REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Review 40『細い目』

金城武不在の“カネシロ映画”でヤスミン監督が見つめた「未来」とは

文:福嶋真砂代

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金城武」の引力でたどり着いた深いヤスミンの世界

2009年に51歳で急逝したマレーシアのヤスミン・アフマド監督の人気作品『細い目』(2005)は、これまでも特集上映や映画祭で上映されているが、今回いよいよ初めての劇場公開となる。マレーシア・アカデミー賞でグランプリ、最優秀監督賞、最優秀脚本賞はじめ6部門を独占、さらに第18東京国際映画祭でも最優秀アジア映画賞を受賞した話題作だ。

「慈悲深くあわれみ深いアラーの名において」というアラビア文字に続き、インド詩人タゴールの詩を母に読み聞かせるジェイソン(ン・チューセン)。そして中国語の歌が流れるタイトルバックの愛らしいアニメーションイラストから、一転してマフィア映画のようなノアールな雰囲気になるオープニングシーケンス。こうしてテンポよく、多様に混在する文化背景が描かれるヤスミン監督の長編初監督作品の舞台は、マレーシアの地方都市イポー。多民族社会マレーシアの様々な問題を示唆しながら、主軸である金城武ファンのマレー系の女の子、オーキッド(シャリファ・アマニ)と中華系の男の子、ジェイソンの初々しい恋愛が切なく描かれる。

ところで、2005年の第18東京国際映画祭「アジアの風」に出品された本作を初鑑賞したときの興奮はいまでも覚えている。当時、香港映画ブームは根強く続き、なかでもウォン・カーウァイ監督の『欲望の翼』『恋する惑星』『天使の涙』等への熱狂は凄かった。トニー・レオンアンディ・ラウレスリー・チャンという香港のビッグスターと共にカーウァイ監督が起用した台湾と日本にルーツを持つ金城武は、日本のテレビドラマにも引っ張りだこの俳優。その金城武を好きな女の子の映画という『細い目』のキャッチーな宣伝文句はとてつもなく魅力的だった。しかしいくら待っても「金城武」は出てこない。ポスターや写真、露天で違法に販売される海賊版VCD(これも懐かしい)の中にしか「金城武」はいなかった。つまり金城武不在の“カネシロ映画”だったのだ。ともあれ、「金城武」の引力でたどり着いたヤスミン作品の世界は新鮮で深かった。マレーシアの、多様で複雑な社会のなかで暮らす人々の生活が活き活きとリアルに感じられ、もちろん私たちと変わらず「金城武」に熱をあげるオーキッドにシンパシーが湧き、そこから展開する甘いだけではないスリリングな初恋の行方に手に汗を握った。

スーパーハイブリッドな環境で、ヤスミン監督が見つめるのは「未来」

多民族、多言語、多宗教、多文化というスーパーハイブリッドな環境で、ヤスミン監督が見つめるのは「未来」だ。保守的な因習、他民族への無理解や無関心、男女や階級の格差など、これまでの常識に疑問を投げかけるだけでなく、自由な発想のヒントになるような、エポックメイキングな映画作り。それもユーモアを交えてさりげなく、しかも大胆に。この柔軟性こそヤスミン映画の隠し味であり、醍醐味なのだと思う。たとえ理想主義すぎると揶揄されることがあっても、「私はストーリーを描きたかったのよ」と返していたという。時代の先駆者としての痛みを受け止め、ウィットで打ち返すところがかっこいい。

ちなみにイポーという都市のことを調べてみると、ペラ州の州都であり、首都クアラルンプールより約200キロメートル北に位置する。19世紀から鉱業の町として栄え、人口の7割が華人で中国色の強い地域であり、1941-42年には日本による占領期間があった。鉱山閉鎖により成長が停滞し、人材流出によって衰退したが、現在は再開発が盛んに行われている。さらに日本の福岡市と姉妹都市である(Wikipediaより)。つまり、日本と関係が少なからずある土地で撮られたのだ。さらには、ヤスミン監督の祖母は日本人であり、次回作『ワスレナグサ』はその祖母をモデルにしていたという。 

映画監督以前にCM制作でその手腕を発揮してきたヤスミンの画作りのセンスのよさは卓越している。本作にも記憶に残るシーンがたくさんある。例えば、ジェイソンが月下香を探すシーン、友達のキョンとオーキッドとジェイソンが並んでおしゃべりをするうちジェイソンがヤキモチを焼くシーン、ドヴォルザーク<ルサルカ>「月に寄せる歌」が流れる切ないシーン、さらにオーキッドとジェイソンがデート中に雨に降られ、バスの来ないバス停でふたりで袋をかぶってベンチに腰掛けるシーン、まるで『小さな恋のメロディ』のマーク・レスタートレイシー・ハイドの墓地シーンようにファンタスティックだ。

さて、冒頭にタゴールの詩を聞いたジェイソンの母は「不思議ね、文化も言葉も違うのに、心の中が伝わってくる」とジェイソンに話す。そしてその言葉を体現するストーリーが始まる。様々な経験を経た後、「命と同じほど身近なそれをすべて知ることはできない」と再びタゴールの詩が登場する。このふたつの意味合いの言葉が共棲する世界の複雑さや矛盾。そんな厳しい世界のなかで、人間はどう生きたら幸せなのか…。ゆっくり静かにヤスミンの普遍的な願いに思いを馳せたい。

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アディバ・ヌールさんが話してくれたエピソード

最後に、2017年に来日したアディバ・ヌールさん(『細い目』ではメイドのヤム役)が本作についての興味深いエピソードを披露してくれたので、以下に抜粋します。

「『細い目』では、カクヤム(ヤム姉さんの意味)というヤスミン監督の実家にいたクイーンのように君臨していた実在のメイドの役で、「私のような太った外見の人を起用することはマレーシアではあまりなかったのですが、ヤスミン監督の意図は、愛情、敬意を持って人に接すること、使用人だからといって奴隷のように扱うことはしない、お互い人間なのだから、という思いが込められていた」と語った。ヤスミン監督はマレーシアの慣習、常識、バリアを打ち破るような映画作りをしたが、そのようなヤスミンの強さについてアディバさんは、ヤスミン監督の実のお父さん(映画ではアタンという名で呼ばれる)が下敷きになっているのだと明かした。

撮影監督キョン・ロウについては、「プロデューサーのローズ・カシムになぜいつも撮影はキョンなのかと質問したところ、CM作品の時からずっと彼がカメラを回していて、その理由は、どんな汚いもの、例えばドブを映すときも美しく撮るから、ということで、私もそのとおりだと思う」と付け加えた。

撮影現場はいつもハピネスが溢れていて、それは1本目の『細い目』の時にとくに感じ、監督がやろうとしていることを信じてついていこうと思いました。発想の転換、通常であればありえない、人種、宗教、背景の異なるふたりが結ばれるという画期的な作品を作った監督。ヤスミン自身がコメディアン的な人柄を持ち、また心理学を学んでいたので人の気持ちを引き出すのがとても上手。ひとりひとりの人生の話を聞き出してそれを反映しようとしていた。私の感じる限りストレスのない現場だった。そしていまマレーシアでまさに必要とされていると感じた。バラナ(出産)と私は呼んでいますが、ひとつのことから小さい出産が起きるのです。つまり監督は多くのアイディアが浮かんでしまい、それを入れ込もうとして、機材のレンタル期限とかあるのでクルーには少しストレスがかかっていたかもしれません。でもそれ以外はまったくストレスを感じる現場ではありませんでした。

さらにオーキッドの父親役のハリス・イスカンダルは、スタンダップコメディアンとして現在も活躍していて、フィンランドで行われた『世界でいちばんおもしろい男コンテスト』に優勝した」というエピソードも教えてくれた。

 (「Review 19 & Report 005 『タレンタイム〜優しい歌』、アディバ・ヌールさん来日スペシャルトークショーレポ」より)

Information:

監督・脚本:ヤスミン・アフマド 
撮影:キョン・ロウ 
編集:アファンディ・ジャマルデン 
製作:ロスナ・カシム、エリナ・シュクリ 
出演:シャリファ・アマニ、ン・チューセン、ライナス・チャン、タン・メイ・リン、ハリス・イスカンダル、アイダ・ネリナ、アディバ・ヌール
Sepet|2004|マレーシア|カラー|107分|英語、マレー語、広東語、福建語、北京語ほか
配給:ムヴィオラ

1011()よりアップリンク吉祥寺、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

アップリンク吉祥寺&渋谷では『タレンタイム〜優しい歌』のアンコール上映が決定。

moviola.jp

realtokyocinema.hatenadiary.com

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Review 39『ある船頭の話』& オダギリジョーさんインタビュー

桃源郷のような映像美にこもる深い思い

@MasayoFukushima

まるで桃源郷のような映像美に見惚れてしまう。山あいをゆったり流れる川、その透き通る水に山々の鮮やかな蒼が映り込む。新潟県阿賀町で撮られた風景は日本でありながらどこか無国籍、もしや別の惑星なのかと見紛う不思議。ここに船頭のトイチが生きている。橋が完成すると渡し舟の仕事がなくなる。役に立たないものは消えるしかないのか。死んだあとにも役に立つ人間でありたいとトイチは思う…。

世界を舞台に活躍するオダギリならではの壮大で地球コンシャスな視点。物語は、惨殺事件の噂、謎の少年、傷を負った少女が登場し、ミステリアスな展開に。柄本明の至高の演技。オダギリと最高のコラボレーションをみせるドイルの映像妙技と、柔らかく絡み合うハマシアンの音楽。一流のスタッフとキャストが集結した「10年越しの勝負作」と話すが、次回の監督作もすでに楽しみになってきた。

取材・文・写真: 福嶋真砂代

★★★★★

RealTokyoへ寄稿したインタビューはこちらからどうぞ。

★English version of the Joe Odagiri interview 

https://www.realtokyo.co.jp/en/screening/interview-with-joe-odagiri-direction-and-script-of-aru-sendou-no-hanashi/

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© 2019「ある船頭の話」製作委員会

Information:

ある船頭の話

脚本・監督:オダギリ ジョー
出演:柄本明川島鈴遥村上虹郎/伊原剛志浅野忠信村上淳蒼井優/笹野高史草笛光子/
細野晴臣永瀬正敏橋爪功
撮影監督:クリストファー・ドイル
衣装デザイン:ワダエミ
音楽:ティグラン・ハマシアン
配給:キノフィルムズ

2019年913日より新宿武蔵野館ほか全国公開

aru-sendou.jp

Review 38『ジョアン・ジルベルトを探して』

ボサノヴァの始祖、ジョアン・ジルベルトを求める旅

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©Gachot Films/Idéale Audience/Neos Film 2018

アントニオ・カルロス・ジョビン(作曲家、ピアニスト)、ヴィニシウス・ヂ・モライス(作詞家)と共にボサノヴァを創始した、ブラジルの歌手、ギタリストのジョアン・ジルベルト(JG)。1931年6月10日バイーア州生まれ、2019年7月6日リオデジャネイロで死去(88歳)。
フランス生まれのジョルジュ・ガショ監督が偶然手にした一冊の本が、あるドイツ人作家が残した、ブラジルでJGを求めた旅の顛末記だった。この映画は、その本に突き動かされた監督が彼の地でJGを探す旅を描いた音楽ドキュメンタリーだ。
映画はリオデジャネイロの美しい風景が映し出される。そして、JGに縁のある人々のインタビューの場面では、歌手のミウシャ(JGの元妻で惜しくも昨年末に逝去。ベベウ・ジルベルトは実の娘、シコ・ブアルキは弟)、マルコス・ヴァーリジョアン・ドナートホベルト・メネスカルらの世界的な音楽家、JGの専属料理人や理容師などが登場する。だが、監督自身はどうしてもJG本人には近づくことができない。監督は、夜の街のショーウィンドウのテレビに映るJGの演奏映像を眺めるだけだ。果たして、監督はJGにたどり着けるのか…、JGという魔術的な謎に迷い込んだだけなのか…。
奇しくも、この映画はJGの追悼上映となった。また、JGの2006年の東京での公演を収めたブルーレイディスクが追悼盤として出たばかりだ。1959年リリースのJGのファーストアルバム『想いあふれて』から、今年で60年。歌とギターで世界に影響を与えたJGは空の星になった。サウダーヂという言葉があるが、それはJGの音楽を聞く時に感じる何かなのだろう。

フジカワPAPA-Q ★★★★

Information:
監督・脚本:ジョルジュ・ガショ
出演:ミウシャジョアン・ドナートホベルト・メネスカル、マルコス・ヴァーリ
2018年/スイス=ドイツ=フランス/ドイツ語・ポルトガル語・フランス語・英語/111分/カラー/ビスタ/5.1ch
原題:Where are you, João Gilberto?
字幕翻訳:大西公子 字幕監修:中原仁
後援:在日スイス大使館、在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本、ブラジル大使館
協力:ユニフランス 配給:ミモザフィルムズ 宣伝協力:プレイタイム

■あらすじ:その類稀なるギター演奏と甘美な歌声で、世界を魅了したボサノヴァの神様、ジョアン・ジルベルト10年以上、公の場に姿を現していない彼に会いたい一心で、ドイツ人作家とフランス人監督が時空を超えてリオの街をさまよい歩く。果たしてジョアンは姿を現してくれるのだろうか…?

joao-movie.com

8月24日(土)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開中

Interview 012ピート・テオインタビュー(「伝説の監督 ヤスミン・アフマド特集」&『自由行』)

僕の問題は「ノー」と言えないことかな

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ピート・テオさん

シアター・イメージフォーラムで開催中(7/20~8/23)の「伝説の監督 ヤスミン・アフマド特集」に際して来日したピート・テオ(『グブラ』楽曲、『タレンタイム』楽曲&音楽)にインタビューした。映画プロデュースや音楽活動など多方面で活躍するテオは、俳優としても心を掴む存在感を残す。昨年の第19東京フィルメックスで上映された、イン・リャン監督の静かな衝撃作『自由行』(英題「A Family Tour」)での妻を支える穏やかな夫ぶりも記憶に新しく、公開が待たれる。未来を見据え、あたたかく鋭い視点で描いた数々の良作を遺し51歳で早逝したアフマド監督との懐かしい話を紹介し、また『自由行』の撮影エピソードや作品の意義についても熱く語ってくれた。まわりに気を遣う優しさとどこか自由で楽しい空気感が印象に残る。

取材・文:福嶋真砂代

★ヤスミン・アフマド監督について

ーー今回は没後10周年の特集上映ですが、ヤスミン・アフマド監督との出会いは、ピートさんの人生にとってどんな意味があったのでしょうか。

いまでこそ彼女は「レジェンド」と呼ばれたりしますが、僕にとっては“友人”です。彼女は本当に素敵な友人のひとりでした。アマニ(・シャリフ)さんにとっても「お母さん」のような存在だったと思います。彼女がヤスミンに会った時はとても幼い、10代の子供でしたからね。僕の音楽作品を好きになったヤスミンがメールをくれたのが出会いです。まだヤスミンが有名ではない頃です。一緒に仕事をするときも、彼女がボスで僕が部下という関係性ではなく、「コラボレーション」をしている感じでした。それは僕に対してだけではなくて、誰に対しても。そうやってよい信頼関係を築いていました。

 『タレンタイム〜優しい歌』のとき、僕が音楽を作っているスタジオに一度も、本当に一度も顔を出しませんでした。曲を書き終えて、ライブでその曲を弾いて聴かせて、彼女は「いいね」と言いました。

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© Primeworks Studios Sdn Bhd

ーー「I go」という曲を聴いたヤスミン監督がピートさんに深夜3時に興奮の電話をかけてきたのは、いまやとても有名なエピソードですが、それほど気のおけない友達関係だったのだなとよくわかります。

そうですね。彼女は仕事で忙しく、僕はちょうど日本や韓国や、いろんな国をツアーで回っていた頃です。時差もあるから、メールでいつも話をしていたようないわゆるテキストフレンドでした。

ーー『タレンタイム 』のなかで「I go」が使われるシーンでは、ギターを弾いているマレー系の男子学生の隣に、中華系の男子(ハワード・ホン・カーホウ)が椅子を持って現れて、寄り添うように二胡を伴奏しはじめます。それまで合い入れなかった二人の気持ちが溶け合う、鳥肌が立つようなクライマックスシーンです。

はい、僕は二胡が大好きなんです!

ーー初めから「I go」の曲の中には二胡のパートがあって、ヤスミン監督があのシーンを演出したということでしょうか。

そのとおりです。あの曲がありきで、ヤスミンは映画を作りました。彼女も二胡が好きなのです。

ーーいまの流行り言葉を使うなら「超エモい」(エモーショナルな)シーンだと思いました。

僕もそう思います。あの曲にヤスミンが取り憑かれていたので、いろいろ曲のことを聞きたがりました。僕はあの曲を5分で、言わば直感的に作ったので、よく説明ができないのです。僕はだいたいにおいてそういうスタイルで作っていて、自分でもあとで考えて納得する感じです。でも深くは考えないようにしています。だから彼女からいろいろ質問されても僕はうまく答えられなくて、「たまたま書いた1行の詩だよ」みたいに話していました。

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© Primeworks Studios Sdn Bhd
 ひと、その関係性が音楽のインスピレーションを引き出す

ーーそうやって音楽がピートさんに降りてくるというのは、何かきっかけがあったのですか?

これも説明するのは難しいんです。実はヤスミン自身も同じく直感的なところがあります。どうやってアイディアが降りてくるか、彼女だってわからない。僕もわからない。目の前にあるものをパッと掴む感じです。ヤスミンは信仰が厚い人なので、神の力だと思うかもしれません。でも僕は信心深くないし、それも説明にならないのです。

ーー場所のインスピレーションはありますか。

僕は場所というよりも「ひと」ですね。ひとがいなければ場所は意味を持たないし、「関係性」というのもインスピレーションの源です。

★『自由行』(イン・リャン監督、2018)について

香港人が話す北京語をマレーシア人が話すことの難しさ

 ーーピートさんが出演された『自由行』は去年の東京フィルメックスで上映されました。中国に住む母の団体の台湾旅行に乗じて、香港に移住した娘が母と再会する計画を実行するという、複雑な政治事情を背景に起こるストーリーは、スリリングで、想像を越える困難な状況が描かれました。そのなかで、妻を支える「夫」の、穏やかで普通に徹しているピートさんの演技がとても印象に残っています。夫役を演じられていかがでしたか?

この役は演じる上でとてもとても難しいものでした。2つの理由があって、ひとつには言葉の問題がありました。とは言えちょっとわかりにくいかもしれません。まず「夫」の設定は「香港人」ですが、私はマレーシア人です。香港人にとっても北京語は母国語ではないし、私も北京語を話しますが、マレーシアで話される北京語は(中国本土で話される北京語とは)少し違うのです。香港人が話す北京語というものを話さなければならなかったのですが、彼らの北京語はあまり上手ではないのです。だから僕は自分の能力を少し下げて、かつ香港っぽい訛りを身につけなければなりませんでした。また香港では広東語が母語です。そして香港で話される広東語はマレーシアで話されるそれとはまた違います。でも広東語を話すことに関しても「ネイティブ」レベルに話さなければならない。実際、言語のための訓練はかなりしました。

もうひとつの難しさですが、この夫役は「助演」で、かつとても「いい人」。こんな人いないんじゃないかと思うほどナイスすぎるのです(笑)。このような人を演じると、すごく退屈になりがちです。映画としても「いい人」というのは大きなインパクトを与えません。このナイスな人を退屈な人として演じない、そのことは僕にとってチャレンジでした。目立ちすぎてはいけない、いつも控えめに、穏やかにいなくてはなりません。

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『自由行』
関係性をしっかり作る長いリハーサル

ーーまるでドキュメンタリーのように感じる作り方でしたが、イン・リャン監督からは、役づくりについて何かリクエストがあったのでしょうか。

まずイン・リャン監督の撮影スタイルとして、とにかくリハーサルをベースにします。今回もとても長くて、2ヶ月くらいやりました。撮影期間は2週間でしたけどね。リハーサルはクアラルンプールでやりました。この作品の繊細な政治的側面ゆえに、リハーサルを香港や台湾でやるのは危険だったのです。2ヶ月間、脚本は使わずに、特定のシーンをやるという感じではなく、登場人物の関係性をしっかり作りました。基本的に夫は妻より控えめな人間として描かれました。ディスカッションを重ねましたが、僕としてはなんだか漫画を読んでいるような、現実的ではないような感じがしました。つまり本当は弱い男ではない。夫の仕事ははプロデューサー的なことでしたが、妻のために自分のキャリアを諦めた人でした。しかしどこかに怒りを抱え込んでいるのような人でもあり、優しさのなかに何か秘めた強さを表現するのは難しいところでした。

ーー 『自由行』はイン・リャン監督自身の実話から作られたフィクションとのことですが、映画にするにあたって、夫と妻を入れ替えて作ったと映画祭に来日されて語りました。この夫のキャラクターは、つまり奥さんのキャラクターを取り入れたということでしょうか。

夫の役には、夫も妻もどちらの要素も混在していて、夫の気持ちにはイン・リャン監督自身の気持ちが反映されていると思います。家族を守る気持ち、だけど手立てがないという感情もあります。また少し時間軸を変えて捉えているのかなと思います。映画監督をしている彼の妻は、若い時代のイン・リャンを投影しているのかなと。つまり、常にいろいろなところで衝突する、常に立ち向かう姿です。

ーーそうですね。ゴン・チュウ(Gong Zhe)さん演じる奥さんは向こう見ずというか、時にハラハラするほどの大胆さがありました。

トリッキーでしたね。イン・リャン監督は香港に数年間住んでいますが、香港人はとてもあたたかいので、その間に「怒り」の感情は落ち着いたのかも......。あるいは彼が成長したのかもしれません。

■イン・リャン監督との10年越しの約束

ーーピートさんとイン・リャン監督の出会いは?

10年前に、僕はタン・チュン・ムイ監督のショートフィルム(『A Tree in Tanjung Malim(2004))に出演したのですが、作品の上映会の後すぐに「僕の映画に出てください」とオファーを受けました。そして『自由行』を撮るときに、イン・リャン監督から連絡を受けました。10年経ってようやく約束が実現したのです。ちょうど『ゴースト・イン・ザ・シェル』(ルパート・サンダース監督、2017)の撮影が終わった直後でした。その映画では僕はとても悪い役でしたけど(笑)。

ーーでは悪役からの気持ちの切り替えは大変でしたか?

そうでもありませんでした。悪役とは言え、本当に根っから悪い人はほとんどいないと気づきました。いい人だけど悪いことをするという点では人間として同じなのではないかと思います。

ーーほぼオールロケで、ゲリラ撮影のような緊迫感のあるシーンが多かったですが、台湾でロケ中に何か危険を感じたり、大変だったことはありましたか?

まったく危険はなかったです。台湾の人はとても親切で、高尾で撮影しましたが、フィルムコミッションの方たちがよくサポートしてくれました。台湾での撮影というより、いちばん危険だったのは、ボーイ(息子役の男の子)です! とにかくあっちこっち走り回っていました。マレーシアのある俳優の息子さんです。リハーサルでは彼といちばん多く時間を過ごしました。彼の家にも行きましたし、僕たち夫婦(役)は彼を買い物に連れて行ったりしました。そうやって関係性を築いたと言えます。

ーー本当の家族に見えましたし、ピートさんは優しくて理想的なダンナ様だと思いました。

でも僕とは全然違うんですよ(笑)。でもそうかと言ってまったく僕と違うものは表現できないですよね。自分の引き出しをいくつか持っていると言えます。

ーー現在の音楽活動についてお聞かせください。

曲はいつも作っています。去年は映画撮影があったのであまり作っていません。僕の問題は、オファーがあると「ノー」と言えないことです。イン・リャンの誘いに対しても「ノー」とは言えませんでした。なぜならあれは大事なプロジェクトだったからです。そのために商業的に大きなオファーを2つ断りました。あの作品はほぼノーギャラと言えるものだったのですが(もちろんお金は大事、生活がありますからね)。でもアジアにとって、台湾、香港にとって大事なプロジェクトであり、おそらく日本にとってもそうですね。中国との関係というのはますます重要な課題になると思います。もちろんマレーシアにとっても。だから『自由行』に出演したことをとても嬉しく、誇りに思っています。

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おどけてくれるピートさん

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ヤスミン・アフマド特集上映 記者会見

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ヤスミン・アフマド特集上映 記者会見

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ヤスミン・アフマド特集上映 記者会見

profile:

ピート・テオ(『グブラ』楽曲、『タレンタイム』楽曲&音楽)

シンガーソングライター、映画音楽家、俳優、映画プロデューサーとして活躍するマレーシアを代表するマルチアーティスト。ヤスミン・アフマド監督との仕事は、2004 年に始まり、『グブラ』に を提供。『タレンタイム〜優しい歌』で は「I Go」「Angel」「Just One Boy」を映画のために書き下ろした。ヤスミンとは長編映画だけでなくミュージックビデオや CM で も一緒に仕事をしている。ヤスミン以外にもマレーシア新潮流の監督たちと交流が深く、マレーシア映画界を牽引する重要な人物でも ある。2017 年には押井守監督のアニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』のハリウッド実写版『ゴースト・イン・ザ・ シェル』に俳優として出演。

information:

<伝説の監督 ヤスミン・アフマド 没後 10 周年記念 特集上映>

◆日程:7月20日(土)~8月23日(金)
◆会場:シアター・イメージフォーラム (〒
150-0002 渋谷区渋谷 2−10−2) ◆上映作品:『ラブン』『細い目』『グブラ』『ムクシン』『ムアラフ-改心』『タレンタイム〜優しい歌』+15 マレーシア』

moviola.jp

『自由行』

台湾、香港、シンガポール、マレーシア / 2018 / 107
監督:イン・リャン(YING Liang)

英題:A Family Tour

中国から香港に移住して活動を続けるイン・リャンが自己の境遇を投影した作品。創作の自由のために自主亡命せざるを得なかった映画作家の葛藤が見る者の胸に突き刺さる。ロカルノ映画祭で上映された。(第19東京フィルメックスサイトより)

https://filmex.jp/2018/program/competition/fc06

Review 37『僕はイエス様が嫌い』

ミニマルな語り口に宿る深い思慮、祈り

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©︎2019 閉会宣言

公開中の『僕はイエス様が嫌い』(英語タイトル「JESUS」)は、弱冠22歳(制作当時)の奥山大史(おくやまひろし)が監督、脚本、撮影、編集を手がけた長編デビュー作。第19回東京フィルメックスに出品されたほか、サンセバスチャン国際映画祭(最優秀新人監督賞を史上最年少にて受賞)、ストックホルム国際映画祭(最優秀撮影賞)、マカオ国際映画祭(スペシャル・メンション)と高い評価を得て、海外での劇場公開も次々と決まっているという注目の作品だ。難しいテーマを軸に、ユーモアとセンスが冴えるミニマルな語り口で描く。ホームビデオを意識したという小さめの(スタンダードサイズ)画角の中、少年ユラ(佐藤結良)やカズマ(大熊理樹)を捉える魅力的なカメラワークにこころつかまれる。

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©︎2019 閉会宣言

 ■ミッションスクールへの転校

主人公は小学生の少年ユラ。家族で東京から雪深い地方の祖母の家に引っ越してくる。細かい事情は描かれないが、両親は共働きのよう。そして近所のミッションスクールへ転校する。しばらくはおばあちゃんの部屋で寝るように言われたユラ、寝室の仏壇におばあちゃんと一緒に自然と手を合わせるとそこには祖父が笑っていた。翌朝、担任の先生に促されて「東京から来ました」とクラスであいさつをする。

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©︎2019 閉会宣言

その夜の食卓で「友達はできた?」と家族に聞かれたけれど、そんなに早くできるわけがない。人見知りだったりもする。生まれて初めてキリスト教の礼拝堂でお祈りをするユラの前に、小さなイエス様(チャド・マレーン)がキラキラと出現する。“神様”なのか…? ユラには正体がわからないし、他の人には見えていないみたい。でもなんだかフレンドリーで、妙な存在だ。

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©︎2019 閉会宣言

■小さなイエスが出現する謎タイミング

願い事をすると不思議と叶ったりする。でもそれは神社だったり、仏壇だったり、イエス・キリストだったり。お願いの相手が変わるのも日本の日常なのだ。そんななか、ユラは大事な友だち、カズマと出会う。縁結びのにわとりが雪の上で自信たっぷりに歩く。にわとりも神なのか?  “神様”に話をもどすと、それからちょいちょいユラの前に現れる。何かしらの意味がありそうでなさそうなタイミングで。この「タイミング」と「出現する、しない」に意味はあるのだろうか…。思うようには物事は動かない。叶えられる願いと叶えられない願いがある。なぜだろう? 願いごとはやがて祈りへと変化する。ここにこの映画のおもしろさ、思慮深さがある。神は何を望むのか? いや神は本当にいるのだろうか? 壮大な問いに対して、ごくごく身近で親しみのある距離感を保って描く、その演出、構成力に畏れいる。

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©︎2019 閉会宣言

■迷いのない演出

第19回東京フィルメックス(2018)で国内プレミア上映された際には、ストックホルムの映画祭参加中の奥山監督からビデオメッセージが届き、会場では佐藤結良と大熊理樹、また佐伯日菜子チャド・マレーンが舞台挨拶を行った。佐伯が「監督は迷いのない演出をしていた」と語ったことも印象的で納得だった。

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©︎2019 閉会宣言

奥山が青山学院大学在学中に制作した超低予算の作品ということだが、繊細で大胆、そして神聖な映像美は新人監督とは思えない。とりわけ心を掴まれたユラ(星野由来)役の佐藤結良にはオーディションで出会ったという。まさに神がかった出会いかもしれない。長めの前髪からのぞく瞳。仏壇で手を合わせる時にみせるオフの顔。大きめの制服。窓から外を眺める横顔。雪の上でサッカーボールを蹴ったり、別荘地で遊ぶ少年ふたりの構図。加えて、話すと意外と大人っぽいというギャップもいい。印象的なシーンをあげるとキリがない。ビクトル・エリセ監督やフランソワ・トリュフォー監督によって生きた天使たちのように、ユラたちもきっと観客の心に生き続けるに違いない。 そしてエンディングに、あるメッセージが流れる。監督の静かな思いだ。悲しい事件や事故が起こり続けるこの社会に、少しでも柔らかい光がもたらされるようにと祈るばかりだ。

文・福嶋真砂代

information:

監督・脚本・撮影・編集:奥山大史

キャスト:佐藤結良、大熊理樹、佐伯日菜子チャド・マレーン

日本 / 2018 / 76

TOHOシネマズ 日比谷ほか全国順次公開中

公式サイト:

jesus-movie.com

『僕はイエス様が嫌い』 Jesus | 第19回「東京フィルメックス」

Review 36『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

ニューヨーカー気分で体験する“進化系図書館”

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© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

本作が42本目のドキュメンタリー作品となる巨匠監督、フレデリック・ワイズマンが誘(いざな)うのは、超有名な観光スポットでもある「ニューヨーク公共図書館(NYPL)」だ。NYPLとは、マンハッタン五番街の本館に加えて4つの研究図書館、さらに88の分館を含む「図書館ネットワーク」全体をさす。この大規模で複雑な施設の各所に(それでもNYPLのほんの一部ではあるが)ワイズマンとカメラマンのジョン・ディヴィーが入り込み、公共*1図書館の「本当のすがた」を撮り尽くした。205分の長尺。しかしこの長さにひるんではいけない。しばしの間、ニューヨーカーになって味わう図書館での貴重すぎる臨場体験。思いがけない刺激が待っている。いざ、奥へ奥へと進もう! 

図書館は人である

リチャード・ドーキンス博士の刺激的なトークに始まり、進みゆくとエルヴィス・コステロが父を語り、往年の父が歌う映像を観客と一緒に見るというサプライズ。さらにミュージシャンで詩人のパティ・スミスが自身の回想記についてトークするなど、豪華なシーンが待っている。かと思えば、図書館員たちの地道な日常業務に密着。図書館ユーザーからのどんな問い合わせにも、的確な提案をするプロフェッナルな司書たち、あるいは裏方スタッフたちの仕事ぶりに惚れ惚れする。

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© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

映画全体を俯瞰すると、図書館で起こる知的、芸術的、事務的、経営的なピースが並べられ、綿密な計算のもとにコラージュされたタペストリーのように見えてくる(ワイズマン自身は「何千もの選択を行った結果生まれたモザイク」と語っている)。あるスタッフミーティングで交わされるのは、ITと図書館の関わりについての興味深い議論。別のシーンで飛び出す図書館の進化という言葉にハッとする。また建築家は「図書館は人」であると語り、図書館は「単なる書庫ではない」と強調する。図書館で開催される地域住民への就職斡旋セミナーや障害者と芸術を繋げる熱心な活動も見る。この図書館を“進化系”と呼ばずして何と呼ぼう?

公演会ゲストの詩人はジェームズ・ボールドウィンの言葉を引用する。「我々は、何が起きているのか、知るしかない。なぜなら、今のすべてにウンザリしているのだから。言葉は直接的だが暗示にもなる。ブルース歌手のように。」珠玉の言葉がシンプルに胸に響いてくる。また手話通訳者のために市民ボランティアが朗読するジェファーソン独立宣言を2つの形態で聴く。ひとつは「怒り」をこめたボイスで、そしてふたつめは「懇願」を込めたボイスで。これはアメリカの根幹に触れる圧巻の体験だ。

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© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

 進化が止まらないワイズマン

ワイズマンの撮影方法、編集術はユニークだ。インタビューで映画の「正しい尺」について聞かれたワイズマンは、「僕が語りたい物語にふさわしい長さだよ。僕は作品を作る前に作品の構造や視点を決めることはない。構造や視点は、編集の過程で浮かび上がってくるんだ。うぬぼれた言い方に聞こえるのを承知で言うけれど、僕にできることは、自分がどう考えるのかを見極めて、自分の判断に従うことだけなんだ。」続けて、編集作業が終わったと判断する時点とはの質問に、「手元にある素材をもとに、自分のベストを尽くしたと思えたときに作品が完成するんだ」と答える。筆者がインタビューを重ねてきた映画作家想田和弘もその系譜にある。音楽を特につけない(ナレーションもない)ワイズマン作品には、実のところ多彩な音楽が流れているように個人的に思う。ワイズマンの魂のリズム、グルーヴを感じる。おもしろいのは、つい内容にのめり込んでいる瞬間、あっさりと図書館周辺の風景の映像に切り替わるタイミング。朗読されるマイルス・ホッジスのクールな詩のリズムのように緩急変化も凄い。『NYPL』はこれまでの作品より、より研ぎ澄まされ、インテグレートしている熱量を感じる。つまりワイズマン作品はつねにベストオブベストなのだ。

ちょっと脱線するが、“図書館”という場所は、小説家にもこよなく愛されてきた。たとえば村上春樹の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』や『海辺のカフカ』に描かれる図書館の魔法がかった空間。または短編『図書館奇譚』に描かれる羊と美少女が棲む図書館の地下牢のように、図書館はいつだって想像力を掻き立てられる素材なのだ。映画は、図書館のプラクティカルな機能、運営方法、資金調達等々、図書館のベールに包まれた舞台裏をみせてくれる。ワイズマン自身この空間をこよなく愛してきた“図書館ヘビーユーザー”だからこそ、最大のリスペクトをこめたある種の「謎解き」が楽しく感じる。

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© 2017 EX LIBRIS Films LLC – All Rights Reserved

図書館とは「言論の自由を体現する、民主主義の柱」であるべき

さてこの映画は、アメリカにおける公共図書館のあり方を精査し続け、また時代に即した図書館の未来像をしっかりとイメージしようとしている図書館スタッフの努力を目の当たりにする。「日々の業務は大変だが、目の前の仕事がいかに将来につながり、図書館の未来を作るのか、それを考えながら仕事をしよう」と提案するスタッフ。あるいは、ベストセラーと所蔵すべき作品、限られた予算の中でどちらに比重をかけるのかについて館長が問いかけ、「もしも我々が所蔵しなければ、10年後、それがどこにも見つからないことになる」と危惧する。その言葉の重み、だけどさらりと提示するところにもワイズマンの「粋」が光る。

あるパーティで、ノーベル賞受賞作家のトニ・モリスンの言葉「図書館は民主主義の柱だ」が紹介される。そしてそれはまさにNYPLを表現する。ワイズマンは「そのとおりだと思った。すべての階級、人種、民族が利用できる。アメリカの最も優れた一面の象徴。言論の自由を体現している」とインタビューで述べている。12週間をかけて撮影された濃厚なドキュメンタリー。ワイズマンの真骨頂を十分に堪能しつつ、そこに息づくアメリカのハート、図書館の真髄を貪欲に享受したい。

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福嶋真砂代★★★★★

information:

518()より岩波ホールほか全国順次ロードショー!

監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン 

原題:Ex Libris - The New York Public Library2017アメリカ|3時間25分|DCP|カラー 

配給:ミモザフィルムズ/ムヴィオラ 

moviola.jp

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』 公開記念パネルディスカッション ニューヨーク公共図書館と<図書館の未来> レポートはこちら

http://moviola.jp/nypl/event.html

 

 関連サイト:

 フレデリック・ワイズマン監督インタビュー(2011)by 松丸亜希子 / 福嶋真砂代

archive.realtokyo.co.jp

 

*1:「パブリック(public)」と入っているが、独立法人であり、財政的基盤は市の出資と民間の寄付によって成り立っている。ここでいうパブリックとは「公立」という意味ではなく、「公共」(一般公衆に対して開かれた)という意味に当たる。(公式サイトより)

Review 35『ワイルドツアー』

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© Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

RealTokyoに『ワイルドツアー』レビューを寄稿しました。

青春のきらめく瞬間(トキ)をつかまえて」

山口県山口情報芸術センター[YCAM]、磯崎新設計による建物の流線型の屋根の上を若者たちがスイスイ歩き、将来のことなど、たわいない話をしている。雄大な山口の風景を背景に撮られた少しシュールなシーンが印象的だ。「もしかしたら未来社会の姿が山口にあるのではないか」と、自然とテクノロジーの無理のないバランスの中に感じた三宅唱監督。最新作の『ワイルドツアー』は、YCAMが実施する滞在型映画制作プロジェクト「YCAM Film Factory」の第4弾(柴田剛、染谷将太、映像制作集団「空族」の作品に続く)として作られた。「第11回恵比寿映像祭」にて東京で初上映され、このたび劇場公開になった。同映像祭ではiPhone撮影による映画『無言日記2018』の上映や、ビデオインスタレーション「ワールドツアー」の展示も行われ、15日間の期間中に多くの観客が鑑賞した。

『ワイルドツアー』は、「採取した植物のDNAを解析し、植物図鑑をつくる」というYCAMで実際行われているワークショップを題材にして物語が進む。物語の中心にはワークショップファシリテーター役の大学1年生のうめ(伊藤帆乃花)ちゃん、そして中学3年生のタケ(栗林大輔)とシュン(安光隆太郎)、ほかにブルージャケットの男子コンビチーム、パワフルな女子高校生のチームが ・・・・

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https://www.realtokyo.co.jp/screening/wild-tour/