REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Review: 東京フィルメックス2016『ザーヤンデルードの夜』

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イラン / 2016 / 63分 / 監督:モフセン・マフマルバフ(Mohsen MAKHMALBAF)

The Nights of Zayandehrood

有楽町ホールの夜の会場を満杯にした観客が息を詰め、長い間暗闇のなかに身を隠していた貴重な光を浴びた63分間。1990年にイラン当局に没収され幻の作品となっていた『ザーヤンデルードの夜』。検閲で37分間削られたままのフィルムがなんらかのルートで救出されロンドンで復元され、今年ヴェネチア映画祭での初上映を経て日本での初上映となる。まるで映画の運命自体がドラマのようだ。100分間あったと思われるオリジナル版はさらに25分間のカットがあるという。さらに「検閲により音声をカットされています」の字幕とともに無音のシーンもところどころにあった。しかしこれだけ引き裂かれてもなお、マフマルバフ監督のパッションは1ミリたりとも弱まることなく(そんな不正な操作によってむしろ意志は強く感じる)、1990年のフィルムに焼き付けられている。マフマルバフ監督のQ&Aでは「こんなhealthy food for brainのような時間があることはとても幸せで大切なことなのだ」と映画祭で映画を観て語ることを讃え、「映画で現状を変えられるか」という会場の質問に対して、「信念を持って、正直に映画を作ればその思いは通じる。社会や物事は変わる、映画は(社会の)鏡なのだ」と力強く語った。

物語は、人類学者の父と病院で自殺未遂者の救護をする娘(看護師っぽいが医者ではなさそう)を中心に、イスラム革命の前、中、後という3つの時代に渡って描かれる。大学の講義内容に関して当局に詰問された夫を心配する妻。その妻は夫と一緒に交通事故に遭い、直後に助ける通行人もなく亡くなってしまう。それは本当に事故なのかは怪しいが、カットされているためか不明のままだ。一方、娘はその事件後に婚約者と別れ、下半身不随となった父を看護しつつ、救急病棟では自殺未遂者の処置をし、「なぜ自殺したいのか」について聞く。病院のシーンによって混乱した世相と人心の変化が読み取れる。それぞれの不幸な話を聞くうち、ひとりの絶望した男がテキパキした娘に恋心を寄せていく。しかし別れたはずの昔の婚約者(既婚で子供もいる)の男がまた接近してきたり、娘の気持ちも定まらず。重要な会合には「橋で会おう」というセリフが幾度も交わされ、イスファハンのザーヤンデルード川にかかる橋がキーとなる。美しい光が射す暗闇の橋のシーンは印象的で、上の写真もその橋のワンシーン。

 福嶋真砂代★★★★

『ザーヤンデルードの夜』 | 第17回「東京フィルメックス」

Review 002『聖の青春』

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(C)2016「聖の青春」製作委員会

決して出しゃばらず、最適なボリュームで最高の音色を奏でながら、登場人物の気持ちに寄り添う音楽が心地よく、「音楽、誰だろう?」と観ていると、最後のクレジットで半野喜弘だったことを知る。ジャ・ジャンクーホウ・シャオシェン作品の音楽も手がける音楽家、半野が初監督した『雨にゆれる女』と同じ日に公開になるのも何かの巡り合わせだろうか。若き天才棋士の短くも全力疾走した人生を表現し、優しく繊細に、しかしセンチメンタルに陥ることのない確かな音楽が耳に残る。

1998年に29歳で生涯を閉じた天才棋士村山聖のまさに疾風怒濤の人生。難病との闘いと将棋盤上の闘い、明確な目標と生きる意味を追い続けた最期の4年間にフォーカスして描かれる。家族、将棋以外の楽しみ、どんな部屋で、何を食べて生きていたのか、さらに聖を支えた人たちとの関係性のエピソードが物語を肉付けする。原作は「将棋世界」編集長だった大崎善生のデビュー作にして新潮学芸賞受賞作。脚本は向井庸介、森義隆が監督した。

さて村山聖の生涯のライバル羽生善治東出昌大が巧妙に演じている。資料を鑑賞前に読むと「ヒロイン」という言葉が目に入り、「ヒロイン?」「東出さんが?羽生さん役で?」と気になった。その登場の仕方、村山がとる微妙な距離感。近づきたいのに近づけない。でも力を振り絞って話しかけたり、対戦後に意を決して食事に誘う。モジモジと健気な村山に、プライド高い「姫」のような羽生の佇まいと振る舞い。「ヒロインだ」と思った。ある意味、男だらけの、殺風景になりがちな勝負の世界、そんななかで村山が羽生に抱く憧憬を「恋」と捉える感性がいい。これは近くで見ていた原作者の大崎の感覚なのか、映画制作陣の感覚なのか、原作をあたるべきだろうけど、映画として森監督と脚本の向井の密かな企みだとしたら、松山と東出の理解力、表現力は素晴らしい。リアルに羽生善治棋士から当時のメガネを譲り受け、本人の魂が乗り移ったような東出はこれまでどの作品よりも妙味が出ているように思う。そしてもちろん、デ・ニーロアプローチのごとく身体的、精神的に自分を追い込んで「村山聖」を演じた松山ケンイチの覚悟がなければすべては成立しない。父母役の竹下景子北見敏之、弟弟子の染谷将太、師匠のリリー・フランキー、他にも柄本時生安田顕、ひさしぶりにみる筒井道隆も、無駄なくしっくりくるキャスティングと感じる。千駄ヶ谷のクラシックな将棋会館もロケ地探訪者でしばらく華やぐのかもしれない。

 福嶋真砂代★★★★

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(C)2016「聖の青春」製作委員会

 

satoshi-movie.jp

 

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Review 001『雨にゆれる女』

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(C)「雨にゆれる女」members

映像と音の粒子が感性に降り注ぎ、細胞に染み込んでくる。映像から音が、音から映像があふれ出て、湿り気を伴いながら身体にまとわりついてくるような感覚。邦画の中ではやはり異色の体験と言える。ホウ・シャオシェン監督やジャ・ジャンクー監督の作品の数々、また直近では森義隆監督の『聖の青春』(なんと同日公開!)の音楽を手掛け、音楽家として世界的に活躍する半野喜弘の待望の初長編監督作品が公開になった。

本名を隠し、現世から身を隠すようにひっそりと暮らす男(青木崇高)が住むバラック建てのような小屋に、同僚の男から見知らぬ理美という女(大野いと)を預け置かれてしまう。不運な過去を背負い、孤独を抱える男女が出会い惹かれあう。しかしお互いの傷の正体を知ったとき

{映像/色彩}{音楽/}は表裏一体」と半野は語る。そのユニークな創作過程によって粒子の細かい感情の雨が降り注ぐような感覚を生みだすのだろう。青木崇高が俳優デビュー前、ヨーロッパ放浪中にパリのカフェで偶然出会った半野との10年越しの夢の結実。その間、ふたりが蓄えた養分がたっぷり注ぎ込まれ、満を持してのコラボレーションは青木にとって初の主演作品になる。生の炎を消してなお燃え続ける「存在」として生きる複雑な状況下の男を演じ、これまでの派手なキャラ立ちした役柄と違う「無」になる快感を、無国籍な半野独特の世界観のなかで全身全霊で遊んでいるようにも感じる。弱さと強さが同居する女性を演じた大野いとの透明感も印象に残る。

福嶋真砂代⭐️⭐️⭐️⭐️

 

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(C)「雨にゆれる女」members

 

www.bitters.co.jp

 

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インタビューバックナンバー(ほぼ日編)

 
::Writing WORKS::
ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。(ほぼ日)
最終回でした。みなさん、多謝!


::インタビュー バックナンバー::
『ライラの誕生日』ラシード・マシャラーウィ監督1&2
『天国はまだ遠く』徳井義実さん1&2
『1000の言葉よりも』ジブ・コーレンさん1&2
『GEIDAI#2』藝大、濱口&吉田監督1&2
砂の影たむらまさきさん1&2&3&4
歓喜の歌』松岡錠司監督1&2
ジプシー・キャラバンジャスミン・デラル監督1&2
グミ・チョコレート・パイン
 ケラリーノ・サンドロヴィッチ監督
ペルセポリスマルジャン・サトラピ監督1&2
『中国の植物学者の娘たち』ダイ・シージエ監督1&2
呉清源チャン・チェンさん1&2
『転々』三木聡監督1&2&3
ミリキタニの猫』リンダ・ハッテンドーフ監督1&2
オフサイド・ガールズ』ジャファル・パナヒ監督1&2
ベクシル曽利文彦監督1&2
河童のクゥと夏休み原恵一監督1&2&3&4&5
『イタリア的、恋愛マニュアル』
 ジャスミン・トリンカ
『不完全なふたり』諏訪敦彦監督1&2&3&4
図鑑に載ってない虫岩松了さん
図鑑に載ってない虫ふせえりさん1&2
『選挙』想田和弘監督1&2&3
『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』田中泯さん1&2
『インビジブル・ウェーブ』浅野忠信さん
「藝大映画週間」黒沢清監督ほか、学生のみなさん
ドレスデン、運命の日リヒター監督
『神童』萩生田宏治監督1&2
『サンシャイン 2057』キリアン・マーフィ1&2
『恋しくて』中江裕司監督1&2
世界はときどき美しい』御法川 修監督1&2&3
パリ、ジュテーム諏訪敦彦監督1&2&3
酒井家のしあわせ』呉美保監督1&2
『武士の一分』笹野高史さん1&2&3
『HAZARD』園子温監督1&2
いちばんきれいな水』 ウスイヒロシ監督
カポーティベネット・ミラー監督
アガサ・クリスティーの奥さまは名探偵』
 パスカル・トマ監督、カトリーヌ・フロ 
I am 日本人森田健作&森本クリスティーナ
ダメジン三木聡監督 1&2&3&4
ジャスミンの花開く』ホウ・ヨン監督
やわらかい生活廣木隆一監督1&2
『ビッグ・リバー』舩橋淳監督 1&2&3
プラハ!加藤武史さん 1&2&3&4
君とボクの虹色の世界ミランダ・ジュライ
Touch the Soundエヴリン・グレニー
『好きだ、』石川寛監督 1&2&3
『僕が9歳だったころ』ユン・イノ監督
『ビリーブ』小栗謙一監督 1&2&3