REALTOKYO CINEMA

リアルトウキョウシネマです。映画に関するインタビュー、レポート、作品レビュー等をお届けします。

Info:『カモン カモン』レビュー RealTokyo掲載のお知らせ

子どもたちと、未来について考える旅をしよう

(C)2021 Be Funny When You Can LLC. All Rights Reserved.

Written by 福嶋真砂代 / 2022.4.26

マイク・ミルズ監督は、自分の子供をお風呂に入れているときにインスピレーションを得て、脚本を書いたという。どおりで泡のようにやわらかな(ちょっとはかない)感触が映画全体を包み込む。『人生はビギナーズ』では自分と父親、そして『20センチュリー・ウーマン』では母親との関係を考察したミルズは、本作で「子どもたちと未来」を見据え、イマジネーション豊かな、そして親密な世界を描いている。 

...... 続きは、RealTokyo

 

A journey with children for thinking about the future

Director Mike Mills says he was inspired to write the script for this film while giving his child a bath, and as one might expect, a bubble-like softness (and a slight sense of fragility) pervades its entire length. After examining his relationship with his father in “Beginners” and that with his mother in “20th Century Women,” Mills turns his attention to children and the future in this imaginative and intimate work.

..... to be continued at RealTokyo.

Information:

『カモン カモン』

監督・脚本:マイク・ミルズ
2022.4.22
公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ

www.realtokyo.co.jp

Interview 016 舩橋淳さん(『ある職場』監督、撮影、録音、脚本、編集)

時代の無意識を掬いとるような映画を撮りたい

 

取材・文:福嶋真砂代

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© 2020 TIMEFLIES Inc.

(※アンダーバー+リンクはRTCの意図とは関係なく「はてなブログ」仕様によるものです。無視しつつお読みいただければと思います。)

 

「日本のセクシャルハラスメント(以下、セクハラ)問題を考える」というセンシティブなテーマに果敢に挑んだ舩橋淳監督に、『ビッグ・リバー』(2006) 以来、16年ぶりとなるインタビューをZoomにて行った。日本社会で表に出るセクハラ事件は氷山の一角であり、その事案は後を絶たない。いったい何故なのだろう? 

映画は、とある一流ホテルチェーンの社員旅行にカメラが入り込む。実際に起きた事件をもとに描かれるフィクションだが、それはまるでドキュメンタリーのように登場人物の予測のつかない言動をモノクロ映像で追っていく。ホテルのフロント係、大庭早紀は上司から密室でセクハラを受けた。その後SNSの炎上があり、いまだその渦中にあることが旅行中に明かされる。それに対する同僚たちの反応は様々だ。早紀に寄り添う先輩、痛烈な意見を言う上司、またはカミングアウトするゲイカップル(唐突!)等々、同伴者も混ざる異色な空間が有機物のように生成されていく。しかし、彼らの白熱する議論はどこへ向かっているのだろうか……。(第33東京国際映画祭 TOKYOプレミア2020出品作品)

 

ーー「ある職場』はドキュメンタリーとフィクションを行き交うような手法で、日本のセクハラ問題について撮られたチャレンジングな作品だと思いました。いくつか謎のように思える部分もあり、お話を伺えればと思います。

 

舩橋:今回このように撮った理由には、「時代の無意識を掬いとりたい」という僕の映画への基本姿勢があります。『ビッグ・リバー』や『フタバから遠く離れて』(2012)もそのような意志から作りました。2007年に10年以上住んだアメリカから帰国後、心にひっかかりながらも撮る機会がなかったテーマに「ジェンダーの不平等」があります。アメリカもひどい状況ですが、日本のほうがもっとひどく、MeToo運動なんかほぼ無いに等しい。男女の不平等がまだまだ社会にある、ということは社会として全く未成熟だということです。テーマの設定としてまずそれがありました。

 

いっぽうで、僕の中には純粋に映画的な探求があり、ドキュメンタリーと劇映画を往復するように、これまでその両方を撮ってきました。劇映画では「あなたの映画ってドキュメンタリーっぽいね」と、またドキュメンタリーでは「劇映画っぽいね」と言われたりしました。劇映画では、俳優がセリフを発語することの作りもの臭さが気になって、それを剥ぎ取ろうとするように撮っていました。例えばプロの俳優に「そのままでいいですよ」と言ってもすごくがんばって演技をしてくれます。「俺はすごい」「私はこんな演技をするの」という前向きのエネルギーが無意識として(画面というのはセンシティブなので)映るんです。だけど人間の本当の姿というのはそうじゃない。ぼーっとしたり、少し気が抜けているときもある。そういうときこそが人間の本当の姿だなと思います。そこが僕がドキュメンタリーに惹かれる理由でもあります。映画の中で本当の人間の姿にできるだけ近づけるにはどうしたらいいのかという基本的な探求を持ち続けてきました。

 

以上の二点の合流点、というべきものが今回の映画にあるのです。台本にセリフは書かれていなくて、大きな流れを決めて、役者にそれぞれ基本的な設定を与えました。ハラスメントを受けた女性、彼女をとにかく護ってあげる人、男社会というのはそんなに簡単に変わらないから我慢してドライに生きて、男たちを見返してやればいいじゃないという人、他にも日和見主義的な人、セクハラなんか大したことないと思っているけど言わずにいる人、等々が登場します。最初はドキュメンタリーを撮ろうとセクハラ事件についてペン取材をしました。しかし名前や顔出しとかが難しいということで、特定化されないようにフィクション化したというのが劇映画になった理由です。僕が描きたいと思ったのは「セクシャル・ハラスメントをこの社会がどういうふうに受け止めているか」ということです。実に多様な受け止め方があり、心の底では「大したことない」と思っている人がいるような、せちがらい世の中です。しかし「大したことない」と思うのは性差別です。もちろん被害者を悲劇的なヒロインとして描く方法もありますが、僕はそちらじゃないほうを選んだのです。

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© 2020 TIMEFLIES Inc.

■観客も議論の渦中にいるような経験を

 

ーー登場人物の発言にだんだん腹が立ってきて、とくに野田さんの発言は強烈でした。でも世の中にそういう人は「いるいる」と思えます。いろいろな職場を経験して、彼らのようなキャラクターに出会ってきました。ただMeToo運動も経て、もう少し進化しているかと期待した分、「ああ、まだこうなのか」と現状に落胆しました。ところでこの社員旅行の設定は実際にあったのでしょうか?

 

舩橋:保養所への社員旅行というのは完全なフィクションで、「本音をぶちまけあう」という設定がほしかったのです。日本の企業組織では、このように15人くらいが車座に座って「あなたはどう思う?」なんていう状況はなかなかない。「バカンス」という設定で、無礼講でお酒も入り、冗談を言ううちに口が滑って、みんなが触れづらいことを話し出し、いつのまにか激論になる、というほうが本音が聞けるのではないか。日本の社会では、本音を建前でブロックしがちです。しかしフィクションでは、そのブロックがなくなり、まるで裸でやるデスマッチのような状態を見せることで、観客も裸で向き合えるような空間に身を差し出して、議論の渦中にいるかのような経験をしてほしいなと思ったんです。

 

ーー映画のなかで、リミッターを解除するきっかけとなる「キュー」がありました。はじめのキューは、ネットで悪さをしているSNSに電話をかければ本人に繋がるだろうという緊迫シーンで、議論の衝突が起こる。そういう「キュー」については舩橋監督が設定されたのですか?

 

舩橋:そうです。あらかじめ全体の流れは決めていました。またこの映画には主人公がいないのも狙いです。それぞれが自分が本当に正しいと思って話している。あの野田さんも彼なりに「これが正しい」と本当に信じているんです。

 

ーーそれを聞くとますます...、野田を演じられた田口善夫さんはとてもリアルでした。

 

舩橋:この映画の設定をするとき、役者がそれぞれのキャラを本気で信じるまで話し合いました。例えば野田は「セクハラなんか大したことない」と信じてる。というのは、セクハラを犯した加害者・熊中は、部署異動を命じられ、結局は会社に居づらくなり辞職した。人生のタイムスパンで見ると、早紀にはつらい約半年間かもしれないけれど、熊中は一生ものの辛さである。そう見ると熊中のほうがかわいそうじゃないかと野田は思った。それぞれの役者が自分の正当性を信じ込むまで話し合い、リハーサルなしで「せーのドン」で議論をはじめました。誰が勝つかはわからない。時々ブンってカメラが急に振れたと思います。あれは「あ、この人がいましゃべるんだ」と僕が驚きながらカメラを回していたからです。自分が驚き、また発見するように撮るほうが生々しさが記録されると思いました。ライブ感満載の「ガチの議論を撮る」映画なのです。

 

■被害者を守れない社会への違和感

 

ーーなぜ半年後の二回めの旅行を描いたのでしょうか。早紀にとって苦行のように思いましたが。

 

舩橋:なぜかと言うと、「被害者・早紀が疲弊してしまう」ことを描こうとしたのです。解決の明確なルール化や透明性がない中、被害者は誹謗中傷され袋叩きにあい、どんどん疲弊してしまう。映画の最後に統計を示していますが、ハラスメント被害者の約45%は被害後何もしないで終わっている。この数字は非常に重大だと思います。当事者が諦めてしまうのです。時間が経過しても表面的な処分はあっても根本的な解決とは程遠く、噂話が流れるなかで毎日生きていくという現実がある。渦中の人間は、事件直後はカーッとなっているからなんとかもつかもしれませんが、時間の経過とともに疲れ切ってしまう。主人公の女性がセクハラに遭ったことだけをとりあげて悲劇化するのではなく、まっとうに処理できず、被害者を守れない社会がおかしいのではないかということを問いかけたかったのです。

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© 2020 TIMEFLIES Inc.

ーーたびたび海とサーファーが挿入されているのが意味深でした。

 

舩橋:映画のロケ地は湘南です。サーファーが多くいて、それを情景として入れました。社会の荒波ととる人もいるかもしれないし、いろいろな解釈ができると思います。ただ美しいと思ったので撮っていましたが、以前観た小津安二郎監督の『麦秋』(1951)にそっくりなショットがあって仰天しました。「鎌倉は松竹大船撮影所が近くにあったところだ」と。今作のキャラクターの名前も、松竹の監督や脚本家の名前、小津、大庭、木下、野田……と付けてしまいました(笑)。ちなみに次回作には大映の監督名が出てきます。同じ役者陣で撮影した作品をいま編集していて、テーマは自己責任社会です。

 

ーー東京国際映画祭上映では「些細なこだわり」というタイトルでしたが、変えた意図とは?

 

舩橋:これは性に関するそれぞれの温度差や感覚の違いというものが如実に出てしまう映画になるだろうと予想していたので、それぞれのこだわりの違い、ということで「些細なこだわり」という暫定タイトルではじめました。僕はフレデリック・ワイズマン監督が好きで、ドキュメンタリーはワイズマン監督の影響を受けたりしていますが(舩橋によるインタビュー「全貌フレデリック・ワイズマンアメリカ合衆国を記録する」は岩波書店から出版されている)、彼は現実世界にカメラが没頭して、あたかもカメラが存在せずに人がその環境にいるかのような映画を構築しますが、今回の『ある職場』もまさしくその議論の渦中に自分がいるかのように見えてしまうように、僕がひとりでカメラを回して、全員が議論し、次に誰がしゃべるのか展開がわからないライブをそのままドキュメントしていくスタイルにしました。ワンテイク2時間撮っていたりするんです。約60時間のフッテージを撮り、3ヶ月半かけて編集しながら物語を紡いでいくと、これはひとつの職場のお話なのだなとだんだん見えてきました。例えば小説を書き終わったときにタイトルが見える、そんな方法に似ています。編集を経てようやくタイトルの「ある職場」がわかったということなんです。

(このインタビューは2022年2月16日に行われました。)

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舩橋淳監督ZoomInterview

インタビュー後記:

筆者の感想を正直に話すと、本作を初めて観た後、喉には小骨がひっかかったような、何か腑に落ちない感触が残った。その内訳をおおまかに分析すると、まず映画の基本的なシチュエーションについて、この社員旅行そのものが不思議に思えた。なぜなら参加者はそれほど打ち解けたメンバー構成ではなく、その状況で女性にとって極めてセンシティブなセクハラ問題を話し合うことの危険性。最も精神的にダメージを受けている時期に旅行に参加することさえ苦しいだろう。さらには参加者の中にいる取材者のようなカメラマンの存在。折々に挿入される波とサーファーの海辺の風景。牧歌的なピアノ曲による場面展開(まるでホン・サンス映画を想起させるようだ)によってますます謎めき考えこんだ......、言い換えればそれほどまでに映画に嵌まり込んでしまっていた。さてインタビューで、舩橋監督は小骨をそっと抜くように、丁寧に謎に答え、また謎を残してくれた。しかし謎解きされなかった部分にこそ、映画の愉しみがあるように思う。舩橋監督が吉田喜重監督と対談をした著書「まだ見ぬ映画言語に向けて」(作品社)は謎解きヒントの宝庫である。映画の森に迷い込み、そこに息づく樹木、木の年輪、枝の様相、葉っぱの葉脈までも鮮明に見えてくるような、ふたりの名監督の映画話に読み耽る。『道頓堀よ、泣かせてくれ!DOCUMENTARY of NMB48(2015)に触れた章のなかに、舩橋が温めていたという今回のテーマ「ジェンダーの不平等」についての記述がある。日本の未成熟な社会について鋭く的確なまなざしを向けている。

ジェンダー不平等や女性のエンパワーメントがまだまだ後進国である日本において、女性の社会的地位は男性と同じとは言えません。それはシングルマザーの貧困率が高かったり、女性の再就職が困難であったりする状況だけでなく、女性は年齢が若ければ若いほどいい、「若いわね~」というのが褒め言葉になるベース文化(~略~)があり、若くフレッシュでなければだめという美的価値観が、「若くてかわいい」アイドル文化を支え、逆に「若くてかわいい」でなくなれば、用なしとなる厳しい世界を生んでいました。」

(「まだ見ぬ映画言語に向けて」著者:吉田喜重舩橋淳 より)

 

 Information:

『ある職場』

監督、撮影、録音、脚本、編集:舩橋淳 出演:平井早紀、伊藤恵、山中隆史、田口善央、満園雄太、辻井拓、藤村修アルーノル、木村成志、野村一瑛、万徳寺あんり、中澤梓佐、吉川みこと、羽田真

2020 年/135 分/カラー&モノクロ/16:9/DCP 
配給・宣伝:株式会社タイムフライズ

2022年3月5日(土)ポレポレ東中野にてロードショー

★『ビッグ・リバー」インタビュー(ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。「ほぼ日刊イトイ新聞」)

2006-05-23 vol.117  - Big River 1-
2006-05-26 vol.118  - Big River 2-
2006-05-30 vol.119  - Big River 3-

【ある職場】| 第33回東京国際映画祭(2020)

2021年 わたしの10大イベント「CINEMA10」

REALTOKYO CINEMA(RTC)はおかげさまで6年目を迎えました。さてお待ちかね、新年恒例CINEMA10は、今年も多彩な分野の選者7名(澤隆志、石井大吾、松丸亜希子、前田圭蔵、白坂由里、フジカワPAPA-Q、福嶋真砂代)による個性豊かなラインナップ(ジャンル、形態、公開年問わず、2021年に観た映画から10本を選びました)が揃いました。2021年を振り返りつつ、お楽しみいただければ幸いです。予測不能パンデミック、国際情勢、異常気象に翻弄される時代に、地球の悲鳴に耳を澄まし、日常の小さな幸せを大切に、これからもさまざまな映画にアンテナを立てていきたいと思います。2022年もRTCをどうぞよろしくお願いいたします。

※アンダーバー+リンクはRTCの意図とは関係なく「はてなブログ」仕様によるものです。無視しつつお読みいただければと思います。

<2021 RTC CINEMA10>
★澤 隆志の2021 CINEMA10

コメント:1が元旦から公開スタートしたことが象徴的な2021年のほぼ見た順。「My body is my story」とは8の引用だが今年の10作全てに通底する。1も4も「家」に食われそうになる女の抵抗。3、7、10は学校や工場といった男コミュニティでの女の抵抗を描く!  国民—移民-難民の線引きを依然ほったらかしにしている我が国の齟齬について、2はワイズマンのドキュメンタリーの様でいて実は周到なドラマ作品、6は北野武キッズ・リターン」然とした青春映画に映るが紛うことなきドキュメンタリー。両者の突きつける現実は、今も未解決で、とても痛い。 身体の先天的、後天的変調を描く作品。5は目の見えない白鳥さんに付き添って監督などが対話型鑑賞をする。僕の見た回は視覚障害者向けコメンタリー付き上映。劇中の個人的な関係性の上での作品描写と、コメンタリー上の客観的描写。二者の微妙な差異がとても面白い。9は、認知症患者の迫真の演技を描くのではなく、編集のトリックを用いて映画的に認知症の世界認識を仮想体験させるという逆転が効奏している。 他者や制度の管理下にあるMy body を奪還する作品に惹かれた年であった。

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Flos Pavonis 百瀬文 (2021)
  1. 『スワロウ』http://klockworx-v.com/swallow/ (https://www.amazon.co.jp/dp/B093G61W8X/)
  2. 『海辺の彼女たち』https://umikano.com/
  3. 『女の子たち 紡ぐと織る 寺尾紗穂、青葉市子、小林エリカ 』at 隅田川怒涛https://dotou.tokyo/news/229/  (https://www.youtube.com/watch?v=kb_UKVbi7m0)
  4. 『あのこは貴族』https://anokohakizoku-movie.com/  (https://www.amazon.co.jp/dp/B095MG2RTP/)
  5. 『白い鳥』https://topmuseum.jp/contents/new_info/index-4183.html  (https://theatreforall.net/movie/awhitebird/)
  6. 『東京クルドhttps://tokyokurds.jp/
  7. 『プロミシング・ヤング・ウーマン』https://pyw-movie.com/  (https://www.amazon.co.jp/dp/B09JLB4RGH/)
  8. 『Flos Pavonis』百瀬文 at 新・今日の作家展2021 日常の輪郭https://ycag.yafjp.org/exhibition/new-artists-today-2021/
  9. 『ファーザー』https://cinerack.jp/thefather/https://www.amazon.co.jp/dp/B09BQLDZF2/)
  10. 『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノat イメージフォーラム・フェスティバルhttp://www.imageforumfestival.com/2021/program-h3https://unluckysex-movie.com/
★石井大吾の2021 CINEMA10

コメント:音楽映画が多く悩みます。映画が音楽の価値を掘り出し、歴史を編集するようです。『フィッシュマンズ』では彼らの音楽が鮮烈に甦ると同時に90年代がはるかノスタルジーであることを突き付けられるようでもありました。全体的には心の底の方をザワザワとさせる映画が多かったように思います。場所や時間、記憶というものを意識させるのでしょうか。時の流れというものは嫌でも世界を更新し、強固に構築していきます。私はあまり夢を見ないのですが、『サマーフィルムにのって』の観賞後、影響をもろにくらって未来から来た人に提言を受けるという夢を見ました。その世界では経済的にも環境的にも牛丼や豚丼(なぜ丼なのかはわかりません)を食べることがもはや難しく、もやし丼が食事の最高の選択肢でした。そのときに備えて私は美味しいもやしの研究者への道を歩んでいました。見ていない方には何のことやらかもしれませんが、さて映画の未来は。

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フィッシュマンズ』(C)THE FISHMANS MOVIE 2021
  1. 『ドライブ・マイ・カー』https://dmc.bitters.co.jp/
  2. フィッシュマンズhttps://fishmans-movie.com/
  3. 『春を告げる町』https://hirono-movie.com/
  4. 『街の上で』https://machinouede.com/
  5. 『逃げた女』https://nigetaonna-movie.com/
  6. アイヌモシリ』http://ainumosir-movie.jp/
  7. ブータン 山の教室』https://bhutanclassroom.com/
  8. 『アジアの天使』https://asia-tenshi.jp/
  9. 『春江水暖』http://www.moviola.jp/shunkosuidan/
  10. 『サマーフィルムにのって』https://phantom-film.com/summerfilm/
★松丸亜希子の2021 CINMA10

コメント:新潟県長岡市に移住して8年目、2020年に引き続き、県内から一歩も出ずに終わった2021年。前年に折れた脚を1年余にわたり支えてくれた金属プレートを抜釘手術で取り出し、コロナ禍の最中に全身麻酔の手術を2回も経験してしまいました。このリストは劇場で見て印象的だった作品を観賞順に並べたもの。新潟では上映予定がないとか、だいぶ遅れて上映されるとか、じっと待つことや諦めることにも慣れたけれど、濱口竜介監督の2作品を早めに見られてよかった!

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『偶然と想像』 (C)2021 NEOPA / Fictive
  1. 『すばらしき世界』https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/
  2. 『あのこは貴族』https://anokohakizoku-movie.com
  3. ノマドランド』https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html
  4. 『JUNK HEAD』https://gaga.ne.jp/junkhead/
  5. 『夏時間』http://www.pan-dora.co.jp/natsujikan/
  6. 『くれなずめ』https://kurenazume.com
  7. 『最後にして最初の人類』https://synca.jp/johannsson/
  8. 『ドライブ・マイ・カー』https://dmc.bitters.co.jp
  9. 『逃げた女』https://nigetaonna-movie.com
  10. 『偶然と想像』https://guzen-sozo.incline.life
★前田圭蔵の2021 CINEMA10

コメント:生きていると、映画のワンシーンのような場面に出くわすことがある。感情が揺り動かされ、意識が幽体離脱のように自分のカラダから少し遠のき「なんだか映画のようだな」とふと思う・・・そんな瞬間に出くわすことがある。ごくまれに出くわすそんな場面は、もちろん「007」のような派手な場面なんかではない。一見さして変化のない日々の営みや、通勤や旅のさなかなどで、まるで映画のような予期せぬ場面に遭遇し、それがすぐには言葉にはならないけど自分にとって明らかに大切な“何か”を呼び覚まされる・・・。映画を観続けているのは、なかなか思い出せなかったり気づけなかったりする、そんな大切な“何か“に気づかせてもらいたいからなのかもしれない。だから、僕の中では映画と日常は地続きで離れ離れになりようがない。

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『風櫃の少年』(C)Central Motion Picture Corp.
  1. 『すばらしき世界』https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/
  2. 『逃げた女』https://nigetaonna-movie.com/
  3. アメリカン・ユートピアhttps://americanutopia-jpn.com/
  4. アメイジング・グレイスアレサ・フランクリンhttps://gaga.ne.jp/amazing-grace/
  5. 『春江水暖』http://www.moviola.jp/shunkosuidan/
  6. 『ドライブ・マイ・カー』https://dmc.bitters.co.jp/
  7. 『Shari』https://shari-movie.com/
  8. 『リル・バック ストリートから世界へ』http://moviola.jp/LILBUCK/
  9. 『風櫃の少年』https://www.ks-cinema.com/movie/taiwan2021/
  10. 『偶然と想像』https://guzen-sozo.incline.life/
★白坂由里の2021 CINEMA10

コメント:『梅切らぬバカ』の和島香太郎監督は、数年前にドキュメンタリー映画の編集に携わったときに描けなかった出来事が心に残り、フィクションとしてなら描けるかと思ってこの映画を制作したという。書けないことを物語化する動機はよくわかる。また、言葉でうまく表現できなかったり、何かを呑み込んでいたりする人物が開示する作品を選びがちかも。『ドライブ・マイ・カー』の運転手も、語らずに亡くなった人と残された人の物語も同様に。外国人技能実習生の実話に基づく『海辺の彼女たち』では、俳優とカメラマンの身体性に引き込まれながら見た。『由宇子の天秤』は誰でも「明日から」を失いたくない中で、自分はどうあろうとするかを問われる作品だ。むしろ聞き役のセルヒオ(『83歳のやさしいスパイ』)を手本としたいところだが。一方、箱庭的なフレーム内世界『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』は、行ったことのない向こう岸を怖がったり、誰かを排斥することで回ったりする楽隊とか寓話的で巧みだ。でもやっぱり『ノマドランド』のような移動の映画がいいなあ。叫んでも誰にも咎められない大地。迷ったら自然に聞いてみるのが一番だ。(リストは順不同)

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(C)2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト
  1. 『梅切らぬバカ』https://happinet-phantom.com/umekiranubaka/
  2. 『ドライブ・マイ・カー』https://dmc.bitters.co.jp/
  3. 『海辺の彼女たち』https://umikano.com/
  4. 『由宇子の天秤』https://bitters.co.jp/tenbin/
  5. 『83歳のやさしいスパイ』http://83spy.com/
  6. 『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』https://www.bitters.co.jp/kimabon/
  7. ノマドランド』https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html
  8. 『羊飼いと風船』https://www.bitters.co.jp/hitsujikai/
  9. 『へんしんっ!』https://henshin-film.jp/
  10. 『ミナリ』https://gaga.ne.jp/minari
★フジカワPAPA-Qの2021 CINEMA10

コメント:音楽系を中心に。①デイヴィッド・バーンのブロードウェイ舞台をスパイク・リーが監督。11人の音楽家の動きと音が最高!②NYが舞台のリン=マヌエル・ミランダ原作作詞作曲のラテン・ミュージカル舞台をジョン・チュウが映画化。③アイスランド出身の作曲家ヨハン・ヨハンソン(1969~2018)が監督・音楽を手がけ、旧ユーゴの戦争記念碑群を撮影したSF。④1969年夏、NYハーレムで開催された黒人音楽フェスの記録。凄い顔ぶれによるライヴが圧巻。⑤1974年に製作された、フロム土星のサン・ラー師匠が主演・脚本・音楽を担当したSF。アーケストラの演奏場面も。⑥ジョン・コルトレーン生誕95周年記念のドキュメンタリー。かの四重奏団はやはり最高!⑦ミュージカル『レント』の作者を描くドラマで、②のミランダが監督。スティーヴン・ソンドハイムも登場。⑧民主化運動に参加する、LGBTQの現代香港ポップス歌姫の活動を追うドキュメンタリー。FREE HK!⑨ジョン・ベルーシの夫人が全面協力した貴重な素材満載のドキュメンタリー。ブルース・ブラザーズは最高だった!⑩ジェニファー・ハドソンアレサ・フランクリンを演じるドラマ。アレサの歌は永遠に!(リストは五十音順)

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『サマー・オブ・ソウル』© 2021 20th Century Studios. All rights reserved.
  1. アメリカン・ユートピアhttp://americanutopia-jpn.com/
  2. 『イン・ザ・ハイツ』https://wwws.warnerbros.co.jp/intheheights-movie.jp/
  3. 『最後にして最初の人類』https://synca.jp/johannsson/
  4. 『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』https://searchlightpictures.jp/movie/summerofsoul.html
  5. 『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』http://sunra.jp/
  6. ジョン・コルトレーン~チェイシング・トレーン』https://www.universal-music.co.jp/john-coltrane-chasing-trane/
  7. 『tick, tick...BOOM!:チック、チック…ブーン!』https://www.netflix.com/jp/title/81149184
  8. 『デニス・ホー~ビカミング・ア・ソング』http://deniseho-movie2021.com/
  9. 『BELUSHI ベルーシ』http://belushi-movie.com/
  10. 『リスペクト』https://gaga.ne.jp/respect/
★福嶋真砂代の2021 CINEMA10

コメント:ダンスの振りを忘れて焦る奇妙な初夢に冷や汗、踊りながら(笑)選びました。1)33歳にしてこの成熟度、“山水絵巻”のような繊細かつダイナミックな作風に驚嘆。2)しのび寄る戦争の恐怖を“ぼんやりきまじめ”に描く独特の世界観、三木聡鈴木卓爾ロイ・アンダーソンにも通じるタッチ。3)“ハウスレス”に生きる人々、黙示録のようで震える。4)本の運命を問う映画、本屋よ永遠に!5)スパイク・リー監督によるデイヴィッド・バーンライブ映画化は永久保存版。6)私のBGMにジューキンが加わった。愛と努力が人生を決める。7)「吉開菜央」の魅力が詰まる宝箱。インタビューで感じた彼女の体温も印象的。8)ライブハウス火災事故後に病院で死者が続出。ルーマニアの闇は他人事ではない。9)フレデリック・ワイズマン監督(91歳)の冷めない情熱。「俺は“映画”を撮っている」のズーム対談取材も楽しかった。10)山内マリコ原作をエンターテインメントに仕上げた岨手由貴子監督、日本の階層社会に痛快に切り込んだ。番外)『理大囲城』(YIDFF2021大賞)大学立て籠もりを学生自ら撮影した壮絶ドキュメンタリー。香港に向かって祈るのみ。(リストは順不同)

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『Shari』©2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa
  1. 『春光水暖』http://www.moviola.jp/shunkosuidan/
  2. 『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』https://www.bitters.co.jp/kimabon/
  3. ノマドランド』https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html
  4. 『ブックセラーズ』http://moviola.jp/booksellers/
  5. アメリカン・ユートピアhttps://americanutopia-jpn.com/
  6. 『リル・バック ストリートから世界へ』http://moviola.jp/LILBUCK/
  7. 『Shari』https://shari-movie.com/
  8. 『コレクティブ 国家の嘘』https://transformer.co.jp/m/colectiv/
  9. 『ボストン市庁舎』https://cityhall-movie.com/
  10. 『あのこは貴族』https://anokohakizoku-movie.com/
●選者プロフィール

・澤隆志:2000年から2010年までイメージフォーラム・フェスティバルのディレクターを務める。現在はフリーランス。パリ日本文化会館、あいちトリエンナーレ2013、東京都庭園美術館青森県立美術館などと協働キュレーション多数。「めぐりあいJAXA」(2017-)「写真+列車=映画」(2018)などプロデュース。

・石井大吾:fuse-atelier、blue studioを経て2008年よりDaigo Ishii Designとして活動開始。建築、インテリア、家具などのデザインを手がける。2009-2015年には中野にてgallery FEMTEを運営。 2018年からは株式会社アットカマタの活動にも参加している。2019年、京急梅屋敷にKOCA(http://koca.jp)をオープン。https://www.daigoishii.com/

・松丸亜希子:1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中に旧REALTOKYO創設に携わり、2016年まで副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。

・前田圭蔵:世田谷美術館学芸課を経て、80年代後半より音楽やコンテンポラリー・ダンスを中心に舞台プロデュースを手掛ける。F/T11、六本木アートナイト、あいちトリエンナーレ2013パフォーミング・アーツ部門プロデューサーなどを歴任。現在は東京芸術劇場に勤務。旧realtokyo同人。

・白坂由里:神奈川県生まれ、小学生時代は札幌で育ち、現在は千葉県在住。『WEEKLYぴあ』を経て1997年からアートを中心にフリーライターとして活動。学生時代は『スクリーン』誌に投稿し、地元の映画館でバイトしていたので、いまも映画に憧れが……。

・フジカワPAPA-Q:選曲家、DJ、物書き、制作者等。NHK-FMゴンチチさんの番組「世界の快適音楽セレクション」選曲構成。コミュニティ放送FM小田原の番組制作者として、巻上公一さん等の番組担当。フジロックで開催のNO NUKESイベント「アトミックカフェ・トーク&ライブ」(MCは津田大介さん)制作。等々色々活動中。

・福嶋真砂代:RTC(REALTOKYO CINEMA )主宰。航空、IT、宇宙業界勤務を経てライターに。『ほぼ日刊イトイ新聞』の「ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。」などコラム寄稿(1998-2008)。桑沢デザイン塾の黒沢清諏訪敦彦三木聡監督を迎えたトークイベント「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター&MC(2009)。現在はRealTokyoや雑誌「キネマ旬報」にも寄稿しています。

TIFF Review:『四つの壁』(第34回東京国際映画祭 コンペティション部門)

想像力を刺激される夢の世界へ

文・福嶋真砂代

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(C)MAD DOGS & SEAGULLS LIMITED

34TIFF最優秀男優賞を受賞(アミル・アガエイ、ファティヒ・アル、 バルシュ・ユルドゥズ、オヌル・ブルドゥの主演4名 )した『四つの壁』は、バフマン・ゴバディ監督がトルコ・イスタンブールの海辺の街を舞台に撮影し、同映画祭でワールドプレミア上映された。ところで、ゴバティ監督の姿をリモートとは言え、実際に見られるのは、2010年『ペルシャ猫を誰も知らない』でクルド自治区に逃れていた時期にリモートインタビューして以来になる。まずはゴバティ監督が無事であること、そして新作を観ることができたことが嬉しかった(前回のインタビューではイランにおける不自由な文化活動の実態がわかるのでぜひ下記リンクをご参照下さい)。

空港周辺で鳥を撃つ仕事をする(飛行機のエンジンなどに入り込むのを防ぐ目的)クルド人ミュージシャンのボランは、海が見える景観の美しいアパートメントをローンで購入し、妻と幼い息子を呼び寄せて一緒に住むはずだった。しかし事故により二人を失い、ボランも一時昏睡状態になり、意識回復後もトラブルが襲いかかる。まず新しい家から見えるはずの海が消えていた。次にコーランの爆音が毎日鳴り響く。さらにボランの家に謎の女性アラルが押しかけて同居することに……。ボランの親友や、「コーランを流すのをやめてほしい」とボランが頼んだことがきっかけで職を失い、そのままボランのバンドに入ることになる男、あるいはクセの強い警察官の存在など、個性豊かなキャラクターたちが絡みあい、哀愁に満ち、どこか親しみを感じる情熱的な音楽が彼らの物語に深みと彩りを加える。

ゴバティ監督の初期作品『亀も空を飛ぶ』の衝撃は今でも忘れられない。「クルド人」という国土を持たない“世界最大の少数民族”の存在を等身大に認識したのは(遅きに失するが)この映画だった。民族の文化、運命、悲哀、希望を、様々なメタファーを用いて表現する天才の存在を知った。演技未経験の少年少女たちを起用し、タイトルも含めて、メルヘンとリアルの境目を行き来しながら、残酷な歴史をファンタジーとして記憶に刻んでいく。「その状態」からファンタジーを想像することなど難しいに違いない現実をそのままに撮るのではなく、ゴバティ独特の音楽と映像感覚で、現実と夢をシンクロさせていく。その創作法は、あまりにも悲劇に満ちた民族の運命と現実、同時に彼らの文化と生命力を信じている証しだ。流れる多くの血を映すより、“亀が空を飛ぶ”ように夢の中で次元をワープしてしまう魔法(つまりこの世から命が消える)を撮る、ということなのだと理解する。ゴバティ監督は自身が厳しい環境におかれているときこそユーモアを決して忘れず、相手(インタビュアー)を笑わそうとする、そんな無類の優しさを思い出す。

この『四つの壁』では、『ペルシャ猫を誰も知らない』を上回る音楽性の高さを感じ、またもや不思議なメタファーに満ちている。タイトルそのものの意味も劇中に直接的には語られず、受け手の想像力をめいっぱい刺激する。昔の歌のタイトルも想起されるし、禅的な心的状態にも、または「四面楚歌」という言葉も思い浮かぶ。しかし大事なことは、どんなに絶望の壁にぶち当たろうと、“生きる”ことだ。最愛の妻と息子を亡くし、自分も障害が残るも、果敢に生きようともがくボラン。音楽を愛する仲間たちと近所迷惑かえりみずリハに励み、失職した男に生きる道を与え、警察官の理不尽なジョークにもつきあう。なんとかして「壁」を打破する道を見つけたい。壁のない人生はない。映画のように、突如として「壁」が出現することもある。実際、いまも世界のあちこちに壁が出現している。

ここで『亀も空を飛ぶ』上映時の来日でゴバティ監督が語ったことを紹介したい。「私の映画はとてもシンボリックな映画と言えます。クルド人は、イラン、イラク、トルコ、シリアの4カ国にまたがって暮らしているのですが、映画では、少女が4人の兵士にレイプされる設定です」。この衝撃的な言葉を踏まえて本作を考えてみると、「4」という数字の記号的意味が浮かび上がる。いっぽう今回「壁」について語ったゴバティ語録をまとめると以下になる。「いつも「壁」が頭の中にある。1)父と母の壁、2クルド人と政府との戦いの壁、3)革命と前の体制との壁、4)イラン戦争のときに感じた壁、5)自分と家族との壁」つまり、「壁」は四つ以上、複数に増えている。しかし、ゴバティ監督は「四つ」とあえて指定したのは、上記の「4人の兵士」説にあるのではないかと(筆者としては)踏んでいる。

ラストに(ファーストシーンに戻るのだが)、ボランがあれほど憧れて(執着して)いた海辺にたどり着く。さらに劇中につがいを失った鶴について語られたことが回収されていく。見事なゴバティ流のエンディングは、様々な不安と同時に、不思議と平穏を感じるものだった。

Information:

The Four Walls

キャスト:アミル・アガエイ、ファティヒ・アル、フンダ・エルイイト
114分/ カラー/トルコ語クルド語/日本語・英語字幕/2021年/トルコ

ペルシャ猫を誰も知らない』インタビュー

亀も空を飛ぶ』(バフマン・ゴバディ監督)レビュー

www.1101.com

TIFF Review:『市民』(第34回東京国際映画祭 コンペティション部門)

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Copyright 2021 Menuetto/ One For The Road/ Les Films

文・福嶋真砂代

第34回TIFF審査委員特別賞を受賞した『市民』(ベルギー・ルーマニア・メキシコ)は、ルーマニア出身の新人監督テオドラ・アナ・ミハイが全編北メキシコで撮影をした作品。ダルデンヌ兄弟ら(他にクリスチャン・ムンジウ、ミシェル・フランコ)も共同プロデュースに名を連ねており、期待は高まった。

『ヴェラは海の夢を見る』(カルトリナ・クラスニチ監督)と同じく、問題を抱える中年女性が主人公である。いや、「問題を抱える」というよりも、彼女らは「問題の渦中へ逃げずに飛び込んでいく」勇敢な女性たちだ。『市民』はミハイ監督の記憶にある古き良きメキシコから麻薬撲滅宣言後に治安が劣悪になっていく同国の状況を憂いて、また出会った女性から聞いた恐ろしい実話にインスパイアされ、当初はドキュメンタリーとして撮り始めたが、闇世界の危険を感じたため、友人の小説家とともに脚本を書き上げ、フィクションとして、誘拐事件が乱発する残酷な「社会問題」を使命感を持って描いたのだという。

冒頭、仲睦まじい母娘の幸せな時間の導入が観客の嫌な予感を助長する。予感は的中(というお約束の筋書きとも言えるが)、最愛の娘が誘拐され、母シエロは、警察のちからを借りず、無謀にも独力で、娘を探しはじめる。別居している夫がいるが頼りにはならない。主演のアルセリア・ラミレスの表情の変化がすばらしく、「どうなるのか」とハラハラしながら、圧巻の演技力にグイグイ引っ張られていく。

頑固に警察当局の助けを借りないシエロの行動に疑問が湧いたが、ミハイ監督が語るチャウシェスク政権下の記憶がメキシコの状況に結びついている。「悲しいかな、当時のルーマニアは市民同士が監視して告発しあう社会で、心から信頼できる人間関係は築けませんでした。そうした状況を私も曲がりなりに経験していたので、人を信じられない気持ちが自分でもよく理解できるんです。この映画に流れている感情もまさしくそうで、警察当局や男尊女卑の習慣、政治的な背景の問題に斬り込んで、乗り越えていくのは自分しかいないとシエロは考えています。それは私自身の心根にもあるものです。」

シエロは犯罪組織のアジトを見つけ出し、危険を冒して接近していく過程で、当局裏組織と一種の“共犯関係”を結ぶことになり、暴力を犯す側に転じていく。ミハイ監督が「暴力と人間」についてこう語っている。「私はかねがね暴力に接した人は、暴力装置の一部になると考えています。あのシーンはシエロが初めて暴力の渦に巻きこまれ、その世界に入りこんでしまう瞬間です。彼女は娘を誘拐された被害者でしたが、暴力を目の当たりにして自らも加害者に転じてしまう。娘を救いたい思いから捜索に出たのに、彼女自身も拷問する側に回ってしまいます。家族を想う心は映画に登場する誰もがみな同じであり、その想いが強いあまり、暴力に足を踏み入れてしまうのです。どの人間も苦悩を抱えているところに状況の複雑さが垣間見えます。」

娘の誘拐事件は解決したのか…..。シエロのなんとも言えない表情のアップで幕がひかれる。「子供が誘拐された親は生涯理不尽な思いを抱え、わが子が生きているのか死んでしまったのか、答えのないまま生きていかなければなりません。現実がそうである以上、具体的な映像を示すことは避けたいと思いました。あらゆる想像があの結末においては可能となります。娘が戻ってきたと思う人もいるでしょう。現実には非常に稀ですが、警察から数本の骨を渡されてそれらを埋葬したあと、わが子が生還した事例もあるからです。」さらにモデルとなった女性が2017年に殺されていたこともインタビューで明かした。「おそらくネットニュースなどを調べると書かれているのですでにご存じかもしれません。私がシエロのモデルにしたミリアム・ロドリゲス(1960~2017/実際に愛娘を誘拐した犯人グループを4年間追い続け10人の逮捕に貢献した)は残念ながら撃たれて亡くなりました。彼女と同じように、報復されて殺されたと思う人もいるでしょうし、さらに彼女が見た物は「死」だったとする観念的解釈や、想像の中でわが子と再会したとする詩的解釈も成立します。こうしたさまざまな理解の余地を残して、私は子供を誘拐された親たちの気持ちに寄り添いたいと願いました。」

ラストに映画が実話をもとに作ったことを明かすという、ややイレギュラーに思える構成。しかしその結末を描くにあたってミハイ監督の深い配慮があることを知り、なお現在進行中の問題の深刻さを実感する。

Information:

La Civil

監督:テオドラ・アナ・ミハイ
キャスト:アルセリア・ラミレス、アルバロ・ゲレロ、アジェレン・ムソ
135分/カラー/スペイン語/日本語・英語字幕/2021年 
ベルギー/ルーマニア/メキシコ

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