REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Review 37『僕はイエス様が嫌い』

ミニマルな語り口に宿る深い思慮、祈り

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©︎2019 閉会宣言

公開中の『僕はイエス様が嫌い』(英語タイトル「JESUS」)は、弱冠22歳(制作当時)の奥山大史(おくやまひろし)が監督、脚本、撮影、編集を手がけた長編デビュー作。第19回東京フィルメックスに出品されたほか、サンセバスチャン国際映画祭(最優秀新人監督賞を史上最年少にて受賞)、ストックホルム国際映画祭(最優秀撮影賞)、マカオ国際映画祭(スペシャル・メンション)と高い評価を得て、海外での劇場公開も次々と決まっているという注目の作品だ。難しいテーマを軸に、ユーモアとセンスが冴えるミニマルな語り口で描く。ホームビデオを意識したという小さめの(スタンダードサイズ)画角の中、少年ユラ(佐藤結良)やカズマ(大熊理樹)を捉える魅力的なカメラワークにこころつかまれる。

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©︎2019 閉会宣言

 ■ミッションスクールへの転校

主人公は小学生の少年ユラ。家族で東京から雪深い地方の祖母の家に引っ越してくる。細かい事情は描かれないが、両親は共働きのよう。そして近所のミッションスクールへ転校する。しばらくはおばあちゃんの部屋で寝るように言われたユラ、寝室の仏壇におばあちゃんと一緒に自然と手を合わせるとそこには祖父が笑っていた。翌朝、担任の先生に促されて「東京から来ました」とクラスであいさつをする。

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©︎2019 閉会宣言

その夜の食卓で「友達はできた?」と家族に聞かれたけれど、そんなに早くできるわけがない。人見知りだったりもする。生まれて初めてキリスト教の礼拝堂でお祈りをするユラの前に、小さなイエス様(チャド・マレーン)がキラキラと出現する。“神様”なのか…? ユラには正体がわからないし、他の人には見えていないみたい。でもなんだかフレンドリーで、妙な存在だ。

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©︎2019 閉会宣言

■小さなイエスが出現する謎タイミング

願い事をすると不思議と叶ったりする。でもそれは神社だったり、仏壇だったり、イエス・キリストだったり。お願いの相手が変わるのも日本の日常なのだ。そんななか、ユラは大事な友だち、カズマと出会う。縁結びのにわとりが雪の上で自信たっぷりに歩く。にわとりも神なのか?  “神様”に話をもどすと、それからちょいちょいユラの前に現れる。何かしらの意味がありそうでなさそうなタイミングで。この「タイミング」と「出現する、しない」に意味はあるのだろうか…。思うようには物事は動かない。叶えられる願いと叶えられない願いがある。なぜだろう? 願いごとはやがて祈りへと変化する。ここにこの映画のおもしろさ、思慮深さがある。神は何を望むのか? いや神は本当にいるのだろうか? 壮大な問いに対して、ごくごく身近で親しみのある距離感を保って描く、その演出、構成力に畏れいる。

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©︎2019 閉会宣言

■迷いのない演出

第19回東京フィルメックス(2018)で国内プレミア上映された際には、ストックホルムの映画祭参加中の奥山監督からビデオメッセージが届き、会場では佐藤結良と大熊理樹、また佐伯日菜子チャド・マレーンが舞台挨拶を行った。佐伯が「監督は迷いのない演出をしていた」と語ったことも印象的で納得だった。

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©︎2019 閉会宣言

奥山が青山学院大学在学中に制作した超低予算の作品ということだが、繊細で大胆、そして神聖な映像美は新人監督とは思えない。とりわけ心を掴まれたユラ(星野由来)役の佐藤結良にはオーディションで出会ったという。まさに神がかった出会いかもしれない。長めの前髪からのぞく瞳。仏壇で手を合わせる時にみせるオフの顔。大きめの制服。窓から外を眺める横顔。雪の上でサッカーボールを蹴ったり、別荘地で遊ぶ少年ふたりの構図。加えて、話すと意外と大人っぽいというギャップもいい。印象的なシーンをあげるとキリがない。ビクトル・エリセ監督やフランソワ・トリュフォー監督によって生きた天使たちのように、ユラたちもきっと観客の心に生き続けるに違いない。 そしてエンディングに、あるメッセージが流れる。監督の静かな思いだ。悲しい事件や事故が起こり続けるこの社会に、少しでも柔らかい光がもたらされるようにと祈るばかりだ。

文・福嶋真砂代

information:

監督・脚本・撮影・編集:奥山大史

キャスト:佐藤結良、大熊理樹、佐伯日菜子チャド・マレーン

日本 / 2018 / 76

TOHOシネマズ 日比谷ほか全国順次公開中

公式サイト:

jesus-movie.com

『僕はイエス様が嫌い』 Jesus | 第19回「東京フィルメックス」

Review 36『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

ニューヨーカー気分で体験する“進化系図書館”

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© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

本作が42本目のドキュメンタリー作品となる巨匠監督、フレデリック・ワイズマンが誘(いざな)うのは、超有名な観光スポットでもある「ニューヨーク公共図書館(NYPL)」だ。NYPLとは、マンハッタン五番街の本館に加えて4つの研究図書館、さらに88の分館を含む「図書館ネットワーク」全体をさす。この大規模で複雑な施設の各所に(それでもNYPLのほんの一部ではあるが)ワイズマンとカメラマンのジョン・ディヴィーが入り込み、公共*1図書館の「本当のすがた」を撮り尽くした。205分の長尺。しかしこの長さにひるんではいけない。しばしの間、ニューヨーカーになって味わう図書館での貴重すぎる臨場体験。思いがけない刺激が待っている。いざ、奥へ奥へと進もう! 

図書館は人である

リチャード・ドーキンス博士の刺激的なトークに始まり、進みゆくとエルヴィス・コステロが父を語り、往年の父が歌う映像を観客と一緒に見るというサプライズ。さらにミュージシャンで詩人のパティ・スミスが自身の回想記についてトークするなど、豪華なシーンが待っている。かと思えば、図書館員たちの地道な日常業務に密着。図書館ユーザーからのどんな問い合わせにも、的確な提案をするプロフェッナルな司書たち、あるいは裏方スタッフたちの仕事ぶりに惚れ惚れする。

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© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

映画全体を俯瞰すると、図書館で起こる知的、芸術的、事務的、経営的なピースが並べられ、綿密な計算のもとにコラージュされたタペストリーのように見えてくる(ワイズマン自身は「何千もの選択を行った結果生まれたモザイク」と語っている)。あるスタッフミーティングで交わされるのは、ITと図書館の関わりについての興味深い議論。別のシーンで飛び出す図書館の進化という言葉にハッとする。また建築家は「図書館は人」であると語り、図書館は「単なる書庫ではない」と強調する。図書館で開催される地域住民への就職斡旋セミナーや障害者と芸術を繋げる熱心な活動も見る。この図書館を“進化系”と呼ばずして何と呼ぼう?

公演会ゲストの詩人はジェームズ・ボールドウィンの言葉を引用する。「我々は、何が起きているのか、知るしかない。なぜなら、今のすべてにウンザリしているのだから。言葉は直接的だが暗示にもなる。ブルース歌手のように。」珠玉の言葉がシンプルに胸に響いてくる。また手話通訳者のために市民ボランティアが朗読するジェファーソン独立宣言を2つの形態で聴く。ひとつは「怒り」をこめたボイスで、そしてふたつめは「懇願」を込めたボイスで。これはアメリカの根幹に触れる圧巻の体験だ。

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© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

 進化が止まらないワイズマン

ワイズマンの撮影方法、編集術はユニークだ。インタビューで映画の「正しい尺」について聞かれたワイズマンは、「僕が語りたい物語にふさわしい長さだよ。僕は作品を作る前に作品の構造や視点を決めることはない。構造や視点は、編集の過程で浮かび上がってくるんだ。うぬぼれた言い方に聞こえるのを承知で言うけれど、僕にできることは、自分がどう考えるのかを見極めて、自分の判断に従うことだけなんだ。」続けて、編集作業が終わったと判断する時点とはの質問に、「手元にある素材をもとに、自分のベストを尽くしたと思えたときに作品が完成するんだ」と答える。筆者がインタビューを重ねてきた映画作家想田和弘もその系譜にある。音楽を特につけない(ナレーションもない)ワイズマン作品には、実のところ多彩な音楽が流れているように個人的に思う。ワイズマンの魂のリズム、グルーヴを感じる。おもしろいのは、つい内容にのめり込んでいる瞬間、あっさりと図書館周辺の風景の映像に切り替わるタイミング。朗読されるマイルス・ホッジスのクールな詩のリズムのように緩急変化も凄い。『NYPL』はこれまでの作品より、より研ぎ澄まされ、インテグレートしている熱量を感じる。つまりワイズマン作品はつねにベストオブベストなのだ。

ちょっと脱線するが、“図書館”という場所は、小説家にもこよなく愛されてきた。たとえば村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』や『海辺のカフカ』に描かれる図書館の魔法がかった空間。または短編『図書館奇譚』に描かれる羊と美少女が棲む図書館の地下牢のように、図書館はいつだって想像力を掻き立てられる素材なのだ。映画は、図書館のプラクティカルな機能、運営方法、資金調達等々、図書館のベールに包まれた舞台裏をみせてくれる。ワイズマン自身この空間をこよなく愛してきた“図書館ヘビーユーザー”だからこそ、最大のリスペクトをこめたある種の「謎解き」が楽しく感じる。

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© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

図書館とは「言論の自由を体現する、民主主義の柱」であるべき

さてこの映画は、アメリカにおける公共図書館のあり方を精査し続け、また時代に即した図書館の未来像をしっかりとイメージしようとしている図書館スタッフの努力を目の当たりにする。「日々の業務は大変だが、目の前の仕事がいかに将来につながり、図書館の未来を作るのか、それを考えながら仕事をしよう」と提案するスタッフ。あるいは、ベストセラーと所蔵すべき作品、限られた予算の中でどちらに比重をかけるのかについて館長が問いかけ、「もしも我々が所蔵しなければ、10年後、それがどこにも見つからないことになる」と危惧する。その言葉の重み、だけどさらりと提示するところにもワイズマンの「粋」が光る。

あるパーティで、ノーベル賞受賞作家のトニ・モリスンの言葉「図書館は民主主義の柱だ」が紹介される。そしてそれはまさにNYPLを表現する。ワイズマンは「そのとおりだと思った。すべての階級、人種、民族が利用できる。アメリカの最も優れた一面の象徴。言論の自由を体現している」とインタビューで述べている。12週間をかけて撮影された濃厚なドキュメンタリー。ワイズマンの真骨頂を十分に堪能しつつ、そこに息づくアメリカのハート、図書館の真髄を貪欲に享受したい。

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© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

福嶋真砂代★★★★★

information:

518()より岩波ホールほか全国順次ロードショー!

監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン 

原題:Ex Libris - The New York Public Library2017アメリカ|3時間25分|DCP|カラー 

配給:ミモザフィルムズ/ムヴィオラ 

moviola.jp

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 公開記念パネルディスカッション ニューヨーク公共図書館と<図書館の未来> レポートはこちら

http://moviola.jp/nypl/event.html

 

 関連サイト:

 フレデリック・ワイズマン監督インタビュー(2011)by 松丸亜希子 / 福嶋真砂代

archive.realtokyo.co.jp

 

*1:「パブリック(public)」と入っているが、独立法人であり、財政的基盤は市の出資と民間の寄付によって成り立っている。ここでいうパブリックとは「公立」という意味ではなく、「公共」(一般公衆に対して開かれた)という意味に当たる。(公式サイトより)

Review 35『ワイルドツアー』

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© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

RealTokyoに『ワイルドツアー』レビューを寄稿しました。

青春のきらめく瞬間(トキ)をつかまえて」

山口県山口情報芸術センター[YCAM]、磯崎新設計による建物の流線型の屋根の上を若者たちがスイスイ歩き、将来のことなど、たわいない話をしている。雄大な山口の風景を背景に撮られた少しシュールなシーンが印象的だ。「もしかしたら未来社会の姿が山口にあるのではないか」と、自然とテクノロジーの無理のないバランスの中に感じた三宅唱監督。最新作の『ワイルドツアー』は、YCAMが実施する滞在型映画制作プロジェクト「YCAM Film Factory」の第4弾(柴田剛、染谷将太、映像制作集団「空族」の作品に続く)として作られた。「第11回恵比寿映像祭」にて東京で初上映され、このたび劇場公開になった。同映像祭ではiPhone撮影による映画『無言日記2018』の上映や、ビデオインスタレーション「ワールドツアー」の展示も行われ、15日間の期間中に多くの観客が鑑賞した。

『ワイルドツアー』は、「採取した植物のDNAを解析し、植物図鑑をつくる」というYCAMで実際行われているワークショップを題材にして物語が進む。物語の中心にはワークショップファシリテーター役の大学1年生のうめ(伊藤帆乃花)ちゃん、そして中学3年生のタケ(栗林大輔)とシュン(安光隆太郎)、ほかにブルージャケットの男子コンビチーム、パワフルな女子高校生のチームが ・・・・

続きはこちらへ

https://www.realtokyo.co.jp/screening/wild-tour/ 

Review 34 『マイ・ブックショップ』

コイシェ監督が共感した「自分らしさ」貫く女性の生き方

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© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

映画の原作、ペネロピ・フィッツジェラルドの小説「The Bookshop」を読んだイザベル・コイシェ監督は、主人公のフローレンス・グリーンと深いつながりを感じたという。コイシェ自身、真に作りたい映画のために奮闘してきたであろうひとりの女性映画監督として、およそ半世紀前の、書店が一軒もない小さな町に新しい息吹きをもたらすべく起こしたフローレンスの「小さな革命」と、「自分らしさ」を貫く姿勢はとても共感できる、また勇気を得られるものだったのだ。

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© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

舞台は1959年イギリス東部サフォークの小さな海辺の町。戦争未亡人となったフローレンス(エミリー・モーティマー)が、夫との夢だった書店を開く決意をし、志高く、信じる道を静かに進む。まずは長く買い手のつかない“オールドハウス”を買い取り、書店オープンの準備に取り組む。着々と理想の書店に近づくが、保守的な町の考え方や理不尽な嫉妬に遭い、道のりは順風どころか、逆風が吹きあれる。何かといちゃもんをつける町の有力者のガマート夫人(パトリシア・クラークソン)、ガマート夫人のちゃらい甥っ子のマイロ・ノース(ジェームズ・ランス)、書店を手伝う聡明でおませな少女クリスティーン(オナー・ニーフシー)、そしてミステリアスな老紳士ブランディッシュ氏(ビル・ナイ)など個性的な人物が登場し、エッジの効いた本のセレクション*1に絡めて、賑やかにストーリーは進む。数々のいじわるにも健気に耐えるフローレンスだが、当時の問題作「ロリータ」の販売で勝負にでると、それがまたガマート夫人の闘争心に火をつけた。さすがのフローレンスも心が折れそうになったが、そこでナイト(騎士)のごとく現れたのはブランディッシュ氏。果たして彼がとった秘策は……?

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© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

◇サラからエミリーへ、「女性の生命力」描くコイシェ監督

コイシェ作品の圧倒的な魅力は「女性の生命力」に宿るのではないだろうか。絶望的な喪失感の中から、決意とともに立ち上がるしなやかな強さ、奥深さ、美しさと、多様に変容する生命力。例えば『死ぬまでにしたい10のこと』(2003)では余命を宣告されたアンの、死よりも生に向かうエネルギー。また『あなたになら言える秘密のこと』(2005)のハンナの、心に深い傷を負い、底しれぬ絶望感と癒えようのない傷を乗り越えようとする静かな生命力を見た。いずれも「陰キャラ」が得意なサラ・ポーリーが演じ、コイシェ作品を強く印象付けた。今回のヒロイン、エミリー・モーティマーは陰陽あわせもちながら、『メリーポピンズ リターンズ』での百万ドルの笑顔、『ラースと、その彼女』や『マッチポイント』など、どちらかと言えば無垢な明るさ、おっとりと控えめだが内面から太陽の光を放つように感じるタイプだ。これまでのコイシェ作品と少し違ったトーンの生命力を感じるのは、監督とエミリーのコンビがもたらす化学変化のマジックだろう。

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© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

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© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

◇コイシェファンにはたまらない凝ったディティー

さらにさらに、バルセロナ出身のコイシェが作る世界のディティールウォッチングも楽しみのひとつ。セットであったり、小物であったり、今作も隅々にまで神経が行き届く。50年代の英国の片田舎の風景を、アイルランドバルセロナロケによって再現したリュオレンス・ミケルの美術。常連カメラマンジャン・リロード・ラリューの撮影は海の表情、ヘイジーな雲り空、プンと薫る草の匂いまでも届ける。またフローレンス始めシーンによって変化する人物の心情を表現するメルセ・パロマの衣装も必見。ハイソなガマート夫人のキラキラした部屋にも目を惹かれ、またブランディッシュ氏の古い邸宅でのアフタヌーンティーのスイーツは質がよくておいしそう。さらにアラ・ニの音楽はジャジーな味付けをし、コイシェ組チームワークは完璧だ。蛇足ながら、筆者がバルセロナを旅して感じたのは、スペインでもとりわけアートフルでユニークな街だけど、人々のファッションは意外にも落ち着いた色調のクラシックコンサバだったこと。そんなシックなセンスもこの映画に生かされ、コイシェファンも、初めてコイシェに触れる人も、また本好きな人、書店好きな人にも、じっくり楽しめる充実の作品になっている。

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© 2017 Green Films AIE, Diagonal Televisió SLU, A Contracorriente Films SL, Zephyr Films The Bookshop Ltd.

福嶋真砂代★★★★.5

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39日(土)よりシネスイッチ銀座YEBISU GARDEN CINEMA他にて全国順次ロードショー

information:

監督&脚本:イザベル・コイシェ 
出演:エミリー・モーティマービル・ナイパトリシア・クラークソン 
原作:「ブックショップ」ペネロピ・フィッツジェラルド著(ハーパーコリンズ・ジャパン*3/1刊行)
2017|イギリス=スペイン=ドイツ|英語|カラー|5.1ch|DCP 原題:The Bookshop 
配給:ココロヲ・動かす・映画社○

mybookshop.jp

 

*1:

・「華氏 451」著:レイ・ブラッドベリ(1953)

・「ロリータ」著:ウラジミール・ナボコフ(1955)

・「ジャマイカの烈風」著:リチャード・ヒューズ(1929)

・「ドンビー父子」著:チャールズ・ディケンズ(1848)

・「火星年代記」著:レイ・ブラッドベリ(1950)

・「たんぽぽのお酒」著:レイ・ブラッドベリ(1957)

Review 33『バハールの涙』

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©2018 – Maneki Films – Wild Bunch – Arches Films – Gapbusters – 20 Steps Productions – RTBF (Télévision belge)

RealTokyoに『バハールの涙』レビューを寄稿しました。

 「ヤズディの女性たちの恐怖と苦痛から目を背けてはならない」

実話に基づいて作られた。イラク北部のヤズディ教徒の女性たちに降りかかった恐怖と苦痛。2014年8月のIS(イスラミックステート)の侵攻により彼らに起きた悲劇は想像を絶する。2018年ノーベル平和賞共同受賞者のナディア・ムラドは自身の恐ろしい体験を語ることで、いまだ安否不明の多くの人々の救済を訴える。ナディアはまさにエヴァ・ウッソン監督が取材した女性たちの代表者であり、“バハール”と言えよう。

砲弾飛び交う紛争の最前線。ISと戦うクルド人部隊の女性兵士バハールと、片眼の戦争記者マチルドが出会うところから映画が始まる。『パターソン』での可憐な美しさが印象的なゴルシフテ・ファラハニが、一転して兵服に身を包む孤高の兵士バハールを演じる。夫と息子と幸せな家庭を築いていた弁護士バハールがクルド人自治区へ家族で里帰りした夜、ISの襲撃を受け、悲劇が始まった。村の成人男性はことごとく殺害され、女性と少女は拉致、あげく性的奴隷として売買され、少年たちはIS戦闘員養成学校へ送られた。バハールも何回も売られ、夫は殺され、息子は行方不明となった……。

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