REALTOKYO CINEMA

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Review 60『街は誰のもの?』

ブラジルのストリートで「街」について考える

文・福嶋真砂代

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(c)KOTA ABE

ブラジルのグラフィティに興味を抱いた阿部航太監督(撮影・編集)のデビュー作が公開中だ。単身ブラジルに渡って6ヶ月間(2018-19)滞在し、「街は誰のもの?」というテーマについて、文化人類学視点で撮ったドキュメンタリー……と聞けば堅苦しい作品かと思うと、いやいや、とても敷居はひくい。映画の始まりこそグラフィテイロ(グラフィティアーティスト)を追うカメラの揺れにやや動揺しつつも、しだいにその“揺れ”ごと「ストリートにいる」臨場感となり、「いつからグラフィティをはじめたの?」「あなたにとってグラフィティを描くことの意味とは?」などカメラのこちら側から質問する阿部のゆったりとしたポルトガル語、それに答えるグラフィテイロとの会話を聴くうち、いつのまにか、自分もそこにいるように楽しんでいた。

ナレーションや音楽(サンバもボサノバも流れない)を使わず、風や雨の音、車の音、街の喧騒、鳥のさえずりが聴こえる、音の存在感も忘れがたい。前半はグラフィティ、そして後半にはグラフィティを撮影し終えて意識が変わったという阿部が撮る街の様子、スケートボードパークと、被写体は映り変わるが、阿部が見つめるのは一貫して「ひと」である。人間がいるから街がある、そんな単純なことに気づかされる。

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(c)KOTA ABE

サンパウロリオデジャネイロ、ベロオリゾンチ、プラナルチナの4都市をめぐって撮られたグラフィティは、それぞれにシチュエーションが異なり、それぞれのグラフィティがみせる趣きの違いに魅入る。とりわけプラナルチナのオドルス(ODRUS、ポルトガル語でSURDO=ろう者の意味)が描くグラフィティは息を呑むほど美しい。このまま美術館に展示してもおかしくないと思うが、オドルスは「美術館では限られた人しか見れない。いっぽうグラフィティはより多くの人に見てもらえる」と語るのだ。なるほど。そして日本人グラフィテイロ中川敦夫のグラフィティの華やかな迫力、そこに宿る意味の深さを識る。グラフィテイロの人生観、さらに「グラフィティとは“手放すこと”」とリオデジャネイロで興味深い言葉も聞いた。

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(c)KOTA ABE

ところで実際に「街は誰のもの?」だろう。その答えは単純ではないし、場面場面で答えは違うかもしれない。アートからは離れるが、少なくとも「“自分が”住む、旅する、通う場所」と意識するならば、美しく、楽しく、快適に、保ちたくなるのが自然だろう。しかしいったん「公共の場所」となると何らかのルールが必要になる。どうしても他人任せの意識が邪魔をする。グラフィテイロたちが語る、街を「豊かに」する意識はどうしたら生まれるのだろう。個人的には、歩き疲れたら休む場所があり、見知らぬ人とも語りあえたり、人の温かみがある街であってほしいと、特徴のない他人行儀な街(巨大な建物群)が生まれるたびに思うのだが。

蛇足だけれど、以前筆者が航空会社勤務で東京とロンドンを激しく往復していた頃、街の滞在時間は短いが、「次にまた来る人」として、そこで知り合う人と次の約束をすることは可能だった。ある時、スプレー缶で描くグラフィティ少年たちとロンドンの下町で知り合い、「次回もまた見に来る」と約束をして、人目につかない時間、場所を見つけてゲリラ的に描くグラフィティの現場を見せてもらったことを、この映画を見て思い出した。それはとてもアートとは呼べないグラフィティ(おそらくピシャソン)だったのだが、ちょっとスリリングで魔法のような時間だった……。

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(c)KOTA ABE

いまやスマートフォンで映画が撮れる時代。それが映画なのか、映画と呼ばないのか、その境界も意味をなさなくなろうとしている。「こんなことを言うと語弊があるかもしれないけど」と恐る恐る「こんなに楽に映画が撮れるんだ」という感想を抱いたことを阿部監督に伝えると「映画を撮ることが唯一の表現方法というより、ブラジルのストリートを考えるための一つの手段としてカメラを回したので、まったく語弊はありません」という返事をいただいた。もちろん、この“リラックス”を感じる裏側には丁寧なレイヤーが重ねられているのは言うまでもない。阿部監督が作り上げた分厚い資料を読むと、映画を作る動機や過程などをより理解することができるので、ぜひ公式サイトやパンフレットのプロダクションノートも読んでいただければと思う。

そういえば、まだ記憶に新しい「東京2020オリンピック」のスケートボード競技に起こった新たな熱狂の渦、その源には互いをリスペクトする有機的な関係性がある。まさにそれを育む土壌を、映画後半に映る「パーク」のスケートボーダーたちから学ぶことができる。ある少年が放つ「スケート オア ダイ」という言葉が超クール。その言葉が多くを物語る。夢中になれることがある豊かな時間、こんなに刺激に満ちているストリート、緊張感と同時に、日本にはないゆったりと自由な空気の匂いを感じる。そろそろ旅にでかけてそんな空気を吸いたい、ムクムクと旅心が湧いてくる。

Information: 

監督・撮影・編集:阿部航太

https://www.machidare.com/

2021年12月11日(土)よりイメージフォーラムにて公開

●アフタートークゲストスケジュール

2/11土: 田中元子(グランドレベル代表取締役)終了
12/12日:荏開津広(DJ/ワーグナープロジェクト音楽監督)終了
12/18土:宮崎大祐(映画監督)終了
12/19日:三宅唱(映画監督)終了
12/25土:宮越里子(グラフィックデザイナー)終了
12/26日:高山明(演出家・アーティスト)終了

●関連サイト

https://www.instagram.com/trashtalkclub/?hl=ja

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