セバスティアンがうたえば、森羅万象と交信がはじまる
『カナルタ 螺旋状の夢』の東京ドキュメンタリー映画祭2020<特集 映像の民族誌>におけるジャパンプレミア上映(2020/12/9)は満席となり、注目度の高さを伺わせた。監督の太田光海(おおたあきみ)は、マンチェスター大学グラナダ映像人類学センターの博士論文テーマとしてアマゾン熱帯雨林の先住民族の生活を撮ることを決め、1年以上現地に住み込み、エクアドルでかつて“首刈り族”と恐れられたシュアール族の日常を追った。多くのテーマを投げかけながら、自由な世界観を示す新感覚のドキュメンタリー映画に、なにやら背筋がゾクゾクする衝撃を覚えた。先日行ったインタビュー内容を交えて紹介する。(編集後記:ちなみに国内ではこのインタビューが「初」なのだそうだ。)
文・福嶋真砂代
「若者よ、行くぞ!」と声をかけ、縦横無尽に野生の森を駆け抜けていくセバスティアン・ツァマライン。リズムのよい息遣いを感じながらその背中を追うカメラ。やがて村を見下ろす高台に出ると、空を眺め、おもむろに雨予想をする。ワクワクする「物語」のはじまり、その清々しい開放感に惹きつけられた。セバスティアンがうたえば、森羅万象と交信がはじまる。どこへ連れていってくれるのだろう?
「若者よ」と呼びかけられた太田光海が、エクアドル内陸部、ペルー国境近くの小さな村、ケンクイムにたどり着いたのは、「友人のツテのツテの、そのまたツテのツテの…をたよって」というから、その道のりは簡単ではなかった。旅の途中で命の危険を覚える局面も多々あったという。ケンクイムは先住民族シュアールの人々が住む村で、旅行者もほぼ足を踏み入れないような”秘境”だ。そこに長期間にわたって寝泊りしながらカメラを構えた。
セバスティアンと妻のパストーラ・タンチーマは、村の中心的な存在であり、太田をアマゾンの森に迎え入れた大切な登場人物だ。パストーラが「チチャ」を作る。チチャとは、独特の製法で作る“口噛み酒”と呼ばれる発酵酒だ。これがないと仕事にならない。彼らの生活がチチャで成り立っていることがだんだんと見えてくる。たとえばある日、セバスティアンが「妻が体調がわるくてチチャを作れなかったんだ」と、近所の女性に「チチャをわけてほしい」と交渉をするシーン。買いたいが、かといって“美味しいチチャ”でないとダメだと言う。真剣かつユーモラスなふたりの問答に見入る。ともあれ、何はなくともチチャなのだ。
それにしてもなぜこんなに親密でナチュラルな映像が撮れたのか。彼らと“アキミ”の関係性を端的にあらわすのは、「この映画に映るものは全部真実だ。なぜならアキミはわたしたちが与えた食べものをなんでも食べてくれたから」と、キトでの上映会にゲストに招かれたセバスティアンとパストーラが語った言葉。食をともにしない人には、彼らは決して心を開くことはないのだと。(それにしても人類学者が乗り越えるハードルの高さにひたすら驚くしかない。)ときに彼らは「シュアール族のことを伝えてほしい」とカメラにも語りかける..。
この映画にはアマゾン川を上から眺めるおなじみの空撮映像や、観光客のために民族衣装で踊る人々は登場しない。その代わり、森の木々、植物、水、土、空、鳥、昆虫、豊潤なアマゾンにめいっぱい遊び、始終、森の“住人”が奏でる音色を聴いている。ここで深呼吸をしたら、たちまち元気になるのだろう。彼らは、マチェーテ(ナタ)ひとつ持って森に出かける。そこでは、食べるものも、飲み水も不自由しない。もちろんWi-Fiなどない。だけど堅固な親戚ネットワークがある。ファミリーが助け合って家を建てたり、お母さんたちが料理しながらおしゃべりをする風景はどこか懐かしい。きっとほんの少し前の日本の家族の風景に似ているのだ。急にアマゾンが近くに感じられる。
そうこうするうち、我々はアヤワスカやマイキュアという覚醒作用をもたらす薬草の世界へいざなわれる。シャーマン系譜の“ツァマライン家”に伝わる深い薬草の知識を説き、自ら飲んでみせるセバスティアン。眠りのなかで身体が時空を越えていく。夢を見ること。そこに「ヴィジョン」を見るのだという。太田が「螺旋状の夢」というサブタイトルをつけたのは、「彼らは円環的世界観の中にいるけれど、それは同じことの繰り返しではなく、夢やヴィジョンを得ながらそれぞれの個人が異なる生き方を選び、進んでいく、その運動が螺旋状に感じられたから」だと明かす。その神秘体験へ、“アキミ”自身も飛び込んでいく。
ちょっと脱線するが、実話を基にしたショーン・ペン監督の『イントゥ・ザ・ワイルド』(2007)がふと頭をよぎる。エミール・ハーシュが演じたクリスは北へ向かってワイルドな旅をする。そしてアラスカの荒野で、孤独のうちに息絶えた。いっぽう『カナルタ』では、赤道上にワイルドな旅をし、孤独に耐えたのち、アマゾンの森とひとの温もりに包まれて“生還”を遂げた。背筋がゾクゾクしたのは、いま目にしているのは“奇跡的な映画”なのかもと直感したからだろうか。さらに、この映画はもしかすると“太田光海”が撮ったものではないという不思議な話も聞いた。謎は、クレジットにある「NANKI」という名前に隠されている。「いまのぼくだったら、この映画は撮れないかもしれない。“ナンキ(シュアール語で槍、またはウォリアーの意味:こんなに遠くまで独りでやってきた勇気を讚えて)”と家族に命名されたことで「ペルソナ」を得て、なんらかの力で、この映画を撮らせてもらった気がする」と……。
セバスティアンの背中を追いかけて冒険し、また同じ地点に戻ってきたと思ったが、じつは違う次元に立っていたというシュールなワープ感覚。そんな錯覚さえ起こすカメラワークや編集術、サウンドデザインもクールだ。また太田の人類学的な着眼点は、医療、教育、国家との関係と、みえる世界をさりげなく押し広げてくれる。映画がフォーカスした自然の叡智を享受する彼らの生き方からは、これから人類が生き残るため、学ぶべきことはあまりにも多い。アマゾンと“アキミ”の間に結ばれた強い絆が「カナルタ」を世界中の人に届けることを信じよう。
※カナルタとは、「よく眠り、夢を見て、真の意味で自分が何ものかを知るべき時、シュアール族の人々は、『カナルタ』と言う」(『カナルタ 螺旋状の夢』より)
Information:
監督・撮影・編集・録音:太田光海
サウンドデザイン: マーティン・サロモンセン (Martin Salomonsen)
カラーグレーディング(Colour Grading): アリーヌ・ビズ(Aline Biz)
プロデューサー:太田光海(マンチェスター大学グラナダ映像人類学センター)
撮影場所:アマゾン熱帯雨林(エクアドル共和国)
2020年/120分/日英合作
英語タイトル:Kanarta: Alive in Dreams
予告編:
★2020年12月9日(水)、K's cinema 東京ドキュメンタリー映画祭 <特集 映像の民族誌> にて上映
Profile: Ota Akimi /おおたあきみ 1989年東京都生まれ。神戸大学国際文化学部(現国際人間科学部)卒業後、パリ 社会科学高等研究院(EHESS)人類学修士課程修了。モロッコやパリ郊外で人類学的調査に従事する傍ら、共同通信パリ支局で カメラマン兼記者として活動。同時期、シネマテーク・フランセーズに足繁く通う。その後、マンチェスター大学グラナダ映像人類学センター博士課程に進学。エクアド ル・ペルー両国にまたがるアマゾン熱帯雨林での1年以上に渡るフィールドワークを経て、2020年、初監督作品『カナルタ 螺旋状の夢』を発表。博士(社会人類学)。