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TIFF Review:『四つの壁』(第34回東京国際映画祭 コンペティション部門)

想像力を刺激される夢の世界へ

文・福嶋真砂代

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(C)MAD DOGS & SEAGULLS LIMITED

34TIFF最優秀男優賞を受賞(アミル・アガエイ、ファティヒ・アル、 バルシュ・ユルドゥズ、オヌル・ブルドゥの主演4名 )した『四つの壁』は、バフマン・ゴバディ監督がトルコ・イスタンブールの海辺の街を舞台に撮影し、同映画祭でワールドプレミア上映された。ところで、ゴバティ監督の姿をリモートとは言え、実際に見られるのは、2010年『ペルシャ猫を誰も知らない』でクルド自治区に逃れていた時期にリモートインタビューして以来になる。まずはゴバティ監督が無事であること、そして新作を観ることができたことが嬉しかった(前回のインタビューではイランにおける不自由な文化活動の実態がわかるのでぜひ下記リンクをご参照下さい)。

空港周辺で鳥を撃つ仕事をする(飛行機のエンジンなどに入り込むのを防ぐ目的)クルド人ミュージシャンのボランは、海が見える景観の美しいアパートメントをローンで購入し、妻と幼い息子を呼び寄せて一緒に住むはずだった。しかし事故により二人を失い、ボランも一時昏睡状態になり、意識回復後もトラブルが襲いかかる。まず新しい家から見えるはずの海が消えていた。次にコーランの爆音が毎日鳴り響く。さらにボランの家に謎の女性アラルが押しかけて同居することに……。ボランの親友や、「コーランを流すのをやめてほしい」とボランが頼んだことがきっかけで職を失い、そのままボランのバンドに入ることになる男、あるいはクセの強い警察官の存在など、個性豊かなキャラクターたちが絡みあい、哀愁に満ち、どこか親しみを感じる情熱的な音楽が彼らの物語に深みと彩りを加える。

ゴバティ監督の初期作品『亀も空を飛ぶ』の衝撃は今でも忘れられない。「クルド人」という国土を持たない“世界最大の少数民族”の存在を等身大に認識したのは(遅きに失するが)この映画だった。民族の文化、運命、悲哀、希望を、様々なメタファーを用いて表現する天才の存在を知った。演技未経験の少年少女たちを起用し、タイトルも含めて、メルヘンとリアルの境目を行き来しながら、残酷な歴史をファンタジーとして記憶に刻んでいく。「その状態」からファンタジーを想像することは難しいに違いない現実をそのままに撮るのではなく、ゴバティ独特の音楽と映像感覚で、現実と夢をシンクロさせていく。その創作法は、あまりにも悲劇に満ちた民族の運命と現実、同時に彼らの文化と生命力を信じている証しだ。流れる多くの血を映すより、“亀が空を飛ぶ”ように夢の中で次元をワープしてしまう魔法(つまりこの世から命が消える)を撮る、ということなのだと理解する。ゴバティ監督は、自身が厳しい環境におかれているときこそユーモアを決して忘れず、相手(インタビュアー)を笑わそうとする気遣いに感動したことを思い出す。

この『四つの壁』では、『ペルシャ猫を誰も知らない』を上回る音楽性の高さを感じ、またもや不思議なメタファーに満ちている。タイトルそのものの意味も劇中に直接的には語られず、受け手の想像力をめいっぱい刺激する。昔の歌のタイトルも想起されるし、禅的な心的状態にも、または「四面楚歌」という言葉も思い浮かぶ。しかし大事なことは、どんなに絶望の壁にぶち当たろうと、“生きる”ことだ。最愛の妻と息子を亡くし、自分も障害が残るも、果敢に生きようともがくボラン。音楽を愛する仲間たちと近所迷惑かえりみずリハに励み、失職した男に生きる道を与え、警察官の理不尽なジョークにもつきあう。なんとかして「壁」を打開する道を見つけたい。壁のない人生はない。映画のように、突如として「壁」が出現することもある。実際、いまも世界のあちこちに壁が出現している。

ちなみに『亀も空を飛ぶ』上映時の来日でゴバティ監督が語ったことを紹介すると、「私の映画はとてもシンボリックな映画と言えます。クルド人は、イラン、イラク、トルコ、シリアの4カ国にまたがって暮らしているのですが、映画では、少女が4人の兵士にレイプされる設定です」。この言葉を踏まえて本作を考えてみると、「4」という数字の記号的意味が浮かび上がる。いっぽう今回「壁」について語ったゴバティ語録をまとめると以下になる。「いつも「壁」が頭の中にある。1)父と母の壁、2クルド人と政府との戦いの壁、3)革命と前の体制との壁、4)イラン戦争のときに感じた壁、5)自分と家族との壁」つまり、「壁」は四つ以上、複数に増えている。しかし、ゴバティ監督は「四つ」とあえて指定したのは、上記の「4人の兵士」説にあるのではないかと(筆者としては)踏んでいる。

ラストに(ファーストシーンに戻るのだが)、ボランがあれほど憧れて(執着して)いた海辺にたどり着く。さらに劇中につがいを失った鶴について語られたことが回収されていく。見事なゴバティ流のエンディングには、様々な不安と同時に、不思議と平穏を感じるものだった。

Information:

The Four Walls

キャスト:アミル・アガエイ、ファティヒ・アル、フンダ・エルイイト
114分/ カラー/トルコ語クルド語/日本語・英語字幕/2021年/トルコ

ペルシャ猫を誰も知らない』インタビュー

亀も空を飛ぶ』(バフマン・ゴバディ監督)レビュー

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