REALTOKYO CINEMA

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Review 25『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』

お笑いでオブラートし重病の核心に迫る

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(C)2017 WHILE YOU WERE COMATOSE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

はたしてアメリカは目覚めることができるのか? はたまた重病のまま眠りについてしまうのか? そんなことを考えさせるタイトル「ビッグ・シック」とはなんとも意味深。何よりトランプ政権のいまのアメリカ、直球ど真ん中コースだ。映画の中では突如病に倒れ、治療のために昏睡状態となっているエミリーの病状のことでもあるが、描かれる周囲のドタバタ劇は実に現代アメリカの「シック=病気」状態。深刻さをお笑いで包み込みながら核心に迫るあたり、かなりインテリジェントだ。アメリカ5館から始まり、またたく間に上映館が増え、アカデミー賞候補に。共感のさざ波はすごい勢いで広まりビッグウェーブになっている。

シカゴに住むパキスタン系移民の芸人の卵、クメイルが主人公。演じるのは芸人で作家のクメイル・ナンジアニ。脚本は彼と妻のエミリーが共同脚本で名を連ねる。つまり、自分たちのラブ・ロマンスを自ら脚本を書き、クメイル本人が演じた実話ベースの話である。コメディライブを観にきた客のエミリー(ゾーイ・カザン)から野次を飛ばされ、言い返したことがきっかけでつきあい始めるふたり。しかしクメイルの家族は敬虔なイスラム教徒で、パキスタンの習慣をとても大切に守っている。逆に言えば、文化的に頑固なタイプの移民家族だ。若者クメイルのコメディはそんなパキスタン家族の”あるある”をいじるネタで構成されている(悪いけど全然ウケない)。芸人としても芽が出ず、弁護士になれという家族の期待には反発し、家を離れ、大学に在籍しながらウーバータクシーの運転手のアルバイトをしている。よくいるモラトリアム大学生の典型だし、見合いをおしつける厳格な母も少し前の日本の姿に似ている。そういえば『火花』では日本の芸人舞台裏が湿り気たっぷりに描かれていたが、アメリカの売れない芸人事情はドライな感じ。でもそこには異文化、人種、政治、宗教問題と複雑な要素が入り混ざる。

クメイルの家族にはベテランのインド人俳優アヌパム・カー、舞台女優で有名なゼノビア・シュロフなどボリウッドファンにもうれしい芸達者揃いで、白人のエミリーの両親との違いがよく映る。現代でもこれほど保守的で古風なのだろうか。きっとそうなのだろう。日本でもいまだにこの傾向はある。そしてクメイルの宗教への複雑な悩みに切り込むあたり、一方的な偏見への一石になるのかも。

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(C)2017 WHILE YOU WERE COMATOSE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

◇蘇るホリー・ハンターのマシンガントーク

実は私がいちばん興奮したのは、ホリー・ハンターのマシンガントークだ。『ピアノ・レッスン』の静的な凄みで知られる彼女は実は「動」の人で、彼女の個性的なしゃべり力(りょく)は強烈だ。本作のレイ・ロマノとのコンビネーションはまさに漫才コンビで、芸人としてこのままデビューしてくれてもいいよと思うくらい小気味好い。この夫婦とクメイルのガチなやりとりは、異文化間、世代間ギャップと向き合い、境界を超えようとする人々へのヒントになる。簡単に言えば、対話と行動なのだ。だがそこがうまくいかない。そんな中、ほっこりするのはクメイルの温和な性格。コメディアンを目指しながらガツガツしない育ちのよさ(は芸人として弱点だが)。しかし自分に正直に、自分の道は自分で拓く、やりたくないお祈りはやらないけど、家族には内緒にしておくとか、家族思いだからこその嘘もつく。そんな繊細に葛藤する様にも共感がわく。多民族、異文化を受け入れてきたアメリカの複雑な現代事情の一面を、重苦しくなくポップに描く。「ラブストーリーかと思って観たらなんだかいろいろ深かったね」なんて声が聞こえそう。いちばん大事なのは「自分たちはどうなのか」ということに思考が及ぶことかも。他者へ寛容について考える機会になればクメイル作戦成功だ。なんてことを踏まえた上で、アカデミー賞の行方も楽しみにしよう。

福嶋真砂代★★★★

 インフォメーション:

監督:マイケル・ショウォルター 
キャスト:クメイル・ナンジアニ ゾーイ・カザン レイ・ロマノ ホリー・ハンター アヌパム・カー
配給:ギャガ
上映時間:120分

gaga.ne.jp

2018年2月23日(金)よりTOHOシネマズ日本橋ほか全国順次ロードショー