REALTOKYO CINEMA

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Report 002『ホームレス ニューヨークと寝た男』公開記念プレミアム・トーク

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「お金がなくても、いい人生を楽しみたい」をモットーに生きてきた

モデル出身のホームレスの男に3年間密着したドキュメンタリー、『ホームレス ニューヨークと寝た男』(トーマス・ヴィルテンゾーン監督)主役のマーク・レイさんが来日。公開直前イベント「公開記念プレミアム・トーク」が行われ、過去に車中生活の経験を持つ映画コメンテーターLiLiCOさんとお互いの”ホームレス生活”について語り合った。その模様をお届けします。

ブラウンのシックなスーツに身を包み、とても「ホームレス」には見えないダンディな出で立ち。マークさんはヨーロッパで活躍した元モデルで、現在の職業はストリートフォトグラファー、しかし住む家を持たず、ニューヨークのビルの屋上で寝泊まりし、ジムのロッカー4つに入る物しか所持しないミニマルな生活をしている(現在57歳)。家賃や物価の高いニューヨークで自由に暮らすためにマイウェイを貫くマークだが、実家の母に会いに行き、あまり成功しなかった息子としての不甲斐なさにうなだれる姿も赤裸々に映す。それにしても、屋上生活の危うさや、それを映画にしてしまってこの先彼がどうなるのか。いろいろ心配になるのだが、礼儀正しく、心優しい、またユーモアがあり、夢をあきらめない元気なマークさんを確認できた。この来日のために立ち上げたクラウドファンディングの特典には「マーク・レイが1日NYをガイド」まであるので、ぜひチェックしてみて。

マーク・レイ(以下、マーク):まずはみなさんに感謝を申し上げます。LiLiCoさん、配給会社ミモザフィルムズさん、この劇場ヒューマントラストシネマさん、そして会場にお越し下さったみなさん、ありがとうございます。空港に着いたときに20人ほどの女性が待ち構えていて写真やサインを求めて下さったのですが、実際はライアン・ゴズリングさんの到着を待っていたんですね(偶然ライアン・ゴズリング来日と重なっていた)。まあ、いいでしょう(笑)。

LiLiCo:自分も5年間車の中で生活していたので、この映画に共感するところがいっぱいありました。あまり話すといろいろ思い出して泣き出しそうです。マークさんの優しい心も映画にたくさん出てきます。ところで屋上生活をするにあたっての工夫は何かしましたか?

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マーク:屋上生活で気をつけたのは、ひとつはアパートオーナーや住人にバレないようにしたことです。そのためにいろいろな工夫が必要でした。ふたつめは、自分自身の心の中の葛藤を乗り越えること、自分がビルの屋上で暮らしているという現実を受け入れることでした。

「ホームレス」というラベルで自分自身を表現するより”アーバンキャンパー”という言葉を使いたいのです。世の中には路上や屋根のない場所で寝泊まりしている人もいると思いますが、それぞれに複雑な事情があるものです。カテゴライズするとしたら私には”アーバンキャンパー”という名称が合うと思います。

LiLiCoさんも私もある意味「サバイバー」だと思います。苦難を生き延びることができたという点で。「お金がなくても、いい人生を楽しみたい」というのは自分のモットーでもあり、そのモットー通りに生きようとしてきました。

LiLiCo私が車で生活していた頃はもうこれ以下はないなという「どん底」でしたが、楽しく生きたいともちろん思っていました。「家がなくても夢がある」と、夢を持ち続けたことはマークさんと同じだなと思いました。「ニューヨークと寝た男」というサブタイトルがついてますが、それを私に置き換えると「日本と寝た女」になりますか......。私の場合、車をレッカー移動されると家を持っていかれることになるので、車を取り戻す1万5千円が払えなかったときはピンチだと思いました。そのほかはマークさんとまったく一緒で、公衆トイレで洗濯をしたりしました。20年前くらいの話ですが、今のようにハイテクトイレとは違うし、夏はいいですが、真冬では凍りつくような水で、叫びながら手や髪を洗ったりしてました。雪が散らつくシーンも映画にありますが、あの寒いところで何を考えて生き残れるんだろうと、少し嫌なことがあるだけでメゲる人も多いのに、マークさんはどうやってそれを乗り越えていたんでしょうか。

マーク:ひとつ言えるのは、ニューヨークのビルの屋上からの景色は、たぶんLiLiCoさんが見ていた景色よりきれいだと思いますよ(笑)。

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© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

LiLiCo:そのシーンはとてもうらやましいと思いました。

マーク:私の場合は「路上」ではなくて「屋上」で寝泊まりができたので、少なくとも夜、まわりから危険を感じることはなくて、自分の力を頼って生きることができました。

 LiLiCo:そこですよね。「工夫は?」と聞かれても、結局自分の脳をフル活用するしかない、「今日生きるためにどうしよう?」と。真夏の洗濯物はボンネットに伸ばして乾かすとか、そういうちょっとした工夫もありましたが、いろいろ考えるより目の前にあるもので生きるしかないので、私は「いつか成功するんだ」と自分をマインドコントロールすることがいちばんの「工夫」だっだのではないかと思います。

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© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

マーク:もうひとつ「工夫」を付け加えると、携帯電話をひとときも手放さないということです。

 LiLiCo:携帯電話からすべてのチャンスがきますからね。マークさんはモデルの名前をちゃんと覚えていたり、人との繋がりを大事にしているなと思うんです。私も、お金がなくても人との繋がりがいちばん大切な財産だと思っているので、そこも似てるなと思いました。

マーク:実はその逆の意味で、携帯電話は人と繋がらないほうがいい時に役立つんですよね。その辺は映画を見ていただけるとわかると思います。そうは言いましたが本当はいろんな人と繋がりたいと思っていて、フォトグラファーという職業柄、人に対して興味を持ったら遠慮なくその人に近づいていけますね。時にはズカズカとその人のスペースに入っていくこともあるかもしれませんが。

LiLiCo:今後日本でやりたいことはありますか?

マーク:この映画が完成したことはひとつの大きな達成感になりました。パーソナルなストーリーを多くの人とシェアすることができて、なんらかの形で世界に貢献できたのではと思います。映画を観た方々から、刺激になった、勇気をもらった、感動したというコメントをいただいて、アーティストとして少し貢献ができたかなと思うし、この映画は自分の宝だと思っています。

今後もしチャンスがあったら新しい形で作品として自分のストーリーを伝えたいと思います。もしかしたら新しい監督、新しい役者を使ったフィクションになるかもしれません。その際には日本の企業とコラボレーションもできたらいいなと。サントリーウィスキーのCMに出てみたりしたいですね。

監督のトーマス・ヴィルテンゾーンと私にとって、長編映画を作るのはまったく初めての体験でした。彼はそれまでに1分間の超短編映画を作ったきりで、その次の映画がこの83分の長編映画になり、1台のカメラ(キャノンEOS 5D MarkII)ですべてを撮影し、美しい映像はたくさんの方を魅了していると聞いています。ほとんどゼロ予算で作り、監督とは毎日1杯のコーヒーを分け合うような状況でした。まったくの初心者であるこんなふたりが映画を完成することができて、それを世界中の人が見てくれている、ここを感じてほしいなと思うのです。もしかしたらこの映画を観てマークをイケ好かない、かっこつけてるなどと思うかもしれません。私自身を嫌いになっても、作品自体は初心者が作った映画で、夢を届けることができたらいいなと思っていると伝えたいです。

LiLiCo:サンタさんの衣装を着ているシーンがありますが、それは仕事ではなくボランティアでやっているんですね。私はそのシーンで号泣しました。

マーク:それを言ってくださってありがとう。映画ではほんのワンシーンですが、自分にとっては大切なところです。ボランティアとして女性や子供のためのシェルターで手伝っていたのですが、自分自身は家がないのにそういうボランティアをしていることはちょっとアイロニックにも感じますけどね。もしみなさんが過去やいま辛い経験をしているとしたら、映画監督の友人に自分のストーリーを映画にしてもらう可能性があるということを忘れないで下さい。どんな人にもすばらしいライフストーリーがあると思うし、伝えるメディアがあるかないかの違いだと思います。

取材・文:福嶋真砂代

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監督:トーマス・ヴィルテンゾーン
出演:マーク・レイ
音楽:カイル・イーストウッド/マット・マクガイア
2014年/オーストリア、アメリカ/英語/ドキュメンタリー/83分
原題:HOMME LESS 字幕:大西公子
配給・宣伝:ミモザフィルムズ 宣伝協力:プレイタイム/サニー映画宣伝事務所
後援:オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム 協力:BLUE NOTE TOKYO
© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

2017年1月28日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー!

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