REALTOKYO CINEMA

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Interview 006 ティエリー・フレモーさん(『リュミエール!』監督・脚本・編集・プロデューサー・ナレーション、カンヌ国際映画祭総代表)インタビュー

映画作家」としてのリュミエールの凄さを知ってほしい

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第30回東京国際映画祭の『リュミエール!』特別上映に際して来日したリュミエール研究所所長のティエリー・フレモーさんにインタビューした。同映画では監督の他、脚本、編集、プロデューサー、ナレーションと1人5役を担う。「発明家」という観点から切り離し、リュミエールを「映画作家」として捉えたい、その思いが貫かれる本作。優れた編集と軽妙洒脱な味のあるナレーションでリュミエール映画の魅力と奥深さを存分に伝え、驚きと発見に満ちた90分間は瞬きするのも惜しくなる。カンヌ国際映画祭の総代表でもあるフレモーさんは現在多忙を極めるが、「リヨンのシネフィルの若者だった」彼がリュミエール映画と出会い、いま映画の保存と普及に尽力する真摯な思いを語ってくれた。今回の映画祭での上映への感想を聞かれ、「まるでリュミエール映画のキャメラマンが日本にやってきた時のような気持ち」と楽しそう。「謙虚な気持ちで作った映画だが、今後はスターウォーズシリーズのように続けていけたら……」の言葉に期待が膨らむ。

取材・文:福嶋真砂代

■リヨンに住むシネフィルの若者はまさにいい時、いい場所にいた

ーーフレモーさんのリュミエール映画との出会いは?

私はリヨンに住むシネフィルの若者でした。まさにいい時、いい場所にいたと言えるかもしれません。というのも、リュミエール研究所が設立されたという、ちょうどその記者会見場に居合わせたのです。会見の最後に『工場の出口』が上映され、それがリュミエールとの最初の出逢いです。もちろん強い感動を覚えました。以来、私はリュミエールの映画を常に”シネフィルの視点”で観ています。リュミエールの映画を語ることは「映画について語る」ということなのです。

ーーナレーションのおもしろさにも誘導されて、リュミエール映画の魅力の奥深さに触れることができる映画です。リュミエール研究所には膨大な映像作品とともにテキスト記録も残されていますか? それに基づいてナレーション原稿を作ったのでしょうか。

いえ。実はリュミエール研究所にも、リュミエール家にも、テキスト記録はほとんど存在しません。それでも歴史家やリュミエール研究者たちは多くのよい仕事をしてきました。彼らの研究や文献のおかげで、この映画では多くの仮説、質問が投げかけられました。記録や資料が残っていないために、「こうではないか、ああではないか」と仮説を立てて、シネフィルの立場で、映画を観る者の視点で作りました。リュミエールを現代の映画作家となんら変わらない、映画作家として考えてほしかった。発明家というリュミエールとは切り離したかったのです。私が書いたナレーションにはリュミエールへの敬愛、アーティストとしての尊敬が込められています。こういった試みは映画史上でも初めてのことだと思います。振り返ると、ジャン・リュック・ゴダールジャン・ルノワールリュミエールのを評価したのも50年も前のことですからね。

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© 2017 - Sorties d’usine productions - Institut Lumière, Lyon

 ーーいまの映画と昔の映画の違いについてどうお考えですか。

ふたつの時代を比較することは難しいです。リュミエールの時代は1本の映画がおよそ30分で、映画と映画の間には間隔をあけて、10本の作品を上映していました。上映会場にはシネマトグラフという機械と大きな画面があり、観客はだいたい50人くらいでした。いまの時代にそういう状況を再現するのは無理でしょう。ですからリュミエール映画をいまの上映環境に持ってきたかった。だからといってリュミエールの時代のリュミエールがやっていたことを真似をしたかったわけではありません。ひとつの提案として、リュミエールの映画を使って1本の映画を作り、それをいまの時代の人たちに映画館で観ていただく。ひとつの「映画」というオブジェに変え、つまり何本かのリュミエール映画ではなく、1本の長編のリュミエール映画としました。当時はこの映画のようなナレーションはつかなかったと思いますが、観客の間から、おそらくコメントが出ていたと思います。「あ!」とか「お!」とかいう声も上がっていたでしょうね。 

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© 2017 - Sorties d’usine productions - Institut Lumière, Lyon

■「映画というのはコメディ、コミカルなもの」という次元が大切だった

ーーリュミエール映画のコメディについてのお考えをお聞かせ下さい。

リュミエールの作る映画のコメディには2種類あると思います。ひとつは普段の生活の中からあえて演出をして物事をおもしろくするもの。もうひとつはどちらかというとコミック、それは予期せぬときに起こるおもしろさです。後者はより映画的なおもしろさだと思います。リュミエールが望んだのは常に「映画は楽しいもの」だったと思います。ですからリュミエールの頭の中の「映画というのはコメディで、コミカルなもの」という次元が大切だったと思います。

ーー兄弟の父の写真家アントワーヌ・リュミエールも、やはりシネマトグラフの発明に大きな役割を果たしたと言えるでしょうか。

大変重要な人だと思います。まず第一にルイとオーギュストの父親であること。また彼自身が軽業師的なアーティストで、そういうエスプリを持った人でした。アントワーヌが、エジソンの発明したキネトスコープをまず体験し、次いで息子たちにキネトスコープを見てみるように勧めました。シネマトグラフが完成すると、パリで第1回目の有料上映会を開催したのはアントワーヌでした。

ーー美しく修復されたデジタル映像に驚きました。この映画へのフランス政府からの出資はどれくらいだったのしょうか。

フランス政府が現在行っているのは、映画をデジタル修復するための補助金を出すことです。今後、35ミリフィルムの映画がかけられなくなってしまうので、古い映画のデジタル修復が必要です。ただ修復作業に対してのみで、映画に対しては補助を受けていません。リュミエール研究所の仕事は、他のシネマテークと同様に、保存する古い映像を新たに修復して保存していくということです。修復には3分の1が国から、3分の1がスポンサーから、あとの3分の1リュミエール研究所から出ています。映画はほとんどお金がかかっておらず、最低限のスタジオ代、編集、人件費がありますが、私はお金はもらっていません。ですから映画史上、もっとも低予算の映画を撮った監督ということになります(笑)。実はこれは私の映画とは書いていなくて、私が構成とナレーション担った映画としています。つまり今しているのは私の話ではなく、リュミエールの話をしているということです。私としては、映画とはいい距離感をとりながら、監督としての役割と共に、リュミエールへの敬意を示したいと思っています。

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■”スター・ウォーズシリーズ”みたいに続けられたら

ーー黒澤明小津安二郎の映画だけではなく、現代の映画がリュミエールの影響を少なからず受けているという思いがこの映画を観ることでまた強くしました。

正確に言えば、小津監督や黒澤監督がリュミエールの映画を観ることはなかっと思います。この映画の中でジェームズ・キャメロンラオール・ウォルシュ黒澤明小津安二郎らの名前を出したのは、リュミエールもまた、映画史の中で映画監督がやってきたことと同じことをやっていたということを言いたかったのです。リュミエール兄弟自身がそれらの監督と同じように、”ひとりの映画作家”であったことの証明になると思います。今後は、この映画を観た若いアーティストや映画作家に何かしらの影響を与えるのではないかと思います。時間が経過しても残っていくために重要なことは、シンプルさ、リアリティであり、そこに詩があることなのです。

ーーこれからのリュミエール映画の予定は?

現存する1422本のうちの108本をまず1本の映画として発表しましたが、おそらく今後、第5弾くらいまで作れるのではないかと思っています。リュミエールの映画を世界中に広めていくことは神聖なる作業です。スター・ウォーズシリーズみたいに続けられたらいいですよね。

f:id:realtokyocinema:20171105002826j:plain© 2017 - Sorties d’usine productions - Institut Lumière, Lyon

■映画祭成功の素は「グッドフィルム、グッドフード、グッドフレンズ!」

ーーカンヌ映画祭総代表とリュミエール研究所の所長と、多忙な1年を過ごされていると思いますが、仕事はだいたいどのような配分なのでしょうか。

実は去年、Selection officielle:Journalという、私のカンヌ映画祭1年間について日記形式で本を書きましたので、そちらを読んでいただけるとよいかと。ページ数は600ページありますけど(笑)。私の1年は、大きく分けてふたつの仕事があると思っていただけるといいかと思います。リュミエール研究所では、映像の保存やこのように映画を作る仕事、さらに映画祭があります。リヨンにはリュミエール映画祭の他に「スポーツ、文学、映画」というフェスティバルもあります。カンヌでは現代映画を、リヨンでは古典映画を扱っていますが、私にとっては同じ仕事です。現代映画を評価するには古典を知っていなくてはいけないし、リュミエールの映画を理解するには現代映画を知っていることが役に立ちます。それが私を歳をとらせない秘訣なんです。

ーーリュミエール映画祭」が10回目を迎えますね。

リュミエール映画祭が重要なのは、大衆に向けられた映画祭だということです。一般大衆の文化的な経験として考えています。もちろん映画史的な教育の場としても役割もあります。現代の観衆とは、教育的にもレベルの高いものを理解しうる観客だと思っています。映画祭を通して、社会的、知的、人間的な分かち合いができればと考えています。映画祭として大切にしていることは「グッドフィルム、グッドフード、グッドフレンズ」で、これは映画祭成功の素なのです。カンヌとリュミエールとは両極にある映画祭と言ってもいいかもしれません。カンヌはモダン、リュミエールはクラシック。カンヌは競争、リュミエールは分かち合い。カンヌはプロ向け、リュミエールは大衆向け。カンヌはレッドカーペットですが、リュミエールはもっとリラックスしています。何よりリュミエール映画祭にはウォン・カーワイやティルダ・スウィントンというスターたちが「友達」として来てくれることも嬉しいです。

■来日はまるでガブリエル・ヴェール やコンスタン・ジレルと同じような気持ち

ーー東京国際映画祭のご感想はいかがですか。

実は今回はホテルの部屋に閉じこもって仕事をしている時間が長いのですが、東京国際映画祭で『リュミエール!』を上映できたことをとても喜んでいます。とても重要な映画祭で、そこで選ばれる映画は素晴らしく、選者のみなさんも素晴らしい。この映画は謙虚な気持ちで作ったので、パリやリヨンで上映されたら嬉しいなと最初思っていました。思いがけずフランスでは大成功で、ワイルドバンチというフランスの配給会社が35カ国に売りました。ですのでこの映画は世界的な冒険をしています。私がこの映画を持って日本に来ているのは、まるでリュミエール映画のキャメラマンのガブリエル・ヴェールやコンスタン・ジレルが1898年に来日したのと同じような気持ちです。今回はリュミエール映画の京都ロケ地などにも訪れる予定です。

f:id:realtokyocinema:20171105002546j:plain© 2017 - Sorties d’usine productions - Institut Lumière, Lyon

 (※このインタビューは10月27日、ラウンド形式で行われました)

プロフィール:

Thierry Frémaux / 1960年5月29日、フランス南西部イゼール県チュラン出身。リヨン郊外の都市ヴェニシュー で、エンジニアである父のもと育てられる。リヨンのラジオ局”Radio Canut”(リヨン FM102.2)の共同創設者である父の映画館で、自身が黒帯の有段者である柔道を教える。社 会歴を学び、映画史の修士号を取得。 リュミエール研究所でボランティアを務め、1989年フランスのフィルムメイカーである Bernard Chardèreの推薦を受け正式研究員となった。1997年、映画監督であり研究所の代表 を務めていたベルトラン・タヴェルニエとともに芸術監督に任命され、1995年リュミエー ル兄弟の映画をタヴェルニエ監督と共に修復し映画100周年記念行事を主導した。現在、リ ヨンにあるリュミエール研究所にてリュミエール・フェスティバルも開催している。

<カンヌ国際映画祭とフレモー氏> 1999年、フランス・シネマテークのディレクターのオファーを断ったのち、カンヌ国際映画祭のトップであるジル・ジャコブにカンヌ国際映画祭の芸術代表団メンバーのひとりに任命される。その際、リュミエール研究所の所長についても離職することなく、継続する ことを交渉しカンヌ国際映画祭での役職とともに務めることとなった。2003年、第57回カンヌ国際映画祭より、正式なプログラミング担当として2つの部門(フレンチ・ファウンデーション部門とある視点部門)を担当することとなる。2007年にカンヌ国際映画祭総代表に昇進、芸術的な作品の選定のみならず、映画祭の管理・運営を担当している。 カンヌ国際映画祭の作品選定のトップとして、彼はハリウッド・スタジオ製作の作品をカ ンヌ国際映画祭のレッドカーペットへ呼び戻し、映画祭の正式会場であるパレのオープニ ング作品にこれまでにないジャンル映画、アニメーションを上映し、ドキュメンタリー映 画、海外からの映画にもチャンスを与え続けるなど斬新な運営に挑戦、映画のために多く のリスクに立ち向かっている。 2002年、クラシック映画『望郷』(1937年製作 ジャン・ギャバン主演)をデジタル上映 し、この作品の上映がきっかけで、2004年カンヌ国際映画祭カンヌ・クラシック部門が設立されることとなった。 彼は、リヨンにあるリュミエール研究所のディレクター(所長)ならびにカンヌ国際映画祭総代表を務める傍ら、映画『リュミエール!』を製作した。

インフォメーション:

リュミエール!』
監督・脚本・編集・プロデューサー・ナレーション:ティエリー・フレモー (カンヌ国際映画祭総代表)
製作:リュミエール研究所 
共同プロデューサー:ヴェルトラン・タヴェルニエ 
音楽:カミーユ・サン=サーンス
映像:1895年~1905年リュミエール研究所(シネマトグラフ短編映画集1,422本の108本より)
LUMIERE!/2016年/フランス/フランス語/90分/モノクロ/ビスタ/5.1chデジタル/字幕翻訳:寺尾次郎/字幕監修:古賀太/後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本 協力:ユニフランス

2017年10月28日(土)東京都写真美術館ホール他全国順次公開

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