面に出す作品は増え、人気がでるようになった。しかし実際は、ヤスミン監督が作ろうとした”多民族で壁を乗り越える”というようなものではなく、複数の民族の登場人物を出して”ヤスミン的”と呼ばれることが最近は流行っている」と解説した。
◆I just wanted to tell the story
アディバさんは、制作者としてのヤスミンについて、ビジュアル的に創造性に欠けるなどと批評を受けたことがあるが、そのときヤスミンは「I just wanted to tell the story」と答えた。ヤスミン作品は実際の人生が投影された、真摯で正直な作品。だからこそ心に訴えかける映画だった。いまヤスミンぽいことをやってみるという風潮はあるが、描いているだけで気持ちが置いてけぼりになっている」と結んだ。
(※このトークショーは2017年3月24日に行われました。)
取材・文:福嶋真砂代
2017年3月25日(土)ロードショー
シアター・イメージフォーラム info
《トークイベント》
4/8(土)15:30の回上映後。ゲスト:松江哲明監督(ドキュメンタリー監督)
4/9(日)15:30の回上映後。ゲスト:石坂健治さん(東京国際映画祭「アジアの未来」部門プログラミングディレクター/日本映画大学教授)
※いずれも予告編なし
《ミニライブ》
4/14(金)18:45の回上映後。ゲスト:井手健介さん(ミュージシャン)
※いずれも予告編なし
《割引キャンペーン》
「マレーアジアンクイジーン」でお食事したレシートのご提示でシアター・イメージフォーラムでの『タレンタイム~優しい歌』当日一般料金から200円割引 ※他の割引サービスとの併用不可