REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Review 34 『マイ・ブックショップ』

コイシェ監督が共感した「自分らしさ」貫く女性の生き方

f:id:realtokyocinema:20190225195235j:plain

© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

映画の原作、ペネロピ・フィッツジェラルドの小説「The Bookshop」を読んだイザベル・コイシェ監督は、主人公のフローレンス・グリーンと深いつながりを感じたという。コイシェ自身、真に作りたい映画のために奮闘してきたであろうひとりの女性映画監督として、およそ半世紀前の、書店が一軒もない小さな町に新しい息吹きをもたらすべく起こしたフローレンスの「小さな革命」と、「自分らしさ」を貫く姿勢はとても共感できる、また勇気を得られるものだったのだ。

f:id:realtokyocinema:20190308104500j:plain

© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

舞台は1959年イギリス東部サフォークの小さな海辺の町。戦争未亡人となったフローレンス(エミリー・モーティマー)が、夫との夢だった書店を開く決意をし、志高く、信じる道を静かに進む。まずは長く買い手のつかない“オールドハウス”を買い取り、書店オープンの準備に取り組む。着々と理想の書店に近づくが、保守的な町の考え方や理不尽な嫉妬に遭い、道のりは順風どころか、逆風が吹きあれる。何かといちゃもんをつける町の有力者のガマート夫人(パトリシア・クラークソン)、ガマート夫人のちゃらい甥っ子のマイロ・ノース(ジェームズ・ランス)、書店を手伝う聡明でおませな少女クリスティーン(オナー・ニーフシー)、そしてミステリアスな老紳士ブランディッシュ氏(ビル・ナイ)など個性的な人物が登場し、エッジの効いた本のセレクション*1に絡めて、賑やかにストーリーは進む。数々のいじわるにも健気に耐えるフローレンスだが、当時の問題作「ロリータ」の販売で勝負にでると、それがまたガマート夫人の闘争心に火をつけた。さすがのフローレンスも心が折れそうになったが、そこでナイト(騎士)のごとく現れたのはブランディッシュ氏。果たして彼がとった秘策は……?

f:id:realtokyocinema:20190308104237j:plain

© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

◇サラからエミリーへ、「女性の生命力」描くコイシェ監督

コイシェ作品の圧倒的な魅力は「女性の生命力」に宿るのではないだろうか。絶望的な喪失感の中から、決意とともに立ち上がるしなやかな強さ、奥深さ、美しさと、多様に変容する生命力。例えば『死ぬまでにしたい10のこと』(2003)では余命を宣告されたアンの、死よりも生に向かうエネルギー。また『あなたになら言える秘密のこと』(2005)のハンナの、心に深い傷を負い、底しれぬ絶望感と癒えようのない傷を乗り越えようとする静かな生命力を見た。いずれも「陰キャラ」が得意なサラ・ポーリーが演じ、コイシェ作品を強く印象付けた。今回のヒロイン、エミリー・モーティマーは陰陽あわせもちながら、『メリーポピンズ リターンズ』での百万ドルの笑顔、『ラースと、その彼女』や『マッチポイント』など、どちらかと言えば無垢な明るさ、おっとりと控えめだが内面から太陽の光を放つように感じるタイプだ。これまでのコイシェ作品と少し違ったトーンの生命力を感じるのは、監督とエミリーのコンビがもたらす化学変化のマジックだろう。

f:id:realtokyocinema:20190308104323j:plain

© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

f:id:realtokyocinema:20190308104127j:plain

© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

◇コイシェファンにはたまらない凝ったディティー

さらにさらに、バルセロナ出身のコイシェが作る世界のディティールウォッチングも楽しみのひとつ。セットであったり、小物であったり、今作も隅々にまで神経が行き届く。50年代の英国の片田舎の風景を、アイルランドバルセロナロケによって再現したリュオレンス・ミケルの美術。常連カメラマンジャン・リロード・ラリューの撮影は海の表情、ヘイジーな雲り空、プンと薫る草の匂いまでも届ける。またフローレンス始めシーンによって変化する人物の心情を表現するメルセ・パロマの衣装も必見。ハイソなガマート夫人のキラキラした部屋にも目を惹かれ、またブランディッシュ氏の古い邸宅でのアフタヌーンティーのスイーツは質がよくておいしそう。さらにアラ・ニの音楽はジャジーな味付けをし、コイシェ組チームワークは完璧だ。蛇足ながら、筆者がバルセロナを旅して感じたのは、スペインでもとりわけアートフルでユニークな街だけど、人々のファッションは意外にも落ち着いた色調のクラシックコンサバだったこと。そんなシックなセンスもこの映画に生かされ、コイシェファンも、初めてコイシェに触れる人も、また本好きな人、書店好きな人にも、じっくり楽しめる充実の作品になっている。

f:id:realtokyocinema:20190308104023j:plain

© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

福嶋真砂代★★★★.5

------

39日(土)よりシネスイッチ銀座YEBISU GARDEN CINEMA他にて全国順次ロードショー

information:

監督&脚本:イザベル・コイシェ 
出演:エミリー・モーティマービル・ナイパトリシア・クラークソン 
原作:「ブックショップ」ペネロピ・フィッツジェラルド著(ハーパーコリンズ・ジャパン*3/1刊行)
2017|イギリス=スペイン=ドイツ|英語|カラー|5.1ch|DCP 原題:The Bookshop 
配給:ココロヲ・動かす・映画社○

mybookshop.jp

 

*1:

・「華氏 451」著:レイ・ブラッドベリ(1953)

・「ロリータ」著:ウラジミール・ナボコフ(1955)

・「ジャマイカの烈風」著:リチャード・ヒューズ(1929)

・「ドンビー父子」著:チャールズ・ディケンズ(1848)

・「火星年代記」著:レイ・ブラッドベリ(1950)

・「たんぽぽのお酒」著:レイ・ブラッドベリ(1957)