REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Review 45『メイキング・オブ・モータウン』

デトロイト発、モータウン初期13年の音楽記録

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(C)2019 Motown Film Limited. All Rights Reserved

先日、米国の「ローリング・ストーン」誌が発表した2020年版「歴代最高のアルバム500」で1位に選ばれたのは、マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』。1971年にモータウン・レコードから出たアルバムだが、現在の社会状況を反映したランキングであろう(以前の2012年版の1位は『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』)。本作は、ファブ4やストーンズが魅せられ、スプリームススティーヴィー・ワンダー、ジャクソン5、等々のヒット曲を生み、ブラック・ミュージックの素晴らしさを世界に広めたモータウン・レコード設立60周年記念のドキュメンタリー映画である。1959年にデトロイトの自宅で、ベリー・ゴーディ1929年生まれ)が創設してから、1972年にロサンゼルスへ移転するまでの時代が描かれる。

そのゴーディと、歌手、作曲家、プロデューサーで副社長だったスモーキー・ロビンソン1940年生まれ)の2人が饒舌に楽しげに回想し、様々な歌手や作曲家、スタッフ(黒人だけではない)が証言する。更に、ライブやスタジオの貴重な映像(「エド・サリバン・ショー」に出演するスプリームスアポロ・シアターモータウン・レビューのスティーヴィー、等々)が多く登場して楽しめる。また、今のアーティストであるドクター・ドレジョン・レジェンドジェイミー・フォックスサム・スミス(!)がモータウンへの愛を語り、更にキング牧師1963年に演説レコードを出した)、ネルソン・マンデラバラク・オバマオプラ・ウィンフリー等の著名人が絶賛する。

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(C)2019 Motown Film Limited. All Rights Reserved

そして、音楽とその時代に起きた社会状況との絡みも当然出てくる。スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズの「ショップ・アラウンド」が大ヒットした1960年はJFKが大統領に当選した年で、『ホワッツ・ゴーイング・オン』の1971年はニクソン・ショックの年だ。その間の10年間、つまり60年代のヒット曲、社会の出来事はご存知の通り。例えば、映画『デトロイト』は1967年のデトロイト暴動の話であり、スプリームステンプテーションズが南部をバスでツアーした時に受けた人種差別は映画『グリーンブック』の話でもある。そんな南部でもモータウンのレコードはヒットしていた訳だが。そして映画の終盤、ウッドストックの年、1969年のテンプテーションズサイケデリック・ソウル曲「クラウド9」はその時代の趨勢の反映だ。「ホワッツ・ゴーイング・オン」は、弟がベトナムに行っている事でゲイのシンガーソングライター魂から生まれた歌であったが、その制作秘話は本作のハイライトの一つ。この歌が現代のアンセムになったのは驚異と言うべきか。さあ、映画を見ながらヒット曲を一緒に歌おう!

フジカワPAPA-Q ★★★★.5

Information:
監督:ベンジャミン・ターナー、ゲイブ・ターナー
出演:ベリー・ゴーディスモーキー・ロビンソン
2019/カラー/5.1ch/アメリカ、イギリス/ビスタ/112分/字幕翻訳:石田泰子 監修:林剛  
配給:ショウゲート

2020年9月18日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次ロードショー

cinerack.jp

関連サイト:

Review 44『Daughters』

美しい季節、眩いばかりの彼女たち

文:福嶋真砂代

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(C) 「Daughters」製作委員会

異色作『Daughters』(津田肇 脚本・監督)が現在公開中である。ルームシェアをしている若いふたりの女性、小春(三吉彩花)と彩乃(阿部純子)が主人公。それぞれイベントデザイナー、ファッションブランド広報としてキャリアも私生活も謳歌していた。そんななか彩乃が妊娠、シングルマザーになる決意をする。彩乃と同居する小春は戸惑いつつも「新米パパのための妊娠・出産」を勉強し、応援することにした。新しい命の誕生を前にして変わるふたりの生活、そして成長していく10ヶ月を、東京・中目黒の美しい季節の移り変わりを背景に描く。

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(C) 「Daughters」製作委員会

とにかく映像の美しさが印象に残る。色彩、照明、衣装(tiit tokyo)、美術、カメラアングル。いっそ「アート」と呼びたくなるほどのこだわり。音楽もそうだ。心地よく刺激的なサウンドが映像と融合し作品に多彩な質感を纏わせる。Hiroaki Oba、Utae、jan and naomiなど、新進気鋭のプレイリストを聴けるのは貴重だ。なにやら香港、ウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』や『花様年華』を観たときのような衝撃さえ感じる。幼少期をシンガポールと香港で過ごしたという津田監督自身の経験が影響しているのかもしれない。いずれにしても『Daughters』は確実に現代の華やかで混沌とした空気感(コロナ禍以前の東京)、都会に生きる若者たちを鋭敏な感覚で捉えている。

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(C) 「Daughters」製作委員会

そして目を惹きつけるのは、小春と彩乃を演じる三吉彩花阿部純子のほとばしりでる生命力と躍動感。このふたりの、煌めくような美しい季節を鑑賞すること、それだけで幸せだ。随所に楽しい仕掛けも散りばめられる。例えば小春はイエロー、彩乃はブルーと、それぞれのベースカラーがシーンに活かされている。さらに主題歌の「GREEN」(chelmico)は、イエローとブルーの混ぜ色をタイトルにした、というトリック感もニクい。回想シーンもユニークで、例えば中華レストランのトイレから過去へ、あるいはベビー入浴レッスンからスイミングプールへ、シームレスにタイムワープする仕掛けもおしゃれなのだ。

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(C) 「Daughters」製作委員会

脚本は、津田自身のルームシェア生活体験や娘の誕生をもとに練られ、登場人物を「女性」に置き換えた。「誰と、どこに住むか?」というテーマをキーとしながら、悩み葛藤しながらも自分の道を選ぶ女性たち、仕事と出産育児の両立、周囲のリアクション、小春と彩乃の不安や動揺も丁寧に描かれる。三吉の爽快な存在感、また阿部の豊かな感受性(個人的にいま注目女優のひとりである)も魅力だ。彩乃の祖母や父親とのシーンも興味深いものがある。

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(C) 「Daughters」製作委員会

人生の未知の領域へ踏み出す彩乃と小春に若さゆえの危うさもあるが、あながち人生はそうやって少しアバウトながらも前進するうち、些末な問題はその中で解決されていくもの、「大丈夫だよ」と背中を押すように(小春が旅する)沖縄の海と太陽が包み込む。現在はコロナ禍で湿っぽい日々だが、だからこそ眩い輝きと開放感がありがたい一本だ。

 Information:

脚本・監督:津田肇
出演:三吉彩花阿部純子黒谷友香大方斐紗子鶴見辰吾、大塚寧々
プロデューサー:伊藤主税 エグゼクティブプロデューサー:佐藤崇弘 ラインプロデューサー:角田道明
撮影:高橋裕太 横山マサト 照明:友田直孝 サウンドデザイン:西條博介 美術:澁谷千紗 内田真由
ファッションディレクター:岩田翔(tiit tokyo) スタイリスト:町野泉美  ヘアメイク:細野裕之
キャスティング:伊藤尚哉 助監督:北畑龍一 松尾崇 安井陶也 制作担当:天野恵子 犬飼須賀志 櫻井紘史
音楽プロデューサー:芳賀仁志
企画:CHAMELEONS INC.  制作プロダクション:and pictures 制作協力:Lat-Lon 
配給:イオンエンターテイメント・Atemo
製作:CHAMELEONS INC./and pictures/キングレコード/ワンモア/沖潮開発
上映時間:105分

2020年9月18日()ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

daughters.tokyo

Review 43『死霊魂』

「そこで何が起きたのか?」悲劇の真実を探り記す、魂の旅

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©LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINÉMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018
ワン・ビン独特の「意外性」にいざなわれて

中国のワン・ビン監督(以下、ワン・ビン)のドキュメンタリー『死霊魂』(カンヌ映画祭公式出品、山形ドキュメンタリー映画祭大賞と観客賞受賞)。シアター・イメージフォーラムにて8月に特別公開された本作は、10月から追加上映が決まった。ポスタービジュアルに浮かぶタイトル、そこに潜む得体の知れない恐怖に思わず怯んでしまうが、その中身にはいくつかの「意外性」があるように個人的に思う。

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©LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINÉMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018

ひとつは、思いの外、穏やかさがあること。そこにはワン・ビンの素朴な人間味がもたらすある種のマジックが潜むのではないだろうか。老人たちからとんでもない実体験の記憶を引き出すワン・ビンは、程よい距離を保ちながら謙虚に相槌を打ち続ける。激昂する者、涙する者、死の床につく者。元囚人や関係者の声に我々はただひたすら耳を傾け、想像を絶する現実を思い知る。様々なエピソードが緻密な計算のもとに整然と編集され、だからこそ、当時の恐ろしさが地続きで伝わってくる。「この尺は必要不可欠だった」とワン・ビンが吐露する8時間26分。そこに一体何が描かれるのか、何を物語るのか……。それを探す長い旅になる。

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©LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINÉMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018

3部構成となるドキュメンタリーに刻印されたもの、それは「1950年代後半、中国共産党によって突然『反動的な右派』と名指しされた55万人もの人が理由もわからずに、夾辺溝(ジアビエンゴウ)再教育収容所へ送られた『反右派闘争』。生存率10%とも言われた収容所から生き延びた人々が、半世紀以上の時を経て、カメラの前で語る様子をとらえる」と解説にある。ワン・ビンはその真実を語れる数少ない生き残りの人々を探し訪ね、死者の魂を呼び醒ます「生声」にアクセスする。

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©LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINÉMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018

もうひとつ、これは「意外性」というのが正しいのかわからないが、老人たちの記憶は驚くほど鮮明であること。ほとばしり出る語りの中に、60年前の壮絶な光景がありありと目の前に浮かび上がる。実に120の証言と約600時間のラッシュ映像の素材から作られたという。封じられた深い傷と悲しみを掘り起こす繊細で大胆な作業。過去作の、ワン・ビンにしてはレアな劇映画の『無言歌』(2010)、さらにドキュメンタリー『鳳鳴 中国の記憶』(2007 のソースはまさに彼らの話の中にあったのだ(『無言歌』は楊顕恵の小説『夾辺記録』を原作として、さらなる取材をもとに作られている)。

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©LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINÉMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018
ワン・ビンが記す中国の重要な証言記録

このドキュメンタリーは「映画」であると同時に、ワン・ビン監督によって記される中国に実際に起きた出来事の重要な証言記録である。それを明確に認識することになるのは第3部かもしれない。第1部、第2部に収録された囚人側のエピソードに心揺さぶられた後、第3部の収容所の元職員に話を聞くシーンは「そこで何が起こったのか」を検証する意味でも興味深い。さらにカメラは、収容所の跡地と思われる砂漠を歩くワン・ビンの背中を追いかける。「なぜこの映画を撮ろうと思ったのか」、その背中を見ながら、ワン・ビンの崇高な意志と、人間の生と死への深い探究心に戦慄さえ覚える。

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©LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINÉMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018
●”命”と”死”がテーマ

インタビュー(下記リンク)の中の作品テーマに関するメッセージを抜粋する。「8時間を超える作品なので、鑑賞は非常に疲れるはず。しかもを扱っています。非常に重たい題材です。ですがは永遠であり、我々のは非常に短いもの。私を含めて、について語りたくない、直面したくないという方々は多いと思います。でも、年を重ねるとについて考え始めるでしょう? 昔は私も避けていたテーマです。しかし、今はこの題材から逃げることができなくなった。作品を通じて、さまざまなものを受け取っていただけたら幸いです。」

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©LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINÉMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018

さらに、『無言歌』のためのインタビューで語られた映画の背景についての部分は、そのまま『死霊魂』の背景に繋がり、わかりやすいので以下に引用します(ムヴィオラ『無言歌』プレス資料より)。

ワン・ビンいわゆる「百花斉放・百家争鳴」キャンペーンの後、1957年に、中国共産党100万人以上の市民に対して、彼らが行った党への批判、または単に家族の出自を理由にして「反右派闘争」を開始しました。

19571958年にかけて、中国西北部ゴビ砂漠にある甘粛省夾辺溝の再教育収容所では「右派」と名指しされた3000もの人々が過酷な労働を強いられていたのです。そしてその同時期、1960年まで、中国全土を大干ばつが襲いました。その年の10月、夾辺溝収容所の1,500人の生存者は、新しい高台県明水分場に集められました。著しい疲労、食糧の不足、過酷な気象条件にあって大量死は不可避でした。生き残ったのは500人に満たなかったといいます。

Information: 

原題:死霊魂|英語題:DEAD SOULS|監督・撮影:ワン・ビン|製作:セルジュ・ラルー、カミーユ・ラエムレ、ルイーズ・プリンス、ワン・ビン|フランス、スイス|2018年|8時間26分(3部合計)|DCP|カラー|日本語字幕:最上麻衣子(第一部)、新田理恵(第二部、第三部)

配給:ムヴィオラ

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★10/3(土)〜シアター・イメージフォーラム、10/16(金)~アップリンク吉祥寺、 9/5(土)~横浜シネマリン、9/19(土)・20(日)名古屋シネマテークほか全国順次公開中

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関連サイト:

archive.realtokyo.co.jp

 

Review 42『その手に触れるまで』

絶望のなかでも「人間の力」を信じて模索する、ダルデンヌ兄弟最新作

文:福嶋真砂代

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© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF

 ベルギーの巨匠ダルデンヌ兄弟の最新監督作『その手に触れるまで』は、新型コロナウイルスの影響で公開延期になっていたが、いよいよ劇場公開(6/12)となった。

イスラム指導者に感化され過激な思想に染まっていく、元々はゲーム好きな、ベルギーに住む13歳の少年アメッドが主人公。この少年が「どうやって過激な思想から抜け出すことができるか」という、かなりデリケートで困難なテーマに果敢にチャレンジするダルデンヌ兄弟。どんな大きな問題にも「いかに自分のこととして考えられるか」という視点で脚本が練られ、独特の眼差しを感じるカメラワークを駆使して、主人公の成長と覚醒を丁寧に描いていく。

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© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF

戒律を盲信するあまり、女性教師との「さよならの握手」を拒否し、あげく彼女を”イスラムの敵”と考えはじめ、ある犯行におよんでしまうアメッド。移民の多いベルギーにおいて「テロの温床」となっていたモレンベークをイメージして撮ったという。理解し難い少年の心の核をそっと包みつつ、その後の舞台を少年院に移す。そこでの教育官や心理士たちによる丁寧な指導法、あるいは更生プログラムとして取り入れられる農場の仕事への参加指導が興味深い。これらの手厚いサポートは少年にどんな働きかけをするのだろう。監督たちは映画に登場する職業の人々すべてに会って話を聞き、また農場実習については実際の体験ルポルタージュに基づいているという。その綿密なリサーチがリアリティを生む。少年たちの尊厳を重んじつつも毅然とした現場のプロの言葉のひとつひとつに感心しながら、アメッドの閉ざした心の扉が少しでも開けばと願わずにいられない。あるいは、農場で出会う同じ年頃の女の子からの少し強引な恋のアプローチ(深刻になりがちな空気を砕く、ダルデンヌのちょっとした遊び心が沁みるシーンだ)は、人間に触れることを拒否していたアメッドの心を揺らすことができるだろうか…..。

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© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF

新型コロナウイルスの影響で自宅待機中のダルデンヌ 兄弟へのオフィシャルインタビューでは 、ウイルスが蔓延する世界の状況に関して、以下のようなあたたかいメッセージを残している。「今の社会において、健康、文化は公益でなくてはいけません。民営化してはいけない。アメリカの黒人たちを見ると、今の健康危機の犠牲になっています。貧民街では他の地域の人たちの2倍の確率の人が亡くなっています。治療も受けられず、栄養のある食事も採れない弱者です。私はこの機会に世界が変わることを期待しています。」どんなに絶望的な状況でも「なにか道があるはず」と人間の力を信じて、模索するダルデンヌ兄弟の映画作り。『その手に触れるまで』においても、長まわひのラストシーンに渾身の「希望」が込められる、と思わずにはいられない.....。

演出方法や主演のイディル・ベン・アディのこと、また使用楽曲についての興味深いエピソードが語られる以下インタビューもぜひご一読を。

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© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinéma – Proximus – RTBF

Official Interview: 

新型コロナウイルスの影響を受け自宅待機をしているダルデンヌ兄弟2人に今回はオンラインでインタビューを敢行。ベルギーにある「テロの温床」とも呼ばれる地域をイメージし、過激な思想に染まった13歳の幼い少年を描いた理由とは…?今までもオーディションで集まった候補の中から演技経験のない少年、少女を選出してきたダルデンヌ兄弟。本作も同様にオーディションで主人公アメッド役を抜擢。撮影時の裏話や、撮影前に一ヶ月半もの期間を設けて行なったリハーサルの様子など、盛りだくさんの内容となった。

Q.『その手に触れるまで』は2015年から16年にかけてパリとブリュッセルのほか、ヨーロッパで数度にわたって起こったテロに着想を得ているのでしょうか。

ジャン=ピエール・ダルデンヌ(以下、JP):最初に題材として考えたのは「過激なイスラムの純潔の理想によって急進化した若者が脱急進化して、元の人生を取り戻させられるか」です。どうしたら、急進化した状態から離れられるか、が大切だと思いました。テロそのものはきっかけではありませんが、後押しにはなりました。

Q.本作の後半の舞台は少年院とその校正プログラムである農場です。取材などからその舞台設定を考えたのでしょうか。

JP:『その手に触れるまで』の少年院のシーンは本物の少年院を使用しました。そこに少年たちが収監されていますが、その中にイスラム教過激派のテロを行った人は多くて一人か二人。多いのは暴力事件などを起こした子供たちです。映画の中で教育官や心理士などが少年たちに見せる思いやりや共感は、取材をしたことをもとに設定したものです。

リュック・ダルデンヌ(以下、L):少年院では大体農場に行く研修があります。すべての少年ではなく、一部の少年です。私たちがインスピレーションを得たのは、友人の女性が書いたルポルタージュです。殺人を犯した少年が農場に行くことで、農場を好きになり、自分がやったこと、過去を思い出してばかりだったのに前向きになっていったそうです。アメッドは自ら人に触れたりすることがなかった。人に触ることは不浄だと考えているけれども、農場のシーンのアメッドから、実は動物に触れるのが実は嫌じゃない、むしろ好きだということが分かるのです。そのルポルタージュを反映しています。

Q.アメッドが命を狙うイネス先生もムスリムです。彼らの住まいや学校の地域は「テロの温床」と呼ばれているムスリムが多く暮らすブリュッセル郊外のモレンベークがモデルなのでしょうか?

JP:撮影はいつも撮影している場所(リエージュ郊外のセラン)です。でも確かにモレンベークのような場所をモデルに考えて撮影しました。殉死した従兄については、具体的なテロリストではありませんが、シリアなどに行って、事件を犯した人をイメージしました。アメッドも従兄もベルギーに生まれ、ベルギーで教育を受けた人たちです。そんな人たちまでが狂信化していくことに映画を撮る動機がありました。これまでにない、新しい種類の人たちが狂信化してテロを行う、自分たちがやっていることは良いことだ、と死を崇拝する。その事実に動かされて映画を撮りました。『その手に触れるまで』の出演者の中には、テロリストになってしまった人と、幼少期に関わりがあったという人もいました。

Q.日本にとってイスラム教は遠い存在です。ベルギーにとってはなじみがあるものなのでしょうか? また、本作を観たムスリムの方々の反応はどういったものでしたか?

L:ベルギーでは人口約1,100万人中、50万人がムスリムで、イスラムは二番目に多い宗教です。雇用差別は今も少しはありますが、大半のムスリムは同化しています。ベルギーで暮らしているムスリムにはマグレブ系、モロッコから来た人たちが多いです。ムスリムの高校でも『その手に触れるまで』を見せましたが良い反応でした。映画を観て、学校でも議論が起きました。宗教の議論をしていられる間は良い関係だと思います。

Q.主人公を演じたイディル・ベン・アディ自身もモロッコからの移民3世だそうですが、彼の家族はこの映画で描かれるイスラムについて、どのように受け止めていましたか?

JP:イディルの家族は祖父母の代にベルギーにやってきました。イスラムの信仰はありますが、寛容です。イディル自身もイスラム教の儀式や禊などについてそんなに詳しくなかったので、私たちの友人でイスラムについての専門家が撮影現場でも説明して指示をしました。ご両親もシナリオを読んですぐに出演を許可してくれました。イディルのお母さんは、この映画が公開されたら、イディルをテロリストのような人だと周りの人に思われるんじゃないかと少し心配していましたが、最終的にOKしてくれました。イディル自身は実はこの映画で初めて演技に挑戦したのですが、いい人じゃない役をやってみたいと思っていたそうです。熟練俳優が悪人を演じたい、他の人が出来ない役を演じたい、という気持ちで役に向き合っていました。

Q.イディルにはどのような演出をしましたか?

JP:若くても若くなくても俳優と仕事をするとき、まず舞台美術と小道具を使って1ヶ月半ほどかけてリハーサルを行い、準備したものが合わなければ変えていきます。リハーサルでは、ひとつひとつすべてのシーンをやってみます。イディルはリハーサルにすべてのセリフを覚えてきました。どんな話なのか理解してリハーサルに来ているので、彼は少しずつ役を覚えていく、という感じでした。動きもやるしセリフも読んでもらいます。前もって何かをお願いすることはありません。まずは動作を覚えてアクションに入って、セリフを言って、と体を通して覚えていってもらいます。特に「こうしてほしい」と具体的な演技指導はあまりしません。

Q.本作に限らず、いつも具体的な台詞の指導などはしないのでしょうか。

JP:リハーサルを少しずつ進めるにつれて、役者の演技は良くなっていきます。動作をやってみて、小道具の使い方にも慣れてきて、リズムも徐々に完璧になり、台詞も自然にぴったりと合ったものになっていきます。セリフについて「こう言ってほしい」と指導することは稀ですが、イディルは若くエネルギーに満ち、感情的・表現的になりやすいので、そういう時は「もう少し抑えて」と伝えました。セリフを言う間を変えたい場合、「もう少しゆっくり」とか「もう少し早く」とか、「ここで台詞を言って、それから何歩歩いて」などと伝えます。一番大切なのはリズムです。

Q.農場の娘ルイーズを演じたヴィクトリア・ブルックも非常に目を引くキャストでした。

L:ヴィクトリアはキャスティングで見つけた少女です。アスリートであり、競歩が得意だそうです。映画に出るのは『その手に触れるまで』が初めてでしたが、この作品の後に別の作品で声が掛かっているそうで、演技も続けながら、競歩も続けているそうです。

Q.エンディング曲はどのように決めたのでしょうか?これまでの作品でもアルフレッド・ブレンデルを使用していますが、彼のピアノの魅力はどのようなところですか?

Lブレンデルのいいところはあえて表現をそんなにしないところです。演奏の仕方が客観的なところ。それが映画にちょうどいい。個人として、何かを表現しようとする感じがない、緩やかなリズムが続くのです。でも、それは、あくまでも、この映画に表現が合うと思ってのことで、情感豊かな演奏が好きな場合もあります。

Q.新型コロナウイルスが世界に蔓延してしまいました。ベルギーも例外ではなく、非常に厳しい状況が続いています。

L:まず、家にいること、ひとに近づかないこと。家族であっても、異物が入ったら手を洗うことが重要です。それが蔓延を防ぐ方法だと思います。はじめのうちは年配の人だけが死ぬ、と言われていましたが、いまや若者も死んでいます。誰も避けることはできない病気です。持病があるひと、糖尿病や肺に煩いがある人は気をつけてほしいですね。

今の社会において、健康、文化は公益でなくてはいけません。民営化してはいけない。アメリカの黒人たちを見ると、今の健康危機の犠牲になっています。貧民街では他の地域の人たちの2倍の確率の人が亡くなっています。治療も受けられず、栄養のある食事も採れない弱者です。私はこの機会に世界が変わることを期待しています。

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© Christine Plenus

Information:

『その手に触れるまで』(第72回カンヌ国際映画祭 監督賞)

監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

出演:イディル・ベン・アディ、オリヴィエ・ボノー、ミリエム・アケディウ、ヴィクトリア・ブルック、クレール・ボドソン、オスマン・ムーメン

2020年6月12日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

bitters.co.jp

関連サイト:

archive.realtokyo.co.jp

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realtokyocinema.hatenadiary.com

 

Interview 013 想田和弘さん(『精神0』監督・製作・撮影・編集)

「なんで生きるんだろう?」そんな疑問を抱き続けてきた

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想田和弘監督の観察映画第9弾『精神0』が「仮設の映画館(http://www.temporary-cinema.jp/)」にて公開中(配信中)だ。新型コロナウイルスで世界が騒然とする中、新作を携えて来日した想田さんに公開直前Skypeインタビューを行った。『精神0』は、精神医療に人生を捧げてきた山本昌知医師の引退と、その後の人生、そして妻の芳子さんにカメラを向けたドキュメンタリー。誰しも逃れられない「老いと死」に繊細かつ鋭い眼差しを注ぐ。インタビューには妻でありプロデューサーの柏木規与子さんが飛び入り参加するというオンラインならではの嬉しいハプニングもあり、撮影の経緯(いきさつ)や、印象深いシーンの秘話、さらにバリ島のお葬式へと話が弾んだ...。さらに想田監督と東風の共同発案による新しい試み「仮設の映画館」の仕組みや、厳しい状況下にある映画への現在の思いも語ってくれた。たっぷり1時間のロングインタビューをほぼノーカットでお届けします(内容に踏み込んだところもありますので、できれば観賞後にお読みいただく方が良いかもしれません)。

聞き手・文:福嶋真砂代

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©️2020 Laboratory X, Inc

■「ゼロに身を置く」ということ

ーー『精神0』は、ひとりの患者さんが山本先生に「ゼロに身を置くとはどういうことか?」と問いかけるエピソードからはじまります。この映画の真髄がここに描かれ、すべての起点はここにあると解釈していいでしょうか。

想田: 「ゼロに身を置く」という山本先生の言葉ですね。そうですね、あれが映画のすべてを規定していると言えます。患者さんだけじゃなく、山本先生ご自身、奥さまの芳子さん、すべての登場人物にとって必要な言葉であり、おそらく山本先生もご自身に対して言い聞かせている言葉ではないかなと僕は解釈しました。『精神0』の「ゼロ」はそこからインスピレーションをいただいてます。

ーーこの映画には3人の主人公がいるように思いました。つまり、山本先生と芳子さん、さらに隠れ主人公として想田監督なのではと。勝手な解釈なのですが、これまでの作品の客観的視点からよりご自身が踏み込んでいるように感じました。

想田: まあそうかもしれないですね(笑)。

ーープレスにも想田さんは「”仕事人間”である自分の生き様が山本先生に重なる」とコメントされていたこと、それが映し出されていたようでした。また「夫婦」という視点でも、山本先生と芳子さんが作ってこられた「こらーる岡山」が、想田監督と柏木さんにとっての「映画」というものに重なっていくのを感じました。

想田: 特に柏木がそれを感じたようです。山本先生はいわば精神医療界の“スター”で、実際に数多くの患者さんを支えるすばらしい活動をされてきました。でも実は山本先生の業績の半分は、芳子さんがされた仕事だったんです。そのことに僕は、『精神』を撮った頃には気づけなかった、いや薄々気づいていたけどフォーカスできていなかった。今回『精神0』で芳子さんの友人のお宅に一緒に伺って、そこでようやく芳子さんの功績についてのいろいろな話が出てきたわけです。芳子さんが山本先生の仕事の欠かせない部分を担っていたということを、はっきりと語られて、それを山本先生も含めてみんなで確認し合うことができたのはよかったなと思います。柏木いわく「その構図はうちとそっくりで、一緒に映画を作っているのに想田ばかりが脚光を浴びて、柏木は想田に吸収されている」と。それはそうだなと思いました……。

■ここで柏木規与子さんが登場!

ーー柏木さん、初めまして。ベルリン国際映画祭の授賞式では、柏木さんが出席してエキュメニカル賞を受賞されましたね、その時はどんな感じでしたか?

柏木: 気持ちよかったです。だいたい構図としては想田が前で、私は後ろでニコニコしているという形なのですが、今回は想田がエジプトにいて出席できず、私はドイツに別件で滞在していて、本当にバタバタと直前にベルリンに着いて授賞式に間に合ったんです。受賞後に女性の審査員やプレスの方々が駆け寄ってこられて、「I’m a big fan of you!」と口々に言われました。いつもは想田の後ろでニコニコしてると「あ、奥さんですか」みたいな扱いなんですが、こうやってポンと前に立つと大勢の方々から「女性としてあなたは誇りよ」と言われる。それを聞いて「私ももう少し積極的に前に出るほうがいいのかな」と思いました。女性としてがんばっている姿を見たい人がこんなにいるんだなと思いました。

ーー柏木さんは長いおつきあいの中で芳子さんを見ていらっしゃると思うのですが、芳子さんの生き方について、どのように感じていらっしゃいましたか?

柏木: 一度だけ、私は芳子さんに注意を受けたことがありました。「ミニコラ」という作業所で、山本先生と芳子さん、想田と私の4人でごはんを食べていたときに、私が話の中で、想田を“落とした”ことがあったんです。すると芳子さんが「夫はね、立てれば立てるほど輝くのよ」とおっしゃったんです。「それはウチの家訓と逆だな…」と思ってすかさず「夫がちやほやされて登っていったら、上からガツンと叩き落とす、私は自分がそういう役割だと思ってるんです」と言いました。すると芳子さんは「うふふふ」という感じで「夫は基本的には立てるほうが輝くものよ」と。確かに芳子さんを見てると常にそのスタンスで、ただ内心は「私は夫と二人三脚で、『こらーる』も私がいなければ!」くらいの気概を持ってらっしゃったんじゃないかな。でもそれを表に出さない、そういう価値観なのかなと思いました。山本先生は、芳子さんなしで「こらーる」を維持発展させていくのは難しかっただろうし、芳子さんは先生が自宅に連れてこられた患者さんのお世話をしたり、時にはふたりの子供さんたちと山本先生の間に立たされたり、いろいろ苦労を重ねられた。でもそういうことを表に出して言われないんだなと思いました。私は自分の功績をアピールしがちで。へへへ。

■「もう一軒行かん?」と山本先生に誘われた

ーー芳子さんが活躍された姿を映画の中で知り、芳子さんの印象が変わると同時に、「こらーる」が山本先生だけの仕事ではないことも理解することができました。

想田:(それを描けたのは)ギリギリセーフでしたね。実は僕はあのシーンを撮る前に、「だいたいこれで撮り終わった」と思って、先生に「だいたい撮り終えました。ありがとうございました」と申し上げたら、「もう一軒行かん?」って言われたんです。「芳子さんの友達のお宅に遊びに行きたいから、よかったら撮影せん?」という山本先生からの提案があった。それで一緒に、芳子さんをよく知る居樹(すえき)さんのお宅にお邪魔して、あのような非常に重要な場面を撮れたわけです。もしかしたら山本先生も、「このままだと芳子さんのことが十分撮れていないんじゃないか」とお感じになってたんでしょうね。

ーーそうだったんですか! そのシーンでハッとしたのは、居樹さんが芳子さんの趣味の歌舞伎や茶道、さらに株の話もして、それを聞いている芳子さんはすべてわかっているように笑っておられたことです。いっぽうで、お墓参りのシーンや、想田さんが山本先生のお宅でお寿司をごちそうになるシーンで芳子さんにカメラがフォーカスしていきますが、そこには想田監督の覚悟も感じました。

想田: たぶん山本先生も最初は迷われたところだと思うんです。最初に先生の引退のことを聞いて「撮らせていただけないか」とお願いしたとき、先生って大抵はふたつ返事で受けて下さる方なんですけど、今回は「1週間くらい考えさせてくれ」とおっしゃって、それがけっこう心にひっかかったんです。あの山本先生が「考えさせてくれ」というのは珍しいなと。たぶん先生はかなりの覚悟を持って私たちのお願いを受けて下さったのだと思うんです。

ーーそうなんですね。

想田: 申し出てから1週間後くらいに「自分は被写体として全然自信がないけれども、もし精神医療になんらかの貢献ができるような映画になるのであればお願いします」というような言い方をされて、撮影を了承してくださいました。そのことは僕の中にずっと残っています。

ーーその山本先生の覚悟は、10年前の『精神』を撮った時とは違ったのでしょうか。

想田: ちょっと違うように思いました。

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©️2020 Laboratory X, Inc

■ドキュメンタリーの怖さを知った10年前

ーー『精神』では、患者さんの顔を映すかどうか、そういうところからクリアしていかれたと思いますが、『精神0』でも患者さんは顔出しされていて、加えて先生と芳子さんのありのままの姿を撮ることもあり、ハードルはアップしていたのですね。

想田: そうですね。『精神』の時は僕がまだ若かったんですね。ほとんど何も考えずに、精神科の診療所で映画を撮らせてもらえることにウキウキしながらカメラを回していました。

ーー好奇心のほうが優っていたと。

想田: そう、若かったので、それがどんなことを意味するのかほとんど考えもせず、勢いだけで撮ってしまって、結果、公開するときにめちゃくちゃ苦労しました。公開時に「自殺する」とおっしゃる患者さんがいらっしゃったり。ドキュメンタリーというのはこんなにも怖いことなんだ、公開するということはもしかしたら人を殺してしまうかもしれない、そんな恐怖を実感させられたような経験でした。

でもそのとき、山本先生は映画の公開に全面的に協力して下さったんです。そのことがすごく不思議でした。患者さんに「公開日に自殺します」とか言われたら、普通なら「もう映画を公開するのやめようか」ってなるのが医者だと僕は思ってたから。ところが先生は「やめる」という選択肢ではなくて、「みんなで乗り越えましょう」という感じで、患者さんのケアにも当たってくださって、すごくサポートして下さったんです。そして結果的には公開も無事にできた。そういうこともあって「いったい何者なんだ?」と山本先生に興味を募らせたという側面はありますね。また、柏木家と山本家の関係も深まっていきました。実は芳子さんが通っているデイケアセンターは柏木の母と父が中心になって経営する施設で、家族ぐるみのつきあいになっていってた。僕と柏木の間では「いつか山本先生のドキュメンタリーを撮ろうね」という気持ちがずっとあったんです。

ーー『港町』(2018)のプロモーションのために来日したとき、たまたま山本先生の引退に居合わせたというのも奇跡的なタイミングですね。

想田: 本当に“タイミングと出逢い”なんですね、それがちょっとずれただけで、もしかしたら全然撮れてなかったかもしれないですから。

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©️2020 Laboratory X, Inc

■試行錯誤を経た「フラッシュバック」

ーー『港町』のバーベキューのシーンにも山本先生と芳子さんがいらっしゃいましたね。『港町』は霊界を漂うような不思議なドキュメンタリーで、その文脈のなかに『精神0』があるのかなと思ったのと、『ザ・ビッグハウス』にも宗教的なカットがいくつかありました。今回、はっきりと「宗教」ではないけれど、やはり描かれているのは「日本人の死生観」のようなものではないかと。想田さんがお寿司をごちそうになるシーン。マラソンで言うと「折り返し地点」のような分岐点があって、戻って来ると先にはお墓があるという構図がまた意味深いです。今回の編集にあたって苦労されたことはありましたか。

想田: この作品は結構ポンポンポンと進みました。撮影もカメラを回したのは7日間で、編集もそんなに迷いはなかったです。最後のカットは「もうこれしかないだろうな」と撮ってる時に思ったし。唯一悩んだところは「フラッシュバック」です。あれは最初はなかったんです。でもラフカットを観ている時、柏木が「芳子さんのシーンが足りない、足りない」とすごく言うので、僕も確かにそうだなと……。そんなときに『精神』では使わなかった芳子さんの映像素材があることを思い出して、観たら僕らが長く親しんできた「芳子さん」が映っている。でもこれまで「フラッシュバック」を使ったことがなかったので、編集技術的には試行錯誤が必要でした。最初はカラーで入れたのですが、現在と区別がつかなくなってしまった。友だちにも観てもらい、伝わるかどうか確認しながら編集したのですが、やっぱり伝わらないというので、モノクロにしようと。そんな試行錯誤を経てああいう形になったんです。

ーーそういえば、マーク・ノーネス(ミシガン大学映像芸術文化学科・アジア言語文化学科教授、『ザ・ビッグハウス』共同監督・製作)さんがクレジットされていましたね。

想田: そうなんです、マークさんにはかなり早い段階のラフカットを見ていただいて、いろいろと有益なアドバイスや意見もいただいてました。パンフレットには長文の批評を寄せていただきました。

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■老いて死ぬ「苦」からは、誰も逃れられない

ーー話を戻しますが、フラッシュバックでは芳子さんがとても生き生きと、山本先生をリードするくらいのエネルギーを持った女性であることがわかるのですが、同時に現在のお姿との対比に繊細なアプローチでありながら「時間の残酷さ」も感じます。

想田: 『精神0』で撮らせていただい2018年の芳子さんももちろん「芳子さん」ですが、僕らとしては以前の「芳子さん」も存じ上げているので、そうすると2018年の映像だけでは芳子さんのパーソナリティがちゃんと観客に伝わらないのではないかと考えたんです。なんとか僕らの知っている「芳子さん像」に近づけたいと思い、そうすると過去の「芳子さん」にアクセスするしかない。

ーーなるほど。

想田: おっしゃった「残酷」という言葉はその通りで、やはり人間が老いていくこと、そしてその先には死があること、それは本当に残酷なことなんです。しかも誰にも逃れられないところが特に残酷です。いまの新型コロナウイルスをなぜみんなが怖がっているかというと、死ぬのが怖いからです。自分が死ぬ、あるいは自分の大好きな人が死ぬかもしれない、そのことが怖くてパニックになっている。いくら逃れようとしても、最終的には誰も逃れられない。これが本当に人間にとってのいちばんの「苦」なんだと思うんです。この「苦」とどう私たちがつきあっていくかというのは、おそらく誰にとっても、生きていく上での最大のテーマなんだと思うんです。意識するとしないとに関わらず。そういう部分を見つめたいという気持ちはずっとあったし、これは子供の頃からずっと抱えているテーマなんです。

ーーそんな小さい頃にもう「死」について考えていたんですか?

想田: 「なんで生きるんだろう」とすごく思っていた時期があって。せっかく一生懸命勉強して、努力して、身体を鍛えたりしても、最後は死んじゃうんだ、と。死んじゃうのになぜ生きるのだろうっていうのはずっと僕の中にあった「問い」なんです。そういうこともあって、大学で宗教学を専攻したのかな。

■受け入れ難いことを、いかにして受け入れるか

ーーどんなことを勉強したのですか?

想田: お葬式の研究とか。特にバリ島のお葬式は1ヶ月くらい調査に行きました。バリ島では公開で火葬もして、お祭りのように賑やかに死者を送り出すんです。衝撃的だったのは、火葬される遺体が見えること。動物の形をした棺に遺体を入れて、それを野外で火葬する。これはバリヒンズーという宗教のしきたりですが、カースト制度が残っていて、その人のカーストによってどういう動物の棺に入るかが決まっている。いちばん位の高い人は「牛」です。張り子の牛みたいな棺の中に遺体が入っていて、公衆の前で火葬します。見る人たちも着飾って、笑いながら送り出すんです。遺体がどんどん破壊されて灰になっていく過程をみんなで見つめる。僕はそんな残酷なことを目撃して耐えられるかなと思ったけれど、見ていると、不思議にさわやかな感じがしたりして。火が遺体を浄化しているように見えて、思っていたこととは全然違いました。その遺体は灰になると海へ流すのですが、その一連の行事が儀礼になっているんですね。やはり人間にとって死を受け入れることはなかなかできることではない、自分の死も、自分の愛する人の死も受け入れ難い。でもその受け入れ難きを受け入れるためにはなんらかの装置が必要なんです。だからこそ、文化によってやり方は違うけれど、お葬式を発達させてきて、それによって「死」を飼い慣らしてコントロールしようとしてきた。お坊さんがお経をあげてくれると、なんとなく魂が荒ぶるのを抑えてくれるような気がしたりするでしょ(笑)。「49日が過ぎるとこの世からあの世に行くんですよ」と説明を聞くと、なんとなく納得して安心したり。

ーーお葬式はそのためにあるんですね。

想田: はい、「無事にあの世へ行けた」ということを確認し実感するために、どうしても必要なんだと思います。話が逸れましたが、今回、なぜ山本先生が引退するかというとご高齢になったからです。ご高齢だということは、死に近づいているということです。先生や芳子さんの生活を見つめさせてもらう作業というのは、ある意味、老いや死を見つめることになるだろうということは、最初から予感はあったし、実際そうなったと思います。

ーー山本先生は映画を観られましたか。

想田: 去年の夏に柏木と一緒に岡山に行って、先生と芳子さんと息子さんと一緒に観ていただきました。先生は特に感想はおっしゃらなかったけれど、ずっとにこにこしながら「おうおう」と声を上げながら観ていらしたので、おそらく気に入ってくださったのではないかと思います。

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©️2020 Laboratory X, Inc

■「生きる」ことのエッセンスが凝縮された瞬間

ーーひとつ不思議に感じたのは、普通の映画の音効かと思うくらい、音声が驚くほどクリアなことです。想田さんおひとりでカメラを回していて、音声さんはいないはず……?

想田: 音声さんはいません。僕の腕がいいからですよ(笑)。つねに音声のことも考えながら自分のポジションやカメラワークを決めてます。先生にはだいたいの場面ではピンマイクをつけていただいたので、細かな息遣いまで録れています。息遣いの音はこの映画の中でとても重要なものになりました。

ーー本当に息遣いはとても印象的でした。他にも印象に残るのは先生と芳子さんがブロック塀を挟んでわかれて歩いて行くシーンや、最後の手をつなぐお墓の坂道シーン。あの瞬間はどういう気持ちで撮られていたんですか。

想田: それはもう感動してます。なんというか、「生きる」ということのエッセンスが、お墓の場面にはあると思うんです。言葉にするとベタになってしまうんですが、結局は人間は手を繋ぐしかない。そういうことをおふたりを見ていてものすごく感じたし、特に日本のご夫婦が人前で手を繋がれるのはレアで、ドキドキするんですね。

ーーNYなら手を繋ぐことも日常だろうと思いますが、想田さんが日本で見ると違う感じがするわけですね。

想田: それはそうです。先生と芳子さんが手を繋いでいるところはこれまで見たことなかったですし、お墓の場面では、最初は手を繋いでいなくて、先生はズンズン先へ歩いてしまって、芳子さんは一生懸命ついていくんですね。ちょっと急な坂道にさしかかって、先生が芳子さんに手を出すのですが、先生は繋ぐことなく先に行ってしまう。でもそこで先生はハタと気づいて振り返るとそこに芳子さんがおられて。それで初めて戻って手を繋ごうとするのですが、その時は先生は両手に花とか荷物を持っているのでなかなか繋げない。荷物を脇に抱えることで、ようやく手を繋げるわけです。ここまで言っていいのかわからないのですが、僕の解釈としては、あの道筋にいままでの先生と芳子さんの関係がエッセンスとして凝縮されているのだと思ってます。

■「仮設の映画館」について

ーー最後に、初めての試みである「仮設の映画館」について、お聞かせ下さい。

想田: あくまでも今回は映画館に生き残ってもらわないと困るという。それに尽きます。本当は僕も公開を延期したかったんです。こんな状況で公開していただいても、どれだけ観に来て下さるのか、感染のことを気にしてヒヤヒヤして観るなんてのは作品にとってはいいことではないし、公開の意味がないと思ったので、最初は「1年くらい延期しませんか」と言いました。ところが配給の東風からは「そうすると映画館、みんな潰れちゃいます」と言われて、それもそうだなと思い直しました。実際、観客動員数が激減し、さらに新作を引き上げられてしまったら、映画館はもう閉めるしかない。そうするともう僕らが戻るところはないわけです。だから今回は本当にあくまでも緊急避難で、事態が収束したらみんなでワイワイガヤガヤ映画館に集いたいわけです。そのためには今は配信で我慢して、配信によって映画館を守りたいという、それ以外になかったです。

ーー実は「観察映画」シリーズのうち『精神』だけが想田監督にインタビューしていない作品だったのでとても心残りでしたが、今回『精神0』でお会いできて嬉しかったです。ありがとうございました。

想田: そうなんですね、ありがとうございました。

(このインタビューは2020年4月17日、Skypeにて行いました。)

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©️2020 Laboratory X, Inc
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『港町』ではクミさんという不思議な存在がある種の悟りの境地へと想田作品を導いたように感じた。そして『精神0』では、山本夫妻を、いや芳子さんを撮ることで、人間にとって逃れられない「老いと死」を、少し言葉が荒いかもしれないが、「容赦なく」見つめ、さらに違う次元へと向かうように思う。なにしろ想田カメラが粘るときは要注意だ。例えば『牡蠣工場』では外国人労働者を撮るシーン(ここで柏木さんのアシストがかっこいい)、『港町』では高祖鮮魚店の車に乗り込むところ、『精神0』では、女性からすると「ああこれは少し残酷だな」という角度で芳子さんを撮ることを躊躇しない。そこには「何か」があるのだ。被写体へ最大の敬意を払いながら、核心にタッチする何かが......。そうやってちょっとヒヤヒヤしながらソウダカンサツの企みを読みこんでいくところが個人的に想田作品の強烈な魅力だと感じる。今回の山本先生の教え「ゼロにもどる」という魔法のような言葉をこれから杖にして、『港町』で体感した霊験の旅を超えていきたい。観察映画への興味はまだまだ尽きない。(RealTokyoに寄せたレビューもぜひご一読下さい)

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想田監督と柏木プロデューサー

Profile: そうだかずひろ 1970 年栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒。93 年からニューヨーク 在住。映画作家。台本やナレーション、 BGM 等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・ 実践。 監督作品『選挙』(07)、『精神』(08)、『Peace』(10)、『演劇 1』(12)、 『演劇 2』(12)、『選挙 2』(13)、 『牡蠣工場』(15)、『港町』(18)、『ザ・ビッグハウス』(18)。国際映画祭などでの受賞多数。著書に『精神病とモザ イク』(中央法規出版)、『なぜ僕はドキュ メンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 VS 映画』(岩波 書店)、 『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書 房新社)、『カメラを持て、町へ出よう』(集英社インターナショナル)、『観察する男』(ミシマ社)、『THE BIG HOUSE アメリカを撮る』 (岩波書店)など。  

Information:

監督・製作・撮影・編集:想田和弘 製作:柏木規与子 製作会社:Laboratory X, Inc 配給:東風 2020 年/日本・アメリカ/128 分/カラー・モノクロ/DCP/英題:Zero

 過去の相田和弘監督インタビュー