桃源郷のような映像美にこもる深い思い
「これが僕のひとつの答え」と語りだすまで、どれだけの痛みと試練を乗り超えたのだろうか。長編初監督作品『ある船頭の話』の公開を待つオダギリ ジョー監督に現在の心境を伺った。最近ではCMで演じるキャッシュレス社会から取り残された男のしょっぱい表情が印象的。天性の表現力は国内外からの出演ラブコールが止まない。その多忙の間にも、「自分に課す」ように脚本をしたためていたという。オダギリが「10年に1度の勝負」と挑戦した本作で、ヴェネチア国際映画祭ヴェニス・デイズ部門への正式出品を皮切りに、華麗なる監督世界デビューを果たした。
まるで桃源郷のような映像美に見惚れてしまう。山あいをゆったり流れる川、その透き通る水に山々の鮮やかな蒼が映り込む。新潟県阿賀町で撮られた風景は日本でありながらどこか無国籍、もしや別の惑星なのかと見紛う不思議ささが漂う。ここに老船頭のトイチが生きている。橋が完成すると渡し舟の仕事がなくなる。役に立たないものは消えるしかないのか。死んだあとにも役に立つ人間でありたいとトイチは思う…。
時代は大正の少し手前、近代化の波が迫り、「役に立たないものは消えるしかない」という、まさに現代社会の残酷さを示唆するようなアンチテーゼを掲げ、「本当の人間らしさとは?」と問いかける。山奥のある地点を定点観測するように、ひとりの老いた船頭をじっと撮る。同じ場所を撮りながら、川は流れ、時は過ぎ、人心の否応なく変容していく様が映る。オダギリのために駆けつけたクリストファー・ドイルの魔法のようなカメラワーク、温もりのあるワダエミの衣装、さらにアルメニアのジャズ・ピアニスト、ティグラン・ハマシアンが紡ぎ出す繊細な音色が融けあい、ため息がでるほど美しく妖しい、ユニークな世界観を作り上げた。
若手からベテランまで粋なキャスティングも見どころ。とりわけ主演の柄本明の存在感、唯一無二の「トイチ」を観ることが出来るのは至福だ。時代に取り残されていくトイチを演じるつもりで脚本を書いていたとオダギリは語る。トイチはCMの男のように渋い表情は見せないが、その背中は、失ってはいけない大切なものを静かに教えている。
世界を舞台に活躍するオダギリジョーならではの壮大で地球コンシャスな視点。物語は、惨殺事件の噂、謎の少年、傷を負った少女が登場し、ミステリアスな展開に。柄本明の至高の演技。オダギリと最高のコラボレーションをみせるドイルの映像妙技と、柔らかく絡み合うハマシアンの音楽。一流のスタッフとキャストが集結した「10年越しの勝負作」と話すが、次回の監督作もすでに楽しみになってきた。
取材・文・写真: 福嶋真砂代
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★English version of the Joe Odagiri interview
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