この作品を作ることで変革を起こしたい
第19回東京フィルメックスにて上映された『自由行』は、中国から自主亡命しているイン・リャン監督が自身の経験をもとに描いた意欲作。物語は、香港に住む映画監督のヤンが、広告の職を辞したフリーの夫と幼い息子を伴って映画祭出席のために台湾を訪ねるというシンプルなものだが、ひとつ特異なことは、中国から団体旅行で来る母と旅行先の台湾で数年ぶりに再会する計画を実行に移すという、ある意味、サスペンスフィクションの様相を呈する。映画監督として、また妻、母として奮闘するヤンは、若い頃に撮った作品が原因で中国を出ることになったが、中国に住む母とはわだかまりを残したままだった。時を経て、母にどうしても会おうと思ったのには理由があり、母と娘の間の葛藤の真相がしだいに明らかになる......。
さて、特筆すべきは妻を献身的に支え、旅行の計画が乱れて妻が苛立つ時も、穏やかな空気を保とうと存在していた夫のピート・テオの渋い演技だ(追記:ピート・テオインタビュー)。意地を張り母に素直になれないでいる、娘であり、妻であり、母親でもある映画監督ヤンをゴン・チュウがリアルに演じる。また母役のナイ・アンの繊細な感情表現も素晴らしい。ほぼオールロケと思われる撮影は、母が乗るマイクロバスを追いかけて、スキマスキマの時間にうまく会えるように綿密に計画をたてた旅行の数日間をスリリングに映し出す。
前回果たされなかった来日を遂げてQ&Aに登壇したイン・リャン監督。作品を撮った動機を、「息子が将来成長して、なぜ自分があのときに台湾におばあちゃんに会いに行ったのかと考えた時、この映画から解きほどいていければ」と語った。実際には自分自身のことだが、そのポジションを妻=女性映画監督に置き換えて、「母と娘の関係性」を描く物語とした。イン・リャン監督の「これからもずっと映画を撮り続けたい」の言葉に会場から大きな拍手が送られた。中国の動静が注目されるいま、意義深いこの作品の公開が待たれる。
取材・文:福嶋真砂代
■東京フィルメックス上映後のQ&A
11/22 『自由行』 Q&A
有楽町朝日ホール
イン・リャン(監督)
司会:市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
樋口 裕子(通訳)
イン・リャン:こうやってここでみなさんにお会いすることができてとてもうれしいです。フィルメックスに来ることは簡単なことではなく、私にとっては素晴らしいチャンスなのです。と言いますのは、私の今回作った作品は、古い友達といろいろと語り合うような、そんな意図で作った作品なので、それを私の馴染みの観客のみなさんがいるこのフィルメックスで上映されるというのは、とてもふさわしいと思います。
この映画は私のここ6、7年来の変化、どのようにこの年月を送ってきたかを表現しています。映画を撮ることによって、またみなさんと交流して話しあうことによって、私の数年間に決着がつくというか、まとめとなるのではと思っています。
市山:イン・リャン監督は中国本土から出て、現在は香港に住んでいますが、しばらく中国に戻れないという生活を続けています。この映画にご自身の体験が反映されているのであろうと思います。まずこの作品を作ったきっかけ、ストーリーの発想の元を教えてください。
リャン:この映画の台湾旅行は事実に基づいた話です。唯一違うところは、台湾で会ったのは自分自身の親ではなくて、妻の親でした。私自身の親とは6、7年会っていません。
直接的な動機としては、私には5歳になる息子がいて、この脚本を書き始めた時は3歳でした。この子が将来成長して、なぜ自分があのときに台湾におばあちゃんに会いに行ったのかと考えた時、この映画から解きほどいていければと思ったんです。中国人というのは私の上の世代の人もずっと、何代にも渡っていろんな苦難に見舞われてきました。国に対する恐れがあり、苦難に見舞われても、それを直接的に表現することができないでいる。またいまの自分の生活に影響がでるのではないかという恐怖、そういうことがあるので、私は映画を撮ることでそれを変革したいと思ったことがこの作品を撮る大きな動機でした。
みなさんに私の妻のサンサンをご紹介します(会場を指して)。彼女はこの作品の脚本も担当していて、この映画の中の中国から来たガイド役も演じています。
市山:息子さんもいらしていますね。では会場でご質問のある方どうぞ。
Q:監督の前作の『私には言いたいことがある』を観た時にすごく感動しました。しかしその映画の上映後にはリャン監督が中国へ帰れなくなり、やむなく香港に留まらざるを得なくなりました。劇中、映画の記者がヤン監督に次のような質問をします。「あなたは中国人ですか、それとも香港人ですか」と問われたヤン監督は「パッセンジャー(字幕は異邦人)です」と答えます。このシーンを作ったときの監督の心境を聞かせて下さい。
リャン:人生の中で「自由」ということに価値があるとするならば、それがなければ失望します。それも故国で自由がないとすれば孤独を感じます。故国が自分からますます自分から遠くなるように思うのです。すると外でさすらう異邦人ということになります。いくつかの選択肢があるわけですが、ひとつは自由を得るという価値を手放してしまうこと。もうひとつは自由が得られないということを認めず、そこから離れようとすることです。そうすると自分の身分はその時点で国籍を手放すわけです。それは中国でも、台湾でも、アメリカでも、香港にいてもです。そういう意味でそのシーンを作りました。
Q:実際とは違い、奥さんを主人公の「映画監督」として描こうとしたシナリオは、サンサンさんかあるいはリャン監督か、どちらのアイデアですか? またそれについて議論しましたか。
リャン:この映画の脚本は3人で書きました、私のほかの2人は女性です。私の妻のサンサンともうひとりは小説家でもあるチャン・ウァイさん。ウァイさんは私たちより少し年上で、彼女の背景は私たちとはまた全然違います。3人で書いたことの利点は、自分たちのことというのはあまりにも近すぎて見えないのですが、(外の人である)ウァイさんには逆に見えるということです。監督を男性として描いたとすると100%自分自身のことでしょと言われますから。私と同じような境遇で亡命している多くの人たちの経験を、この役に組み込んであります。また母と娘の関係性を描いたということで、私にはやりやすかったと言えます。さらにこの話は単に私の経験を語っているだけではなく、私とよく似た経験をした人たちの集大成ととも言えます。ウァイさんは母と娘を題材にした小説をたくさん書いていて、母と娘の関係性を描くのが上手な方です。そういうこともあって主人公を女性にしました。
Q:監督がようやく香港の永住権を取得できたことは映画制作に何か影響はありますか?
リャン:実にこの6、7年の間に、私たち家族はいろいろな苦難に見舞われました。香港に移った当時は居住権がなく、臨時の居住証をもらわなければならなかったので、多くの友人たちの助けを借りました。7年経って永住権を得ることができたのですが、それは今年の9月28日、まさに「雨傘運動」が起きたのと同じ日(運動の4年後)だったのです。これは特別な意味合いがあると思っています。もちろん香港での永住権があるということは、生活のための大きな助けとなります。前回はビザが切れてしまったのでフィルメックスに来日することができませんでした。そういう点では自由を得たと思っています。ただ香港にはまた別の問題があり、多くの映画監督たちが作品を作っても映画館で上映できなかったり、大陸の目が怖くてなかなか発表できないということが大きな問題があります。ただ私自身はインディペンデントでやってきたので、状況がどうあれ、語りたいことがあり、撮りたいことがあれば、また見てくれる観客の方がいるならば、ずっと映画を撮り続けていくと思います。(会場から大きな拍手)
市山:この映画は香港や台湾で公開されましたか?
リャン:先日、台湾の高雄の映画祭で上映されました。また香港のアジア映画祭でも上映されます。台湾では今後定期的に上映される予定があります。
(※このQ&Aは2018年11月22日に行われました)
第19回東京フィルメックスパンフレットに掲載されたイン・リャン監督のメッセージを以下に全文引用します。
サルトルが言っているように、自由であることは一つの罰だ。この5年間、私はめまぐるしい出来事の渦の中にいた。本作『自由行』は、押し付けられたものにせよ、自分で招いたものであるにせよ、私が感じた人生の不条理な本質についての要約であり、表現である。それは、誰にも選択肢を持ちようのない類のものであるように思う。それでも、亡命していることが、自分が責任を回避するための言い訳になってはいないだろうか? 自由は独裁政権の内でも外でも、秩序の内でも外でも、あるいは国家の内でも外でも、どこでも行使し得る。国家システムの形をとった「敵」との対面を避けるために、あの国から離れたことが、私の創作から意味を失わせただろうか? もしそうであるなら、私の人生や創作には、最初からあまり意味はなかったことになる。自立とは何か? 自由とは何か? この5年間、私は厳格に、真剣に、自覚を持ってこれらの問いについて考え続けてこられただろうか?
Information:
『自由行』
台湾、香港、シンガポール、マレーシア / 2018 / 107分
監督:イン・リャン(YING Liang)
A Family Tour
Taiwan, Hong Kong/ 2018 / 107 min.
Director: YING Liang
中国から香港に移住して活動を続けるイン・リャンが自己の境遇を投影した作品。創作の自由のために自主亡命せざるを得なかった映画作家の葛藤が見る者の胸に突き刺さる。ロカルノ映画祭で上映された。
realtokyocinema.hatenadiary.com