REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Review 26『ぼくの名前はズッキーニ』

辛く苦しい思いをしている子どもたちに贈る優しいエール(もちろんおとなへも)

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(C)RITA PRODUCTIONS / BLUE SPIRIT PRODUCTIONS / GEBEKA FILMS / KNM / RTS SSR / FRANCE 3 CINEMA / RHONES-ALPES CINEMA / HELIUM FILMS / 2016

大きな目、赤い鼻、青い髪、主人公の男の子「ズッキーニ」のなんとも斬新で愛嬌のあるビジュアルはひときわ目を引く。個性的な登場人物すべての表情豊かでなめらかな動きは、パペットを操るストップモーションアニメーションで表現され、50人のスタッフで2年の歳月をかけて作られた。制作チームには白石翔子さんという日本人のスタッフも参加している(海外作品のエンドロールクレジットに日本人の名前を見つけるとなんだかうれしくなるものだ)。 

9歳の少年、ズッキーニ(本名はイカール)の物語は象徴的な凧の場面からはじまる。パパは若い女と家を出て行き、ママはアルコール依存、少年はひとりぼっちの部屋で遊ぶ毎日。そんなママでも彼を「ズッキーニ」と呼び愛していた。しかしママは不慮の事故で亡くなり、それによって心に深い傷を抱えたズッキーニ。心優しい(でもわけありそうな)警察官のレイモンに連れられて孤児院「フォンテーヌ園」に預けられる。施設の古株の子どもたちからはさっそく新入りの洗礼を浴びるが、痛みを抱える子どもたちどうし、心を通わせ、力を合わせて日々を生きるようになる。ある日、ハスキーボイスの女の子カミーユが新しく入園し、ズッキーニはさびしそうな彼女にほのかな恋心を抱く。カミーユの養護手当欲しさに叔母は養子縁組を強行しようとするが、子どもたちはそれを阻止しようとある計画を立てるのだった……。

登場人物の声には、アマチュアの子役たちがキャスティングされ、のびのび活き活きと演じ、とりわけズッキーニ役のガスパール・シュラターの演技はなんとも愛らしい。「沈黙と間」、「視線の余白」、「言葉によらないコミュニケーション」という要素を大切にして、長回しショットによって表情と感情をしっかり表現しようとしたという、パラス監督の演出の工夫が活かされている。

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(C)RITA PRODUCTIONS / BLUE SPIRIT PRODUCTIONS / GEBEKA FILMS / KNM / RTS SSR / FRANCE 3 CINEMA / RHONES-ALPES CINEMA / HELIUM FILMS / 2016

本作はスイス出身のクロード・パラス監督の長編デビュー作になる。イラストレーション、コンピュータ・グラフィックスを学び、人類学、デジタル画像の学位を修めたパラスは、ジル・パリス原作の「Autobiographie d’une courgette」の映画化を発案、「育児放棄をされ、虐待されて傷を抱えながらも必死に生きる子どもたちへのオマージュ」という気持ちでこの作品を作った。小さい作品だが、ビジュアルに優れ、しっかりしたテーマと冷静で温かい視線に支えられ、繊細な問題への慎重な配慮もすばらしい。第89回アカデミー賞長編アニメーション賞ノミネート、第74回ゴールデンブローブ賞長編アニメーション賞ノミネートほか、数々の賞を受賞している。

子どもの虐待や育児放棄のニュースが出るたびに心が痛むが、事態は一向によくならないどころか悪化している。悲惨さを暗く描くより、現実を冷静に見つめながら、人間の温もりに光を見出し、こんな温かいソリューションもあるよという原作者パリスとパラス監督からの美しく力強い”プレゼント”がうれしい。

もうひとつ、タイトルにある”ズッキーニ”はフランス語で「クルジェット」だが、その発音の音感がとてもとてもかわいい。

福嶋真砂代★★★★

boku-zucchini.jp

監督: クロード・バラ

脚本: セリーヌ・シアマ

上映時間:66分

原題: Ma vie de Courgette/My Life as a Zucchini

配給: ビターズ・エンド、ミラクルヴォイス

2018210日より新宿ピカデリーYEBISU GARDEN CINEMAほか全国にて公開

 

 

2017年 わたしの10大イベント「CINEMA10」+

2016年10月11日にスタートしたREALTOKYO CINEMAは、おかげさまで2年目に突入しました。さて遅まきながら、2017年に観た映画の中で印象に残る10本を選ぶ第2回「CINEMA10」を発表いたします。今年もそれぞれの場所で活躍するREALTOKYOゆかりのライターたち(澤 隆志、松丸亜希子、フジカワPAPA-Q、白坂ゆり、福嶋真砂代)がいろいろあった2017年を振り返りつつ、10本(あるいは6本)を厳選してくれました。個性滲み出るバラエティに富んだチョイスをお楽しみ下さい。(「+」として澤隆志スペシャル「展覧会とかpickup10」も掲載しました。)2018年も相変わらずREALTOKYO CINEMAをよろしくお願いいたします。

 2017 RT CINEMA 10 

★澤 隆志の2017 CINEMA10

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©Román Yñan
  1. 『雲の伯爵――富士山と向き合う阿部正直』 http://www.intermediatheque.jp/ja/schedule/view/id/IMT0108 
  2. 『ドーソンシティ』 @イメージフォーラム・フェスティバル』http://www.imageforumfestival.com/2017/program_a
  3. 『メッセージ』http://www.bd-dvd.sonypictures.jp/arrival/
  4. あさがくるまえにhttps://www.reallylikefilms.com/asakuru
  5. 『ジャッキー』http://jackie-movie.jp/ 
  6. 『禅と骨』 http://www.transformer.co.jp/m/zenandbones/
  7. 『ELLE エル』http://gaga.ne.jp/elle
  8. 『グットランド』 @TIFF http://2017.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=11
  9. 『立ち去った女』 http://www.magichour.co.jp/thewoman/
  10. 『私の死の物語』@アルベルト・セラ監督特集 http://www.athenee.net/culturalcenter/program/se/serras.html

コメント:はコレオグラフィーとカリグラフィーの幸福な関係。他言語との出会いゆえ「バベルの塔」展と共に。東京は編集次第で勝手芸術祭ができるから!手元に「虫の本」あれば完璧。は金鉱跡を掘ったら記憶がARRIVALした話。不定形な雲の実態をつかむべくアニメや3Dで挑む数奇者。も映画に憑かれた者である。7、8、10は顔の映画。ユペールのキョトン顔は狂気の新しい引き出し。白塗りのカリギュラはもうバカ殿様でしかないが素晴らしい。暗殺された大統領の葬儀という史上最難関”段取り”映画の。親切と副業を武器にしたおかんノワール9。恋人の親密なベッドから冷たい手術台への臓器と記憶の旅は僕の退院直後でショック大!

(3の参考リンク

★松丸亜希子の2017 CINEMA10 

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(C)2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Lodz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage- Fundacja Tumult All Rights Reserved.
  1. 『愚行録』http://gukoroku.jp/
  2. わたしは、ダニエル・ブレイクhttp://www.longride.jp/danielblake/
  3. 『T2 トレインスポッティングhttp://www.bd-dvd.sonypictures.jp/t2trainspotting/
  4. 『美しい星』http://gaga.ne.jp/hoshi/
  5. 『三度目の殺人』http://gaga.ne.jp/sandome/
  6. 散歩する侵略者http://sanpo-movie.jp
  7. 『残像』http://zanzou-movie.com
  8. 『パターソン』http://paterson-movie.com
  9. ビジランテhttps://vigilante-movie.com/
  10. 希望のかなたhttp://kibou-film.com

コメント:新潟県に移住し、観られる作品の本数は激減しましたが、縁があって出合えた1本1本が貴重でありがたく、丁寧に、じっくり観るようになりました。大好きな監督たちの新作が劇場で観られる喜びもひとしお。たとえ短期間でも、上映回数が少なくても、地方に巡る映画が増えますように!

★白坂ゆりの2017 CINEMA6

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Photo by MARY CYBULSKI (C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
  1. 『パターソン』http://paterson-movie.com/
  2. リュミエール!』http://gaga.ne.jp/lumiere!/
  3. 希望のかなたhttp://kibou-film.com/
  4. ビジランテhttps://vigilante-movie.com/index.php
  5. 『残されし大地』https://www.facebook.com/nokosareshidaichi/
  6. 『Playbackhttp://www.playback-movie.com/

コメント:は日常のなかのささやかな発見力。それは生きる動力にもなる。は、けれどそのような視点を持てない人たちのほうが、わたしの住む地方都市では実感に近いので、三郎ちゃんにわずかな希望を見るのです。には、移民や権力の問題など「排他性」への問いがあり、どちらに転ぶか、コインの裏表のようにも見えた。福島第一原子力発電所から12キロ離れた福島県双葉郡富岡町のドキュメンタリー。荒涼とした環境のなか、それでも自然の息づかい、家族の談笑があることがリアル。それが抵抗だ。三宅唱監督の2012年作だが、水戸のCinema Voiceでのトークショー映像を見て、ユーロスペースでの再映で初鑑賞。国道など、絵にならないようで絵になる風景。再生と記憶。スケボーシーンの音が巻き直しの合図のようで耳に残る。

★フジカワPAPA-Qの2017 CINEMA10

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永遠のジャンゴ© 2017 ARCHES FILMS – CURIOSA FILMS – MOANA FILMS – PATHE PRODUCTION - FRANCE 2 CINEMA - AUVERGNE-RHONE-
  1. 『Don't Blink ロバート・フランクの写した時代 』http://robertfrank-movie.jp/
  2. 『めだまろん ザ・レジデンツ・ムービー』http://www.imageforum.co.jp/theresidentsmovie/
  3. 『約束の地、メンフィス テイク・ミー・トゥ・ザ・リバー』http://www.curiouscope.jp/Memphissoul/
  4. 『バレエ・リュス パリ・オペラ座https://www.culture-ville.jp/balletrussestheaterticket
  5. 『ドリーム』http://www.foxmovies-jp.com/dreammovie/
  6. 『永遠のジャンゴ』http://www.eien-django.com/
  7. 『わたしは、フェリシテ(幸福)』http://www.moviola.jp/felicite/
  8. 『私が殺したリー・モーガンhttp://icalledhimmorgan.jp/
  9. 『ダンシング・ベートーヴェンhttp://www.synca.jp/db/
  10. 『オール・アイズ・オン・ミー』http://alleyezonme.jp/

(公開順)

コメント:音楽関連映画公開順10本。1)著名な音楽プロデューサー、ハル・ウィルナーが音楽を担当し、ボブ・ディランヴェルヴェット・アンダーグラウンドパティ・スミス等の曲が流れる。その時代時代に流れ、フランクも聞いていただろう。2)1966年結成の謎のアヴァンギャルド・ロックバンド、ザ・レジデンツの歴史と活動を追う。トップハット&目玉マスク&タキシード姿で知られているが、昨春の32年ぶりの来日公演では全然違う新たな格好で謎が増えた? 3)原題「Take Me To The River」はトーキング・ヘッズもカバーした、メンフィス・ソウルの貴公子アル・グリーンの名曲。196070年代に最高の音楽を発信したテネシー州、メンフィスに伝説的な音楽家が集まり、ソウル、ブルースのセッションを収録。ブッカー・Tオーティス・クレイ、ボビー・ブランド等が若手とコラボする場面は感動的。サントラ盤必聴。4)バレエ・リュス誕生100周年の、2009年のパリ・オペラ座での公演を収録。主宰者ディアギレフ(18721929)の生誕145年の昨年、特別に公開。『牧神の午後』(初演1912年。音楽ドビュッシー、振付ニジンスキー)、『ペトルーシュカ』(初演1911年。音楽ストラヴィンスキー、振付フォーキン)等4作品。他の作品も見たい。5)原題は「Hidden Figures」で、1962年、NASAで働く黒人女性数学者達の知られざる存在を明らかにした痛快作。人気プロデューサー、ファレル・ウィリアムズ担当のサントラ盤にはレイラ・ハサウェイ、アリシア・キーズ等著名女性歌手が参加。主役の一人、ジャネル・モネイも歌う。6)1943年、ナチス占領下のパリ。マヌーシュ・スウィングのギター奏者、ジャンゴ・ラインハルト19101953)は音楽活動をしていたが、ナチスと仏当局の圧迫が激しくなりナチスが虐殺したのはユダヤ人だけでなく、ジプシー、身体障害者等も、という歴史を人類は忘れるな。ローゼンバーグ・トリオ演奏のサントラ盤は素晴らしい。7)中部アフリカ、コンゴ民主共和国の首都キンシャサ。「幸福」という名前のフェリシテは毎晩バーで歌っているが、一人息子の事故で彼女の運命が変わる。映画に出演の、電化親指ピアノをフィーチャーするバンド、カサイ・オールスターズによるサントラ盤も強烈。8)19722月深夜のマンハッタンのジャズクラブで、著名ジャズ・トランペット奏者リー・モーガン193872)射殺という悲劇が起きた(享年33)。犯人の内縁の妻ヘレンが残したインタビューを元に、同僚ミュージシャン(ウェイン・ショーター等)の証言を加えて事件に迫る。9)モーリス・ベジャール19272007)が振付けたベートーヴェン「第九」(初演1964年)の、2014年に行われたベジャール・バレエ団と東京バレエ団による公演を追う。演奏はズービン・メータ指揮、イスラエル・フィル。「第九」のテーマを巡るベジャールジャン・ジュネの会話の逸話が面白い。10)ラッパーの2パック(本名トゥパック・アマル・シャクール。19711996)は、ブラック・パンサー党員の両親のもとNYハーレムで生まれた。ラスベガスで何者かの銃撃で倒れる迄の音楽ビジネスでの活動を描く(享年25。犯人は未だ不明)。ケンドリック・ラマー、エミネム等多くに影響力大。

★福嶋真砂代の2017 CINEMA10

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(C)P.C. GUERIN & ORFEO FILMS
  1. 『息の跡』http://ikinoato.com/
  2. マンチェスター・バイ・ザ・シーhttp://www.bitters.co.jp/manchesterbythesea/aboutthemovie.html
  3. 『午後8時の訪問者』http://www.bitters.co.jp/pm8/
  4. 『残像』http://robertfrank-movie.jp/
  5. 『Don't Blink ロバート・フランクの写した時代 』http://robertfrank-movie.jp/
  6. 『三度目の殺人』http://gaga.ne.jp/sandome/
  7. 散歩する侵略者http://sanpo-movie.jp/
  8. 『婚約者の恋人』http://frantz-movie.com/
  9. 『ミューズ・アカデミー』http://mermaidfilms.co.jp/muse/
  10. 勝手にふるえてろ!』http://furuetero-movie.com

コメント:は小森監督の鋭くも素朴で温かい視線と根性。たね屋さんはお元気かな。ストーリーテリングが秀逸。ダルデンヌ兄弟がとうとう先進機器に親和性を示した記念すべき1本。はクールな編集、インタビューしたNYのイスラエル監督もクールだった。ロバート・フランク最高! 6、7は大好きな二人の期待を裏切らないおもしろさ。はオゾンの深みを見直した(←何様)。はすべてが文句なくダントツ好み。TIFF10に出会い、引力の強さに”勝手にふるえ”ました。他にも『海辺の生と死』、『ドリーム』、『リュミエール!』、『禅と骨』、東京フィルメックスの『天使は白をまとう』と『ジョニーは行方不明』に揺り動かされた。見逃して悔しい作品も多々。心癒す作品に惹かれた1年だった。

 

●澤隆志スペシャル:

★澤 隆志 2017 展覧会とかpickup10

  1. 山崎博https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-2574.html
  2. アピチャッポン・ウィーラセタクン フィーバー・ルーム https://www.tpam.or.jp/2017/?program=fever-room
  3. street matters Everyday Holiday Squad http://blockhouse.jp/index.php?itemid=165
  4. 片岡純也 / 岩竹 理恵 http://the-container.com
  5. 須藤由希子 / 一戸建て展 http://www.takeninagawa.com/
  6. 千葉正也 思い出をどうするかについて、ライトボックス⾵間接照明、⼋つ裂き光輪、キスしたい気持ち、 家族の物語、相模川ストーンバーガー、わすれてメデューサ50m先の要素などを⽤いて http://shugoarts.com/news/2951/
  7. コンサベーション_ピース ここからむこうへ part A 青野文昭展 http://www.musashino-culture.or.jp/a_museum/exhibitioninfo/2017/06/-part-a.html
  8. 単色のリズム 韓国の抽象 http://www.operacity.jp/ag/exh202/
  9. 杉戸洋 とんぼとのりしろ http://www.tobikan.jp/exhibition/2017_hiroshisugito.html
  10. 吉開菜央個展  呼吸する部屋 http://aikowadagallery.com/ja/aikowadagallery/exhibition/2017/YOSHIGAI/

●選者プロフィール:

archive.realtokyo.co.jp


www.realtokyo.co.jp

Review 25『サファリ』

後味の悪さが癖になる、ザイドルのアフリカドキュメンタリー

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WDR Copyright © Vienna 2016

▪️トロフィ・ハンターたちを粛々と狙う、ある意味ハンターなザイドル

オーストリアのウルリヒ・ザイドル監督。フィクション『パラダイス3部作 愛/神/希望』でもユニークな視点で度肝を抜いてくれたが、最新ドキュメンタリーもかなり刺激的だ。「私はアフリカのトロフィー・ハンティングがどのように運営されていて、どのような人々が携わっていて、どのような感情でトロフィー・ハンティングをしているかを見せたかった」とインタビューでザイドルが語っている。まさにその通りの映画である。まるでフィクションかと錯覚を起こすくらい美しく計算された映像が印象的だ。静寂のなか、超クールにシンメトリックな構図を多用した映像で狙った人間たちとその行為を提示する。その意味ではザイドルもアーティスティックなハンターだ。彼は人間たちを狙う。

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WDR Copyright © Vienna 2016

▪️どのように被写体を選ぶのか

「先入観を持たず、中立的な立場で、なぜ人々は”殺戮の休日”に衝き動かされるのかを見たかった。そのため私は、ハンティングに対して信念を持ち、自らの行為を正当化できて、映画で全てをさらけ出せるハンターたちを見つけなければならなかった」とまたインタビューで語り、そんな最適なハンターたちを見つけたのだ。彼らはアフリカに生息する野生動物(という体裁で)に狙いを定めて仕留める。そこに美学を求める。銃を撃つ時の高揚感、命中させるスリルとエクスタシー、仕留め方の美しさについてハンターたちは嬉々として語る。そんな彼らの会話がこの映画の肝でもある。いかにうれしそうで楽しそうか。苦痛を与える側の快感。彼らが正当性を訴えれば訴えるほど、滑稽に聞こえる。そんな倫理に反することを普通の人間なら隠すかもしれない。でもそこをザイドルならではの撮影術(コミュニケーション)で丸裸にする。人間の強欲の正体がみえる。

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WDR Copyright © Vienna 2016

ザイドルが狙う獲物=人間は、とりわけ特異な人々ではない。近代文明人としては「普通」レベルの人間だ。いや少しお金持ちで、少し生活レベルが高くて、少しスノッブで、少し休暇が多く、少しお金持ち。つまりお金持ちだ。使用人を使い慣れているヨーロッパ中流クラスの人々。どんな職業かわからないが、アフリカ、ナミビアのハンティングロッジに長く滞在して、優雅なハンティングに興じる。ふと昔愛読していた大貫妙子著の「神さまの目覚し時計」(角川書店1986年)を思い出した。大貫さんの書くケニアサファリ体験に憧れた。トゥリートップロッジに泊まり、気球に乗って保護区の動物をサファリカーから眺めた後はシャンペンブレックファストと洒落こむ。現代の「サファリ」と呼ばれる可愛らしい遊びに「狩猟」が含まれていることはもう予想しないだろう。しかし......。

▪️自分の欲望を満たすことを「愉しむ」裏側の世界

だがザイドル映画はいまなお「観光」の一環として普通に行われているトロフィー・ハンティングについて赤裸々に紹介するだけでなく、白人の快楽の裏で仕事をする現地民(主に黒人)の仕事についても一部始終を理路整然と撮る。現地民たちは旅行者がハントした動物を、旅行者には見えない部屋で解体し、血を抜き、美しい形(剥製)となるように淡々と仕事をする(その肉を食べるシーンもある)。これで彼らは生計を立てている。それが現実だ。その仕事現場はものすごい臭気が充満しているだろう。だがそれこそがとても自然なアフリカ大地の匂いだ。それを嗅がないとこの映画の本質はもしかしたらすべて伝わらないのかもしれない。それをトロフィー・ハンターたちも嗅がないのか、嗅いでいるのか。ザイドルが表に見えないものを可視化することの意味は大きい。人間の本質をみること、それは自分の姿かもしれない。なんともいえない後味がする。そしてザイドルは癖になる。

福嶋真砂代★★★★

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WDR Copyright © Vienna 2016

インフォメーション:
監督 ウルリヒ・ザイドル 
脚本 ウルリヒ・ザイドル、ヴェロニカ・フランツ
2016
年/オーストリア90分/16:9/カラー/5.1ch/ドイツ語、オーストリア語/日本語版字幕 佐藤惠子/後援 オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム/配給 サニーフィルム

20181月27日((土)よりシアター・イメージフォーラム2月よりシネ・リーブル梅田ほか全国劇場ロードショー!!

www.movie-safari.com

Review 24『ライオンは今夜死ぬ』(と「こども映画教室」)

映画の“ねんりき”が未知の扉をあける 

ライオンは今夜死ぬメイン

© 2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

南仏の陽光の中で語られる老いと死

マネかルノアールセザンヌか、さながら印象派の絵画を思わせるような美しいポスタービジュアルに目を奪われる諏訪敦彦監督の南仏で撮られた最新作『ライオンは今夜死ぬ』。タイトルの「死ぬ」に潜む闇の力も「ライオン」という言葉の眩しさがそれを打ち消す。一体どんな映画なのだろう? 子どもたちと一緒に作った映画だという。主演はヌーヴェルヴァーグの申し子と言われた俳優、ジャン=ピエール・レオー。実は諏訪監督がジャン=ピエール・レオーにフランスの映画祭(ラ・ロシュ・シュル・ヨン国際映画祭 2012)で出会ったその頃、「ジャン=ピエール・レオーに会ったんだ」という興奮を伺っていた。夢の中にでもいるような、会えなくなった昔の恋人に巡り会えたような、少し熱を帯びた感じ(私個人の勝手な感じ方です)で、本当にうれしそうだった。まだ何も始まっていない、でもすでに何かが始まっている、そんな予感を孕む空気だった。

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© 2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

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© 2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

オープニング、劇中映画の撮影現場にいるレオーのチャーミングな仕草にやられる(全編においてチャーミングだ)。「この人を撮りたい」と思ったという諏訪の素直な気持ちが飛び込んでくる。さらにフランスの子どもたちとの劇中「こども映画教室」の映画技師フィリップ(アルチュール・アラリ)は日本の「こども映画教室」講師の諏訪さん役という立ち位置でかなり興味深い(なんとこの映画には劇中映画が2本あり、映画が詰まった映画なのだ)。『ママと娼婦』(ジャン・ユスターシュ監督 1973)でレオーと共演したイザベル・ヴェルガルテンの出演、さらに『ユキとニナ』(2009)のユキ(ノエ・サンピ)の成長した姿がフィルムに焼き付けられたのはファンタスティックだ。映画技師フィリップ役アルチュール・アラリの兄は、本作の撮影監督トム・アラリ。冒頭に触れた”さながら印象派”の画は彼の仕事だ。「この撮影監督は今後注目していて」と他のインタビューで諏訪が絶賛するほど素晴らしい仕事ぶりだ。ロケ地はリュミエールの街、南仏ラ・シオタ。昨年日本公開の『リュミエール!』(ティエリー・フレモー監督)でいままた注目を浴びている街に諏訪組が舞い降りて作った。降り注ぐ陽光の眩しさと、語られる「老いと死」の鮮やかなコントラストと融合。溌剌としたポーリーヌ・エチエンヌの幽霊役も美しく、またジュールと母親(モード・ワイラー)の物語が現実感を固めながら、レオーは唄い、ライオンはおもむろに姿を現わす。幻想と現実のバランスも印象派絵画の光と陰を思わせる。本当に見どころ満載なのだ。そしてワークショップでオーディションをしたというフランスのアマチュアの子どもたちがレオーと共演する。

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© 2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

”すわさん”と「こども映画教室」と”ねんりき”

ところで、私は諏訪が「すわさん」として講師を務める「こども映画教室」を幾度か見学する機会をいただき、子どもたちと(ではなく、子どもたち主導で)映画を撮るとは、どういうことか。つまり「子どもが映画を撮るということは、どういう意義(意味)があるのか」ということについて、長く一緒に考えさせてもらっている。いや、そんな堅苦しい定義を軽く越えて、毎回子どもたちの想像力と創造力に圧倒されていた。「大人は手出し、口出ししない」というルールの元に、短期間(通常3日間)で映画を撮り、上映するという、大人でも難しい”離れワザ”をやってのける彼ら。時に悩み、けんかし、立ち止まり、苦戦の末に何かが生まれる。そんな共同作業を経た彼らの成長の様子にいつも驚くばかりだ。彼らの活動のほんの一部分しか目にしてはいないが、それでも「子どもが映画を撮る」ということが産み出すエネルギーや実りについて、具体的に実感することができた(これについてはまた追々書こうと思います)。「こども映画教室」には諏訪の他にも、是枝裕和砂田麻美中江裕司横浜聡子沖田修一市井昌秀ら、名だたる監督たちがこれまで講師として参加している。諏訪の教室の他には是枝の早稲田大学演劇博物館(エンパク)での「こども映画教室」(2014と2015)を見学させていただいた。

こども映画教室@ヨコハマ2015

こども映画教室@ヨコハマ2015 (c)realtokyocinema2017

そうやって実際に「こども映画教室」の現場を見て(体験して)印象的なこと。それは参加した子どもがそれぞれ担当した講師の監督から受ける大小さまざまの影響はもちろんあるが(影響がゼロの場合もあるだろう)、その反対向きの影響、つまり教室それぞれ(毎回毎回まったく違う現場でのまったく違う作り手たちによって生み出されるまったく違う瞬間の数々)を通して、諏訪さんや是枝さん、“監督”という鎧を脱いだ講師の方に毎回の試行錯誤の話を伺う中でも、少なからぬ影響というものを受けているだろうことを目の当たりにして、それについてもかなり心を動かされていた。要するに、「こども映画教室」を経験した前と後で、監督たちの作品がどれほど違ってくるのか、深い興味を覚えながらいた。しかし起こっていることは言わば無形であり、いつそれがどういう形で出てくるのかわからないタイプのものだ。私の中にそんな感動や情報のストックが増え続けた。また「こども映画教室」主催のフィルムメイカー、教育従事者や研究者など、興味を抱く人たちが集まるシンポジウムでは活発な意見が交換され、そこでも“「こども映画教室」現象”に関する考察はますます多岐にわたり、深くなっていく。私自身は一見学者として何らかのアウトプット(たとえば「こども映画教室」について見解や感想を述べること)を期待されていることを知りながら、目の前に起こることのある種の「コトの重大さ」に怯んでいたかもしれない。

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こども映画教室@ヨコハマ2015

ライオンは今夜死ぬ』に話を戻して、振り返ると、東京藝術大学横浜校舎で行われた「こども映画教室@ヨコハマ2015」でのハレの上映発表会の直後、いつものように煙草を吸いながら休憩をとっていた諏訪監督に立ち話のクイックインタビューをした際、「今度フランスでこどもと共同作業でお話作りとかをやってみたいなと思っててね」と二言、三言漏らしてくれたのだ。おそらくその時に諏訪の頭の中にあった構想がいま目の前に実現されて姿を現したということになる。前作品『ユキとニナ』から数えて8年目の新作になるが、その間に『黒髪』(2010)、『世界の質量』(2016)と素晴らしい2本の短編を発表している。よく”すわさん”が「こども映画教室」では子どもたちに”ねんりき”の話をする。映画を撮るという初めての経験。不安を乗り越えて何かを作り出すときに必要な不思議な魔法の言葉だ。今回はフランスの子どもたちとジャン=ピエール・レオーというレジェンドと共に育み、参加者ひとりとりの“その人”にしか表現できない(表方でも裏方でも)体験が現実に見える形になっている。そんな熱い”ねんりき”を感じる作品なのである。

(敬称略)

福嶋真砂代★★★★★

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すわさんの板書:こども映画教室@ヨコハマ (c)realtokyocinema2017

インフォメーション:

www.bitters.co.jp

ライオンは今夜死ぬ

監督・脚本:諏訪敦彦
出演 ジャン=ピエール・レオー、ポーリース・エチエンヌ、イザベル・ベンガルデン、子どもたち他
2017年/フランス=日本/103分/カラー
配給・宣伝 ビターズ・エンド

2018120日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー! 

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Report 08-2『天使は白をまとう』(東京フィルメックス2017、特別招待作品)

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@22 HOURS FILMS

第18回東京フィルメックス2017/11/1826)の中でもゾクゾクが止まらなかった作品。この映画に出会えてつくづくよかったと思ったことを記憶している。中国南部の海辺の町。リゾートっぽい風景だが、どこか寒々と寂れたロケーション。砂浜に忽然と品のないマリリンモンローの巨大な像が立っている。それもとても場違いな居心地の悪さがある。近くには白いウェディングドレスをまとった花嫁花婿が写真撮影をする。海の音、虫の音が印象的だ。それらが聞こえるほどの静寂がある。家出したふたりの少女が登場する。少女があるえげつない事件を目撃したところから物語が展開する。大人たちの汚れた世界と少女たちの汚れない世界。品のないマリリンモンロー像は、その中間に立つのだろうか。像そのものには罪はないはずだが、その目的、いかがわしいチラシを貼り付けられ、次第に汚れた像になっていく。像の足のアップも印象に残る。モーテル(ラブホテル)を舞台としながら、映画自体には謎の品の良さがある。そこにヴィヴィアン・チュウ監督のセンシティビティがある。色の少なさもセンスの良さを感じさせる。白っぽくぼやけた画面にさらに映える白があるとしたら、本物の純白でなければならない。本物のピュアネス、そんなものがあるのだろうか。少女たちの、ほんの一瞬のピュアネスをこの映画は鋭く求め、それを得られたかどうか、どうだろう? 毎月おなかが痛いときにのむ薬のこと、金髪のウィグをかぶるミア、ミアの緑色のポロシャツ、金魚鉢を抱えて寝るミア、数々の美しいシーンが目に焼き付けられる。ヒロインのウェン・チー、美術、音楽も優れていた。儚さと寂しさの表現がうまく、敏腕プロデューサとして活躍するチュウの監督としての才能に慄いた。

インフォメーション(公式サイトより):

『天使は白をまとう』Angels Wear White / 嘉年華

中国 / 2017 / 107分 / 監督:ヴィヴィアン・チュウ(Vivian QU)

●ストーリー

中国南部の小さな町。モーテルのフロントで夜勤していたミアは、中年男が二人の幼い少女たちと宿泊するのを目撃する。やがて少女たちが性的暴行を受けたことがわかり、警察が捜査を始めるが、巻き込まれることを恐れたモーテルのオーナーの意向を受け、ミアは何も見ていないと証言する。だが、今の境遇から抜け出すために金を必要としていたミアは、ある行動に出ようとする......。マリリンモンローの巨大な像が立つリゾート地を舞台に、綿密に構成された様々な女性たちのドラマ。中国インディペンデント映画の名作をプロデュースしてきたヴィヴィアン・チュウの監督としての非凡さが発揮された作品。ヴェネチア映画祭コンペティションで上映。

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