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TIFF Review:『市民』(第34回東京国際映画祭 コンペティション部門)

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Copyright 2021 Menuetto/ One For The Road/ Les Films

文・福嶋真砂代

第34回TIFF審査委員特別賞を受賞した『市民』(ベルギー・ルーマニア・メキシコ)は、ルーマニア出身の新人監督テオドラ・アナ・ミハイが全編北メキシコで撮影をした作品。ダルデンヌ兄弟ら(クリスチャン・ムンジウ、ミシェル・フランコ)も共同プロデュースに名を連ねており、期待は高まった。

『ヴェラは海の夢を見る』(カルトリナ・クラスニチ監督)と同じく、問題を抱える中年女性が主人公である。いや、「問題を抱える」というよりも、彼女らは「問題の渦中へ逃げずに飛び込んでいく」勇敢な女性たちだ。『市民』はミハイ監督の記憶にある古き良きメキシコから麻薬撲滅宣言後に治安が劣悪になっていく同国の状況を憂いて、また出会った女性から聞いた恐ろしい実話にインスパイアされ、当初はドキュメンタリーとして撮り始めたが、闇世界の危険を感じたため、友人の小説家とともに脚本を書き上げ、フィクションとして、誘拐事件が乱発する残酷な「社会問題」を使命感を持って描いたのだという。

冒頭、仲睦まじい母娘の幸せな時間の導入が観客の嫌な予感を助長する。予感は的中(というお約束の筋書きとも言えるが)、最愛の娘が誘拐され、母シエロは、警察のちからを借りず、無謀にも独力で、娘を探しはじめる。別居している夫がいるが頼りにはならない。主演のアルセリア・ラミレスの表情の変化がすばらしく、「どうなるのか」とハラハラしながら、圧巻の演技力にグイグイ引っ張られていく。

頑固に警察当局の助けを借りないシエロの行動に疑問が湧いたが、ミハイ監督が語るチャウシェスク政権下の記憶がメキシコの状況に結びついている。「悲しいかな、当時のルーマニアは市民同士が監視して告発しあう社会で、心から信頼できる人間関係は築けませんでした。そうした状況を私も曲がりなりに経験していたので、人を信じられない気持ちが自分でもよく理解できるんです。この映画に流れている感情もまさしくそうで、警察当局や男尊女卑の習慣、政治的な背景の問題に斬り込んで、乗り越えていくのは自分しかいないとシエロは考えています。それは私自身の心根にもあるものです。」

シエロは犯罪組織のアジトを見つけ出し、危険を冒して接近していく過程で、当局裏組織と一種の“共犯関係”を結ぶことになり、暴力を犯す側に転じていく。ミハイ監督が「暴力と人間」についてこう語っている。「私はかねがね暴力に接した人は、暴力装置の一部になると考えています。あのシーンはシエロが初めて暴力の渦に巻きこまれ、その世界に入りこんでしまう瞬間です。彼女は娘を誘拐された被害者でしたが、暴力を目の当たりにして自らも加害者に転じてしまう。娘を救いたい思いから捜索に出たのに、彼女自身も拷問する側に回ってしまいます。家族を想う心は映画に登場する誰もがみな同じであり、その想いが強いあまり、暴力に足を踏み入れてしまうのです。どの人間も苦悩を抱えているところに状況の複雑さが垣間見えます。」

娘の誘拐事件は解決したのか…..。シエロのなんとも言えない表情のアップで幕がひかれる。「子供が誘拐された親は生涯理不尽な思いを抱え、わが子が生きているのか死んでしまったのか、答えのないまま生きていかなければなりません。現実がそうである以上、具体的な映像を示すことは避けたいと思いました。あらゆる想像があの結末においては可能となります。娘が戻ってきたと思う人もいるでしょう。現実には非常に稀ですが、警察から数本の骨を渡されてそれらを埋葬したあと、わが子が生還した事例もあるからです。」さらにモデルとなった女性が2017年に殺されていたこともインタビューで明かした。「おそらくネットニュースなどを調べると書かれているのですでにご存じかもしれません。私がシエロのモデルにしたミリアム・ロドリゲス(1960~2017/実際に愛娘を誘拐した犯人グループを4年間追い続け10人の逮捕に貢献した)は残念ながら撃たれて亡くなりました。彼女と同じように、報復されて殺されたと思う人もいるでしょうし、さらに彼女が見た物は「死」だったとする観念的解釈や、想像の中でわが子と再会したとする詩的解釈も成立します。こうしたさまざまな理解の余地を残して、私は子供を誘拐された親たちの気持ちに寄り添いたいと願いました。」

ラストに映画が実話をもとに作ったことを明かすという、ややイレギュラーに思える構成。しかしその結末を描くにあたってミハイ監督の深い配慮があることを知り、なお現在進行中の問題の深刻さを実感する。

Information:

La Civil

監督:テオドラ・アナ・ミハイ
キャスト:アルセリア・ラミレス、アルバロ・ゲレロ、アジェレン・ムソ
135分/カラー/スペイン語/日本語・英語字幕/2021年 
ベルギー/ルーマニア/メキシコ

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