繊細に大胆に、映画とシンクする気鋭の新人監督
公開中の長編デビュー作『オー・ルーシー!』の監督・脚本を務めた平栁敦子さんがアメリカから帰国し、インタビューした。17歳で単身渡米し、サンフランシスコ、ニューヨークで演劇、映画を学んだ。大学院修了作品の短編『Oh Lucy!』が各国で受賞し、その長編バージョンとなる本作を発表。海外の映画祭に次々に正式出品され、多くの受賞を果たした新鋭監督。聞けばジャッキー・チェンに憧れ、女優を目指していたと……? 43歳のOL節子を通して描く女性の転機。寺島しのぶの“弱さ”をさらけだす痛い“強さ”は絶好調で、平栁が役者たちと”シンク”する現場の醍醐味をありありと語ってくれた。ジョシュ・ハートネット、役所広司のこともたっぷり。カリフォルニアから映画界に吹き込まれる新しい風をぜひ感じてみてほしい。ところで、英語タイトルに埋め込まれた頭文字のシークレット、お気付きですか?
聞き手・文:福嶋真砂代
◾️心配するのが嫌だから「やっちゃえ」って
ーー短編では桃井かおりさんが主演で、桃井さん独特のルーシーが観られますね。(短編『Oh Lucy!』はVimeoで視聴できます)
短編は、本当に桃井さんにしかできないルーシーだと寺島さんもおっしゃっていました 。長編では、さらにルーシーのいろんな部分が出てきて、また年齢的な葛藤も含めて、こちらはまた寺島さんにしかできないルーシーだったと思います。
ーー寺島さんのなんというか、”痛い”演技が、いつもに増して強力でした。ヒロインの痛みの種類としては、例えば『やわらかい生活』(廣木隆一監督:2005年)の寺島さんがみせた「弱さ」とは違って、ルーシーは弱さの裏にある「強さ」が印象的です。
気づいてくださって嬉しいです。そう、ルーシーには「強さ」があるんです!
ーーところで平栁さんが17歳で渡米されたのは、最初から映画を勉強する目的だったのですか?
最初は、とにかく英語を学びたいと思いました。元々アメリカの大学で演劇を勉強したいと考えていたので、大学から行くよりも、高校生のときに語学留学したほうがいいと思いました。大学に入ったときにはすでに英語を喋れるようになっていたかったんです。
ーー将来のイメージをすでに描いて行かれたのですね。もしかすると用意周到なタイプですか。
計画を立てるのは好きです。でも結局思い通りにならないんですけどね。だから「やっちゃう」とどうにかなるという感じです。例えばプールで高飛び込みをするとしたら、あまり考え込むと飛び込めなくなってしまうから、考えるより先に「飛び込め」って感じです。バク転するときも、ある意味思いっきりがないと、できないのではないでしょうか? 私にはバク転はできませんが(笑)。
ーーそういえば、極真空手の黒帯保持者だと。
私は10歳から空手を始めて、5年ぐらいで茶帯まで行ったのですが、渡米した頃はロサンゼルス(LA)に同じ流派の道場がなかったので続けられなくて。サンフランシスコの大学を卒業して、演技を本格的にやろうとLAに帰ってきたんです。そのときに道場が開設されたと聞いて、入ることに。でもブランクがあったし、初日に茶帯をしめて稽古していたら、スパーリングの際に白帯の男の子に「ボーン」と頭を蹴られてしまって。先生には「よくそんなに休んでいたのに、また始めようと思ったな」と言われ、よく考えるとそれもそうで。そんなふうに、決めると考えるより前に行動に移してしまうんです。 それは実は、すごく心配性ということの反動なんです。白帯の男の子にやられるなんて、やる前にそう考えていたら再開できなかったと思います。心配するのが嫌だから「やっちゃえ」ってことなんですよね。演技をするときもそうなんです。
◾️女優になるべくして生まれた寺島しのぶ
ーー監督は女優を目指されていた?
はい、最初になぜ演技をやろうと思ったかというと、ジャッキー・チェンに憧れていたんです。彼は監督、脚本、主演、全部を自分で出来ますから。でも私はシャイな人間なので……、あ、笑いましたね、みんな笑うんですけど。本当にシャイなので、演技をやらなきゃと考えたんです。今、こうお話ししているのも、実は演技で学んだ事を実践しているんだと思います(笑)。舞台に出る前なんかは心臓がバクバクして、いつも死にそうな気分になっていたんです。だけど、寺島しのぶさんはそれがないのではと思います。寺島さんは長い歴史と伝統がある歌舞伎の家柄に、まさに女優になるために生まれてきた方で、おそらくDNAが進化して、脳に「恥ずかしい」という回路がないのではないかと、そんなふうに感じたんです。私はどちらかというと、カメラを意識してしまうし、頭の中で自分が話す声が聴こえてしまうんです。「何やってるんだろう私、ハハハ」と笑っちゃったりして、冷めて見ている自分がいるんです。だから、その声を聴こえなくするために、思いっきり役作りをしなくてはならない、“メソッドタイプ”なんです。例えば洞窟で飢え死にしそうな芝居があるとすると、本当にそういう場所に行き、食べないようにしないと役に入れないタイプというか。だけど寺島さんは、これはジョシュ(・ハートネット)も同じことを言っていましたが、キャンディークラッシュ(ゲーム)で遊んでいても、「本番!」って言われると「はーい」というふうに、すぐに役に入れるんですね。それを見たときに「あ、本質的に違う」と思いました。彼女は「女優」というやるべき事をやっているんだなと。
ーー資料を拝見すると、リハーサルをしない撮影法なのだとか?
私はリハーサルをしない方がいいと思うタイプなのでしないのですが、役者さんがしたいと言うならします。そのときは詰め込まないものになります。今回のキャストのみなさんは「しなくてもいい&したくない派」でした。時間が限られているということもありましたが。
ーージョシュさんのカンヌでのインタビューをネットで見ると、「平栁監督はとてもソフトな言葉でじわじわと説得してきて、ここまではやらなくていいだろうという演技までやらせてくれる」のようなことを話していました。
(笑)たぶん、それがどのシーンだかわかります。
ーー英会話教室でジョシュがやって見せた、おもしろいエクササイズシーンもそうですか?
実際にあのようなエクササイズがあるんですね。ジョシュが人に聞いたりして、それを即興で演じてくれたんです。ジョシュがまずやってみせてくれて、「じゃそれやって下さい」みたいな流れで、あのシーンが出来ました。
ーー寺島さんと南果歩さんの姉妹の関係性もおもしろくて、ふたりのぶつかり合いも強烈でした。あの喧嘩シーンはどのように?
最初はダンスみたいな感じで動きを考えて、自然に動いてもらいます。こういう流れで動いたらぎこちないというのがわかると、だったらこっちに歩こうとか、いやこちらのほうがいいという感じで動いてみて、あとは本番で感情を入れるという撮影なんです。それをアメリカでは「ブロッキングリハーサル」と言います。体の動きなどをカメラが追わないといけないので、「これでどうですか?」、「いい感じです」というように進みます。そのあとにライティング(照明のセッティング)。ライトの確認が終わったら本番です。
◾️もし演技の楽譜があるとしたら、それが全部同じ音だった
ーージョシュさんとは、現実逃避している弱い男の”ジョン”の役をどのように作り込んでいったのですか?
彼の場合はたくさんクエスチョンをします。私にいろんな質問を投げて、私はそれに答えながら一緒に作っていきました。ジョンの役は、私が知っているアクティングコーチなどがインスピレーションになっていて、エピソードをいろいろ話すと、「そうそう、僕にも香港で英語の先生やってる友達がいて……」といった話をしながら、自分たちのイメージがだんだんシンク(同期)していくんですね。その感じがいちばんすごかったのは寺島さんです。そんなに話していないのに、最初からシンクしていたんです。私と寺島さんは性格がとても似ているのかもしれません。たまに(良い意味で)気持ち悪いことがあって、モニターの寺島さんの演技を見ていて「もし演技の楽譜があるとしたら、それが全部同じ音だった」みたいなことを感じたんです。あ、いまゾクッとされましたね。私もゾクッとしました。なんでこんなこと言ったんだろうって。
ーー言葉に出して言ってないのに通じ合っていたと。
そうですね。何かテレパシーみたいな。まるで目の下のピクピクと言う細部の演技まで演じて下さった感じです。もちろんそんな演出はしないし、いまのは例えばの話です。だからモニター見て、私はよく「そうそう」とうなずいていました。寺島さんは私がOKと言ったらすぐに次に進みます。だいたい1か2テイクでした。
日本ではマスターカメラで1回撮って、あとは2アングルくらいで終わるらしいんですけど。私の場合はワンカメ(カメラ1台)で撮っていたので、同じシーンをいろんなアングルから撮ります。ひとつのアングルで撮ってみて、でもそれを別のアングルから撮るほうがしっくりくるときがあるんです。ここからのアングルのほうがこの演技がよりしっくり表現されるというか、カメラから感情が出てくる度合いが、前のアングルだと30%だったのが、こちらからだと80%になるから、それを撮らないとダメだよ、ということになるんです。それを見つけるのが撮影のPaula (Huidobro)はうまかったですね。たまに撮り終わったときに、彼女が「アツコちょっと見て」って言うんです。はっとするようなアングルを見せられると、私は「そうだよねえ」となり、「撮ろう」となることもありました。寺島さんにそれを説明したときに、私を信じてくれました。そうやって信用してくれたことが、いちばんありがたかったです。それも本当にそれまで全然知らなかった新人の私を……。
ーー役所広司さんも、初対面の新人監督の作品に出演するのはこれが初めてだったと。
役所さんは、撮影期間が2日間ぐらいでした。ある意味、私のような新人に対して、サポートをして下さった気がします。何かを変えて行きたいという気持ちがある、優しい方でした。
ーーまさに映画の「トム」も、ルーシーがダメダメになったときに救世主のように現れる役ですよね。
このトムは役所さんにしかできない役ですね。役所さんがそこにいらっしゃるだけで空気が変わるんです。カメラもそれをキャッチする感じがします。英語で “gravitas”(重力)というんですけど、存在感というか、引力があるんです。これは絶対クサイだろうというセリフでも、役所さんが言うと重みがあってしっくりくる。それでいてたまにカーブボールを投げたり、私にとって学びとなるような質問をしてくださいました。そんな俳優さんです。
ーー本音と建て前とか、おみやげ配りとか、ルーシーが生きるOLの世界は実にリアルでした。事前に何かリサーチをされたのですか。
私は学生の時にお中元の受け付けのアルバイトをした経験があるのですが、そういう組織の中で正規ではなくバイト社員としての位置関係がOLと近い物があったのではないかと。あとは部活などの後輩先輩というヒエラルキーのある社会での経験を通して、OLの世界も同様と想像ができました。また、2ちゃんねるのようなブログサイトなどをみてリサーチをしたり、友達や知り合いのOL経験のある人にも質問したりしました。
ーーそんな世界で、ルーシーは早々に本音をぶっちゃけるんですが、ぶっちゃけた結果、ルーシーのように会社を辞めることにも……。
でも彼女は、会社を「辞める」という行動を自分から選択したのです。彼女がアメリカに行った時点で、無意識か意識的かは別として、何かを決めていたのだと私は思っています。
ーー日本の女性も鬱々としてきたものをやっとぶっちゃけ始めて、デトックスの時代が来たのかもしれません。ルーシーが「ほら!」って背中を押してくれるように感じました。
もう全部出してほしいですね。日本の女性は我慢しすぎだと思いますから。行き詰まったら、英会話教室とか(笑)、カラオケとか、あるいは自然の中に行くといいと思います。私は東京とかマンハッタンとか、大都会に長くいると心が滅入ってしまうんです。部屋から太陽と空が見えないとダメみたいです。明日はサンフランシスコに帰ります。
ーーカルフォルニアの空が恋しくなっていますね。ありがとうございました。
(※このインタビューは2018年4月28日に行われました。同日上映後のQ&A内容も一部含まれています)
プロフィール: ひらやなぎあつこ/長野県生まれ、千葉県育ち。高校2年生の時に渡米し、ロサンゼルスの高校を卒業後、サンフランシスコ州立大学にて演劇の学位を取得。2009年、シンガポールのキャセイ財団の奨学金を受け、ニューヨーク大学大学院映画学科(NYU Tisch School of the Arts)に入学。13年、映画制作の修士号を習得。同大学院2年目に制作した短編映画「もう一回」(12)がショート・ショート・フィルム・フェスティバル&ASIA 2012グランプリ、ジャパン部門優秀賞、ジャパン部門オーディエンスアワードをはじめ高く評価されたのに続き、桃井かおりを主演に迎えた修了作品の短編「Oh Lucy!」(14)もカンヌ国際映画祭シネフォンダシオン(学生映画部門)第2位、トロント国際映画祭などをはじめ各国で35を超える賞を受賞。「Oh Lucy!」の長編バージョンである本作『オー・ルーシー!』は16年、脚本の段階でサンダンス・インスティテュート/NHK賞を受賞、同賞のサポートを受けて制作された。プライベートでは2児の母で極真空手黒帯初段の保持者。
Information
『オー・ルーシー!』
- 配給:ファントム・フィルム
- 公式サイト:http://oh-lucy.com/
- 監督・脚本:平栁敦子
- 出演:寺島しのぶ、南果歩、忽那汐里、役所広司、ジョシュ・ハートネットほか
- 2016年サンダンス・インスティテュート/NHK脚本賞受賞作品
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最新ニュース!!
5月17日(木) ユーロ―スペースにて一夜限りの英語字幕版上映が決定!
場所 ユーロスペース (東京都渋谷区円山町1−5)
日時 5月17日(木)最終回 18:50~
☆詳細は下記サイトでご確認下さい。
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