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Review 47『あのこは貴族』

さても聡明な女性は潔く、かっこいい

文・福嶋真砂代

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©山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会

2021年2月劇場公開予定の『あのこは貴族』(第33回東京国際映画祭にて特別招待作品ワールドプレミア上映)。山内マリコの同名小説が岨手由貴子監督・脚本により映画化された。原作は、“別世界”に生きるふたりの女性の生き方を描くことで、日本の「階級社会」の実態にいわば社会人類学的な視点をあてる痛快で思索に富む作品。岨手監督はその本質を逃さず、世界観をリアルに伝えながら、原作にない差し込み演出で楽しい“ひねり”も数カ所に加えている。

おそらく東京に住む地方出身者には、ここに描写されていることに様々な場面で思い当たることがあるかもしれない。疎外感、羨望、そして「努力してもかなわない」という諦め。北陸出身の筆者自身も味わった数々のモヤモヤ感がみごとにミエル化されている。しかし、この物語が実り深いのは、そんなネガティブな感情を問題にせず、もっと先へ、フェアでポジティブな思考を導き出そうとしているところだ。

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©山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会

物語の中心となるのは榛原華子(門脇麦)と時岡美紀(水原希子)の同年代のふたり(ハイバラハナコ、トキオカミキという名前の音感がいい)。華子は上流家庭のお嬢様で、世間知らずな“箱入り娘”である。「結婚」が家族にとっての最高のミッションであり、それが自分の幸せなのだと信じている、いや信じようとしている。恵まれた環境になんら疑問を抱くことなく、もちろん生活の苦労もなく、名門カトリック私立大学を卒業した。いっぽう美紀は、地方出身、猛勉強の末に競争を勝ち抜いて東京の一流私立大学に合格した「上京組」だ。実家からの仕送り頼みだったが、父の失業により、始めた夜のアルバイトにも限界がきて中退を余儀なくされる。

門脇と水原の豊かで繊細な表現力に加えて、サブキャストの女性たち:華子が唯一心を許せる、ドイツ留学から帰国したバイオリニストの相良逸子(石橋静河)と、美紀と共に地方から同じ大学に入学し、卒業後Uターン就職をした平田里英(山下リオ)の存在感も印象深い。「東京って棲み分けされているから、違う階層の人とは出会わないようになってる」と聡明な逸子が解くと説得力があり、「田舎から出てきて搾取されまくって、もう私たちって東京の養分だよね」と笑い飛ばす里英のセリフにパワーがある。

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©山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会

“別世界”のふたりを繋ぐのは、華子のフィアンセとなる青木幸一郎(高良健吾)だ。偶然にも彼は、美紀の“恋人”だった。美紀の通った大学にいた「内部生」(小学校からエスカレーター式に進学する)グループの中の王子様的な存在だったが、一度だけノートを貸したことで知り合った。美紀が大学を中退した後、夜の仕事先で再会した幸一郎とは、“都合よく呼び出される女”としての関係がだらだらと続いていた。

さて、華子のフィアンセに恋人がいることを嗅ぎとった逸子は、ふたりを直接合わせるという大胆な“療法”を敢行する。ふつうなら修羅場となるところが(原作では近松門左衛門人形浄瑠璃心中天網島』を引用している)、ここで当事者たちにある種の“共犯関係”を結ばせる。さても聡明な女性は潔くかっこいい。階級云々より、人としてどう振舞うのかという根源的な人生訓が鮮やかに描かれる、ひとつのクライマックスシーンだ。ホテルの高層階、静かなティーラウンジの(男抜きで行われた)密約が、のちの彼女たちの人生を大きく変えていく。その痛快さ、とりわけあるシーンで幸一郎に美紀が手渡すキラーアイテム、「ホタルイカの素干し」の旨味は最高だ。

山内マリコは、究極のところ、“上流”と呼ばれる狭い世界の不自由さと、閉鎖的な地方都市の息苦しさは、同種のものではないかと導き出す。ちょっと視点をずらして見るだけで、つまり自分の気持ちしだいで「状況」は変わるのだ。しがらみのない世界を「なんて自由なことなんだろう!」と美紀が悟り、あるいは習慣を捨て、タクシーを降りて自分の足で華子が颯爽と歩きはじめると、冷たかった東京の空気、グレーな空の色が、鮮やかにやさしく変わっていくのだ……。

「ぼくの大事な日はいつも雨だ」という雨男の幸一郎に合わせて、グレイッシュブルーに彩られた上質な東京シーンが美しく、さらに渡邊琢磨のアンビエントかつエモーショナルな劇伴ががんばる彼女たちの人生にそっと寄り添う。すべてが静かに、饒舌に、豊かな時間を作り上げている。

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©山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会


2021年2月26日(金)全国公開

Information:

監督・脚本:岨手由貴子
出演:門脇麦水原希子高良健吾石橋静河山下リオ銀粉蝶

音楽:渡邊琢磨
原作:山内マリコ「あのこは貴族」(集英社文庫刊)
配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ

上映時間:124