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TIFF Review『雌鶏』(第38回東京国際映画祭コンペティション部門)

雌鶏が映す、この世界の滑稽と真理

©Pallas Film 2025 film still by DOP Giorgos Karvelas

文・福嶋真砂代

「アタクシが主役(ヒロイン)よ!」とでも宣言しているかのような、気高く凛とした雌鶏の表情。その顔(頭)を捉えたクローズアップショットに心を掴まれた。ハンガリーの鬼才、パールフィ・ジョルジ監督(『タクシデルミア ある剥製師の遺言』(2006)、『ヒズ・マスターズ・ヴォイス』(2018))による最新作は、にわとりを主役に据え、世界の不条理と人間社会の滑稽さを映し出す、痛快かつ示唆に富んだコメディドラマだ。第38回東京国際映画祭コンペティション部門にて、アジアンプレミア上映された。

2018年の東京国際映画祭公式サイトには、監督について次のような言葉が記されている。

パールフィ・ジョルジ監督は、想像力と表現力において世界屈指の存在のひとりである。古今東西の無数の作品をコラージュした『Final Cut』(2012)、映画のさまざまなスタイルを1本に凝縮した『フリー・フォール』(2014)などは、映画を知り尽くした芸術家の仕事であり、常人には思いもよらぬ発想を映像化する技術を持つ、まさに鬼才である。」

(以下、作品の内容に触れる。)

 

■黒く生まれた雌鶏、コタの旅

物語の主人公は、一羽の雌鶏。黒色で生まれたがゆえに養鶏場のベルトコンベアーから外され、命の選別をすり抜けた彼女は、主の目を盗んで外の世界へと逃げ出す。幾度もの危機を乗り越えながら辿り着いた先は、ギリシャの海辺に佇む海鮮レストラン「パノラマ」だ。

オーナーの家に忍び込み、家人たちを騒がせた末に捕らえられ、庭のケージに入れられた雌鶏は「KOTA(コタ)」と名付けられる。卵を産むことで重宝されるものの、彼女は決してそこに留まらない。隙を突いて車に飛び乗り、再び世界へと身を投じていく。その表情と行動力は圧倒的で、次に何をしでかすのかと観客の視線を釘付けにする。

ギリシャ雄大な風景、卵が生まれる瞬間を捉えた大胆なクローズアップ、リズミカルな編集、ガムランを思わせる音楽。なかでも特筆すべきは、鶏たちの“演技”だ。プロデューサーによれば、雌鶏8羽に加え、スタント用として2羽を起用し、ほぼCGなしで撮影された。優れたアニマルトレーナーの存在なくして、この表現は成立しなかったという。

Hen©Pallas Film 2025 film still by DOP Giorgos Karvelas

■コタの目に映る人間社会

「パノラマ」は一見、繁盛する観光レストランだが、その裏では不穏な気配が漂う。難民の密輸か、人身売買か。説明的なセリフはほとんどなく、観客はコタと同じ視線で、徐々に異変を察知していく。

しかし、そうした人間の思惑は、コタにとって本質的ではない。彼女はただ“生存本能”に従い、生き抜くだけだ。その姿は、人間がいつの間にか失ってしまった、生の原点を鮮やかに照らし出す。争いに明け暮れる人間たちの姿は、コタの目にはさぞ滑稽に映ることだろう。本作は、言葉少なに人間の存在意義を問いかけてくる。

やがて物語は大きく転調し、コタの主は世を去り、「パノラマ」は荒廃していく。カメラが引き、ドタバタ劇を俯瞰すると、コタが過ごした時間でさえ、宇宙のスケールでは一瞬にすぎないことが示される。陽は昇り、また沈む。諸行無常の理が静かに刻まれる。

それでもコタは、今日も卵を産み、粛々と生をつなぐ。生存本能こそがすべて——。そんなシンプルな真理から導かれた驚きの展開。宇宙は悠久、時間は縷々とする。不思議と清々しい境地になった。

 

■プロデューサーのタナシス・カラタノスが映画祭に来日してQ&Aを行い、ギリシャを舞台にした理由や、雌鶏のキャスティングや演技指導など、興味深い撮影秘話を披露してくれた。下のリンクからぜひチェックを。

全編ニワトリの視点で進行する奇想天外な物語、ほぼCGなしで撮影したコンペティション作品『雌鶏』インタビュー|第38回東京国際映画祭

Information:

監督/脚本:パールフィ・ジョルジ
脚本:ルットカイ・ジョーフィア
撮影監督:ジョルゴス・カルヴェラス
編集:レムヘーニ・レーカ
美術:コンスタンディノス・ザマニス
音響デザイン:エリク・ミスキエフ
音楽:スーケ・サボルチ
プロデューサー:タナシス・カラタノス
プロデューサー:コスタス・ランブロプロス
プロデューサー:マルティン・ハンペル
プロデューサー:ヨルゴス・キリアコス
キャスト:ヤニス・コキアスメノス、マリア・ディアコパナヨトゥ、アルギリス・パンダザラス
雌鳥(エスティ、サンディ、フェリ、エンチ、エティ、エニクー、ノーラ、アネット)
96分/カラー/ギリシャ語/英語、日本語字幕/2025年/ギリシャ、ドイツ、ハンガリー

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