REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

TIFF Report :『三人の夫』(東京国際映画祭2018 コンペティション部門)レビュー&記者会見レポ

香港からひとりの女優の強烈すぎる誕生を目撃

取材・文:福嶋真砂代

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©Nicetop Independent Limited

『ドリアン、ドリアン』(2000)、『ハリウッド★ホンコン』(2001)に続く、香港のフルーツ・チャン監督の「娼婦三部作(売春三部作とも)」を締めくくる『三人の夫』が第31回東京国際映画祭コンペティション部門にて上映された。性欲が止まらない女、シウムイと彼女をめぐる三人の男の話だ。小さな漁船の上で暮らす漁師は娘のシウムイを老夫に嫁がせ、二人の男は彼女に売春をさせる。これだけでもショッキングな話なのだがシウムイの止められない性欲は一種の病気なので(怪しい医者にもそう診断を受ける)、こうするしかないと思うことになる。すると売春の若い客が彼女に惚れ込み三人目の男となる。ああそれもよかったと思うと、さらに彼女は客をとる。かなりの分量がセックスシーンで占められている。肉感的なシウムイの官能の表情、障害のせいでトロンとした目付きはもう彼女はそういう人なんだと思わせてしまうくらい。正直、私にはそう見えた。半分以上信じ込んでしまった。彼女を演じる女優は普通の人ではないのではないかと......。

さてそんなわけはなく、記者会見に登場した素顔のクロエ・マーヤンの凛とした、モデルのような姿のかっこよさ。MCの笠井信輔さんも「あんなに劇中で太っていたのに目の前のあなたはとてもスリム!なぜ?(実際の言葉は英語)」とスタイルの違いに目を疑うほど。まるでアクターズスタジオの俳優ではないか。その上、わざとらしさがまったくない。スクリーンの彼女の肢体、表情に目は釘付けになってしまう。金魚と一緒に水の中で戯れるシーンの優美さ。クロエは映画祭のシンポジウムでその演技について「『世の中、美しいものは大抵真実ではない。』この言葉は、女性として、私を非常に柔らかくしました。監督は、この映画を通してある種の「美』を作り上げようとしていると思います。」と述べている。監督からは「心も意識も“空っぽ”にしてほしい」と要求があったという。

クロエのシウムイという人物についの見解が興味深い。「半分は人間、半分は魚。動物ですよね。したがって、私はこの演技をする時に一生懸命、この魚はどういう風に目を開けて見せているのか。私の演技の多くは非常に魚に似ているような感じで演じたわけなんです。なんとなくこのちょっと気が狂ったみたいな性をある種、「神獣」、つまり、想像上の、中国の伝説の中ではいろいろな想像上のこういった動物、キャラクターがあるわけですね、つまり、人間と動物が合体して、何かを表現すると。私のこの役柄が単に人間、あるいは単に動物のセックスを表現しているとなりますと、私にとってはこのセックスはつまらなく、高級な感じはしないと思います。そうするとむしろ、一般の人々が考えている人間、動物のセックスというよりも、この人間と動物が合体した、このような想像上のこのキャラクターがやっているセックスというようなものは、ある種の解脱になるわけですよね。彼女は結局、自分はこのセックスを通して、一生懸命生きていくために、自分は解放されたと、そういう部分を、私の表情、私の声を通して演じたわけです。もうひとつ付け加えておきたいことがありまして、イルカの鳴き声ですね。実は私が子供の時にイルカの鳴き声を真似するのが超得意でした。私がワーと鳴くと、建物全体の電気が点いてついてしまうぐらいに。つまり、一番得意な部分を監督の映画の中で活かされたわけです。」

また注目すべきは、香港という街の運命がこの映画に投影されていること。脚本のキートーはインタビューでこう語る。「人魚伝説は、香港を象徴した歴史的なものです。香港はもともと水上生活をメインにした漁港でした。それが経済発展とともに、みな陸に動きました。ただ低下層の人たちは、陸の生活に慣れない。結局、大澳の水上生活に移動し、最終的に船に戻っていった。歴史が流れても、香港はもとに戻っていくということです。」

受賞にはならなかったが、クロエ・マーヤンという強烈な女優の誕生を目の当たりにした迫力の作品だった。これからの彼女の活躍に注目したい。

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@realtokyocinema2018

フルーツ・チャン監督、女優クロエ・マーヤン、脚本のラム・キートー

『三人の夫』記者会見 2018.10.28@TOHOシネマズ 六本木ヒルズ 

MC:笠井 信輔アナウンサー

ラム・キートー:僕は香港で50本以上作品を書いていて、これが最新作です。

ーーセックスシーンが満載の映画に衝撃を受けた方も多いと思うのですが、性欲が止まらない女性シウムイと、彼女を買うために並ぶ男たち。それが何を象徴しているのかわかりませんが、私から見ると日本で爆買いをする物欲が治らない中国人の姿と重なってくるのですが、監督はどうお考えでしょうか。

フルーツ・チャンまず本来この性欲というのは男性特有のものだと思うのですが、性欲をテーマにして女性を描いたのは私にとって初めてです。自分としてもこの性欲がどこまで、どのぐらいまで行くのかわからないので苦労したところです。医者に聞くと、女性の性欲も無尽蔵で満足いくまで止まらないものだと教えてくれました。

ーーこの強すぎるヒロインの性欲は何を象徴していると?

チャン:実はファーストシーンに答えがあるのですが、火にかけられたアワビが蠢く、あのシーンがある意味象徴しています。でも何か特別な意味を象徴しているということではないのです。

ーーマーヤンさんは映画の中でとてもふっくらした女性を演じていましたが、いまの姿はとてもスリムですね。なぜですか?(なぜ?という質問にはびっくりしたが)

クロエ・マーヤン:ひとつには、監督からの要望で体重を増やして肉感的になることもありました。私としては力強い女性を演じようとしました。つまりシウムイは単なる“被害者”ではないということです。いまは体重は戻りました。

ーー監督は彼女に何kg増やすように言ったのですか?

そういう指示ではしなくて、時間が短かったので、できるだけ増やしてくれとお願いして、だいたい13、4kg増やしてくれました。いま目の前にいるマーヤンさんはとてもスリムな女性です。

ーーマーヤンさんが初めて脚本を読んだ感想を聞かせて下さい。

マーヤン:脚本を初めて読んだのは、香港に到着してクランクインの初日でした。読んだときは、長年待っていた脚本で、こういう役がやりたかったと思いました。

ーー日本ではなかなか、主演女優が撮影初日に脚本を目にするというのはないと思うんですが、香港ではよくあるのですか?

マーヤン:もちろんあまりそういうことはないのですが、この映画は「娼婦三部作」の最後の1本で、このシリーズのフルーツ・チャン監督の撮り方というのは、まず文字脚本を起こし、次にキャスティングをして、その後リンさんが脚本をビジュアルに起こします。ある意味、実験的な作り方だと思います。

ーーマーヤンさんのお芝居は圧倒的で、さらに精神的な危うさを含めて見事だと思います。なぜ主演経験のないマーヤンさんを大抜擢したのでしょうか?

チャン:まず中国において、ある意味「冒険」という感じなのですが、女性のセックスの映画を撮るのは中国の女優さんの中ではまだまだタブーだと思います。ですので役者がなかなか決まらなかった。マーヤンとは別の映画のキャスティングで十何年か前に一度会っていて、そのときはイメージと違ったので外れたのですが、今回この映画を撮りたいと思ったときに、友人から彼女がいいんじゃないかと教えてもらって、会ってみるとシウマイにかなりイメージが近いと思い、決まりました。

ーーマーヤンさん、香港でもタブーを犯すような役柄に挑戦する決断はどうだったでしょうか。

マーヤン:私のなかではとても簡単な決断でした。自分との対話という意味で、過去の子供のころや未来の自分、いろいろ考えるなかで、いまいちばんこれを演じる時期だと感じ、私が成長していくなかで、パワフルで特別な役だと考えました。

ーーキートンさんはマーヤンさんの演技をどう思いましたか?

キートー:この作品の脚本はあて書きで書いたところが多かったです。そんななかで撮り終えたあとにクロエさんの芝居を見たら、完璧に伝えてくれたと思います。ただこれは脚本の力ではなくて、あくまで監督とクロエさんら演者の力だと思います。

Q&A:
ーー中国本土と香港での上映状況はどうでしょうか?

チャン:香港は問題なく上映できますが、中国国内では諦めています。これはある意味、社会の暗黒面だと思います。

ーー(シンガポールの記者)「脱ぐのは簡単だが、服を着るのは大変だ」などという言い方をされるかと思いますが、以前アン・リー監督作品でベッドシーンを演じた女優さんもそういう意味で苦労されたと聞いています。そこに対して心配はないのでょうか。

マーヤン:その女優さんはタン・ウェイさんですね。以前彼女と共演したことがあって、そういうご苦労された話を伺っていました。でも共演したときは彼女は心穏やかな状態でした。自分としても心配はしましたが、いちど海へ飛び込んだからには身を任せるしかないと思っています。いまみなさんの前で私も心穏やかにいます。

MC:私たちも凛とした女優さんの船出を目撃したように思います。

Information:

監督:フルーツ・チャン [陳果]

キャスト:クロエ・マーヤン、チャン・チャームマン

101分/カラー&モノクロ/2018年香港

2018.tiff-jp.net

参考サイト:

フルーツ・チャンが17年ぶりに発表した「売春三部作」に見る主演女優の圧倒的存在感|第31回東京国際映画祭

「一生懸命時間をかけてこの人物について議論した」10/28(日):シンポジウム『三人の夫』|第31回東京国際映画祭

Report: 『自由行』Q&A(東京フィルメックス2018、コンペティション)

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この作品を作ることで変革を起こしたい

19東京フィルメックスにて上映された『自由行』は、中国から自主亡命しているイン・リャン監督が自身の経験をもとに描いた意欲作。物語は、香港に住む映画監督のヤンが、広告の職を辞したフリーの夫と幼い息子を伴って映画祭出席のために台湾を訪ねるというシンプルなものだが、ひとつ特異なことは、中国から団体旅行で来る母と旅行先の台湾で数年ぶりに再会する計画を実行に移すという、ある意味、サスペンスフィクションの様相を呈する。映画監督として、また妻、母として奮闘するヤンは、若い頃に撮った作品が原因で中国を出ることになったが、中国に住む母とはわだかまりを残したままだった。時を経て、母にどうしても会おうと思ったのには理由があり、母と娘の間の葛藤の真相がしだいに明らかになる......。

さて、特筆すべきは妻を献身的に支え、旅行の計画が乱れて妻が苛立つ時も、穏やかな空気を保とうと存在していた夫のピート・テオの渋い演技だ(追記:ピート・テオインタビュー)。意地を張り母に素直になれないでいる、娘であり、妻であり、母親でもある映画監督ヤンをゴン・チュウがリアルに演じる。また母役のナイ・アンの繊細な感情表現も素晴らしい。ほぼオールロケと思われる撮影は、母が乗るマイクロバスを追いかけて、スキマスキマの時間にうまく会えるように綿密に計画をたてた旅行の数日間をスリリングに映し出す。

前回果たされなかった来日を遂げてQ&Aに登壇したイン・リャン監督。作品を撮った動機を、「息子が将来成長して、なぜ自分があのときに台湾におばあちゃんに会いに行ったのかと考えた時、この映画から解きほどいていければ」と語った。実際には自分自身のことだが、そのポジションを妻=女性映画監督に置き換えて、「母と娘の関係性」を描く物語とした。イン・リャン監督の「これからもずっと映画を撮り続けたい」の言葉に会場から大きな拍手が送られた。中国の動静が注目されるいま、意義深いこの作品の公開が待たれる。

取材・文:福嶋真砂代

東京フィルメックス上映後のQ&A

11/22 『自由行』 Q&A
有楽町朝日ホール

イン・リャン(監督)

司会:市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
樋口 裕子(通訳)

イン・リャン:こうやってここでみなさんにお会いすることができてとてもうれしいです。フィルメックスに来ることは簡単なことではなく、私にとっては素晴らしいチャンスなのです。と言いますのは、私の今回作った作品は、古い友達といろいろと語り合うような、そんな意図で作った作品なので、それを私の馴染みの観客のみなさんがいるこのフィルメックスで上映されるというのは、とてもふさわしいと思います。

この映画は私のここ6、7年来の変化、どのようにこの年月を送ってきたかを表現しています。映画を撮ることによって、またみなさんと交流して話しあうことによって、私の数年間に決着がつくというか、まとめとなるのではと思っています。

市山:イン・リャン監督は中国本土から出て、現在は香港に住んでいますが、しばらく中国に戻れないという生活を続けています。この映画にご自身の体験が反映されているのであろうと思います。まずこの作品を作ったきっかけ、ストーリーの発想の元を教えてください。

リャン:この映画の台湾旅行は事実に基づいた話です。唯一違うところは、台湾で会ったのは自分自身の親ではなくて、妻の親でした。私自身の親とは6、7年会っていません。

直接的な動機としては、私には5歳になる息子がいて、この脚本を書き始めた時は3歳でした。この子が将来成長して、なぜ自分があのときに台湾におばあちゃんに会いに行ったのかと考えた時、この映画から解きほどいていければと思ったんです。中国人というのは私の上の世代の人もずっと、何代にも渡っていろんな苦難に見舞われてきました。国に対する恐れがあり、苦難に見舞われても、それを直接的に表現することができないでいる。またいまの自分の生活に影響がでるのではないかという恐怖、そういうことがあるので、私は映画を撮ることでそれを変革したいと思ったことがこの作品を撮る大きな動機でした。

みなさんに私の妻のサンサンをご紹介します(会場を指して)。彼女はこの作品の脚本も担当していて、この映画の中の中国から来たガイド役も演じています。

 市山:息子さんもいらしていますね。では会場でご質問のある方どうぞ。

Q:監督の前作の『私には言いたいことがある』を観た時にすごく感動しました。しかしその映画の上映後にはリャン監督が中国へ帰れなくなり、やむなく香港に留まらざるを得なくなりました。劇中、映画の記者がヤン監督に次のような質問をします。「あなたは中国人ですか、それとも香港人ですか」と問われたヤン監督は「パッセンジャー(字幕は異邦人)です」と答えます。このシーンを作ったときの監督の心境を聞かせて下さい。

リャン:人生の中で「自由」ということに価値があるとするならば、それがなければ失望します。それも故国で自由がないとすれば孤独を感じます。故国が自分からますます自分から遠くなるように思うのです。すると外でさすらう異邦人ということになります。いくつかの選択肢があるわけですが、ひとつは自由を得るという価値を手放してしまうこと。もうひとつは自由が得られないということを認めず、そこから離れようとすることです。そうすると自分の身分はその時点で国籍を手放すわけです。それは中国でも、台湾でも、アメリカでも、香港にいてもです。そういう意味でそのシーンを作りました。

Q:実際とは違い、奥さんを主人公の「映画監督」として描こうとしたシナリオは、サンサンさんかあるいはリャン監督か、どちらのアイデアですか? またそれについて議論しましたか。

リャン:この映画の脚本は3人で書きました、私のほかの2人は女性です。私の妻のサンサンともうひとりは小説家でもあるチャン・ウァイさん。ウァイさんは私たちより少し年上で、彼女の背景は私たちとはまた全然違います。3人で書いたことの利点は、自分たちのことというのはあまりにも近すぎて見えないのですが、(外の人である)ウァイさんには逆に見えるということです。監督を男性として描いたとすると100%自分自身のことでしょと言われますから。私と同じような境遇で亡命している多くの人たちの経験を、この役に組み込んであります。また母と娘の関係性を描いたということで、私にはやりやすかったと言えます。さらにこの話は単に私の経験を語っているだけではなく、私とよく似た経験をした人たちの集大成ととも言えます。ウァイさんは母と娘を題材にした小説をたくさん書いていて、母と娘の関係性を描くのが上手な方です。そういうこともあって主人公を女性にしました。

Q:監督がようやく香港の永住権を取得できたことは映画制作に何か影響はありますか?

リャン:実にこの6、7年の間に、私たち家族はいろいろな苦難に見舞われました。香港に移った当時は居住権がなく、臨時の居住証をもらわなければならなかったので、多くの友人たちの助けを借りました。7年経って永住権を得ることができたのですが、それは今年の9月28日、まさに「雨傘運動」が起きたのと同じ日(運動の4年後)だったのです。これは特別な意味合いがあると思っています。もちろん香港での永住権があるということは、生活のための大きな助けとなります。前回はビザが切れてしまったのでフィルメックスに来日することができませんでした。そういう点では自由を得たと思っています。ただ香港にはまた別の問題があり、多くの映画監督たちが作品を作っても映画館で上映できなかったり、大陸の目が怖くてなかなか発表できないということが大きな問題があります。ただ私自身はインディペンデントでやってきたので、状況がどうあれ、語りたいことがあり、撮りたいことがあれば、また見てくれる観客の方がいるならば、ずっと映画を撮り続けていくと思います。(会場から大きな拍手)

市山:この映画は香港や台湾で公開されましたか?

リャン:先日、台湾の高雄の映画祭で上映されました。また香港のアジア映画祭でも上映されます。台湾では今後定期的に上映される予定があります。

(※このQ&Aは2018年11月22日に行われました)

 

第19回東京フィルメックスパンフレットに掲載されたイン・リャン監督のメッセージを以下に全文引用します。

サルトルが言っているように、自由であることは一つの罰だ。この5年間、私はめまぐるしい出来事の渦の中にいた。本作『自由行』は、押し付けられたものにせよ、自分で招いたものであるにせよ、私が感じた人生の不条理な本質についての要約であり、表現である。それは、誰にも選択肢を持ちようのない類のものであるように思う。それでも、亡命していることが、自分が責任を回避するための言い訳になってはいないだろうか? 自由は独裁政権の内でも外でも、秩序の内でも外でも、あるいは国家の内でも外でも、どこでも行使し得る。国家システムの形をとった「敵」との対面を避けるために、あの国から離れたことが、私の創作から意味を失わせただろうか? もしそうであるなら、私の人生や創作には、最初からあまり意味はなかったことになる。自立とは何か? 自由とは何か? この5年間、私は厳格に、真剣に、自覚を持ってこれらの問いについて考え続けてこられただろうか?

Information:

『自由行』

台湾、香港、シンガポール、マレーシア / 2018 / 107分
監督:イン・リャン(YING Liang)

A Family Tour
Taiwan, Hong Kong/ 2018 / 107 min.
Director: YING Liang

中国から香港に移住して活動を続けるイン・リャンが自己の境遇を投影した作品。創作の自由のために自主亡命せざるを得なかった映画作家の葛藤が見る者の胸に突き刺さる。ロカルノ映画祭で上映された。

 

realtokyocinema.hatenadiary.com

 

『自由行』 A Family Tour | 第19回「東京フィルメックス」

Review 32『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』

タンゴの革命者、アストル・ピアソラの生涯を描く

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©Daniel Rosenfeld /© Juan Pupeto Mastropasqua

タンゴのバンドネオン奏者、作曲家アストル・ピアソラ(1921〜1992)の生涯を描いたドキュメンタリー映画が公開中だ。ピアソラは幼少期にニューヨークへ移住し、バンドネオンという楽器に出会う。十代で帰国しタンゴ楽団に加入後、自分の楽団で作曲活動、そして1954年にパリへ留学して高名な音楽教育者ナディア・ブーランジェに師事するが、タンゴに進む様に指導された事が転機となる。パリから戻ると新たに楽団を結成するが前衛的な音楽は賛否両論を呼び、58年にニューヨークへ。帰国後、精力的に活動するも75年にイタリアへ移り、90年にパリの自宅で倒れ帰国するが92年にブエノスアイレスで死去。

監督は、アルゼンチンのドキュメンタリー作家ダニエル・ローゼンフェルドで、2002年に監督した著名なバンドネオン奏者ディノ・サルーシの映画がベルリンやニューヨークの映画祭で上映された実力派。その映画を見たピアソラの息子で唯一の肉親であるダニエルが、父親のピアソラについての映画を監督に依頼した事から始まったという。

映画の中に写真家ソール・ライターの作品が出てくるが、これはニューヨークの通りですれ違ったかもしれないピアソラとライターという2人の異人的芸術家への監督の想いか。ヨーヨー・マウォン・カーウァイばかりか、クロノス・カルテットギドン・クレーメルキップ・ハンラハンも愛するピアソラの音楽、「リベルタンゴ」「アディオス・ノニーノ」などもたっぷり堪能できる異色作だ。

フジカワPAPA-Q ★★★★.5

Information:

監督:ダニエル・ローゼンフェルド  
出演:アストル・ピアソラほか 
配給:東北新社 クラシカ・ジャパン
国際共同製作:クラシカ・ジャパン
後援:アルゼンチン共和国大使館
2017/フランス・アルゼンチン/英語・フランス語・スペイン語/カラー(一部モノクロ)/94分

Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開中!

公式サイト:

piazzolla-movie.jp

Review 31 『エリック・クラプトン~12小節の人生~』

エリック・クラプトンを描く音楽ドキュメンタリー

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© BUSHBRANCH FILMS LTD 2017

夏にレコード屋でたまたま見つけたのがエリック・クラプトンのアルバム『LIFE IN 12 BARS』。映画『エリック・クラプトン 12小節の人生』のサントラ盤だった。彼の音楽人生の前半の代表曲、名曲が収録されたベスト盤ともいえるもの。最初期のヤードバーズジョン・メイオールのバンドを経て、クリームを結成してアメリカを席巻、その後ブラインド・フェイスデレク&ザ・ドミノスでの活躍後、ソロ名義で活動を始め、他のアーティストへの客演も多数という軌跡だ。

そして、映画はクラプトンについての音楽ドキュメンタリーで、複雑な幼少期、ラジオでブルースを聞いてギターを手にし、ミュージシャンとして名声を得るもドラッグ、アルコール等の依存症に陥り、不幸な事故に見舞われるが、音楽に救われて復活するという半生を描く。監督は、クラプトンの長年の友人で、劇映画の製作演出のリリ・フィニー・ザナックで、これが初のドキュメンタリー作品となる。

クラプトン自身の語り、様々なアーカイブ映像で数奇な人生を深くさらけ出していて圧倒される。B.B.キング、ジョージ・ハリスンジミ・ヘンドリックス、パティ・ボイド、ザ・ローリング・ストーンズボブ・ディラン等々が登場する場面も興味深い。ひねくれ者でろくでなし、と自分で言うギタリストの存在感、そして、たっぷり流れる音楽を楽める。なお、本作は、20192月に発表されるグラミー賞のベスト・ミュージック・フィルム部門にノミネートされている。

フジカワPAPA-Q ★★★★.5

Information:

監督:リリ・フィニー・ザナック(『ドライビングMISSデイジー』製作) 製作:ジョン・バトセック(『シュガーマン 奇跡に愛された男』『We Are X』)
編集:クリス・キング(『AMY エイミー』) 音楽:グスターボ・サンタオラヤ(『ブロークバック・マウンテン』)
出演:ミュージシャン:エリック・クラプトンB.B.キングジョージ・ハリスン、パティ・ボイド、ジミ・ヘンドリックスロジャー・ウォーターズボブ・ディランザ・ローリング・ストーンズザ・ビートルズ etc.
2017年/イギリス/英語/ビスタ/135分/原題:ERIC CLAPTON : LIFE IN 12 BARS/日本語字幕:佐藤恵

配給:ポニーキャニオン/STAR CHANNEL MOVIES,、提供:東北新社 映倫(PG12)

1123日(金・祝)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

公式サイト:

ericclaptonmovie.jp

TIFF Report :『ブラ物語』(東京国際映画祭2018 コンペティション部門)レビュー

字幕も翻訳もいらない、本当の意味でユニバーサルな映画が実現した

ーー取材・文:福嶋真砂代

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©2018 Veit Helmer – Filmproduktion, Theo Lustig ©2018 Theo Lustig

空から舞い降りていく鳥のように、優しいバイオリンの響きに乗って、高原の小さな街に近づいていくカメラ。そんなワクワクするオープニングの(構図がすばらしい)、ドイツのファイト・ヘルマー監督『ブラ物語』が第31回東京国際映画祭コンペティション部門にてプレミア上映された。

セルビアの名優ミキ・マノイロヴィッチエミール・クストリッツァ監督『アンダーグラウンド』(1995)でお馴染み)演じる定年退職を前にした鉄道運転士ヌルランは、ルーティンワークを淡々とこなしていたある日、列車にひっかかった青いブラジャーが気になり、持ち主を探し歩き様々な形の愛を見つける、というマジカルストーリー。しかしなぜ列車にブラジャーがひっかかるのか? それは躍動的に映される列車運行の日常を見ると納得するのだ。このロケーションとシチュエーションこそ、ヘルマー監督が実際に見て驚き、映画に残すべきと考えた発想の原動力だった。というのは、村の家々のすぐ脇を線路が走り、列車は家の玄関前や軒下ギリギリを通過していくのだ。1日にほんの数本しか列車が来ない線路は住民たちの大事な生活圏になる。あるものはテーブルを広げ、親父たちはギャンブルを楽しみ、もちろん子供たちにとっても線路は格好の遊び場だ。驚くことに線路上で営業するホテルまである。また線路を挟んだロープに堂々と洗濯物を干す女性たちもいる。

列車の通過時間が近づくと、列車の到着を笛を吹ききながら走って知らせる一人の少年がいる、まるで『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988)のトト少年のように愛らしい。鉄道会社敷地の犬小屋に住むこの少年がとても気になり、上映後に監督に「あの子はどこで見つけたのですか?」と問うと「あの子はね、あの村の近所で見つけたんだよ」と教えてくれた。

脱線したが、このようなわけで列車にブラジャーが度々ひっかかる。運転士は1日の終わりに列車を念入りに点検し、拾得物(ひっかかった物)を持ち主に返す。定年までトラブルなく粛々と勤め上げたヌルランにとって持ち主に返せないブラジャーは喉にひっかかった骨のようでもあり、優秀の美を飾れないような居心地の悪さもある。あとはブラジャーに寄せる(監督の)愛? 実はヘルマー監督の前作『ツバル』のなかでも、主演のドニ・ラヴァンがヒロインのブラジャーに愛しげに顔を擦り付け離さないシーンがある。すでに伏線はあった。そしてヌルランはブラジャーを返そうとする。

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©2018 Veit Helmer – Filmproduktion, Theo Lustig ©2018 Theo Lustig

ジョージア鉄道の全面協力により実現された鉄道の撮影について「大変な撮影だった」と記者会見で監督やキャストが口にした。「撮影したのは欧州でいちばん高い村。高度2600mにある。水がなく、ひとつのシャワーをみんなで譲り合う状況。機材や食料を運ぶだけでも困難だった。9月には雪が降り始めるので、その前に終えるように期間制限があったのでそれも大変だった」のだと。本当に「鉄道」はこの映画の主役と言ってもいいくらいに表情豊かに撮られている。

アゼルバイジャンの首都バクー周辺に「鉄道の線路が住宅の信じられないほど近くに敷かれ、町の通りや娯楽場所としても機能している」変わったエリアがあり、その不思議なランドスケープからインスピレーションを得た。再開発計画で姿を消すことが決まっている地域を映像に残したかったと語るその精神は『ツバル』で古いプールが破壊される様をセピアとブルーに染まるモノクロ映像でメランコリックに撮った精神に繋がっている。

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©2018 Veit Helmer – Filmproduktion, Theo Lustig ©2018 Theo Lustig

セリフのない映画を撮る理由について、ヘルマー監督はこう語る。「ヒッチコック監督は、言葉で話したものは観客はすべて忘れるのだと言い、トリュフォー監督は、しゃべっている人を撮ることは演劇を撮っていることと同じだと言った。特殊なストーリーでないと成立不可能なので、言葉がなくても成立するストーリーというものが必要でした。この映画は観客にとっても新しい体験になるだろう。音効もあるし、音楽もある、”サイレント映画”とは違う、新しい映画の形であり、映画を進化させたいという思いがある。ある意味、純粋な映画だと思う。字幕も翻訳もいらない、本当の意味でユニバーサルな映画だと思う。」実はこれも『ツバル』の手法を継承するもので、ノンバーバルな表現の迫力と楽しさはますます魅力を増している。いまのところニュースはないが、日本公開が待たれる。

最後に、ヘルマー作品常連でもあるドニ・ラヴァン。『ポンヌフの恋人』の怪演の印象も強く残る。『ブラ物語』では列車の車庫で個性的なダンス(と言えばダンス)を披露する。今回の来日でも彼のキュートな人柄がファンを大いに喜ばせていたのも記憶に残る。

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@realtokyocinema2018

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©2018 TIFF

 

Information:

監督:ファイト・ヘルマー

キャスト:ミキ・マノイロヴィッチドニ・ラヴァン、パス・ヴェガ、チュルパン・ハマートヴァほか

2018.tiff-jp.net