REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Report 002『ホームレス ニューヨークと寝た男』公開記念プレミアム・トーク

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「お金がなくても、いい人生を楽しみたい」をモットーに生きてきた

モデル出身のホームレスの男に3年間密着したドキュメンタリー、『ホームレス ニューヨークと寝た男』(トーマス・ヴィルテンゾーン監督)主役のマーク・レイさんが来日。公開直前イベント「公開記念プレミアム・トーク」が行われ、過去に車中生活の経験を持つ映画コメンテーターLiLiCOさんとお互いの”ホームレス生活”について語り合った。その模様をお届けします。

ブラウンのシックなスーツに身を包み、とても「ホームレス」には見えないダンディな出で立ち。マークさんはヨーロッパで活躍した元モデルで、現在の職業はストリートフォトグラファー、しかし住む家を持たず、ニューヨークのビルの屋上で寝泊まりし、ジムのロッカー4つに入る物しか所持しないミニマルな生活をしている(現在57歳)。家賃や物価の高いニューヨークで自由に暮らすためにマイウェイを貫くマークだが、実家の母に会いに行き、あまり成功しなかった息子としての不甲斐なさにうなだれる姿も赤裸々に映す。それにしても、屋上生活の危うさや、それを映画にしてしまってこの先彼がどうなるのか。いろいろ心配になるのだが、礼儀正しく、心優しい、またユーモアがあり、夢をあきらめない元気なマークさんを確認できた。この来日のために立ち上げたクラウドファンディングの特典には「マーク・レイが1日NYをガイド」まであるので、ぜひチェックしてみて。

マーク・レイ(以下、マーク):まずはみなさんに感謝を申し上げます。LiLiCoさん、配給会社ミモザフィルムズさん、この劇場ヒューマントラストシネマさん、そして会場にお越し下さったみなさん、ありがとうございます。空港に着いたときに20人ほどの女性が待ち構えていて写真やサインを求めて下さったのですが、実際はライアン・ゴズリングさんの到着を待っていたんですね(偶然ライアン・ゴズリング来日と重なっていた)。まあ、いいでしょう(笑)。

LiLiCo:自分も5年間車の中で生活していたので、この映画に共感するところがいっぱいありました。あまり話すといろいろ思い出して泣き出しそうです。マークさんの優しい心も映画にたくさん出てきます。ところで屋上生活をするにあたっての工夫は何かしましたか?

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マーク:屋上生活で気をつけたのは、ひとつはアパートオーナーや住人にバレないようにしたことです。そのためにいろいろな工夫が必要でした。ふたつめは、自分自身の心の中の葛藤を乗り越えること、自分がビルの屋上で暮らしているという現実を受け入れることでした。

「ホームレス」というラベルで自分自身を表現するより”アーバンキャンパー”という言葉を使いたいのです。世の中には路上や屋根のない場所で寝泊まりしている人もいると思いますが、それぞれに複雑な事情があるものです。カテゴライズするとしたら私には”アーバンキャンパー”という名称が合うと思います。

LiLiCoさんも私もある意味「サバイバー」だと思います。苦難を生き延びることができたという点で。「お金がなくても、いい人生を楽しみたい」というのは自分のモットーでもあり、そのモットー通りに生きようとしてきました。

LiLiCo私が車で生活していた頃はもうこれ以下はないなという「どん底」でしたが、楽しく生きたいともちろん思っていました。「家がなくても夢がある」と、夢を持ち続けたことはマークさんと同じだなと思いました。「ニューヨークと寝た男」というサブタイトルがついてますが、それを私に置き換えると「日本と寝た女」になりますか......。私の場合、車をレッカー移動されると家を持っていかれることになるので、車を取り戻す1万5千円が払えなかったときはピンチだと思いました。そのほかはマークさんとまったく一緒で、公衆トイレで洗濯をしたりしました。20年前くらいの話ですが、今のようにハイテクトイレとは違うし、夏はいいですが、真冬では凍りつくような水で、叫びながら手や髪を洗ったりしてました。雪が散らつくシーンも映画にありますが、あの寒いところで何を考えて生き残れるんだろうと、少し嫌なことがあるだけでメゲる人も多いのに、マークさんはどうやってそれを乗り越えていたんでしょうか。

マーク:ひとつ言えるのは、ニューヨークのビルの屋上からの景色は、たぶんLiLiCoさんが見ていた景色よりきれいだと思いますよ(笑)。

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© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

LiLiCo:そのシーンはとてもうらやましいと思いました。

マーク:私の場合は「路上」ではなくて「屋上」で寝泊まりができたので、少なくとも夜、まわりから危険を感じることはなくて、自分の力を頼って生きることができました。

 LiLiCo:そこですよね。「工夫は?」と聞かれても、結局自分の脳をフル活用するしかない、「今日生きるためにどうしよう?」と。真夏の洗濯物はボンネットに伸ばして乾かすとか、そういうちょっとした工夫もありましたが、いろいろ考えるより目の前にあるもので生きるしかないので、私は「いつか成功するんだ」と自分をマインドコントロールすることがいちばんの「工夫」だっだのではないかと思います。

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© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

マーク:もうひとつ「工夫」を付け加えると、携帯電話をひとときも手放さないということです。

 LiLiCo:携帯電話からすべてのチャンスがきますからね。マークさんはモデルの名前をちゃんと覚えていたり、人との繋がりを大事にしているなと思うんです。私も、お金がなくても人との繋がりがいちばん大切な財産だと思っているので、そこも似てるなと思いました。

マーク:実はその逆の意味で、携帯電話は人と繋がらないほうがいい時に役立つんですよね。その辺は映画を見ていただけるとわかると思います。そうは言いましたが本当はいろんな人と繋がりたいと思っていて、フォトグラファーという職業柄、人に対して興味を持ったら遠慮なくその人に近づいていけますね。時にはズカズカとその人のスペースに入っていくこともあるかもしれませんが。

LiLiCo:今後日本でやりたいことはありますか?

マーク:この映画が完成したことはひとつの大きな達成感になりました。パーソナルなストーリーを多くの人とシェアすることができて、なんらかの形で世界に貢献できたのではと思います。映画を観た方々から、刺激になった、勇気をもらった、感動したというコメントをいただいて、アーティストとして少し貢献ができたかなと思うし、この映画は自分の宝だと思っています。

今後もしチャンスがあったら新しい形で作品として自分のストーリーを伝えたいと思います。もしかしたら新しい監督、新しい役者を使ったフィクションになるかもしれません。その際には日本の企業とコラボレーションもできたらいいなと。サントリーウィスキーのCMに出てみたりしたいですね。

監督のトーマス・ヴィルテンゾーンと私にとって、長編映画を作るのはまったく初めての体験でした。彼はそれまでに1分間の超短編映画を作ったきりで、その次の映画がこの83分の長編映画になり、1台のカメラ(キャノンEOS 5D MarkII)ですべてを撮影し、美しい映像はたくさんの方を魅了していると聞いています。ほとんどゼロ予算で作り、監督とは毎日1杯のコーヒーを分け合うような状況でした。まったくの初心者であるこんなふたりが映画を完成することができて、それを世界中の人が見てくれている、ここを感じてほしいなと思うのです。もしかしたらこの映画を観てマークをイケ好かない、かっこつけてるなどと思うかもしれません。私自身を嫌いになっても、作品自体は初心者が作った映画で、夢を届けることができたらいいなと思っていると伝えたいです。

LiLiCo:サンタさんの衣装を着ているシーンがありますが、それは仕事ではなくボランティアでやっているんですね。私はそのシーンで号泣しました。

マーク:それを言ってくださってありがとう。映画ではほんのワンシーンですが、自分にとっては大切なところです。ボランティアとして女性や子供のためのシェルターで手伝っていたのですが、自分自身は家がないのにそういうボランティアをしていることはちょっとアイロニックにも感じますけどね。もしみなさんが過去やいま辛い経験をしているとしたら、映画監督の友人に自分のストーリーを映画にしてもらう可能性があるということを忘れないで下さい。どんな人にもすばらしいライフストーリーがあると思うし、伝えるメディアがあるかないかの違いだと思います。

取材・文:福嶋真砂代

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© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

監督:トーマス・ヴィルテンゾーン
出演:マーク・レイ
音楽:カイル・イーストウッド/マット・マクガイア
2014年/オーストリア、アメリカ/英語/ドキュメンタリー/83分
原題:HOMME LESS 字幕:大西公子
配給・宣伝:ミモザフィルムズ 宣伝協力:プレイタイム/サニー映画宣伝事務所
後援:オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム 協力:BLUE NOTE TOKYO
© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

2017年1月28日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー!

motion-gallery.net

 

Review 09『MILES AHEAD / マイルス・デイヴィス 空白の5年間』

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監督:ドン・チードル
出演:ドン・チードルユアン・マクレガー、エマヤツィ・コーリナルディ
MILES AHEAD/2015/アメリカ/101分/配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公開日:2016年12月23日(金)

チードルが捧げるジャズとマイルスへの強い敬愛

2016年は、“ジャズの帝王” マイルス・デイヴィスの生誕90年、没後25年というメモリアル・イヤーであった。そんなマイルス・イヤーに、それを記念してマイルス本が何冊か出て、このマイルス映画が公開された。これが監督デビューとなるドン・チードルが、製作、共同脚本、そして主役のマイルス役という大任を果たしたことからも、チードルのジャズとマイルスへの強い敬愛が伝わる。

タイトルの「空白の5年間」とは1975年から1981年の、マイルスが体調悪化のためにライヴとレコーディングを休止したことを指す。アルバムでいうと、大阪でのライヴ盤『アガルタ』『パンゲア』の後から、復帰作『マン・ウィズ・ザ・ホーン』までで、深刻な健康問題で、本人も予期しない長い音楽シーンでの不在となった。物語は、その時代を中心に過去の時代の音楽活動や恋愛なども虚実入り乱れ縦横無尽に描かれる。その5年間は、自宅で次の作品の構想を練り、リハーサルを行い、ボクシング練習をしていたが、ドラッグ、アルコール、セックスにも入れ込んでいた。相棒的な存在となる「ローリング・ストーン」の記者、デイヴ(ユアン・マクレガー)が、取材対象のマイルスにドラッグを調達して親しくなるのだから。そして、怪しい音楽プロデューサーに盗まれた貴重な録音テープをデイヴを連れて奪還するために、拳銃片手にカーチェイスしたり、その泥棒にパンチを浴びせたりの痛快なアクションにもなっている。ジャズの世界を普通の映画ファンに理解させるという大変さを分かっているチードルの腕の見せ所だから、こんなエンターテインメントも悪くない。マイルスが、ギル・エヴァンス(偉大なる編曲家で、重要な音楽パートナー)と一緒のスタジオの中で、プロデューサーのテオ・マセロに「テープを回せ!」と言う場面には、ジャズ好きならグッと来る。

サントラ盤は、現在のジャズの最重要アーティストのロバート・グラスパー(ピアノ)が手がけている。マイルスの名曲群とマイルスの科白が入っているが、グラスパーの演奏によるオリジナル曲もイカす。マイルスの科白に「ジャズという言葉は好きじゃない」「オレのやってるのはソーシャル・ミュージックだ」というのがあるが、このソーシャル・ミュージックとは何か? 映画の最後に、いよいよ復活するマイルスがクラブで演奏する場面がある。メンバーが凄く、音楽監督的なグラスパーを始め、マイルスのメンバーだったウェイン・ショーター(サックス)とハービー・ハンコック(ピアノ)、アントニオ・サンチェス(ドラム)、エスペランサ・スポールディング(ベース)という面々。クールだ。そのマイルスのシャツの背中には「#ソーシャル・ミュージック」という文字がある。それは、音楽を通じて社会にメッセージを送り、コミュニケーションを図ったマイルスの思想だろう。その考えを、広くブラック・ミュージックを発信している現在のミュージシャンも共有する。マイルス、カッコいい!

フジカワPAPA-Q ★★★★1/2

www.miles-ahead.jp

Review 13『パリ、恋人たちの影』

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(C)2014 SBS PRODUCTIONS - SBS FILMS - CLOSE UP FILMS - ARTE FRANCE CINEMA

監督・脚本:フィリップ・ガレル
共同脚本:ジャン=クロード・カリエール
撮影:レナート・ベルタ
出演:クロティルド・クロー、スタニスラス・メラール、レナ・ポーガム
2015年/フランス/73分/配給:ビターズ・エンド
フィリップ・ガレル監督の軌跡をたどる、35㎜フィルムを含む特集上映同時開催

濃く深く、恋愛の陰影を映すモノクローム映像

フィリップ・ガレル監督最新作。即興を好むガレルが、今回は脚本にもとづいて撮ったというのだから、以前の作品よりもよりページ数の多い脚本が存在したのだろうか。とはいえ、これまでのガレル作品に漂う自由かつ緊迫した空気は1ミリも削がれていないどころか、ますますの自由を感じることも事実。脚本は、ガレル曰く「映画が到達しうる最高の男女平等についての映画」ということで、女性2人+男性2人(ガレルを含む)の4人の脚本チーム編成で書かれている。そのひとり、ジャン=クロード・カリエール1945年生まれ(ジャン・リュック・ゴダール監督『勝手に逃げろ/人生』でガレルと出会った)、ガレル監督は1948年生まれ。他の女性脚本家アルレット・ラングマンは1946年生まれ、『灼熱の肌』『ジェラシー』の脚本も書いたカロリーヌ・ドゥリュアスの年齢は不明*1。ピアノ演奏が美しい音楽のジャン=ルイ・オベールは少し若く1954年生まれ。ちなみに撮影のレナート・ベルタ1945年生まれ。錚々たるメンバーで作られた作品である。今回はスクリーンに顔を出さない息子のルイ・ガレルはナレーションで淡々とクールな語りで出演している。脚本があるとはいえ、「根本的には現場で何が起きるか、カメラでしか描けないことが重要」とガレルが語っているように現場で瞬間瞬間の変化を捉え、人の変化の生々しさがレナート・ベルタ撮影の「コントラストの濃い、無煙炭のような」(ガレル談)モノクロ映像に焼き付けられている。

(以下、ネタバレがあるのでご注意下さい)

パリ。ドキュメンタリー作家の夫ピエール(スタニラス・メラール)を妻マノン(クロチルド・クロー)が給食係のパートをしながらサポートしている。夫はいつまでも稼ぎが少なく、暮らしはキツイが夢はある、といったところか。実際、アパートの大家から家賃滞納、部屋が汚いとクレームを浴びる。マノンは「東洋語学校」にも通っていたが現在はやめている。はて、何語を習っていたのだろう? 日本語か中国語か、はたまた韓国語か、いやタイ語か……。どうでもいいようなことが気になってしまった。ところでピエールは映画研修生(保存係)の”若い”エリザべットと出会い、いとも簡単に恋におちる。「カンタンに」見えた。ピエールから誘っているように見えたが、エリザベットもまんざらではない、いやむしろ積極的。あれは「魔が差した」以上の「愛を求めていた」的な積極性がある。ということはつまり、ピエールは妻とはもう距離ができていたと見るべきなのだろう。若く、ボリュームのある魅力的な体格のエリザベッド。さっそくピエールはエリザベットの狭いアパルトマンの部屋に上がり込み、「言っとくが、妻がいる」「だと思ってた」などと会話がなされる。双方合意のもとの共犯。つまり、恨みっこなしということか。こういうのを男女平等というのだろうか。いや違う。これは女性の「同意」をとりつける男性の「保険」のようなものでだろう。実際あとになって面倒臭くなると、「最初に言ったよ。結婚してれば用もある」とピエールがつきまとうエリザベットに言い渡す。つまり、「結婚してると言ったのだから、いまさらわがまま言うな」という完璧な男性の「わがまま」だ。今回男女4人で書いたという脚本にもとづき、このような恋愛における機微が実に繊細に描かれ、どんどん感情移入していく。女性の罪(浮気)も描かれるが、だからと言って男の身勝手さを見逃さない。ルイのナレーション「自分は浮気を続けながら、女たちに意地悪く接した」とピエールの状況の語りが憎らしい(笑)。妻も愛人も手放せない。それは妻も母も手放したくないのと同じなのだと。えええ? 「浮気は男だけのもの、女の浮気は深刻で有害だ」とのたまうピエール。あげく、妻の浮気に苦しみ、別れを切り出す。「男の浮気は肯定し、女の浮気は許せない」完全なる自己中の極みだ。しかし「これが男というものさと、男のモラルで正当化した」と言ってしまう。言い訳にもならない。もはや子供だ。しかしガレルが描くのは、浮気をする男女のどちらが良い、悪いではなく、どちらにも理由があり、理由がない。そんなことではないだろうか。理性ではどうしようもなく、かと言って本能に従うばかりでは夫婦は壊れてしまうし、社会はなりたたない。何年か経って再会したふたりがたどり着いたひとつの結論と将来。ただ恋に落ちるほど簡単にはたどり着かない。そうなるには何年もかかるということでもあるのか。いやはや、結婚とは、男女とは……。「恋人たちの影」はどこまでも深い恋愛(人生)の陰影を映す。実に愛しくなる作品が公開に。レトロスペクティブも同時開催。

福嶋真砂代★★★★

2017年1月21日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

Review 12『ブラインド・マッサージ』

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監督:ロウ・イエ
原作:ビー・フェイユイ著「ブラインド・マッサージ」(飯塚容訳/白水社刊)
脚本:マー・インリー
撮影監督:ツォン・ジェン
キャスト:ホアン・シュエン、チン・ハオ、グオ・シャオトン、メイ・ティン、ホアン・ルー、チャン・レイ他
2014/中国=フランス/115分/中国語/カラー/1:1.85/DCP/配給・宣伝:アップリンク

ロウ・イエマジックが炸裂「見えないものこそ、真の存在」

原作は中国の人気小説家ビー・フェイユィの『推拿』。作家とは信頼関係があるロウ・イエ監督が改編して映画化した。これまでにもこの小説は中国でテレビドラマや舞台劇になっていて、映画がいちばん成功したと評されているらしい。

舞台は南京の盲人マッサージ院。幼い頃交通事故のショックで視覚障害者となったシャオマーの衝撃的なシーンが導入となり、成人してシャオマーが勤めるシャーとチャンが経営するマッサージ院に舞台が移る。そこへ若い恋人コンと駆け落ち同然で深圳を離れたシャーの同級生ワンが転がり込んでくる。コンが近くにいることで若いシャオマーが刺激され爆発寸前(!)となる……。他にも院内恋愛、院長の見合い、自分の「美」を見ることのない美しい女性盲人マッサージ師の話、そしてシャオマーが性的処理のために同僚に連れて行かれた違法な風俗店も並列で描かれ、シャオマーがそこで寂しげなマーという女性とおちる恋、などなど小説は群像劇でそれぞれ人物ごとのエピソードで章立てされているという。映画ではシャオマーをクローズアップしながら、周囲の人物らも濃く描いている。なぜ「南京」を選んだのかについて、ロウ・イエは「南京はどこか街に深みがあって、非常に魅力的です。時代に流されていない感じで」と語っている。撮影監督ツォン・ジェンの繊細、大胆、官能的なカメラワークとボカシを多用し盲人の視覚感を感じさせる編集によって感情を刺激し、臨場感を増幅する。

マッサージ院の院長シャー・フーミンをチン・ハオ。シャーの同級生ワンにはグオ・シャオトンと、ロウ・イエ作品の常連たちが恐るべき演技力で盲人を演じている。またシャオマーには新人ホアン・シュエン、彼は日中共同製作『空海-KUKAI-』(チェン・カイコー監督)で染谷将太とダブル主演する注目株らしいので要チェック。加えてというか、キャストの多くは演技未経験の実際の視覚障害者が主軸であり、その中でもワンの恋人コン役のチャン・レイのみずみずしい体当たり初演技に目は釘付けになる。チン・ハオは「80日にわたる撮影期間であの演技を続けられたのも目の不自由な出演者が一緒だったから」と述べ、不透明のコンタクトレンズをつけて演技をしていた健常者の俳優たちは盲人の俳優たちに助けられていたのだと語る。しかしその境界線がわからないくらいにリアルに描かれているのはロウ・イエマジックだろう。

中国当局検閲用のカット部分はごくわずか」とのことで、血が吹き出るシーン、セックスシーンは縮小して上映されたらしい。それでますます「『天安門、恋人たち』に対する、いわゆる技術的な基準というものは、いわゆるイデオロギーの面での検閲だったことがはっきりとわかりました」と、ロウ・イエ監督が検閲基準を再確認したという意味でも「挑戦」の作品だったと言える。それにしても前作『二重生活』での不倫、浮気というドロドロした愛憎劇から一変して盲人マッサージ師の世界を描く難関に挑んだロウ・イエ。しかしここでもロウ・イエ得意のメロドラマ的関係性は踏襲され、湿り気のある雨や水のシーンは美しく、ヨハン・ヨハンソンの音楽が控えめに支え絶妙にマッチする。

福嶋真砂代★★★★

映画『ブラインド・マッサージ』公式サイト

2017年1月14日(土)より、アップリンク渋谷、新宿K’s cinemaほか全国順次公開 

天安門、恋人たち  [レンタル落ち]

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ブラインド・マッサージ (エクス・リブリス)

Review 11『The NET 網に囚われた男』

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(C)2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

監督・製作・脚本・撮影:キム・ギドク
キャスト:リュ・スンボム、イ・ウォングン、キム・ヨンミン、チェ・グィファ、イ・ウヌ
The Net/112分/2016年/韓国/配給クレストインターナショナル
第17回東京フィルメックス オープニング作品

真正面からハイスピード直球で挑んだ「南北分断問題」

北朝鮮と韓国の国境で漁をする男、ナム・チョル(リュ・スンボム)は妻子のために毎日漁にでる。国境警備の兵士には毎朝チェックを受け、漁師として認識されている。武器ももたず、一般市民以外の何者でもないことは認証済み。それによって日々食べるものが手に入るようだが、ほとんど最貧と言っていいくらいの暮らししかしていない。ただただ「家族」という大事な宝物のために毎日でかけ、漁をするのだ。しかし、ある日、ボートのエンジンに漁網が絡まりボートは故障。そのまま流されて国境を越えてしまうという僅かな”大失態”を犯してしまう。もちろん警備隊から警告を受け、海に飛び込み泳ぎきれば国境を越えることはなかった。しかし生きるための唯一の手段である漁は、ボートなくしては行えないという危機感で、ボートを守るために自身も流されてしまった。以降、韓国の警備隊に連行され尋問を受ける。当然、北に残した妻子は相応の扱いを受けているのかもしれない。当初、拘束された当の本人ナム・チョルは事の重大さに気づかずにいた。それは本当に単なる市民であることの印。「エンジントラブル」でしかない身の潔白が証明されればあっさりと家族の元へ返してもらえるなどと考えていた・・・ことは大間違いだった。次第に「スパイ容疑」を着せられ、取り調べは過酷になっていく。救いは、監視役の青年警護官オ・ジヌ(イ・ウォングン)がナム・チョルにかける情けだけ。しかしそれも警察や国家という組織のなかでは僅かなともしびに過ぎない。ここまではわりに事実を積み上げるかのような展開をみせるキム・ギドクなのだが、この後、いったんソウルの街に”泳がされた”ナム・チョルの描写が独特でおもしろい。「資本主義」の姿を目で見てしまっては、北に帰った時に必ず問題になると素直に信じている男は、街に放り出された後も目をつぶり続ける。しかし、ある「使命」を言付かってしまった彼は「見てしまう」のだ。彼の目には何が映るのだろう? 無理やり亡命を促す韓国警察は、経済発展、物質文明の威力を信じている。しかし、それが「幸せ」かどうかは、まったくの個人の価値観の問題でしかない。ナム・チョルが便利で快適な暮らしを手にいれたとしても、「家族」と引き離されてしまう人生になんの意味もないのは言わずもがなだ。

さてナム・チョルがなんだかんだで「北」に返還されたからと言ってストーリーは終わらない。実はここからが本題と考えてもいいのではないかと思う。ナム・チョル、つまり、ひとりの一般市民、つまり人間にとって幸せとは何なのか? 国家とはなんなのか? 物質文明はなんの意味を持つのか? さらに究極の選択を迫られた男はどう行動するのか? 国家間の問題は複雑を極め、それゆえにシンプルな問題に行き着く。

ここ数本にわたり政治色の強い作品を手がけてきたキム・ギドク監督だが、砕けた言い方をするとこの映画はかなり「マジに作った」ように思う。真正面から「南北分断問題」にぶつかり、複雑なワザもヒネりも少なく、ハイスピードの直球で、最大の問題へ向かって投げた。それが意味するところは何だろう? ギドク作品の特徴のファンタジーやバイオレンスを封印してこの作品に込めた思いとは? この強烈な願いを受けとめること。かなりエネルギーがいるが不可能ではないと思う。

福嶋真砂代★★★★