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監督:ジャン=マルク・ヴァレ
出演:ジェイク・ギレンホール、ナオミ・ワッツ、クリス・クーパー、ジューダ・ルイス
アメリカ/2015/原題Demolition/101分/配給:ファントムフィルム/PG12
2017年2月18日(土)から全国順次公開
「”やばい、僕、迷子だぞ!”って。それがこの映画さ」
「”やばい、僕、迷子だぞ!”って。それがこの映画さ」と主演のジェイク・ギレンホールが語る。そう、まさにそんな映画だ。ウォール街のエリート銀行マン、デイヴィス(ジェイク・ギレンホール)は突然の事故で妻を亡くす。しかし涙も流れず、悲しくない自分の異常(『永い言い訳』?)に気づいた彼が本当の自分を探す心の旅を、ジャン=マルク・ヴァレ監督が抑制の効いた静かなトーンで描く。妻を亡くした夜、病院の自販機からm&mチョコが出てこないことにクレーム電話を入れたことがきっかけで知り合った顧客サービス係のカレン(ナオミ・ワッツ)とその息子のクリス(ジューダ・クリス)。彼らとの交流でデイヴィスの心の塊が次第に溶けだし、突如として物を壊す「解体作業」を始める......。破壊したり、無邪気に遊ぶことを”年齢的退行”と呼ぶかどうか、大人なのでその行為は退行して見えるが、実は「本来の自分自身を解放する行為」なのではないかと感じる。様々な制約や規制の中、社会人として自制して生きる、あるいは他人の期待に応え続ける。そうやって見えないストレスと闘う現代人は、いつのまにか「本来の自分」から剥離しているのかも。負の感情を沈め続けて沼地となったドロドロの胸の底。それをなるべく見ないように感情を抑えてに生きるなら、ある日爆発してもおかしくはない。もちろん映画なので「解体作業」は誇張されて表現されているが、多かれ少なかれ、みんな「破壊」したい瞬間はある。しかしデイヴィスの破壊は衝動的行為(まあ衝動的に見えますが)というよりも、「組み立て直す」ことを目的とした「解体」だという捉え方。そこにある微妙な違いは後に大きく現れる。破壊してゼロになった後、新たに組み立てるかどうか。遠回りするが、それは大事なことなのだと思う。音楽も色調も全体的に抑制の効いた静かなトーン、少年クリスくんとデイヴィスの年齢差を超えてお互いリスペクトな関係性がとてもよい。(福嶋真砂代★★★1/2)
さて、映画公開前に行われた辛酸なめ子さんのトークイベントの採録を以下掲載します。MCは映画評論家の森直人さん。なめ子さんならではトリビア、自由でユニークな感じ方を楽しく拝聴しました。とりわけ「メモ」についてのなめ子さんの心情がグッときます。
辛酸なめ子さんと森直人さん@ユーロライブ
見つけたメモは時空を超えたメッセージなのかも
MC:まずはざっくり感想を伺えますか。
辛酸:デイヴィスの壊れ方が詩的で魅力的だと思いました。全体のトーンが抑え気味だったのがよかったですね。例えば妻との(思い出の)走馬灯が短めだったりとか、あとから感動がじわじわくる感じです。
MC:デイヴィスとカレンに肉体関係があるかどうかを気にしていましたね。
辛酸:そうですね。もしかしたらみたいなシーンがあったんですが、こういうタイプの作品だとすぐラブシーンにいっちゃうとか、女の穴は女で埋めるとかそんな感じのが多いですけど、この作品では2人の関係は友だちのような感じで、それがまた詩的だったり繊細さを感じるのだと思います。少年と少女のように年齢退行していきますよね。それが肉体関係がない代わりに美しいシーンになっているのかなと。
MC:いま「退行」という言葉を使われましたけど、前のトークショーで精神科医の星野概念さんがやはり「退行」という言葉を使って話されていました。辛酸さんもそこがポイントになっていることがおもしろいと思いました。
辛酸:ふたりの年齢ははっきりとはわかりませんが、アラフォーくらいですか。海辺で無邪気に遊んでいて、青春をとりもどしているような感じがありました。
MC:そうやってどんどん癒されるというところはあるのでしょうね。印象に残ったシーンはありますか?
辛酸:妻のジュリアの霊が出てくるところです。
MC:それは断言しちゃいますか(笑)。
辛酸:霊だと思います。監督が霊に詳しい方なのかわからないのですが、霊の出方がありそうな感じで、鏡を見ていると後ろをスッと通るのが映るとか、ふと油断したときにいるみたいな。今夜家に帰って鏡を見たくないと思うほどリアルな恐怖を感じて、怯えるデイヴィスに萌えました。そんなデイヴィスの姿を見て奥さんもやりがいを感じたと思うんです。こんなに怖がってるんだとちょっと嬉しくなってもっといってみようかみたいな。
MC:おもしろい見方だと思います。僕は(妻の登場シーンは)彼の心象風景として受け取ったのですが、それは単なる解釈なので、可視化されているという意味では「霊」でもいいわけですものね。
辛酸:心象風景として撮ったなら、せいぜいが鏡のシーンくらいだったと思うんです。そこはホラーっぽさがあって、まだ亡くなって49日も経っていないし、彷徨っているのかなと。
MC:いま僕は新しい扉を開いたような気がします。
辛酸:あとデイヴィスのバックグラウンドを考えると、大金を動かす金融という過酷な世界で仕事をしていて、そこで人間的な感情が麻痺していたとも思えます。数字や利益ばかりを気にしている生活、富裕層の闇みたいなところも見えましたね。
MC:そういうエリートが壊れていくというところに萌えたところもなめ子さん的にはポイントだったのですね。ジェイク・ギレンホールについてはどうですか? お好きな俳優だと伺ったのですが。
辛酸:イケメンなのかどうかわからないまま、でもずっと見てしまう吸引力がありますし、あとは育ちの良さみたいなものが漂っていて破壊行為をしていても妙に安心できる感じです。彼について調べてみたのですが、父が映画監督で母は脚本家。コロンビア大学を中退して、ギレンホールという苗字は、中世に王族から与えられるような由緒ある名前で、さらにマルーン5のアダム・レビーンと同じセレブ幼稚園に通ったとか。品の良さはそこらへんなのかと。
MC:注目しだしたのはいつぐらいですか。
辛酸:そうですね。テイラー・スイフトと交際しだした時ですか。
MC:彼も交際歴はセレブらしく豊富にありますよね。
辛酸:ナタリー・ポートマンやのキルスティン・ダンスト、リース・ウィザースプーンなどとの交際がありましたね。男性から見るとどういう俳優ですか?
MC:子役からずっと役者をやってる俳優で、かっこいいとは思うんですけど、エキセントリックな役も多いので、ライアン・ゴズリングとかに比べるとどういう人なのかまだつかめていないところがあります。
辛酸:つかみどころが難しい人なんですね。
MC:そういう意味でもこの作品にすごくハマっているなと思いますね。
辛酸:そうなんです。まゆげが困っているような「困り顔」もいいなと。あとクリス少年がすごく可愛かったですね。
MC:それこそポストジェイクになる感じがしていいですね。ジューダ・ルイスという俳優のようですが、なめ子さんはご存知でしたか。
辛酸:いえ、この映画で初めてみたのですが、フランス人なのかと思って観てました。
大きな音で霊が退散!?
MC:クリスのキャラクターに関してはどうでしたか?
辛酸:危うい感じがデイヴィスと合ったのかと思いました。ドラムのシーンが印象的でしたね。激しくドラムを叩いてデイヴィスがちょっとトランス状態に入ったような感じです。大きな音を出すと霊が離れるらしく、霊が一時的に退散していくというシーンでしたね。
MC:ちょっと待ってください(笑)。ではデイヴィスが破壊行動をしていたのは霊に取り憑かれていたんですかね。
辛酸:破壊行動は自分の心がわからないから、物を分解して自分の内側を知りたいみたいなことだと思うんです。
MC:ドラムのあとのトランス状態では霊から解放されて嬉しくなっていたと。
辛酸:はい、そんな感じですかね。
MC:なめ子さんは誰に感情移入したのでしょう。
辛酸:人間の描き方が深いというか、表面的でないのでどの人もわかるというか、感情移入できる気がしました。
邦題「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」の意味するところ
MC:邦題について少し言及しますと、原題は「Demolition」で、破壊、あるいは打破という意味になるのですが、「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」というのは、車のシーンに出てくる付箋にあるフレーズなんですね。字幕では違う言葉になっていたのですが、亡き奥さんが生前にデイヴィスにあてたメモで、それを後になってデイヴィスが発見するという流れでした。邦題ではそれがデイヴィスの言葉に変わっているのですね。つまり「you」と「me」が反転しているわけです。最初にちょっとお話しした精神科医の星野さんは、「この邦題はビフォーアフターで言うとアフターの方、つまりデイヴィスの変化した以降、この作品以降の心情を表しているものとして、邦題のタイトルがぴったりなのではないかという見解でした。
辛酸:そうすると、それを奥さんが予言したみたいな。
MC:結局、奥さんが糸を引いていたみたいなね。邦題に関してはどうですか?
辛酸:すごく素敵な、全体の詩的な雰囲気を表していると思います。「破壊」という感じよりも。
MC:それからギレンホールは17歳のときに解体のアルバイトをしていたらしいですね。
辛酸:だから道具の使い方が慣れてるわけですよね。
MC:某作家さんの意見で、奥さんの付箋のメモは本当にダンナさんに宛に書いたものなのかという疑惑がありました。そのあたりはどうでしょう。
辛酸:でも、自宅の車に不倫相手が乗りますかという疑問もあるんですけど。ストーリー的には夫宛だと思いたいですね。
MC:そんなふうに想像がいろいろ働いてしまう映画だと思います。なめ子さんとしては、この主人公のように大切なものを急に失ったとき、どうされていますか。
辛酸:さっき話していた「付箋」のようなことで言うと、自分の母が亡くなったあとに母が書いたメモが出てきて、それは最近くれた手紙のような気がして。時空を超えるというか。時間を超えて今に向けたメッセージなのかなと感じますね。
MC:そうですね。タイムラグもあるので奥さんの意図とは違うのだけど、自分の今に働きかけてくるメッセージとして解釈できますよね。最後に、「人生は単純に勝ち負けや幸不幸ではないと思えてきました」とコメントを書かれていましたが、それについてひと言いただけたら。
辛酸:自分の書いたものを忘れてしまったのですが、こういう勝ち組っぽい夫婦に起こった出来事なので、そういう価値観を超えた想いを抱いたのかもしれません。あとはニホンザルの毛づくろいのシーンがインサートされていたのですが、それを見て夫婦の理想の姿なのかと思ったんです。
(※このイベントは2017年1月19日に行われました)