ニューヨーカー気分で体験する“進化系図書館”
本作が42本目のドキュメンタリー作品となる巨匠監督、フレデリック・ワイズマンが誘(いざな)うのは、超有名な観光スポットでもある「ニューヨーク公共図書館(NYPL)」だ。NYPLとは、マンハッタン五番街の本館に加えて4つの研究図書館、さらに88の分館を含む「図書館ネットワーク」全体をさす。この大規模で複雑な施設の各所に(それでもNYPLのほんの一部ではあるが)ワイズマンとカメラマンのジョン・ディヴィーが入り込み、公共*1図書館の「本当のすがた」を撮り尽くした。205分の長尺。しかしこの長さにひるんではいけない。しばしの間、ニューヨーカーになって味わう図書館での貴重すぎる臨場体験。思いがけない刺激が待っている。いざ、奥へ奥へと進もう!
図書館は人である
リチャード・ドーキンス博士の刺激的なトークに始まり、進みゆくとエルヴィス・コステロが父を語り、往年の父が歌う映像を観客と一緒に見るというサプライズ。さらにミュージシャンで詩人のパティ・スミスが自身の回想記についてトークするなど、豪華なシーンが待っている。かと思えば、図書館員たちの地道な日常業務に密着。図書館ユーザーからのどんな問い合わせにも、的確な提案をするプロフェッナルな司書たち、あるいは裏方スタッフたちの仕事ぶりに惚れ惚れする。
映画全体を俯瞰すると、図書館で起こる知的、芸術的、事務的、経営的なピースが並べられ、綿密な計算のもとにコラージュされたタペストリーのように見えてくる(ワイズマン自身は「何千もの選択を行った結果生まれたモザイク」と語っている)。あるスタッフミーティングで交わされるのは、ITと図書館の関わりについての興味深い議論。別のシーンで飛び出す“図書館の進化”という言葉にハッとする。また建築家は「図書館は人」であると語り、図書館は「単なる書庫ではない」と強調する。図書館で開催される地域住民への就職斡旋セミナーや障害者と芸術を繋げる熱心な活動も見る。この図書館を“進化系”と呼ばずして何と呼ぼう?
公演会ゲストの詩人はジェームズ・ボールドウィンの言葉を引用する。「我々は、何が起きているのか、知るしかない。なぜなら、今のすべてにウンザリしているのだから。言葉は直接的だが暗示にもなる。ブルース歌手のように。」珠玉の言葉がシンプルに胸に響いてくる。また手話通訳者のために市民ボランティアが朗読するジェファーソン独立宣言を2つの形態で聴く。ひとつは「怒り」をこめたボイスで、そしてふたつめは「懇願」を込めたボイスで。これはアメリカの根幹に触れる圧巻の体験だ。
進化が止まらないワイズマン
ワイズマンの撮影方法、編集術はユニークだ。インタビューで映画の「正しい尺」について聞かれたワイズマンは、「僕が語りたい物語にふさわしい長さだよ。僕は作品を作る前に作品の構造や視点を決めることはない。構造や視点は、編集の過程で浮かび上がってくるんだ。うぬぼれた言い方に聞こえるのを承知で言うけれど、僕にできることは、自分がどう考えるのかを見極めて、自分の判断に従うことだけなんだ。」続けて、編集作業が終わったと判断する時点とはの質問に、「手元にある素材をもとに、自分のベストを尽くしたと思えたときに作品が完成するんだ」と答える。筆者がインタビューを重ねてきた映画作家、想田和弘もその系譜にある。音楽を特につけない(ナレーションもない)ワイズマン作品には、実のところ多彩な音楽が流れているように個人的に思う。ワイズマンの魂のリズム、グルーヴを感じる。おもしろいのは、つい内容にのめり込んでいる瞬間、あっさりと図書館周辺の風景の映像に切り替わるタイミング。朗読されるマイルス・ホッジスのクールな詩のリズムのように緩急変化も凄い。『NYPL』はこれまでの作品より、より研ぎ澄まされ、インテグレートしている熱量を感じる。つまりワイズマン作品はつねにベストオブベストなのだ。
ちょっと脱線するが、“図書館”という場所は、小説家にもこよなく愛されてきた。たとえば村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』や『海辺のカフカ』に描かれる図書館の魔法がかった空間。または短編『図書館奇譚』に描かれる羊と美少女が棲む図書館の地下牢のように、図書館はいつだって想像力を掻き立てられる素材なのだ。映画は、図書館のプラクティカルな機能、運営方法、資金調達等々、図書館のベールに包まれた舞台裏をみせてくれる。ワイズマン自身この空間をこよなく愛してきた“図書館ヘビーユーザー”だからこそ、最大のリスペクトをこめたある種の「謎解き」が楽しく感じる。
図書館とは「言論の自由を体現する、民主主義の柱」であるべき
さてこの映画は、アメリカにおける公共図書館のあり方を精査し続け、また時代に即した図書館の未来像をしっかりとイメージしようとしている図書館スタッフの努力を目の当たりにする。「日々の業務は大変だが、目の前の仕事がいかに将来につながり、図書館の未来を作るのか、それを考えながら仕事をしよう」と提案するスタッフ。あるいは、ベストセラーと所蔵すべき作品、限られた予算の中でどちらに比重をかけるのかについて館長が問いかけ、「もしも我々が所蔵しなければ、10年後、それがどこにも見つからないことになる」と危惧する。その言葉の重み、だけどさらりと提示するところにもワイズマンの「粋」が光る。
あるパーティで、ノーベル賞受賞作家のトニ・モリスンの言葉「図書館は民主主義の柱だ」が紹介される。そしてそれはまさにNYPLを表現する。ワイズマンは「そのとおりだと思った。すべての階級、人種、民族が利用できる。アメリカの最も優れた一面の象徴。言論の自由を体現している」とインタビューで述べている。12週間をかけて撮影された濃厚なドキュメンタリー。ワイズマンの真骨頂を十分に堪能しつつ、そこに息づくアメリカのハート、図書館の真髄を貪欲に享受したい。
福嶋真砂代★★★★★
information:
5月18日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー!
監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン
原題:Ex Libris - The New York Public Library|2017|アメリカ|3時間25分|DCP|カラー
★『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 公開記念パネルディスカッション ニューヨーク公共図書館と<図書館の未来> レポートはこちら
http://moviola.jp/nypl/event.html
関連サイト:
・フレデリック・ワイズマン監督インタビュー(2011)by 松丸亜希子 / 福嶋真砂代
*1:「パブリック(public)」と入っているが、独立法人であり、財政的基盤は市の出資と民間の寄付によって成り立っている。ここでいうパブリックとは「公立」という意味ではなく、「公共」(一般公衆に対して開かれた)という意味に当たる。(公式サイトより)