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TIFF Report :『ブラ物語』(東京国際映画祭2018 コンペティション部門)レビュー

字幕も翻訳もいらない、本当の意味でユニバーサルな映画が実現した

ーー取材・文:福嶋真砂代

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©2018 Veit Helmer – Filmproduktion, Theo Lustig ©2018 Theo Lustig

空から舞い降りていく鳥のように、優しいバイオリンの響きに乗って、高原の小さな街に近づいていくカメラ。そんなワクワクするオープニングの(構図がすばらしい)、ドイツのファイト・ヘルマー監督『ブラ物語』が第31回東京国際映画祭コンペティション部門にてプレミア上映された。

セルビアの名優ミキ・マノイロヴィッチエミール・クストリッツァ監督『アンダーグラウンド』(1995)でお馴染み)演じる定年退職を前にした鉄道運転士ヌルランは、ルーティンワークを淡々とこなしていたある日、列車にひっかかった青いブラジャーが気になり、持ち主を探し歩き様々な形の愛を見つける、というマジカルストーリー。しかしなぜ列車にブラジャーがひっかかるのか? それは躍動的に映される列車運行の日常を見ると納得するのだ。このロケーションとシチュエーションこそ、ヘルマー監督が実際に見て驚き、映画に残すべきと考えた発想の原動力だった。というのは、村の家々のすぐ脇を線路が走り、列車は家の玄関前や軒下ギリギリを通過していくのだ。1日にほんの数本しか列車が来ない線路は住民たちの大事な生活圏になる。あるものはテーブルを広げ、親父たちはギャンブルを楽しみ、もちろん子供たちにとっても線路は格好の遊び場だ。驚くことに線路上で営業するホテルまである。また線路を挟んだロープに堂々と洗濯物を干す女性たちもいる。

列車の通過時間が近づくと、列車の到着を笛を吹ききながら走って知らせる一人の少年がいる、まるで『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988)のトト少年のように愛らしい。鉄道会社敷地の犬小屋に住むこの少年がとても気になり、上映後に監督に「あの子はどこで見つけたのですか?」と問うと「あの子はね、あの村の近所で見つけたんだよ」と教えてくれた。

脱線したが、このようなわけで列車にブラジャーが度々ひっかかる。運転士は1日の終わりに列車を念入りに点検し、拾得物(ひっかかった物)を持ち主に返す。定年までトラブルなく粛々と勤め上げたヌルランにとって持ち主に返せないブラジャーは喉にひっかかった骨のようでもあり、優秀の美を飾れないような居心地の悪さもある。あとはブラジャーに寄せる(監督の)愛? 実はヘルマー監督の前作『ツバル』のなかでも、主演のドニ・ラヴァンがヒロインのブラジャーに愛しげに顔を擦り付け離さないシーンがある。すでに伏線はあった。そしてヌルランはブラジャーを返そうとする。

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©2018 Veit Helmer – Filmproduktion, Theo Lustig ©2018 Theo Lustig

ジョージア鉄道の全面協力により実現された鉄道の撮影について「大変な撮影だった」と記者会見で監督やキャストが口にした。「撮影したのは欧州でいちばん高い村。高度2600mにある。水がなく、ひとつのシャワーをみんなで譲り合う状況。機材や食料を運ぶだけでも困難だった。9月には雪が降り始めるので、その前に終えるように期間制限があったのでそれも大変だった」のだと。本当に「鉄道」はこの映画の主役と言ってもいいくらいに表情豊かに撮られている。

アゼルバイジャンの首都バクー周辺に「鉄道の線路が住宅の信じられないほど近くに敷かれ、町の通りや娯楽場所としても機能している」変わったエリアがあり、その不思議なランドスケープからインスピレーションを得た。再開発計画で姿を消すことが決まっている地域を映像に残したかったと語るその精神は『ツバル』で古いプールが破壊される様をセピアとブルーに染まるモノクロ映像でメランコリックに撮った精神に繋がっている。

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©2018 Veit Helmer – Filmproduktion, Theo Lustig ©2018 Theo Lustig

セリフのない映画を撮る理由について、ヘルマー監督はこう語る。「ヒッチコック監督は、言葉で話したものは観客はすべて忘れるのだと言い、トリュフォー監督は、しゃべっている人を撮ることは演劇を撮っていることと同じだと言った。特殊なストーリーでないと成立不可能なので、言葉がなくても成立するストーリーというものが必要でした。この映画は観客にとっても新しい体験になるだろう。音効もあるし、音楽もある、”サイレント映画”とは違う、新しい映画の形であり、映画を進化させたいという思いがある。ある意味、純粋な映画だと思う。字幕も翻訳もいらない、本当の意味でユニバーサルな映画だと思う。」実はこれも『ツバル』の手法を継承するもので、ノンバーバルな表現の迫力と楽しさはますます魅力を増している。いまのところニュースはないが、日本公開が待たれる。

最後に、ヘルマー作品常連でもあるドニ・ラヴァン。『ポンヌフの恋人』の怪演の印象も強く残る。『ブラ物語』では列車の車庫で個性的なダンス(と言えばダンス)を披露する。今回の来日でも彼のキュートな人柄がファンを大いに喜ばせていたのも記憶に残る。

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@realtokyocinema2018

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©2018 TIFF

 

Information:

監督:ファイト・ヘルマー

キャスト:ミキ・マノイロヴィッチドニ・ラヴァン、パス・ヴェガ、チュルパン・ハマートヴァほか

2018.tiff-jp.net